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特別編 エピソード0 ~初めの一人~ 前編

 知られざるビフォーストーリー。

 エピソード0。

 ちなみに、エピソード0.5と言うのも存在し、それを経て第1話へと繋がります。


 以前に公開させて頂いた物ですが、このタイミングで見る事をお勧めします。

 第4章にも関わるので、是非見てやって下さい。

 とくに、修正はしていませんので、見た事のある方は飛ばして下さい。

 また、HIKARI本来のストーリーの復習にもなると思いますので、忘れかけている方にはちょうど良いと思います。

 今生きている毎日が当たり前だと思っていた。

 この生活がいつまでも続き、学校を卒業し大学へ進学し、社会人になる。

 そして……。

 そんな未来が自分にも用意されていると信じていた。


 しかし……。


 運命と言うモノは、全く予想もしない未来へと突き進む。

 その先にあるモノとは……。




 HIKARI(光)特別編 エピソード0 ~初めの一人~

 



 教室のスピーカーから、授業が終わる鐘の音が鳴り響いた。

 大きな黒板に書き込まれた数式を、しっかりとノートに写し終えると、寺村てらむら れんは、手さげカバンを肩に担ぎ学校を後にした。

 ブレザーから、シャツのすそを少し出し、スプレーワックスで髪をナチュラルに立たせている、至って『普通』の十七歳の青年。


 レンが家に向かって歩いていると、高架下のトンネル内で『手相占い』を商いとしている人を見かけた。

 薄汚れた茶褐色のフードをかぶった白髪の老人。

 その男が、レンを見つけると声を掛けて来た。

「おい、そこの者。お主に大きな使命が見えるぞ。良ければ手相を見てやろう」

 手招きしながら、半ば強引にレンを古い木製の椅子に座らせる。

「いや、別に良いって」

 レンは、老人の強引さに押され、たじろぎながらも、脚がガタつく丸椅子に腰を下ろした。

 老人は、レンの左手を掴むと、手の平を表に向けた。そして、手相を読み解こうと指でなぞる。


「ほぉ。ほぉー。へぇぇ……。んー」

 フードの老人は、ワザとらしく声を上げ、本当に手相を読み解けるようには見えなかった。

 レンは、不安になり手を引っ込めようとした。が、老人はその手を離さなかった。

「おいっ、離せよ。何なんだよお前?」

 すると、老人はレンの掌に直径五センチ程の透明な水晶玉をトンと乗せた。

 透き通る程に美しく、手にしっかりと馴染む水晶玉。

 だが、レンは水晶玉と老人の手を振り払い、その場から立ち上がった。

「またお前か。昨日は、ホームレスだったり、その前は、チラシ配り。事あるごとに俺に水晶玉を渡そうとしやがって。俺は絶対に買わねぇぞ。そんな金あるか!!」

「それはお前のじゃ!! 金などいらん」

「そんな事言って、後で多額の請求書が家に届くんだろ?」

 老人の必死な言葉を跳ね返すレン。

 レンは、新手の悪徳商法だと思っていた。

 以前に、母親がそう言った類の悪徳商法に引っかかって頭を悩ませていた事があったからだ。


「じゃったら、お前が見る夢は?」

 その言葉にレンは、思い当たる節があるのか言葉が止まった。

 やっとの思いで訊ねる事が出来た言葉。

 レンの動揺する姿を目の当たりにし、手応えを感じたのか? 老人は、期待に高鳴る胸を抑えつけ、冷静を装った。

「そうさ。あの夢だ。2人の男女の夢だ。男の足にしがみ付き泣き叫ぶ女。女をさとし、負の連鎖を食い止めようとする男の夢だ」

大地だいち瑠璃香るりか……」

 レンは、老人が言う男女の名を口ずさんだ。その男女が誰なのかを知っている。

 最近になって頻繁に同じ夢を見るからだ。

 老人は、レンの反応に確信を持った。

 喜びと同時に涙を流し、肩を震わせ膝から崩れ落ちた。

「やっと……、やっと出会でおうた。やっと……」


 レンは、大の大人が、公衆の面前で泣きじゃくる姿に狼狽しながらも訊ねた。

「何で……俺なんかに。しかも、『やっと』って?」

「どれだけ経ったかは分からん、ただ、この地球に文明を持った人間が現れた時からお前を探しておったんじゃ」

「はぁ? 何言ってんの?」

 老人が発した馬鹿げた言葉に鼻で笑ったレン。


 すると、老人は唐突に訊ねた。

「お前、『前世』とかに興味はあるか?」

「いや、別に無いし、そんなの信じてない」

「ワシは、お前の前世を知っておる」

「はぁ? 正気か?」 

 老人は、鼻っから信じようとしないレンの態度を気に留める事も無く、アスファルトの上で、確かな存在感を放つ水晶玉を拾い上げると、レンの掌に乗せた。

「これは、お前の前世。『白瀬しらせ 海馬かいま』がお前の為に残した力の結晶だ」

 あまりにも荒唐無稽な主張に、目の前の老人は精神的な病気なんだと感じ始めたレンは、すきを見つけて、話を切り上げようと考えた。


 その時。

 レンの手の上の水晶玉が白い光を帯び出した。

 淡いオーラが水晶玉に纏わり付き、次の瞬間には凄まじい閃光を放った。

「なっ、何だコレ!?」

 説明の付かない現象に、驚愕するレンは、夢ではないか? と、目を擦った。

 しかし、夢では無かった。


 序々に弱まる光の向こう側で、顔を綻ばせる老人が見えた。

「久しぶりに会えたスピリットも大いに喜んでおる」

「スピリット?」

「そうじゃ。さっきも言った、お前の前世が残した力の結晶。そして、お前が『ファーストスピリット』じゃ」

「なんなんだよ? さっきから、何とかスピリットとか……」


「ファーストスピリットには特別な使命がある」

「使命?」

 言葉を繰り返すレン。

「スピリットと、その生まれ変わりはお前を含めて5人いる。お前がファーストとなり、残りの4人とスピリットを探し出すのだ」

「ちょっと待てよ。一体何の為に?」

 レンは、目まぐるしく突き進む話の展開に待ったを掛けた。

 すると、老人も、その質問には慎重になり、制止した。

「それは、ここでは話せん。誰が聞いておるかわからんからなぁ」

 そう言って誰かに見られていないかトンネルの出入り口に目をやった老人の視線を追う。


 誰にも見られていないと安心した老人は、レンに最後の質問を投げかけた。

「真実を知りたくば、ワシと共に来るのじゃ。だが、その時点で後戻りはできぬ。さぁ、どうする?」

 真剣な眼差しをレンに向ける老人。

 レンは、この申し出を受け入れれば、もう元の生活には戻れないだろうと感じた。

 だが、真実を知りたかった。

 これだけの謎を残されて、おいそれと引き下がるのは性に合わない。

 大きく深呼吸し、気持ちを整理し、レンは答えた。

「わかった。行くよ」

「そう言うと思っておった。ならば来るのじゃ」

 レンは、トンネルの出口へと歩く老人の後を着いて歩いた。


 暗いトンネルの先に見える光の出口。

 円形の出口から差し込む白い光が丸く見える。

 まるで、スピリットへと向かっているような……。

 


 人目につかない路地裏へとやって来たレンと老人。

 レンは、何処へ連れて行かれるのか不安に成りつつも、ここで引き下がる気にもならなかった。

「よし、この辺で良いじゃろ」

 老人は、雑居ビルの裏路地で歩みを止めると、懐から青い水晶玉のような球体を取り出した。

「それはアンタのスピリットってヤツなのかい?」

「いやぁ」

 老人は、意味有りげに否定すると、レンを球体越しに覗きながら答えた。

「これは『スフィア』と呼ばれている物だ」

「スフィア?」

 青いスフィアを覗き込むレンから、スフィアを離した老人は、勢い良く空に向かって放り投げた。

 その行方を目で追う二人。

 スフィアは、上空十メートル程へと達すると、青白い閃光を放ちバチンと爆散した。

 弾け飛んだスフィアの破片が、空中で文字を描き始める。

 そして、瞬く間に、直径五メートル程の光の魔方陣を作り上げると、レンの前に光のサークルを降下させた。

 アスファルトに叩きつけられたサークルから風が駆け抜け、レンと老人を包み込む。

「百聞は一見にしかずじゃ。入ってみぃ」

 レンへ、サークルの中に入るよう促す老人。

「えぇッ」

 レンは、不気味に思いながらも、ゆっくりと近づいた。

 目の前の信じられない光景が今日、初めての経験ならまず入らないだろう。しかし、今日は、信じられない光景をいくつも目の当たりにしている。

 こうして、人は、あらゆる経験に麻痺してゆくんだとレンは心の片隅で思った。

 

 そして、レンはサークルの中に入った。


 途端に、心地よい風が全身を包み込み、気付いた時には、雲を突き抜けていた。

 目の前の信じられない絶景に言葉を失ったのも束の間、次の瞬間には、チタン製のような大型の円盤台の上に立っていた。


「ここは何処だ?」

 足許あしもとから噴出す白い煙の中、状況を掴もうと、慌てて視線を四方八方に駆け巡らせる。


 白衣を着た研究者達が、忙しなく見たこともない機械に向かって黙々と作業をしている。

 その巨大な研究所の中央、研究者達が囲むように、レンが立っている円盤台がポツリと存在していた。

 円盤台から伸びる無数のコードや配管が見える。それぞれに取り付けられているメータを、研究者達はデータを取り、報告を上げていた。


「ここが、希望の要塞『フォースライド』じゃ」

 レンの後ろに現れた老人がレンの肩を叩いた。

 ポカンと開いた口を、レンは塞ぐ事が出来なかった。

 想像を絶する状況に陥ると、人間は思考回路が停止してしまうのだと、レンはこの時初めて経験した。




「お前、今の地球が何代目か知っておるか?」

 老人は、クリスタル製の大きな会議用のテーブルに両肘を付きながら訊ねてきた、

「あっ、さぁ……。てか何代目っておかしくない?」

 レンは、そう答えたが、それよりも、窓から見える景色に言葉を失っていた。


 ――月が見える。星も。


 それは、額縁が設けられた絵画でもなく、窓の外には本物の宇宙が存在しているのだ。

 あのサークルに入って、一瞬にして宇宙ステーションにでも来てしまったのか?


 そんな事を思いながら、ぼんやりと宇宙を眺めていると、老人がレンの頭を軽く叩いた。

 我に返り、いきなりの攻撃に憤慨したレン。

「何すんだよジジイッ!!」

「ワシの話を全く聞いておらんかったからじゃろうが。今は、退屈でも必ず知っておかねばならんのだぞ」

「はいはい、分かったよ」

 レンが、クリスタル製の椅子の上で姿勢を正すと、老人は話をもう一度始めた。


「今、お前がいる地球は、数えて25代目の地球なんじゃ」

「てかさぁ、何なんだよ? 25代目って」

 レンは、信憑性の欠片もない話に、体の力が抜け、姿勢を崩した。

「この世界とは、お前がいる地球の常識を遥かに上回っているって事じゃ。小さな定規では限界がある」

 老人は、白髪混じりの眉を細めると窓の外へと目をやった。

「地球と言うのは、神が作りし実験体の一つじゃ。同じ歴史と文明を繰り返し与え、色々な運命で崩壊、壊滅、どのように繁栄してゆくのかを見定める」

 レンは、話の間に入る余地も無かった。それ程に、老人が話す内容は、レンが知っている常識を凌駕していたのだ。


「時には、文明のメルトダウン。地球の寿命、隕石の衝突。異星人との戦争、そして占領。数々の終わりが繰り返され、その度に地球は生まれ変わり、今の25代目に辿り着いたのじゃ」

 老人の話にレンは不思議に思った事があった。

「あのさぁ、テレビで見たんだけど、太陽も月もさぁ、地球と同時期に生まれたんだよなぁ?」

「そうじゃ。地球が25代目と言ったが、宇宙も25代目なんじゃ。一回の宇宙に一つの地球。神は、宇宙の始まりから終わりまでを1回としていたようなのじゃ」

「でも、なんで、そんな『神』の事を知ってるんだ? 見たことあんのかよ?」

 レンは、胸の前で腕を組み、深々と呼吸をした。

「お前の前世達が、一度神の住む世界に行った事がある。その話を聞いたのじゃ」

「へぇぇ……スゲェ」

 レンは、小馬鹿にした態度を取った。


「おっと、話がだいぶ逸れてしまったようじゃの。宇宙の勉強を教えているのではない」

 そう言うと、老人は改まり、核となる事実を語り始めた。


「全ての始まりは、23代目の地球での事。当時の地球も、今と同じくらい文明が発達しておった。だが、環境破壊は、今の地球よりも酷かった。古来より培われて来た資源を全て使い果たし、地球温暖化も激しさを増し、南北の氷河地帯は消滅。海面上昇によっての大地の浸水。地球が、人間の住めなくなる星になるのは時間の問題じゃった。そんな中、一つの団体が地球を救おうと、政府や、合衆国に声明を送り続けていた。それが『ゲラヴィスク教』」

「ゲラヴィスク教?」

 レンは、舌がもつれそうになりながらも繰り返した。

「まぁ、宗教団体の一派じゃ。またゲラヴィスク教は、不思議な力を使うとも噂されており、彼等を崇める人間も大勢いた。だが、全く彼等の話を聞き入れず、己の私利私欲のために、世界を動かそうとする人間達に対し、ゲラヴィスク教は嘆き悲しみ、遂には再生の神『ガジャル』に最後の希望を夢見て、目覚めさせようと考え出したのじゃ」


 ――ガジャル。

 その言葉をレンは夢で知っていた。


「夢の中の男が最後に叫んでました。『ガジャル』って」

「そうじゃ。当時、ゲラヴィスク教の中で、救世主とまで言われた一人の男がいた。その名を『セラス』。ずば抜けた力を持っておった彼は、再生の神である『ガジャル』を甦らせたのだ。じゃが、ガジャルは、ゲラヴィスク教達が思い込んでいた神とは違った。再生の意味は、世界の破壊だったのだ」

「それで、23代目の地球は滅んだのか?」

 レンの問いかけに老人は顔を左右に振った。

「あと一歩で、地球が消えかけた時、5人の救世主が現れた。彼等は、ガジャルを倒そうと、必死に戦った。凄まじい戦いが長く続いた。じゃが、5人は、ガジャルをこの世から消す事が不可能だと悟ったのじゃ。最後に残された手段は封印しかなかった」

「出来たのか?」

「まぁな。しかし、あくまで『封印』じゃ。いつかは破れる。当時の地球が無くなり、封印の効力が消えれば、再びガジャルの猛威が繰り返される。だから、彼等は、自分達の力を結晶にし、『スピリット』と名づけた。そして、自分達の生まれ変わりが現れた時、同時にスピリットが各地の遺跡に現れるように特殊な魔法を掛けたのじゃ。再び、ガジャルを封印させるために。そして、24代目の地球はその生まれ変わりによって守られた」

「それって……」

 レンの感が確かならば、答えは夢の中にあるのだろう。

 そして、その感は間違っていなかった。

「お前の夢に登場した者達だ。その中に、君の前世もいた」

「って事は、今度は俺達がガジャルを封印しないといけないのか?」

「そうじゃ」

 老人はあっさりと答えたが、それが逆にレンの感情を逆撫でした。

「ふざけんなッ!! それが本当なら、出来る訳ないだろ。俺は、普通の高校生だぜ。格闘技も習ってないし、喧嘩も自分から避ける性質たちなんだ。普通に考えても無理だろ?」

 レンは、勢い良く立ち上がった。反動でクリスタルの椅子が横転し、重く高い音を発した。


「前世の君も、同じ事を言っていた。彼等も皆、普通の学生じゃった。じゃが、皆には守る物があった。絆も。そしてスピリットが……。心を解き放ち、スピリットと同化すれば、大切な物を守る事が出来る大きな力が湧き上がる」

「俺には、そんな力なんて無いよ」

 レンは、俯き加減に呟いた。

 強く握った拳が、彼の中に有る暗い記憶を物語っていた。


「一人では、無理じゃな。その為に仲間がいるのじゃ。今はまだおらんがな。お前が集めるんじゃ、4人を」

 そう言って、老人は再び、テーブルの上にスピリットを置いた。

「これが、輝いたのはお前が前世の生まれ変わりである証。そしてファーストスピリットじゃ」

 レンは、スピリットをそっと掴むと、見えぬ答えを求める様に覗き込んだ。


 ――自分がすべき事。できる事。


 ――大切な人を守れるのか?


 押し潰されそうなそうな不安、先の見えない恐怖が、今のレンの八割を占めていた。

 だが、残りの二割には、希望と夢があった。


 確かに、荒唐無稽な話の上に破綻し過ぎだ。

 誰がこんな馬鹿げた話を信じるだろうか?

 だが、今のレンは心のどこかで、その滑稽な事実が常識に変わりつつ有る事に気付き始めていた。


 ――夢が語る真実。


 それを見ていると言う事は、自分には天命があるのかも知れない。

 理由は、まだハッキリとはしないけどそう信じたい。レンは、そう思ったのだ。


 そして、レンは、長い沈黙の後、これまでの現実に『さよなら』をした。




 レンの胸を老人の肘が弾いた。

 後方に吹き飛び咽るレン。

「ほれ、防御をせんか。防御じゃ」

「クッ……言われなくても」


 フォースライド内にある『トレーニングルーム』で闘いの基礎を教え込まれていたレン。

 喧嘩もろくにした事が無かったのに、いきなりの本格的なバトルテクニックに手も足も付いていかなかった。

 まるで、アクション映画の主役のような拳法を巧みにこなし、レンを翻弄する老人の動きは、見た目の年齢など宛てにはならなかった。


 老人の突き出した拳を、クロスガードで防ごうとしたレン。だが、次の瞬間には、足をすくわれ尻からダウンしていた。

 蹴り出された足を、膝で受けようとした瞬間に、左即頭部に踵落としを入れられていた。

 意を決して飛び掛ったレンを、老人の気合と共に掌から発せられた波動が弾き返した。


 呼気荒げに、額を伝い、細い顎から大粒の汗が垂れる。

「爺さん何者なんだよ? 本当に爺さんか?」

 すると、老人は汗一つ流さずに答えた。

「ワシは、サイボーグじゃ」

「えっ!? マジ」

 老人は二つの瞳を赤く光らせ、レンに正体を明かした。

 驚くレンに、老人はニコリと笑った。

「お前の前世に闘い方を教えたのもワシじゃ。当時は生身だったがな。君等に会う為に、臓器をメカニックし、超冷凍で最近まで眠ってたんじゃ」

「何の為に?」

「誰かが、引っ張らなければ、ファーストスピリットも何をすれば良いか分からんじゃろ? 言わば案内人じゃ」

 そう軽々しく口にした老人だったが、レンは、心が急に苦しくなった。

 自分を犠牲にしてまで、レン達の為に力を尽くそうとしている。

 本当は怖かったはずだ。

 全てに別れを告げ、永遠の眠り付く事が。

 だからこそ、自分に何が出来るのか? それは、彼の期待を裏切らない事だろう。


「ところで爺さん名前は?」

「スー・メイセン。君の前世達は、『スーちゃん』と呼んでたよ」

「スーちゃんか」

 その見た目のギャップと、ネーミングの響きが滑稽だった。

 クスリと笑ったレン。


 そして、また、トレーニングが始まった。



 レンが家に帰ったのは、いつもより四時間も遅れていた。

 もう、家族は、風呂を上がり団欒している頃だろう。

 築年数の古そうな平屋へと帰ってきたレンは、居間の引き戸を開けた。

「ただいまぁ」

 すると、目の前には、ちゃぶ台で酒を煽る父親と、居間の隅で小さくなる母親、そして、高校一年の妹がいた。

 二人が怯えた視線をレンに向ける。

 レンはその視線を受け、父に目をやった。


 かなり酔っている。


 レンの父親は、酒が入ると大人しく温和な性格から、暴力的な父へと豹変するのである。

「また、酔っ払ってんのかよ」

 レンは、手に持っていたカバンを畳みに叩き付けた。

「悪いのか? 俺は今、良い気分なんだよ、それなのに何でテメェに邪魔されなきゃいけねぇんだッ!!」

 暴言と同時に、口の中の酒と唾液が、父の無精髭の間をすり抜ける。

「誰のお陰で飯食えてると思ってるんだ馬鹿野郎がぁ」

 レンの父親は、口を開けばいつもこの言葉が出る。特に一度酔っ払うと念仏のように繰り返すのだ。

 レンは、大きく溜息を付くと、隣の部屋に着替えに向かった。


 すると、暫くして、妹と母親の悲鳴が家中に鳴り響いた。

 レンが慌てて居間へ現れると、目の前で酒に酔った父が、妹に覆いかぶさり、拳で顔を殴っていたのである。

「美奈子もエエ女になりやがって、俺が男を教えてやるかぁ!!」と、泣き叫ぶ妹の服を無理やり脱がそうとしていたのである。

 それを必死に妨害する母。

 そんな母の顔面に父は前蹴りを食らわせ、大きく仰け反った母は、タンスの角で頭を打ち付けた。

 その光景に激怒したレンは、父親の胸ぐらを掴み上げた。

「テメェ、何やってんだ!! 糞野郎ッ!!」

「親に手上げるのかぁ? 誰に飯食わせて貰ってんだ? 馬鹿野郎!!」

「飯くらい、俺がアルバイト代で食わせてやるよ、母さんと美奈子に。だから、テメェは、もう消えろッ!!」

 レンは、大きく掲げた拳を父親の鼻先に打ち込んだ。

 鈍い音とともに、父親の鼻からどす黒い血が流れる。

 ずっと、母親と妹を守れずに、自分も小さな頃から父親に暴力を振るわれていた。涙を流し、腫れた頭で母親のもとで泣きじゃくっていた。

 そんな記憶がレンの中での『暗い記憶』として、深く根付いていた。

 病弱な母には仕事も出来ず、父がいなければ食べて行く事も出来なかったからだ。

 だが、もうそんな事はどうでも良かった。

 いままでの恨みが、憎しみがレンの拳の痛みを麻痺させていた。

 何度も。

 何度も殴り続けた。

 何度も。

 何度も血飛沫ちしぶきが散った。

 母親と妹がレンの両脇を引っ張り上げ、止めようとする。

 遠くに聞こえる二人の声……「もう止めてぇぇ」……「死んじゃう」


 その時、レンは思った。

 コレは、正しい事なのか?

 復讐……。

 父親に手を上げた事が……。

 レンは、赤く染まる拳に目をやった。


「俺は……」

 ――何やってんだ?


 レンは、そう言うと、意識も朦朧とする中、家を飛び出した。



 近くの公園へと走ってきたレン。

 荒い呼吸で、トイレへ駆け込み、洗面台で血に染まる手を洗い流す。


「スカッとしたか?」

 その声に振り返るレンの前にスーがいた。

「もしかして見てた?」

「まじまじとな」

「見ただろ? 俺、あの時、復讐に駆られた悪だった。そんな俺が正義の為に人を救える訳が無い」

「確かに、親に手を上げた事は賛成し兼ねる。しかし、お前は母親や妹を守ろうとした。それは間違っていない」

 俯くレンに、スーは続けた。

「良いか? 強くなる為の一番の力は悪の力だ」

「えっ?」

 レンは耳を疑った。大切な人達を守ろうと言っていたスーが悪を正当化しようとしたからだ。

「勘違いするなよ。悪の力が無ければ人は強くなれん。誰かを救う為には仇となる相手への復讐心がある。だからどんな人間にでも悪の力はあるのじゃ。ただ、肝心なのはそれに己が飲み込まれるかどうかだ。だからこそ、光の心で包み込む。悪の力を利用し正義の心で浄化する。それが大事なのだよ」

「悪の力を利用し正義の心で浄化する……」

 レンは、その言葉を自分への教訓のように繰り返した。


「ブラーボー」

 その時、二人の会話を割って入る者が拍手をしながら近づいて来た。

 暗闇へと目を凝らす二人。

 その声の主が何者なのか気付いたスーはレンに警告した。

「早く逃げろ!!」

「えっ!?」

「もう遅いよ」

 闇から聞こえる陽気な声。

 公園の出口へと向かおうとしたレンだったが、出入り口を不気味な男女が封鎖していた。

 老若男女が、虚ろな瞳を投げかけ、垂れた首はそのままに、口からは粘性の高い唾液が糸を引いていた。

 力なくもつれる足で器用に立ちながら、のどの奥から掠れた呻き声を上げている。

 レンが感じる不気味な違和感。それはどう見ても『人』から発せられるモノでは無かった。

 狂気と冷静さが入り混じった……対極する感情が無理に調和を取ろうとしているような。


「何なんだよ、お前等?」

「もう彼等は人じゃない」

「人じゃないって?」

「操られている」

「誰に?」

 慌て問い続けるレンの前に、漆黒のローブを全身に纏い、白い満面の笑みを表現した仮面を付けた男が現れた。

 スーがその男を見て答えた。

「ゲラヴィスク教じゃ……」

「コイツが、ゲラヴィスク教!?」

 初めて見る不気味な仮面の男。

 全身を貫く邪悪な気配。


「じゃあ、今から君達を殺すね。ファーストスピリットは此処で消して置かないと」


 白い仮面がそう言うと、ローブの袖から色白の手が顔を見せた。

 二人に向けられた掌から、今まさに、邪悪なエネルギーが放たれようとしていた。



 中編へ続く。


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