第38話 「光の神獣」その4 完結編
砂となり消えたセーデンを中心に淡い光が、池に出来た波紋の様に広がり始めた。
その光は、不死鳥の結界内のダークスパイデスを包み込むと、闇のクリーチャーを掻き消し、元の姿へと戻した。
結界を突き抜け、押し寄せていた闇の軍団が消し飛んでゆく。
その大部分が、白い光の粒となり、宙を彷徨いながら天へと登って行った。
ウェンディゴ、タナトスの姿も煙となり消え去り、落ち着きを取り戻した四神が神々しく佇んでいる。
身動きが取れるようになった不死鳥が、両翼を大きく開いた。
放たれる太陽の様なオーラを全身に受けた青龍・百虎・玄武は、それぞれの光の塊へと姿を変えると、遠い地の果てへと飛んで行った。
彼等に相応しい社へと導かれるように。
「これで終わったのか?」
呆然と立ち尽くすアウルの許へと歩み寄るソラが訊ねた。
輝きを失ったスフェニスソードを握るアウルは、張り詰めていた緊張や、怒りが一気に開放された事により、状況を把握するまでにタイムラグが生じていたのだ。
「終わった?」
自分がセーデンにトドメをさした事にも気付かず、その事実をソラに告げられ、自らの行動の結果が少しずつ甦る。
「俺が……トドメをさしたのか?」
「師匠ぉぉ!!」
その言葉に振り返ると、無邪気な笑顔をしたパルが、駆け寄ってきた。
「パルッ」
「ついに、セーデンを倒したんですね。…………で、アンタは誰?」
パルは、眉を潜めながらアウルからソラへと視線を移し訊ねた。
アウルも、会話をしていた相手が誰なのか解らなかったので、再度、ソラの顔を見つめた。
「俺は、神城 空。仲間も居るだろ? こんな服を着た」
と、ソラは、バトルスーツを見せつけた。
「じゃあ、アンタが5人目のHIKARI(光)なのか?」
「ひかり?」
「神城ぉッ!!」
その懐かしい声に、振り返るソラの前に、リュウジとルナが立っていた。
「沢田、琴嶺。お前らッ!!」
久しぶりの再開に思わず笑みが零れたソラが、斜面を駆け上がる。
リュウジも斜面を下ろうとしたが、足がふら付き、ルナが肩を貸した。
真っ黒な炭と化したリュウジの腕に気付く。
「お前、その腕……どうしたんだ?」
「何でもねぇよ」
「何でもねぇ訳ねぇだろ」
「うっせぇ、クソが」
「ソラッ!!」
更に、ソラを呼ぶ声が木霊した。
振り返ると、悲壮感漂う表情で、博雅が呼んでいる。
「清明が、清明が」
「清明さんッ!!」
博雅の足下で意識を失っている清明。
ソラは、慌てて駆け寄ると清明の体を起こした。
どうやらバラバラになった体も服も元に戻っているようだがが、死んでいるかのように反応が無い。
呼吸を確かめると、弱弱しい息吹を感じた。
「大丈夫、死んでない」
「そうかッ」
暫くの静寂の後、全てが終わったのだと次第に気付き出した兵士達が勝利の雄叫びを上げた。
その声に気付いた城内の市民達も互いに抱き合い、愛する者の元へと駆け寄った。
志願兵となり、国の為に戦った夫の許へと駆け寄る妻、子供。
志願兵となっていた若い男が、城へと駆け上がり、思いを寄せる女性に愛を告白する。
農夫の息子のフェインも、父の活躍を湛えるべく、城門を駆け出した。
セーデンから発せられた光の波紋はまだ衰える事なく、拡がっていた。
空へと昇る無数の光の粒が、逆再生した雨粒のように幻想的な景色を演出し、バーンニクス城の人々は心を奪われた。
闇のクリーチャーが消し飛び、光の粒と化す。
その中で、幾体かは、寄生される前に肉体が残るモノもあった。
闇が光と変わり、大地が顔を出す。
そこには、粉々になったエクスフェリオンの残骸が転がっていた。
横たわるタルが不意に動きだす……。
そして、中から何かが叩く。
砕けるタルの中から、嗚咽するガイが現れた。
「オェェ……、おッ、おッ、ヴォェェー……ヴォェェー…………ヴォォエェェェ……」
…………………………
「何やアレ!?」
襲い掛かるクリーチャーを薙ぎ払ったリュウセイがアンリの後方のソラを指差した。
光の波動が次々と大地を白く染めてゆく。
そして、次の瞬間、セーデンの塔を光の波動が通過するのと同時に闇の軍勢が一瞬にして消え去り、光の粒が空に昇って行った。
「アイツらやりよったんか?」
「きっとそうですよ」
「終わったんか?」
精神的にも肉体的にも限界を超えていた二人は、崩れるように、座り込んだ。
「あかん、もう動かれへん」
「私も……」
そう言いながら、荒い呼吸を整える。
その時、微かな振動を感じた。
「寺村さん、この揺れ何ですか?」
「揺れ? アンリちゃんのオッパイが揺れてるんとちゃうんか?」
「茶化さないで下さいよ」
「めんご、めんご」
そう言って、体の痛みに耐えながらバルコニーの手摺から地上を見下ろしたリュウセイ。
上ずった悲鳴が、聞こえた。
「どうしたんですか?」
「この塔……崩れとるでッ!!」
「エェッ!?」
セーデンの闇の力を失った塔が、崩壊を始めていた。
人間やエルフの死体を押し固めて建造されていたが、それぞれを結合させていた力が無くなり、脆く解けているのだ。
「やばいやばい」
そうリュウセイ達が焦るのも無理はない、二人がいる塔屋は、雲の上なのだ。
即ち、このまま落下すれば一巻の終わりなのである。
塔が崩れている振動と音が全身に伝わる。
全てが崩れるのも時間の問題だ。
足場が綻び出した。
「寺村さん!!」
「解ってるけど……どおせえっちゅうねん?」
崩れ始めた塔屋。
「アカン、飛べ!!」
「えっ!?」
そう言って、リュウセイはアンリの腕を掴みジャンプした。
硬直する二人が真っ逆さまに落ちてゆく。
内蔵が押し上げられる。
恐怖に唸り声を上げるアンリを力強く抱きしめたリュウセイは、暴風の中、目を開けると、遠くから何かが近づいている事に気付き、目を凝らした。
「ガイ……か?」
オレンジ色の光に包まれたガイが、船無しに空を飛んでいたのだ。
そして、リュウセイの体を引っ張りあげた。
「お前、天使になったんか?」
その声に目を開けたアンリもガイの姿を見て驚いた。
「生きてたんですか?」
「まぁな。他の船員も生きてたさ。寄生されてた時間が短かったからかも知らねぇが、結果オーライだ」
「でも、どうやって飛んでんねん?」
「エクスフェリオンの動力源さ」
「動力源?」
アンリが繰り返す。
「魔法の浮遊石の残骸の中から、使えそうなのを拾ったのさ。拳程の大きさしか残ってなくて、これじゃあ、船を浮かす事は無理だが、人間くらいなら大丈夫って訳……それよりも?」
「何?」
アンリが訊ねる。
「オェェ……、おッ、おッ、ヴォェェー……ヴォェェー…………ヴォォエェェェ……」
「ギャー、汚い」「お前、コラッ、吐くなや!!」
「ずまん、胃の中にも闇のヤズラに入られたモンで、ぎもぢ悪ぐでぇ」
「なんや、お前、口を犯されたんか? ははは、アホやなぁ」
「うるぜぇヴォェェー……ヴォェェー…………ヴォォエェェェ……」
「汚いぃッ!!」
「お前、ちゃんと持てや、落ちるやろ!!」
「ヴォェェー…………ヴォォエェェェ……」
「汚いぃッ!!」
不死鳥の許へとやってきたソラ、リュウジ、ルナ、アウル、パル。
アウルとパルが跪き頭を下げた。
「顔を上げよ」
大地に響くかの重低音の声が不死鳥から発せられた。
「そなたらの働き、見事であった」
そう言うと、不死鳥の眼が青く光った。
すると、リュウジの腕が許に戻り、後方で、意識を失っていた清明が起き上がった。
「死んだ者は、蘇生できないが、致命傷までなら全ての人間を治癒させてもらった」
「サンキューな」
そう、拳を突き出したリュウジにアウルが「コラ、無礼者」と注意した。
歩み寄ってきた、清明と博雅に、不死鳥は頭を下げた。
清明も跪いた。
「お前の住む世界を捨ててまでこの世に赴き、私を蘇生させてくれた事に深く礼を言うぞ」
「ははぁ」
恭しく清明は、不死鳥の礼を頂いた。
暫くすると、不死鳥の大きな翼の下から、物音が聞こえ出した。
「何だ?」
とリュウジが首を傾げる。
すると、翼の隙間から、二体の不死鳥の雛が卵を突き破り現れた。
「うぁ、可愛い」
と、思わず顔を綻ばせたルナが声を上げる。
「そう言えば、卵があったから、不死鳥さんが動かなかったんだっけ?」
「そうだ、ずっと、何があっても、卵を孵化させる為に、守り抜いておられたのだ」
リュウジの言葉に、アウルが答えた。
目が完全に開ききらない雛の体に纏わり抜く繭を優しく、舌で取る不死鳥を、一同は暖かく見守った。
「あ、俺、寺村さんと松之宮を迎えに行ってくるわ」
ソラはそう言うと、スフィアボードを展開し、飛んで行った。
その夜、一同が揃ったバーンニクス城には、パルが助けを求めた国の国王、王妃も揃い、盛大なパーティーが開かれた。
皆、豪華な酒や食事に気分も高揚し、それまでの恐怖も嘘の様に楽しんだ。
だが、そんな活気付く広間の外れに、赤子を抱くロイドの妻がバルコニーから夫が眠る墓の方を沈んだ表情で眺めていた。
そこへ近づくアウル。
「お体に触りますぞ」
「アウルか」
アウルもまた、この盛大なパーティーを心の底から楽しめずにいた。
今、この瞬間を一番心待ちにしていたであろうロイドは、もう二度と帰って来ない。
彼を救えなかった事が、悔やんでも悔やみきれないのだ。
ロイドの妻も、また、この瞬間を共に感じたかったはず。
誰を責める事もできない。
ここに居る全ての者は、全力を尽くしてくれたのだから。
そう、きっと、家族を失った者達も苦しみ、納得しようと必死なはずだ。
いま、死んで行った彼らの為に、生き残った者達が出来る事があるとすれば、彼らが望んでいた世界へ少しでも近づけて行く事だろう。
我々の幸せ、明日への希望を胸に死んで行ったに違いない。
「なぁ、アウル」
「はい」
「まだ、この子に名前を付けていないのだ。何か、良い名は無いか?」
「いや、しかしッ」
「お前に名付け親になって欲しい。きっとあの人もそう願うはず」
目の前の赤子が一生名乗るであろう名を簡単に決めれる訳が無い。
アウルは、会場の中へと視線を巡らせた。
酒樽に顔を突っ込み上機嫌で酔いしれるガイ。
その横で、サラダを口にするルナ。
早食い競争をしているリュウジとソラ。
その二人を冷めた目で見下すアンリ。
初めて口にするであろう酒に高揚する安陪清明と源博雅。
この奇跡は、彼ら、そう、HIKARI(光)が起こした奇跡なのだと、改めて実感した。
伝説は、現実となった。
「ヒカリとは如何でしょう?」
「ヒカリか……良い名前ね」
「明日と言う日を何時までも照らしてくれる。そんな女神の様な存在であって欲しい」
アウルは、赤子の頬を指で軽く押しながら言った。
ここにいる誰もが知らない、もう一人のヒカリ……。
彼女もまた、ロイドの娘であり、打倒セーデンの為に、死力を尽くした。
この戦いに負けた事による違った歴史が生んだもう一人と、現在のヒカリ。
同じヒカリでも、その名に込められた思いには若干のズレがある。
――闇に沈んだ世界から光を取り戻して欲しい。
――明日と言う日を何時までも照らしてくれる。そんな女神の様な存在であって欲しい。
もし、ロイドが生きていて、両方のヒカリを目にしたのなら、前者の使命を背負ったヒカリに心を痛めるであろう。
きっと後者のような由来を願い、戦いとは無縁の世界で幸せに生きて行って欲しいはずだ。
この奇跡は、彼らが知りえぬもっと大きな奇跡。
この奇跡の為に、どれだけの思い、願いがあったのか……。
今生きる、歴史も、そんな奇跡が積み重なった万物の賜物なのかも知れない。
次の日、ソラ達は、徒歩でバルシェログの森へと向かっていた。
遂に、この星、コールディンに別れを告げる。
見送りに来たのは、アウル、ガイ、パル、清明、博雅。
清明が、この世界で四神を転生させたお陰で、マナが戻り、水が、風が、土が蘇った。
これで、バーンニクス城の者達も新たなる自然と共に、復興の道へと歩んで行けるだろう。
すると、遠くの空から真っ赤に燃え盛る鳥獣が舞い降りて来た。
「不死鳥……」
リュウセイがそう言うと、全員の目の前に着地した。
全身を包む炎が収まり、橙や赤色の羽根が生えた翼が顔を出した。
一同が、頭を下げる。
続いて不死鳥が口を開いた。
「お前達に渡す物がある」
「え?」
唐突な言葉にリュウセイ達は耳を疑った。
「お前達、一体何の為にこの世にやって来たのだ?」
「…………あっ!!」
一同は、電流が流れたかの様に顔を上げた。
「我が命をくれてやろう。この御霊を」
「いやいや、有り難いけど、それは……」
リュウセイは、後ろで驚くアウル達の顔を見ても直ぐに気付いた。
「あなたが居らんくなっては、この世界に火のマナは無くなるんじゃないんですか?」
「案ずるな」
そう言うと、空から二体の小柄な不死鳥が舞い降りて来た。
「今後は、我が子達が使命、そして記憶を引き継ぐ。我が親も、お前達の前世の共に御霊となったのだ。私を産み落としな」
まだまだ、不死鳥の迫力には劣るが、二体の新生不死鳥は勇ましく咆哮して見せた。
「本当にエエんですか?」
リュウセイがそう言うと、不死鳥の体から一気に炎が噴き出した。
雲を突き抜ける火柱が上がり、暫くすると収まった。
残されたのは、不死鳥の遺灰。
そこに、真紅の光を放つ丸い石を見つけた。
「これが、不死鳥の御霊か」
リュウセイが、ギュっと握りしめた拳をソラ達も神妙な面持ちで見つめ続けた。
つづく