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第37話 「HIKARI(光)」その2 完結編

 先読み不能な旋回を繰り返しながら、邪龍王の群れを掻い潜る飛空挺。

 甲板の上でマストに登り、しがみ付いているアルバートが掲げる龍封じのロッドから放たれる緑の光。

 その波動を恐れる様に邪龍王が後退する。

 そこへ無知か? 愚かなのか? 一体の邪龍王が緑の波動を気にも留めずに猛進して来た。

 龍封じのロッドから放たれる波動が邪龍王に接触すると、全身から魂が抜けるかの様に青白い邪龍王とに分離し、ロッドの先端で光り続ける石へと吸い込まれた。

 そして『抜け殻』だけとなった邪龍王は、動力源を失った飛空挺のように暗黒の大地へと消えて行った。

 そう、龍封じのロッドから放たれる緑の光の波動は、龍の魂を吸い取ってしまうのだ。

 それ故、その危険性を察知した龍は近寄る事も出来なくなってしまう。

 即ち、『龍封じ』なのである。


 だが、邪龍王も馬鹿ばかりでは無い。

 近付けないのなら、遠距離からの破壊光線を浴びせ続けるだけの事。

 しかも、その量が数十体となれば、破壊力は比例してゆくのだ。

 エネルギー砲の集中砲火が飛空挺に向けられる。


 そんな中、ジョシュアが展開する結界よりも前に出て、邪龍王の攻撃に真っ向から向かうアンリ。

 龍封じのロッドの危険性に気付いた邪龍王が次にどんな作戦に出るのかは、予測が付いていた。

 スフィアボードに乗り、光の武器で円陣を組み回転をさせながらエネルギーを充填……打ち放つ。

 特大のエネルギーの光線が邪龍王の攻撃を飲み込み、邪龍王ごと蒸発させた。


 その攻撃のパワーは、十七年前のそれとは比べ物にならない破壊力へと成長していた。

 この長い年月の中でアンリが背負った十字架がそうさせたのかも知れない。


 また一体。

 纏めて五体と次々と邪龍王を無に帰してゆく。


「ひゃっほう。アンリの野郎スゲェぜ!!」

 アルバートは、アンリの凄まじい攻撃力に、安堵と絶大なる信頼感を顔に出しながら勇ましい高笑いをした。

 アルバートだけでは無い、ジョシュアもユミも同じくだった。

「母さん……凄い」

「この分だと、何とかなりそうだッ」

 ジョシュアは、結界を打ち付ける流れ弾に耐えながらも希望に満ちた笑みでアンリの力をたたえた。


 ルナを除いて……。

 ルナだけは、彼等とは全く正反対の感情を胸に抱いていた。

「アンリ……。何を焦っているの? 明らかに飛ばし過ぎよ。そんなマックスパワーが、続く訳ないじゃない」

 声には出せないが、ルナは不安げな表情でそう呟いた。

 ずっとアンリと一緒に暮らし、共に苦しみ生きてきたからこそ、アンリの冷静さや計画性、力量がわかる。

 そんなルナから見て、目の前のアンリの勢いは異常だと感じたのだった。


 また、邪龍王が消えれば消えるほど、いや、それ以上に次第に黒ずむ雲間から新たな邪龍王が次々と現れる様も異常だった。

 その数が以前の戦いの時よりも、想像以上に増えていると言う事実がわかるのはアンリだけだ。

 アンリは、雲の向こう側から感じる無数の邪龍王の群れに自分達が余りにも無謀な賭けに出ていたことを誰よりも先に悟っていた。

 それは逆に取れば、全精力で飛空挺の侵攻を阻みたいとの表れだ。

 即ち、セーデンは恐れているはず。――ヒカリがスフェニスソードと共に現れる事を。


 だからこそ、始めにアンリが口にした通り、是が非でもヒカリをセーデンの塔に送り込む。

 それが例え自分の命を犠牲にしてもだ。

 そして、そこまでの決意を固める事が出来たのは、清明の言葉のお陰でもある。

 清明は言った。

 ――歴史を変えてしまうかも知れない。

 と。

 それで良い。

 アンリは思った。

 清明から語られた後の世の歴史、ソラが現れると言う歴史、その結果が今に繋がっているのなら、ガジャルやゲラヴィスク教と同じで『負の連鎖』しか残らない。

 だったら歴史を変えてしまおうと。

 今ならアンリの前世達の気持ちがわかる気がした。

 歴史を変えて、せめてソラには次の歴史へと歩んで欲しい。

 あの時、宇宙船で差し伸べられたソラの手を取らずに消えてしまった事を今でも後悔している。

 今度は自分がソラに手を差し伸べる番だと誓ったのだ。

 その為にもここで墜ちる訳にはいかない。

 何としてでもヒカリを送り込み、セーデンを倒す。

 そして……。


「見えたぞ。セーデンの塔がッ!!」

 ヒカリが指差す方向――アンリの前方に巨大な灰色の塔が見えた。

 表面が歪に蠢く塔は、幅だけでも一つの大陸のようだ。

 そして、今いる天空が地上だと感じるほどに高く聳え立ち、雲を突き抜けている。

 どこまで伸びているのかは見当も付かない。

 神木樹と魔法の錬金物質で作られた飛空挺が、前方の塔の存在を感知すると、高度を上げた。


 初めて見る塔の頂きを目指すには、頭上の不気味な雲を抜けるしかない。

 あの中にはどんな危険が潜んでいるのか?

 一同は、腹の奥底に封じていた恐怖心が出てこようとするのを必死に押さえつけ、互いの顔を見合った。

 

 一瞬にして当りがスモークに包まれた。

 ユミは、不安から舵を握るルナの腕を掴んだ。

 辛うじてジョシュアが展開する防御結界内だけはクリアな視界が広がっている。

 外では何が起きているのか?

 アンリは無事なのか?

 不気味なほどの静寂の中、一同の顔に不安の色が浮かぶ。


 その刹那、結界の真上で黒い稲妻が走った。

 そして、無数の翼の影。

 四方八方から放たれるエネルギーの光。

 邪龍王の鳴き声。


「母さんが、戦っている……」

 頭上を見上げるユミが母の無事を祈り、ルナの腕を握る手に力を込めた。


 その時、何かが結界を取りぬけ、アルバートが掴まるマストの上部に当った。と、同時に雲間を抜けた飛空挺に光が差す。

 雲の上は、地上よりも更に薄暗かった。

 辺りには何も見えない、無機質な空間。

 そして、一同が何かが衝突したマストを見上げた。


 アルバートの顔が青ざめた。

 ジョシュアもだ。

 全ての表情が消え、ピントを失う瞳で顔を上げるユミ。

 悲鳴を上げ、顔を両手で押さえたルナ。


「あ、あっ……ああ……」

 マストにへばり付くアンリがいた。

 上半身だけが……。

 はらわたをだらしなく垂れ下げながら、甲板へとずり落ちる。

「母さん?」

 その姿が母親と言えるのか?

 認識できるのは上半身のみ。

 信じられない光景に脱力感に支配されたユミが歩み寄る。


 だが、感傷に浸っている余裕は無かった。

 邪龍王の群れが放つ破壊光線が容赦なく、ジョシュアの結界を揺らした。

 その度に、ジョシュアの体が揺れ、顔を歪ませる。

 更に光線が増える。

 ジョシュアの顔が更に歪む。苦痛の色が強くなる……。


 その時、ずっと迷っていた清明が弾かれたように立ち上がると、ジョシュアの隣で防御結界を展開した。

「あ、アンタ!?」

「案ずるな。それよりも集中するのだ」

 凄まじい数の邪龍王の中、上昇を続ける飛空挺。

 放たれる破壊光線が結界に激突し、船が大きく揺れる。

 ルナは進路を調整しながら上を目指した。

 アンリの状態が気になるが、自分の使命を全うする方が先決。

 苦渋の選択だったが、ルナは舵を握り続けた。


「こんな、所で死んでたまるかッ」

 ジョシュアは歯を食いしばりながら必死に苦痛に耐え続けていたが、限界に達したのか? 結界を解き、攻撃呪文へと移した。

「あの野郎ッ、血迷ったか!?」

 アルバートは、ジョシュアを落ち着かせる為に、マストを降り、まずユミの許へと向かった。

「おい、ロッドを持ってろ。早く」

 アルバートの迫力に押され、涙を流し、まだ意識が朦朧としているユミはロッドを握った。

「ジョシュア、何を考えてやがる?」

「その男が結界を作れる。そして、アンリは動けない。だったら俺が攻撃するしかないだろ? それよりも、お前こそ、ロッドをしっかり持っておけ。子供が持てる物じゃない」

 ジョシュアの判断は今の状況では正しいのかも知れない。


 ヒカリは、龍殺しの剣を片手に戦闘態勢を保っていた。

 アンリの怪我に動揺もしたが、自分が一番しっかりしなければならないと奮起していた。

 父から受け継ぐ勇者の力を『ここぞ』と言う時の為に温存しておかなければ成らない。

 歯がゆい場面は多々あったが、ここで捨て身の加勢をしても皆の思いが無駄になるのだ。


 光の波動が放たれる龍封じのロッドは、ユミの全身を大きく振動させていた。

 小さな手に掛かる重圧は半端なモノじゃない。

 目の前で死へと近づいてゆく母親を前にして全力が出せる訳も無く、腕の筋力はあっと言う間に限界を感じていた。

 その時、アンリの唇が微かに動いた。

 そして、その唇に気を取られた瞬間、ユミの手からロッドが滑り落ちた。

「あっ!?」「ああッ!!」

 ユミと、駆け寄るアルバートの声が重なった。

 龍封じのロッドが甲板の上で跳ねると、光の波動が消えさった。


 この時を待ってたと言わんばかりに、邪龍王が一気に距離を縮め、至近距離でエネルギーを吐き、巨大な尾で結界を叩いた。

 慌てて、結界を展開させようと指を絡めるジョシュア。

 ロッドを拾い上げ、再び発動させようとするアルバート。

 だが、一歩遅かった。

 次に放たれた破壊光線は、清明の結界を貫きアルバートを蒸発させた。

 龍封じのロッドは、木端微塵となった船尾と共に地上へと吹き飛んだ。


 完全に無防備となった飛空挺……。


 船首に鉤爪を掛けた邪龍王の目にヒカリは龍殺しの剣を突き立てた。

 邪龍王が消し飛ぶ。

 一瞬で龍を消し去る龍殺しの剣を構え、ヒカリは近寄る邪龍王を切り裂いた。


 邪龍王の尾が、ジョシュアを上空に跳ね飛ばした。

 恐怖と激痛が頂点に達したジョシュアは襲い掛かる邪龍王の咥内で断末魔を上げた。

 

 バランスを失い尻餅を付く清明。


 そして、猛進する邪龍王が放ったエネルギーが舵場を吹き飛ばした。

 爆圧で甲板に転がったユミが、慌てて起き上がると、そこにはルナの姿は無かった。


 セーデンの塔の頂きは、もう間近に迫っていた。

 ヒカリは、崩壊寸前の飛空挺と残された三人を振り返った。

 置いて行くべきか?

 一緒に連れて行くべきか?

「わかってる、行ってッ!!」

 ヒカリの中の葛藤を読み取ったユミは声にならない掠れ声を上げ、ヒカリに訴えた。

 その言葉を聞き、ヒカリは迷いを断ち切り船首から飛んだ。

 目の前の邪龍王の尻尾に掴まり、前方の邪龍王の翼を掴んだ。

 そして、塔の頂きの地に足を付いた。


 崩れ去る飛空挺。


 無数の邪龍王の中で死を覚悟したユミは、アンリの体を抱きしめた。

「母さん」

 最後の母親の暖かさを感じながら死ねるのなら本望だった。

「ユ……ミ」

 口から血を流しながら最後の言葉を告げようと力を振り絞るアンリにユミは耳を傾けた。

「清明さ……ん」

 平行を失った甲板を這うように進み、アンリの許へと向かった清明。

「清明さん、私は……もう、怖く……ない。ただ……変えたい」

「何をだ?」

「歴史……。アナタの、お陰で……希望が……持てた……あ、りがとう」

 すると、アンリは、元の塊に戻ったスフィアボードをユミの手の平に忍ばせた。

 そして、強く握り締めた。

「ユミ……。最後のお願い……聞いてくれる?」

「何……?」

 震えるユミの声と共に、流れる涙がアンリの頬を弾いた。

「生きて。生きて、誰かを……愛して。そして……、子供が生まれたら……今度……は、アナタが、子供に、これを託して行って」

「でも、どうやって……」

 ユミがそう訊ねたが、既にアンリの耳には届いていなかった。

「いつか……私が、生まれ変わる時……また、会える……と信じてる。その時、必ず……」

 そう言うと、アンリは、ユミと清明に掌を向けた。

 最後の力で二人を上空に吹き飛ばす。

 全力で吹き飛ばす事しか出来ない。それが今のアンリの全精力だった。

 空中に飛ばされたユミと清明を捕食しようと邪龍王が襲い掛かる。

 アンリは、消えそうになる意識の中で、最後にバトルグローブを碧く輝かせた。

 最後の命の光の様に、ゆっくりとその輝きは消えていった。


 ユミの手の中でスフィアボードへと変形した塊は、エネルギーの尾を引き空を突き抜けた。

 ユミに掴まる清明と共に、邪龍王の間をすり抜けながら。


 すると、後方で大きな閃光が放たれた。

 それは、邪龍王が発する物でもない。

 振り返ると、セーデンの塔が崩れ始めた。

 その時、清明は確信した。

 ヒカリがセーデンを倒したのだと。

 途端に、邪龍王が木端微塵になった。

 悪のエネルギーが途絶えたのだ。

 闇の神獣「邪龍王」を従えていたセーデンが死んだ事を決定付ける物だった。

 崩れ去るセーデンの塔を中心に大地を染めていた暗黒が消え去り、荒れ果てた大地が顔を出した。

 それは、上空のユミ達の目には広がる光のように写った。


    ☆    ☆


 それから、二年後。

 淡いピンク色の花から、一匹の蝶が青空に飛び立った。

 青々とした草原に立つユミが、男の肩に寄り添う。

 ユミは、母親の言葉通りに、愛すべき者を見つけ一生を捧げようと誓ったのだ。

 多くの命が明るい未来を夢見て、消えていっただろう。

 大切な人達もまた、今、ユミが見ている世界を夢見ていた事だろう。

 ユミも、彼等と共に願っていた。

 彼等が命を賭けて守り抜いたこの世界を、彼等の分まで幸せに生きたい。

 ユミはそう思いを馳せ、小さくなっていく蝶を見つめ続けていた。

 スフィアボードの塊を握り締めながら。



 そして、さらに時は経ち……約二千年後。


「あっ、そうであった」

 ユキは、緑色の狩衣の懐から、手の平サイズの黒い塊をソラに手渡した。

「何だ? このゴツゴツした岩? 石?」

「それは、我が血筋が代々受け継いできたお守りらしいのだ。渡したい相手が現れた時、女の方から男へ渡すらしい」

 少し、照れながらユキは言った。

 その言葉にはまだ続きがあったからだ。


 ――『愛おしい相手が現れた時』


「ありがとな」

 ソラはユキに笑みを見せると、野球ボール程の大きさの石を懐に仕舞い込んだ。


    ☆    ☆


 苔だらけの宇宙船の側。


 アンリの石像をじっと眺めていたソラ。

 手には、ユキから貰ったスフィアボードの塊。

 その塊には、どんな思いが篭っているのか?

 その答えも、今のソラにはわかるはずが無い。

 ただ感じる事だけでも出来ればいい。

 そう思い、ソラは石像の前で座っていた。


 ――歴史を変えたい。

 アンリが、命を賭けて後世に託した奇跡の光の如き塊。


 アンリの願いは叶ったのかも知れない。

 奇跡はもう、起こっているのだから。





 つづく

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