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特別編 エピソード0 ~初めの一人~ 後編

 レンの傷だらけの拳に金色の光の粒が集束を始める。

 この一撃で、男は死ぬ。

 レンは、一気に拳を振り下ろした。

 しなる肩から、投げ出される拳が空を斬る。

 大気を歪めながら、男の顔へと直進する。


 ――男は死ぬ。


 その瞬間、レンの拳が男の鼻先で止まった。

 同時に殺された家族の顔が脳裏に浮かんだ。

 今なら目の前の男を殺せるだろう。だが、果たしてそれで良いのだろうか?

 結局は、目の前の男と同じ事を繰り返しているだけなのかも知れない。


 ――復讐は新たなる憎しみを生むだけ。


 自分は、目の前の男と同じには成りたくない。

 レンはそう思い、躊躇した拳を引いた。


 だが、その行動が後に甘かったのだと思い知らされる事となる……。


 意識を取り戻した男は、レンのパーカーの首許を掴むと、引き寄せ、ヘッドバットをお見舞いした。

 衝撃に体を反らせるレン。

 更に、肘撃ちを胸に打ち込まれ、隣の病室の壁を突き破った。

 男は、ゆっくりと立ち上がると、大きく深呼吸をしてからまた不適な笑みを浮かべた。

「ふふふっ。せっかく俺を殺せるチャンスをやったのになぁ、惜しい事をしたな。まぁ、ギリギリで防いでいたがな」

 レンは、折り重なるベッドのスプリングマットを押しのけ、立ち上がった。

「どう言う事だ?」

「ちょっと力を使えるようになったからと言って、本気で俺に勝てると思っていたのか?」

 口元を綻ばせる男に対して、レンは言葉が詰まった。

 負けると言う事は考えてはいなかったし、戦いの流れからして「勝てる」と、心の中で勝利を確信しつつあったからだ。

 男は、大きな笑い声を上げた。

 嬉しそうな笑顔を見せつける。そこには余裕すら感じられた。

「さぁ、絶望に満ち、朽ち果てる顔を俺に見せてくれ」

 レンが、男の声を聞き取った瞬間、顎に強烈な衝撃が伝わった。

 先程までとは比べ物にならない程に重く、鋭い衝撃。

 視界が、縦のラインを残し、訳も分からないまま幾層ものコンクリートを貫いた。


 ――息が出来ないッ!!


 脳が揺さぶられ、神経回路が混乱を来たし、呼吸困難に陥ったレン。

 遠のく意識が回復し掛けた時には、屋上をも突き破り下弦の月を全身に浴びていた。

 耳元で風がうねり、無重力状態で腸が引き上げられる。

 数十メートル下に病院の屋上が見えたが、次の瞬間には首許のパーカーを男に握られていた。

 そして、そのまま屋上目掛けて放り投げられたレン。

 凄まじいスピードで空を掻き分け、病院へと直撃した。

 屋上の床に衝突した際のダメージなど感じる間も無く、幾層ものコンクリートがレンの体力を削って行った。


 再び、一階の受付ホールへと戻ってきたレン。

 リノリウムの床が大きく凹み、その中でうずくまる。

 レンは震えていた。

「あんなの……勝てる訳ない。俺、本気であんなのと戦ってたのか? これからも、あんな奴等と戦って行かないといけないのか?」

 レンの服を掴んだ男は、ゆっくりと引き上げると、みぞおちに渾身の一打を突き込んだ。

 口から飛び散る鮮血。体がくの字に曲がり、内臓が悲鳴を上げる。

 そして、もう一発。更に、もう一発。

 レンが来ているパーカーがダメージに耐えれずに破れ、そのままシャツ一枚のレンは、受付カウンターに突っ込んだ。

 埃を巻き上げ、レンに降り注ぐ。


 口から強制的に吐き出された血が、レンの顔面を真っ赤に染め、流れる涙が、血を洗い流す。

 肩を震わせ、不規則な呼吸と共に、泣き声を響かせた。

「何だ? もう終わりなのかよ」

 男は、肩を廻し、首を捻りながら間接を鳴らした。

「さぁ、殺したい所だが、セラス様の話じゃあ、お前を殺してはならんってよ。残りのスピリットを揃えて貰わないと扉が開かないそうだ。不便な話だ」

 男は、ゆっくりと踵を返した。

「俺はジークス。今晩のスパーリングが挨拶程度だ。次に会う時にはもっと楽しませてくれよ」

 そう言った時、最後の力を振り絞って飛び掛ったレンのエネルギーの塊がジークスの顔面に直撃した。

 強烈な閃光を発し、爆発したジークスの頭部。


 ふらつく足で、立つレンだったが、爆煙の中から現れたのは怒りに顔が歪むジークスだった。しかも無傷だった。

「クソッ……終わったか」

「お前……もう我慢できねぇ。殺してやる!!」

 ジークスは、怒りに紅潮させた顔で黒紫のオーラを身に纏い、レンの許へと歩み寄る。

「スピリットは、お前の死体から抜き取れば良い。そして、片っ端から人間を殺せば、生まれ変わりも死に、ガジャル様は時間切れで復活するッ。それで良い!!」

 暗黒と渦がジークスの拳に集束し、振り下ろされる。


 レンは死を覚悟した。

 恐怖から目をつむる。


 だが、ジークスの拳はレンには届かなかった。

 不思議に思い、目を開いたレン。

 目の前に写ったのは、壁にめり込むジークスと、レンの前で仁王立ちをしていたスーだった。

「スー……」

 レンの言葉に反応せず、スーは、後方にスフィアを投げ飛ばした。

 光の魔方陣が、リノリウムの床に光のサークルを作り上げた。

 すると、スーは、レンの胸ぐらを掴み上げると、サークルの中に投げ込んだ。

「おいッ!! 爺さんッ!! 何すんだよ!?」

 ゆっくりと起き上がるジークス。

 そして、レンが最後に見たのは、肩越しに笑みを見せたスーの最後の笑顔だった。





 瞬時にフォースライドに飛ばされたレン。

 転送台の上で泣き崩れる。

「何でッ!? クソぉぉッ……」

 レンは、転送台から降りると、研究員の一人に頼み込んだ。

「お願いします。俺を直ぐに送り返して下さい。そうじゃないと、爺さんが……スーがッ……」

「すまない。転送は、帰る分には関係無いんだが、送るには距離に応じた回復時間が必要なんだ」

「じゃあ、あとどれだけ待てば良いんだ!?」

 研究員は申し訳なさそうに答えた。

「今さっき、スー様を送ったバカリだ。最短でも20分は必要だ」

「そんな……」

 レンは、その場で膝から崩れ落ちた。



 病院の受付ホールに光のサークルと共に現れたレン。

 だが、そこには誰の姿もなく静まり返っていた。

 スーの姿を探すレン。

「おいッ、スーッ!!」

 すると、柱の影から横たわるスーの両足が見えた。

 慌てて駆け寄るレンだったが、その足を見て驚愕した。

 何と、上半身が消えていたのだ。

「そんな馬鹿な……。スーは?」

 辺りに視線を駆け巡らせる。

 ジークスの姿も無い。

 柱に壁が、レンが消える時と全く変わらず、損傷していない所を見ると、勝負は一瞬で決まったようだ。

 レンは、広いホールをくまなく歩いた。

 すると、受付カウンターの中にスーの上半身が転がっていた。

 引き裂かれた胴体からは、科学素材の内臓やケーブルが抜け出し、適度に暖められていたオイル剤が水溜りを作っていた。


 慌ててスーの上半身を抱え寄せる。

「おい、大丈夫か!? スー!! 返事をしてくれよ」

「れ……ん……」

 何と、スーはまだ生きていた。

 しかし、その声は、今までのスーの声ではなくスピーカーが壊れたような機械的で途切れ途切れだった。

 そして、スーは何かを伝えようとした。

「セラスの器……」

「セラスの器?」

「セラ……スのう……わを破壊……しろ」

 レンは、途切れ途切れの言葉を必死に繋ぎ合わせて聞いた。

「セラスの器を破壊するんだな。分かったからフォースライドへ戻ろう。キュアラクトで助かるかも知れないだろ!?」

 だが、スーは顔を横に振った。

 顔を横に振るとギアの音が首から唸るように聞こえた。

「お……かに……け……」

「はぁ? 何言ってるかわかんねぇよ」

「お……さ……い……」

 スーの眼球の中の赤い光が点滅している。

「たの……だぞ……」

 そう言い残し、スーは死んでしまった。

 レンを助ける為に、希望を繋ぐ為に、自らを犠牲にしたのだ。


「これが、アンタの行き着く先なのかよッ……役割なのかよ……あんまりじゃねぇかッ!!」

 レンは、スーの遺体をフォースライドへ持ち帰ると、救急治療室へと運んだ。

 キュアラクトと呼ばれる直立した円形のカプセル治療機器が立ち並ぶ研究室で、近くにいた研究員へ助けを求める。

「すいません、スーを治して下さい。お願いします」

 軽くパーマの掛かった金髪の女は、スーの遺体を近くのテーブルの上に置いた。

「ヒール博士が居たとしても、死んだ人間は生き返らせないのよ」

「ヒール博士?」

「ここの責任者よ」


 暫くして、女性の研究者がベンチに座るレンへと近づいて来た。

「ゴメンなさい。スーさんの『脳』の役割を担っているエレメント回路が完全に焼け焦げているわ。だからどうしようも出来ないの……」

「そんな……」



 翌日、レンの自宅の周りはパトカーが止まり、警官や刑事が囲んでいた。

 黄色いテープの向こう側で、担架に乗せられ、運び出されるレンの家族の遺体。

 ただ一人生き残ったレンは、直ぐ様事情聴取を行われた。

 犯行時刻のアリバイも問われたが、そこは、公園に居たと嘘を付いた。もちろん立証できる物も無かったが、レンが殺したと言う証拠は何も無かった。

 もう、自分には家族と呼べる者が誰も居ない。

 脳裏に甦る家族の笑顔が、レンの掌に涙を落とした。



 スーの葬儀は、レン一人で行った。

 長く生き、知り合いも居なくなってしまっていたようだ。

 本人が以前に、自分よりも先に死んで行く者を見たくないとの事から、自ら関係を持とうとは思わないと言っていた。それ故だとしても、寂しかった。誰も見送ろうとする者がいない事実が。

 それが、永遠の命を持つ者の定めなのかも知れない。

 命の流れを感じて欲しいと思い、レンは海の底にスーを沈めた。

「じゃあな。スーちゃん」




 フォースライドのラウンジで、一人で椅子に座っていた。

 もう、三時間も宇宙を眺めていた。

 宇宙を眺めていても何も始まらない。だが、スーが長い間見てきたこの景色を見続けていれば、スーの考えや気持ちが少しでも分かるかも知れないと、淡い期待を寄せていたのだ。

「アンタの仇は絶対に取ってやるからな。見ててくれよな」

 レンは、視界の一番奥に見える星に向かって語りかけた。


 その時、二人の男が近づいてきた。

 一人は黒髪の長髪、一人は逆立った茶髪の男。

「君が、寺村 蓮君かい?」

「そうだけど……」

 レンは、警戒しながらも返事をした。

 何故、自分の事を知っているのか?

「スーさんから、君の事を頼まれてね」

「スーから?」

「あぁ」

 長髪の男は、レンの向かい側の椅子に座ると、口を開いた。

「これからは、俺達が君をサポートする」

「で、あんた等何者?」

 すると今度は、茶髪の男が答えた。

「俺達は、ファントムソルジャーだ」

「何それ?」

「元々は、邪悪な宇宙生物を退治するのが仕事だが、今は地球上で活動している。闇に潜む幽霊や妖怪を退治し、人々を救う仕事だ。スーさんがそこで力と心を磨けだってさ」


 それがスーの求めている事なら、今のレンには断る理由は無かった。

 その先に何が待っているのか?

 それは誰にも分からない。だけど、進まなくては何も分からない。

 沈んでいる今だからこそ、悲しみに暮れている今だからこそ、その心に打ち勝つ意味がある。

 スーが最後に言い残した謎の言葉も気になる。

 まだ戦いは始まったバカリなのだ。


「わかった。やるよ」






 三ヵ月後――


「何やねんコイツ!?」

「怖いって、嫌やぁ!!」

 路地裏で、目の前の不気味な人間に恐れをなす関西弁のカップル。

 虚ろな瞳に、座っていない首。垂れ流れる唾液を吐き散らし、もつれた足で力なく襲い掛かる男。

 その男が、大阪弁の男に襲いかかろうとした時、空から降りてきたレンが、手に持っていた剣で切り伏せた。

 頭の天辺てっぺんから股に掛けて一直線に裂ける男が、アスファルトに崩れ落ちる。

「大丈夫か? 怪我は無いか?」

 レンは、二人の体に目をやり、心配した。

 男は、彼女であろう女の手を掴み抱き寄せながら立ち上がる。

「無いけど、お前何者なにもんやねん?」

 男の質問にレンは、手に持っていた剣を、手首に嵌めているブレスレットへと消し去ると答えた。

「俺は、寺村 蓮だ」

 ニコリと笑うレンに対し、男も答えた。

「そうか、俺はリュウセイ。『天野 流星』(あまの りゅうせい)や」




 終わり




 スーが言い残した「セラスの器」とは?

 そしてレンとリュウセイの関係が明かされる。


「HIKARI(光) 特別編 エピソード0.5 ~流星の涙~」を経て本編に繋がる。


 乞うご期待下さい。


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