第4章~魂の絆編~ 第39話 「タイムラグの価値」その1
新章スタートしました。
より本格的でスタイリッシュかつドラマティックなバトルドラマを展開していく予定ですので、これからも宜しくお願い致します。
その日は近年稀に見る記録的な豪雨だった。
何時も賑わう人々の声も、降りしきる濁音に掻き消され、時折閃光を放つ雷鳴だけが、勇ましく己の存在感を主張していた。
高層ビルや、ショッピングモールの窓ガラスはその視界を失い、容赦なく雨粒が突き刺さる外壁が痛々しく思える程だ。
しかし、人々にとっては、何の影響もなく、ただ憂鬱だと一部の人間は思い、また一部の人間は風情を感じているのかもしれない。
大多数は、特段、何も考えずに今日と言う日を送っている事だろう。
明日がある事が当たり前であり、生きる事の権利が絶対的な支配下にあると各々が信じ込んでいる。
だが、人々は知る由もない。
――神に与えられし生の期限が迫っている事を……。
――自分の命が五人の若者の手に委ねられている事を……。
――そして、その五人の絆が今、崩壊寸前だと言う事を……。
統一感の無い傘が遮る上空に、二筋の赤い光の尾が流れている。
鉛色の雲に出たり入ったりを繰り返し、何時しか雑居ビル群の方へ消えて行った。
二つの光が落ちた場所……、オフィスビルの敷地内にある、人目の付かないゴミ置き場に黒い服を着た二人の男がいた。
一人は全身に生傷を作り、右膝が異常な方向に折れ曲がっている。
今にも気を失いそうなほど意識が朦朧としているようだ。
もう一人は、息を切らす事無く、冷徹な眼差しを目の前の男に向けていた。
傷だらけの男は、疲労感と痛みに震える膝を必死に鼓舞しながら立ち上がると、目の前の男に殴りかかった。が、するりとかわされ壁面の生ごみ置き場に倒れこんだ。
もう戦えない。
誰が見ても、二人の基礎能力には差がある。
それでも、男は立ち上がり、拳を握りしめ再び大きく振りかぶった。
悲痛な呻き声と共に、拳に弾かれた雨粒が男の頬から流れる血を洗い落とす。
しかし、目にも留まらぬ速さで背後に回り込まれた男は、羽交い絞めにされコンクリート壁に全身を押し付けられた。
冷徹な眼差しの男は、まるで仮面の様に表情を一つ変える事無く、傷だらけの男の背中から剣を突き刺した。
青や赤の光る石が埋め込まれた西洋風の長剣は、男の背後から前面のコンクリート壁まで深く突き刺さっている。
「がぁぁッ……」
激痛に歪む男の声が雨音に掻き消される……。
男は最後の力を振り絞って、止まり行く呼吸と共に言葉を発した。
「これで……満足か? あぁ? 裏切りモノ……」
だが、背後の男は何も答えようとしない。
しかし、どこか悲しそうな顔を浮かべ涙している様にも感じた。
雨に掻き消されその真意は定かでは無いが……。
男はゆっくりと姿勢を戻すと、瞬きをした。
すると、その目が赤に変わった。
意識を失った男の背中に鍔までめり込んだスフェニスソードが、悲しそうに光を放ち始めた。
――雨は、罪をも洗い流すのだろうか?
眩い光を不愉快な眼差しで睨みつける男は、心の中でそう呟いた。
それは、ソラとリュウジ……、二人の絆が……断たれた瞬間だった。
HIKARI(光)~第4章 魂の絆 編~
静寂に包まれるフォースライドのトレーニングルーム。
リュウセイ達以外使わないその部屋は、特殊なガラス張りの壁越しの通路さえ人が通らない。
すると、トレーニングルーム内に小さな異変が生じた。
初めは、気圧の変化。そして、空間が歪み始めた。
そして、それは突然。
部屋の中央に光のサークルが出現し、急激に負圧と化した。
吸い込まれる空気と共に、男女の叫び声と何か機材がひしゃげる轟音が鳴り響く。
暫くすると、中からリュウセイ、ソラ、リュウジ、アンリ、ルナが血相を変えて飛び出した。と同時に、サークルは消滅し、部屋内の圧力が元に戻った。
全員、荒い呼吸と共に、特殊木材の床に寝転がり、確保された安息に浸る。
「なぁ、助かったのか?」
そう言ったのはリュウジだ。
「恐らく」
ソラは、天井付近で浮遊し部屋内を照らす球体の照明を見つめながら答えた。
「てゆうか、さっきの何?」
ルナは上半身を起こすと、隣で横たわるアンリに訊ねた。
「寺村さん……もしかしてアレが?」
ルナと同じ質問をしたかったアンリは一番知識が豊富であろうリュウセイに問いかける。
ソラとリュウジの視線がリュウセイに注がれた。
「ああ、そうや、あれがガジャルや。俺も初めて見たけど、間違いないやろ」
リュウセイは、ゆっくりと立ち上がると、指をパチンとならし、トレーニングルーム内の照度を上げた。
「あれが……」
一同が、ついさっきまで遭遇していた恐怖の塊を頭に甦らせた。
「地球が無くなってた」
「いや、宇宙そのモノが崩壊していた……」
アンリの言葉にソラが続けた。
「やけど、神城がおって助かったわ。あのスフィアがあったからこそ、今があるんやし」
「でも、もう砕け散って無くなりました」
ソラは、床に散乱する砕け散ったタイムスフィアを見つめた。
もう、繋ぎ合せ時空を越える能力を発揮させるのは不可能だろう。
命が助かったと言う安堵よりも、ガジャルが持つ脅威、絶対的な絶望に重い空気が漂う。
「とにかく、ラウンジに行くで」
そう言って、リュウセイは、ソラ達を部屋から出るよう促した。
久しぶりに見るフォースライドのチタン製の廊下を進む。
すると、便意をもよおしたのか? リュウセイがトイレに行くと言って、ソラ達に先にラウンジに行くよう勧めた。
「緊張がほぐれたら、膀胱パンパンやで」
と独り言を発しながら、通路奥の男子トイレに向かう。
その時、誰かがトレーニングルームへと入って行くのを見かけた。
「誰や? 俺ら以外にあの部屋入るヤツなんかおらんやろ」
そう言って、廊下の角から部屋の様子を伺う。
そして、そこにいた人物を目の当たりにし、リュウセイは目を疑った。
「レン?」
☆ ☆
前面ガラス張りの美しいラウンジのテーブルに腰かけたソラ達。
ルナは、初めて見る幻想的で美しいその光景に息を呑んだ。
視界の全てが宇宙なのだから。
床から透けて見える青い地球を見て、一同がホッと胸を撫で下ろす。
「良かった。まだある」とアンリが声を漏らす横で、「とにかく腹減ったな」とリュウジが腹部を擦りながら、クリスタル製の楕円形テーブルの表面をタップした。
すると、テーブルにラウンジの飲食メニューが表示された。
「え!? 何それ?」
と見た事の無い機能に驚くソラとアンリ。
「何って、お前ら知らなかったのか?」
「「うん」」
二人は揃って首を縦に振った。
リュウジは、隣に座ったルナに、頼みたいモノがあるか訊ねると、テーブルに映る画像を人差し指でスライドさせ、そのままマスターがワイングラスをクロスで拭き上げているカウンターへと飛ばすようにした。
「あいよ」と活きの良いマスターの声が返って来た。
若干ドヤ顔のリュウジに向かってソラが「知ってるなら教えろよな」と口を尖らせる。
「お前が聞かねぇからだろうが。クソが」
その答えにカチンと来たソラ。
「く、糞? あぁ、そうだけど。良くもまぁ、ラウンジに入り浸ってたんだな。よっぽど暇だったのかよ」となじり返す。
「まぁまぁ、命が助かったばかりで何ぃ? さっそく喧嘩? バッカじゃないの? ねぇ?」
とアンリは、ルナに同情を求めながらも冷静な対応を見せつけ、二人のこみ上げる怒りを鎮めた。
「所でさぁ、あなた達って本当に普通の高校生? 私、あんなSF映画みたいな事が出来るようになるなんて、想像もつかないし、何か怖い……」
と唐突にルナは質問を投げかけた。
しかも、あまりのアバウトな質問に一同が固まる。
きっと訊ねた本人も、全てを理解した上で質問した訳で無いだろう。
目の前の三人のポカンとした表情から、的外れな質問をしたのだと後悔したルナは、もう一度、竜頭蛇尾な疑問を集約し始めた。
「え、あの、別に変な意味じゃなくて。ここに来るまでは、目まぐるしくて意識してなかったけど、あなた達の空気感と言うか……常識と言うか……私とは掛け離れているのかな? なんて。それに、私の前世や力がこれから降りかかると思うと、本当にアナタ達みたいな事ができるのか……凄く不安で……怖くて……」
「その内慣れるさ。俺達だって同じだった」
リュウジは、両腕を頭の後ろで組みながら、ルナの不安な気持ちを和らげようと答えた。
そしてアンリが続けた。
「そりゃ、琴峯さんは、実践での戦いもまだだし、ここでの生活も。全てが初めてなんだから仕方ないよ」
「うん」
ルナは、ゆっくりと頷いた。
「ところでさ? 神城」
「何?」
とリュウジの問いに応えたソラ。
「バーンニクスで合流する前の話を聞かせてくれよ? まだ聞いてなかったし。お前、ずっと何してたんだ?」
「そうそう、私も気になってた。確か、安倍清明だったっけ? 一緒だったんでしょ?」
とリュウジの質問にアンリまでもが興味を示した。
正直、ソラはその質問に答えたくなかった。
何故なら、そこに楽しい話は無いからだ。
まず、リュウジやアンリ、リュウセイやルナが死んだ世界の未来で、それぞれが絶望の中で残した小さな奇跡を紡ぎ合わせていた。自分が死ぬ話なんて聞きたくも無いだろうし、口が裂けても言えない。
ソラは、難しそうな表情を見せながら、必死に捻り出した嘘を発した。
「別の世界さ」
「別の世界?」
アンリとリュウジの声が被る。
「そう、安倍清明だぜ。陰陽師つったら平安京だろ? お前等がいた世界とは別の世界に飛ばされたんだよ。そこでタイムスフィア見つけて合流したって訳。二日間くらいの話さ」
二日間と言うのも、嘘。
実際は、一年以上もの長い間だ。
流石のソラも、もう一生、別世界の平安京で生きていくのだと覚悟していた。そんな事も言える訳がない。
そして、『あの眼』の事も。
「そうなんだ」
とアンリはハッキリしないまま頷いたが、あの時のソラの言葉が胸に引っかかっていた。
――「もう二度と離さない」
――「もう、お前の悲しむ顔は見たく無いんだッ!! 俺が変えてみせる。守ってみせる!!」
あの決意の篭った言葉の裏に、計り知れない程の強い思いと辛い経験が垣間見えた。
今、ソラが答えた真実には、本当の真実は含まれていないのではないか? アンリはそう感じたが、そこまでソラが隠したいと思うなら無理に追求するのは止そうと決めた。
「はい、御待ち。特性ピザです」
と、白髪で渋い髭を蓄えたマスターが恭しく、湯気が立ち込めるピザをテーブルへと置いた。
まだグツグツと旨味を出すトマトソースにトロリと絡む濃厚なチーズ。薄く飾られたサラミとバジルが一同の鼻孔を心地よくくすぐる。
「やべっ、マジうまそう」
そう言って、リュウジが手を伸ばした時、険しい表情のリュウセイが現れた。
「直ぐに来てくれ」
と神妙な面持ちで席を立つように促す。
「ちょちょ、待って下さいよ。ピザが来た所なんすけど」
「そんな場合や無いんじゃ。さっさと来い」
リュウジ達は、口の中に溢れ出ていた生唾をゴクリと呑みこむと、後ろ髪を引かれる思いで席を立った。
☆ ☆
人気の無い会議室へと入った一同。
リュウセイは、会議室へと通じる通路の様子を伺いながらそっと、自動開閉の扉を閉め、ロックを掛けた。
ラウンジと同様の作りの巨大テーブルに一同が座る。
リュウセイは、バトルウェアのジャンパーから小さなチップを取り出すと、テーブルの裏面にある挿入口に挿し、表面をタッチした。
途端に、テーブルの表面に新聞の一面が表示される。
「これが何かあるんですか?」
そう訊ねるソラの前にテーブルの表面を流れて来た紙面。
リュウセイが、テーブルに向かって両手を広げると、紙面は四枚に複写され、それぞれの目の前へと並べられた。
「山吉ファンドが、インサイダー取引の疑いで取り調べって、何か関係あるんすか?」
と、ソラがリュウセイの顔を見つめた。
「日付見てみろ」
リュウセイの言葉に一同は紙面の端に目をやった。
「これって」ルナの言葉にアンリが続く。
「大分前の新聞ですよね?」
「アホ抜かせ。それはさっきポストに入ったばかりの一番新しい新聞や」
「え?」とリュウジが疑問符を頭に浮かべた。
その答えをリュウセイが突き付けた。
「俺らが今おるこの時代は……。コールディンに飛び立つ半年前って事や」
その言葉を聞いた瞬間、ソラ達の脳内のカレンダーが目まぐるしく遡った。
つづく