第38話 「光の神獣」その1 完結編
飛び込んだ先の眩い光が静まると、そこは、巨大な洞窟だった。
「ここが……、過去なのか?」
と、博雅は清明の後ろで不安げに訊ね、辺りを見回したがソラの姿が無い事に驚いた。
「清明、ソラの姿が見えんぞ」
「案ずるな。ソラは求める場所へ向かったのだ」
そう言いながら、清明は、目の前で灰色と化す巨大な鳥の許へと歩んだ。
以前は、神々しくも赤々とした姿だったのだろうと、清明には感じた。
体に巻きつけていた荷袋を岩場に置き、中から取り出した木彫りの朱雀像を床に置くと、扇を取り出し下唇にそっと当てた。
「転生回帰、朱雀。式神招来、急々如律令」
暫くの間、清明が念を送り続けると、朱雀像の目が白い光を発しだした。
そして、みるみる膨張を始めた。
朱雀像の中で胎動する命が今、噴出さんと、体表に亀裂を発生させる。
何時しか木彫りの像を見上げていた博雅は、その巨大さに腰を抜かしそうになった。
卵から雛が孵化する時の様に、剥がれ落ちる木の破片が宙を舞い、中から巨大な真紅の翼を広げる朱雀が現れた。
黄金のクチバシを持ち、燃える様な真っ赤な羽根が全身を包む、そして、緑色の眼が神秘的な光を放っている。
今度は、清明は、持っていた扇を朱雀に向けてから、息絶えている不死鳥を仰いだ。
「何をする? 清明」
「朱雀と不死鳥を融合させ、不死鳥を復活させる」
「何!? そんな事ができるのか?」
神をも従わせるかの様な清明の言葉に、驚きながらも、博雅はその後の成り行きを見届けようと口を閉じた。
全身から真っ赤なオーラを噴きだした朱雀は、巨大な光の玉へと姿を変えると、横たわる不死鳥の体の中へと消えた。
少しの静寂の後、不死鳥の体に色が蘇り始めた。
羽根が逆立ち、呼吸が聞こえる。
そして、大きな首を持ち上げると、ゆっくりと眼を開いた。
途端に、不死鳥から発生した得体の知れない波動が、清明達を包み込み、全てを通り抜けながら一瞬にして拡がった。
不死鳥の勇ましい咆哮と共に。
闇の軍勢に襲われるリュウジ。
全身を貫く邪悪な激流の中、目や鼻、耳、口へと流れ込み浸食される。
息をすれば肺にまで流れ込んでくる。
普段のリュウジなら、気合いと共に吹き飛ばせていたのかも知れないが、ジェリルとの戦いで、体力を使い果たしてしまった今、残された抵抗力は皆無に等しかった。
その時、リュウジは、全身に波動を感じた。
そして、全身から闇の者達が飛ばされたかの様に抜け出た。
弾き飛ばされたのか?
力なく、横たわりゆっくりと目蓋を開けると、不死鳥の結界が復活していた。
さっきの波動は、再び結界が張り巡らされた事によるものだろう。
「どうなってんだ?」
バーンニクス城を取り巻く闇の軍勢も、不死鳥が展開した結界により、吹き飛ばされた。
食堂の中で、今、出産を終えたロイドの妻と、生まれたばかりの子供を抱きかかえるルナ。
闇の軍勢の支配を伝えようと駆け付けたアウル達が、今起きた現象の理由が分からず、緊迫していた思考が一旦停止していた。
「何が、起こった?」
「さ、さぁ……」
と、ルナは答え、赤子を助産婦にそっと手渡した。
助産婦は、初めての我が子の誕生に涙を浮かべるロイドの妻へと、赤子を渡した。
大広間や至る所で、闇の軍勢の猛攻から解放された兵士や、一般市民が横たわっていた。
皆、ついさっきまで死を覚悟していただけに、不気味なほどの静寂に戸惑いを隠せないでいた。
その中を眉を潜めながら歩く者がいた。
一番、この現象が気に食わない者。
「これはどう言う事だ?」
薄汚れた装束を身に纏うソラの体を持つセーデン。
そこへ、中年の兵士が歩み寄った。
「おい、大丈夫か? 怪我はないか?」
「怪我ぁ?」
そう、怪訝そうに言葉を繰り返したセーデンは、中年の兵士の首を掴んだ。
「な、何をするッ?」
男は、必死にセーデンの腕を叩いたりしながら抵抗したがビクともしない。
「たかが人間如きが、我に語りかけるでないわ」
握り潰されたトマトの様な光景に、悲鳴を上げる一般市民達など視界に入っていないセーデンは、目を上にしながら暫く思案し始め、口角を釣り上げた。
「ふん、不死鳥め、まだ死んでおらんのか」
そう言うと、セーデンは、闇の中に消えて行った。
セーデンの塔の頂上から、ソニックウェーブが放たれる。
鋼鉄をも斬り裂く真空波が、闇のクリーチャーを寸断し、塔の頂上から下界へとその残骸は降り注いだ。
息を切らしながら、背中を合わせ戦うロイドとリュウセイは、互いの死角を補うかのように迫りくるモンスターを倒していった。
「くっそぉ、キリが無いやんけ」
「無駄口を叩く暇があったら、一匹でも多く倒せッ!!」
「そんなん言われんでも分かってるわッ……ヴォケェェッ!!」
二人の剣から再び真空波が放たれた。
倒しても倒しても、バルコニーをよじ登り溢れ出るクリーチャーに、吐き気を感じていたリュウセイ。
その時、またも強烈な頭痛が発生した。
「ぐぉぉ……こんな時に何やねん!?」
脈動が、脳内で何十倍もの迫力で鳴り響き、その度に全身が焼けそうになる。
意識と肉体が離脱しそうな訳の分からない衝撃が襲い、掌から零れ落ちた剣が死体の床に転がった。
前にも起こった謎の苦痛。
忘れていた訳ではないが、まさかこんなタイミングで起こるとは夢にも思わなかった。
その異変に気付いたロイドが、慌ててリュウセイの肩を掴み、腕を自分の肩に掛けながら懸命に支えた。
「おい、しっかりしろ!! リュウセイッ!!」
だが、瞳孔が開いたままのリュウセイは口からは涎が垂れ出し、ピクリとも動かなかった。
「クソッ!!」
ロイドは、リュウセイを床に置き、迫りくるクリーチャーへと剣を振りかぶった。
しかし、二人でギリギリだったが故、結果は目に見えていた。
「駄目だ、抑えきれない」
次第に数を増す闇の軍勢に、死を覚悟したロイド。
その時、バルコニーにいたクリーチャーを何かが一瞬にして消し去った。
「寺村さんッ!!」
そう言って、空から飛び降りて来たアンリが、全身に光の武器を纏いながら近寄るクリーチャーを薙ぎ払った。
崩壊する表情のリュウセイを抱き抱えたアンリ。
アンリの膝の上で意識が戻ったリュウセイは、まだ残留する頭痛に顔をしかめながら立ち上がった。
「ありがとう、アンリちゃん……。でも、どうやって此処まで?」
そう訊ねたリュウセイに、アンリは笑顔で上空を指差した。
「ほら」
と、リュウセイの歓喜の瞬間を心待ちにしていたアンリだったが、その顔は瞬時に凍りついた。
その意味が全く解らないアンリをよそに、リュウセイは、剣を拾い上げると上空で、スフィアボードに乗るソラに突き付けた。
「よぉ抜け抜けと戻ってこれたなぁ、セーデンさんよぉ。何で神城の姿をしとんねん? あぁ?」
ソラは、セーデンの塔の頂上に足を付けると、リュウセイの許へと歩み寄り、突きつけられた剣を素手で押さえた。
「話せば長いんですが、この世界に俺は二人います。寺村さんが見たのは、もう一人の俺、セーデンでしょう」
真剣な眼差しでリュウセイの目を見つめる。
その目が嘘偽りの無い風に感じたリュウセイは、確かめるように口を開いた。
「お前、ホンマにソラか?」
そんな二人のやり取りが、更にアンリの中での疑問を膨らませた。
「ね、ねぇ、ちょっと待ってよ。一体どうゆう事?」
そこへ、三体のクリーチャーを仕留めたロイドが割り込んできた。
「もうその辺で良いだろう。それよりも、この状況を打開しなければ。本物のセーデンは、バーンニクス城に居る事は間違い無いだろう」
「あぁ、でも、向こうには沢田が居る」
「しかし、セーデンは、この俺の剣がなければ倒せない」
緊迫したやり取りに、今度はソラが付いていけなかった。
すると、リュウセイは、さっきまでソラが乗っていたスフィアボードの事について訊ねた。
「お前、さっき乗ってたスケボーみたいなヤツ。あれ、結構早いんか?」
「いや、どれだけかは解んないけど、ジェット機以上かも知れないっすね」
「やったら、向こうの方角にバーンニクス城って城があるんや。そこにコイツを乗せて行ってくれへんか? もちろん全速力で。コイツの剣が無いとセーデンは倒されへんねや」
「でも、寺村さんと松之宮は?」
そう、この状況でロイドを乗せ飛び立てば、無数の敵が現れる塔の頂上にリュウセイとアンリを見捨てる事になる。
アンリを守ると言った側から、そのような無責任な事を即決できる訳が無い。
「ソラ、お願い、行って」
「えっ?」
「それしかないの。私達は大丈夫」
アンリの力の篭った笑顔に、ソラゆっくりと頷いた。
ズボンのアタッチメントから塊を取り出し、宙に投げ、スフィアボードを展開した。
ロイドをしっかりと体に掴まらせ、ソラはボードと共に宙に浮いた。
そして、不安げな表情をアンリに投げかけた。
「大丈夫。でも、急いで」
アンリのその言葉を聞き、ソラは全速力で発進した。
安息の時間など、与えられない。
ソラとロイドが居なくなったが、闇の軍勢の勢いは衰える事は無い。
直ぐ様、背中を合わせたリュウセイとアンリ。
「あとどんくらい、体力残ってるんや?」
「15パーセントってとこですかね……」
視野を限界まで広げながら敵の動きを観察し、答える。
「そうか、なら良かった。俺は、5パーセントってとこやッ!!」
そう言うと、二人は、持てる全ての力で最後の足掻きに挑んだ。
鉛色の空を赤い一筋の光が流れた。
容赦なく降り注ぐ雷の間をすり抜けながら、ソラはスフィアボードを巧みに操り、リュウセイに示された方角へ向かっていた。
「お前が、神城 空か?」
「あぁ、そうだけど」
ロイドの言葉にそう答える。
「では、これで五人揃ったと言う事だな」
「何が?」
「HIKARIがだ」
「光?」
ロイドの行っている言葉がよく理解できなかったが、目の前に暗黒の巨大な龍が姿を現した。
「何だ!? コイツ」
「邪龍王だ」
「ふっざけんなよッ!!」
と言った時、ソラの脇を巨大な光線が通り過ぎた。
明らかに、ソラ達を狙った攻撃だ。
その破壊力が、イコール致命傷だと、瞬時に悟りソラはボードを左右に振りながらトリッキーに動いて見せた。
光線が、横を反れる。
すると、更に前方から四体の邪龍王が現れ、破壊光線を様々な角度から放ってきた。
「ふざけんなッつってんだろ」
ソラの巧みな足さばきで、蛇行・急カーブ、旋回、スパイラルダッシュが行われ、全ての光線を避けて見せた。
だが、更に前方から八体が現れた。
「シツコイっつの」
振り解かれないよう必死にしがみ付くロイドに注意を払いながら、ソラは懐から、龍殺しの剣を取り出した。
「何だそれは?」
「まぁ。見てなって」
スフィアボードで旋回しながら、ソラは、邪龍王の懐に飛び込みその腹を掻き切った。
邪龍王は金きり音に似た断末魔をアゲながら力なく地上に落ちた。その光景を目の当たりにし、ロイドは唸った。
「これはッ!!」
「しっかり掴まってろよ!!」
「転生回帰、青龍。式神招来、急々如律令」
清明の術により、巨大化した木彫りの像から青い光の玉が飛び出し何処かへと飛んで行った。
「次は、百虎だな」
博雅は、荷袋から手際よく像を取り出し、清明の前に置いた。
「ほう、まさかお前とはな」
その不気味な声に振り返る二人。
だが、驚きはしなかった。
「セーデン、いや、蘆屋道満。お前の陰謀もこれで終わりだ」
博雅が刀を抜き、セーデンを前に身構えた。
不適な笑みを零すセーデン。
「何がおかしい」
「つくずくこしゃくな男よのぉ、清明。だが、もう容赦はせぬ」
「転生回帰、百虎。式神招来、急々如律令」
そう唱えると、清明はゆっくりとセーデンを見据えた。
「道満よ、これがお前の求める世か?」
「ふん、そのような安臭い言葉などいらぬわ。我を誰と心得る……間も無くこの世を支配せんとする者ぞ」
急激に、セーデンの体から殺気を感じた。
博雅と清明が意識を集中する。
「我の名はセーデン。その身に刻むが良い!!」
「いやっ!!」
セーデンが清明に向かって掌を出した隙に、後方から博雅が斬りかかった。
「愚か者がぁ」
博雅の不意打ちなど、不意打ちにもなっていないかのように、照準をずらされた掌から紫電が放たれ、博雅を洞窟内の壁に打ち付けた。
「博雅ァッ!!」
そう叫び、駆け寄ろうとした清明の足許を紫電が焦がした。
「案ずるな、ゆっくりと殺してやる」
未だに大地の震えは治まらない。
リュウジは、体の脱力感と痛みに耐えながらも立ち上がると、結界を唯一通り抜ける事が出来るダークスパイデスに目をやった。
「蜘蛛野郎が」
そう言ったモノの、奴等を全滅させるだけの力は残っていない。
掌で冷たく残るバルシェログの召喚石。
「なぁ、頼むから出て来いよ。今出ないで何時出るんだぁ?」
ジワジワと近づくダークスパイデスの群れ。
その時、崩れた小屋の中から傷だらけの子供が這い出てきた。
「アイツ、まだ生きてたのか? ってかまだ残ってたのか?」
その子供をエサと認識したのか、敵の進路が変わったのをリュウジは見逃さなかった。
「おいっ、待てよ」
そう言って、走ろうとしたが体が言う事を聞かない。
その間にも、ダークスパイデスは、その存在に気付かない子供へと距離を縮めている。
このままでは間に合わず、子供は捕食されてしまうだろう。
「この野郎、俺は何てダサいんだッ、ガキを助ける力も残ってねぇのかよ」
そして、リュウジは無我夢中でバルシェログに訴えた。
「何時まで眠ってんだクソ野郎ッ、さっさと出て来いッ、代償がいるなら腕の一本や二本はくれてやらぁッ!!」
その言葉に応えるかのように輝き出した召喚石。
途端に、リュウジを中心に光の魔方陣が展開され飛び出した無数の光が集束を始めた。
そして、それは、勇ましくも豪傑たる獅子へと姿を変えた。
鋼鉄の鎧を身に纏う魔人。
すると、約束通りなのか、リュウジの両腕が焼け焦げた。
「ぐぅぅぅああああ。痛ってぇなぁ、クソが。俺も約束したろ、全力で暴れて来い」
リュウジの言葉に従うかの様に雄叫びを上げたバルシェログは、青い光を発しながら、目の前のダークスパイデスを一網打尽にした。
つづく