第37話 「HIKARI(光)」その1 完結編
――「やぁ、不死鳥殿」
――「お前はペトレ王ではないな」
――「そうか、既に見破られていたか。流石は炎を司る神獣」
――「不死身を意味する不死鳥。まさに不死身。だが、その血が流れる体内に人間の血が混ざればどうなるか?」
――「外の結界を開放してくれぬか?」
――「そうか。ならば、致し方ない」
洞窟内に不死鳥の断末魔が鳴り響いた。
鉛色の空が黒さを増す。
「何が起こった?」とガイが空を見上げながら言った。
「何……あれ?」
アンリの視線の先。
雲間から現れる邪龍王の群れ。
そして、数十体の邪龍王がエクスフェリオンを包囲していた。
「くたばれ!!」
ガイの掛け声と共に銃声が鳴り響き、アンリのエネルギー砲が発射された。
同時に無数のエネルギー砲の集中砲火がエクスフェリオンに直撃した。
エクスフェリオンを四方八方から邪龍王のエネルギー砲が貫いた。
大爆発を起こし木端微塵に吹き飛ぶ。
爆煙の中から、キラキラと輝きながら炎に包まれる黄金の残骸と共に、傷だらけのアンリが落ちて行く。
「このッ……クソ野郎!!」
ジェリルの体内で爆散した閃光弾が、内部から闇の者達を吹き飛ばした。
断末魔を上げるジェリルの口、目、鼻から凄まじい閃光が噴出す。
「ざまぁ、見やがれ」
仰向けになり一息付くリュウジ。
「くっそ、もう動けねぇ」
そう言いながら、空を見つめていると、雲が黒くなったのを感じた。
体の痛みを堪えながら立ち上がると、不死鳥の結界に無数のヒビが入っている事に気付いた。
「どうなってんだ?」
そして、次の瞬間。
ガラスが爆風で木端微塵になるように、一斉に砕け散った結界。
一気に押し寄せる闇の軍勢。
「マジかよ!?」
凄まじいスピードで蠢く闇の軍勢の中、もがくリュウジの口に何かが入り込み、目や耳、鼻にも入り込んだ。
必死な思いで、バルシェログの召喚石を握り締めたリュウジ。
「頼む、頼む、助けろっ。たす、け………ろ………」
舌打ちするリュウセイの側で、空や空気の異変を感じ取ったロイド。
「邪悪が満ちている……もしかして、不死鳥が死んだ……」
「冗談やろ?」
すると、突然、塔屋の中から大量の闇の軍勢が現れ、あっと言う間に取り囲まれてしまった。
「おい、カナリまずい状況ちゃうか?」
「これも罠だったという事か」
二人は、剣を構えた。
「ロイドさん。まだ閃光弾は残ってるんかい?」
「もう無い」
「そっか。帰りの事なんか考えてなかったしな」
「「くっそぉぉぉぉッ!!」」
リュウセイとロイドはそう叫びながら闇の軍勢に真っ向から突っ込んだ。
皮肉にも、調度その頃、ロイドの子供の産声が上がった。
ルナも喜び、額の汗を拭った。が、食堂の扉を強引に突き破るアウル。
「闇の軍勢が来るぞ!!」
「何ですって!?」
「嘘でしょ……」
狼狽するルナ達をよそに迫る闇の軍勢に対し防御壁呪文を唱えたアウルだったが、防御壁ごと飲み込まれた。
目の前で闇の軍勢に飲み込まれたアウルを目の当たりにし、絶叫したルナ。
そして、余りの恐怖に顔を手で覆うルナや、その全てをも飲み込んだ。
『無限の彼方から五人のHIKARI(光)が現われし時、この世の闇が光に帰す』
アウルが言っていた伝説は、叶えられる事は無かったのだと。
アンリは悲しみや悔しさが入り混じった涙を目に浮かべながら、闇の軍勢の中に落ちて行った。
こうして、バーンニクス城は滅び……世界は闇に沈んだ。
……………………
あれから十七年の月日が流れた。
大地は暗黒に染まり、鉛色の重苦しい雲が青空を永久に遮っている。
植物は枯れ果て、あらゆる動物が死滅した世界に命の輝きなど感じられない。
鳴き止む事が無い雷鳴の間を一隻の飛空挺が慎重に進んでいた。
「ねぇ、母さん。着いたよ」
「そのようね」
十五歳になる娘にそう答える落ち着いた表情の女。
年を取り風貌は変わっているが、それは間違いなく松之宮 杏里だ。
そう彼女は生きていた。
そして、その傍らでボウガンを握る琴嶺 瑠奈。彼女もまた、無事に生還していた。
だが、そこにリュウセイ、リュウジの姿は無い。勿論ソラも。
久しぶりに見るその光景は、アンリがエクスフェリオンから落下する時となんら変わりは無かった。今でも暗黒が蠢いている。その一つ一つが邪悪と怨念の塊だ。
エクスフェリオンよりも一回り小さな飛空挺には、アンリ、ルナ、アンリの娘のユミの他、腕っ節の強さが自慢の暴君アルバート、魔法使いのエリートでクールな青年ジョシュア、そして謎の全身フードの男、船の船首には女勇者のヒカリが伝説の剣スフェニスソードを手に遠くの様子を伺っていた。
全ては、ヒカリが起こした奇跡から続いている。
ヒカリは、ロイドの勇者の血を引くたった一人の娘。
その産声を聞いて生きているのはルナだけだ。
あの時何が起こったのか?
ロイドの妻がヒカリを産んだ直後、闇の軍勢が押し寄せてきた。
アウルが飲み込まれ、老若男女が飲み込まれる。
だが、その時、ルナの腕の中で、生まれたばかりのヒカリが輝き出したのだ。白銀のその光が一瞬の閃光に変わるや、目の前には全く別の街の景色が広がっていた。
そして、その傍らに気を失うアンリとスフェニスソード。
その街は、大魔法都市「ナパラマディーン」と呼ばれ、都市独自に作り出された結界が闇の軍勢の侵攻を防いでいた。最後の人間が住む世界だった。
様々な色、形の光が芸術と呼ぶにも相応しい建造物と融合・調和し、幻想的で神秘的な世界を創り上げている。三人は彷徨い、その街の人間からは見慣れない風貌に兵士が駆け寄ってきた。
事情を聞いたナパラマディーンの王妃「シェイレーヌ」は、三人に住民権を与え、アンリとルナは、この街で生きてゆく決意をしたのだ。
二人は、仲間を失った悲しみも勿論忘れる事は無かったが、毎日を必死に生き抜いて行く中、涙を流している余裕は無かった。
ルナがヒカリを育て、アンリが市場で働き何とか毎日を送っていた。
そして、客として現れた男がアンリに一目惚れし、猛烈なアピールの末、一度のデートを許した。
男はとにかく優しい目をしていた。心もだ。そんな彼のお陰で心の緊張が解れたアンリは今までの出来事を話し始めた。すると心の中に封印していた悲しみが止め処ない涙となり溢れ出したのだ。
彼の優しさに身を投じても良いのか、最初は罪悪感と自己嫌悪に苦しんだが、ルナの声援もあり、アンリは男と契りを交わす事にした。
その二人の愛の結晶がユミだ。顔はアンリに良く似ている。
アンリは、ルナも含め、家族五人で平凡に暮らして行けるのだと信じていた。
だが、ユミが十二歳の誕生日に、結界に異変が起きたのだ。
明らかに結界の層が薄くなっている。
シェイレーヌは魔術師セーデンの仕業だと察知しアンリ達に告げた。
アンリの旦那も、ナパラマディーンの兵士だったのだが、結界を突破した闇のクリーチャー相手に命を落としてしまったのだ。
誕生日のケーキを前にユミの涙が蝋燭の火を消した。
しかし、アンリの旦那の死に心を痛めている余裕はセーデンは与えなかった。
シェイレーヌは、このままでは結界の寿命が十年も持たないと発表したのだ。
防ぐ為にはセーデンを倒すしかない。
その結果、アンリとルナは自ら志願し、セーデン討伐に乗り出したのだ。
また、ヒカリは時折感じていた自分の不思議な力に疑問と不安を抱いていた。そしてある日、ヒカリの額に勇者の紋章が浮かび上がりスフェニスソードが閃光を放った事をきっかけに、アンリとルナは真実を語った。
アンリとルナ、ヒカリ、シェイレーヌが討伐を命じたナパラマディーン最強の兵士二人、そして、アンリの制止を振り切り父の仇を誓ったユミが乗った飛空挺が飛び立った。
そんな事を思い出しながらアンリは、船首に立つヒカリ越しに巨大な塔があろう方角を見つめていた。
「ダークエルフの縄張りはもう越えたが、そろそろ邪龍王の縄張りだな」
銀髪のジョシュアは、黒い雲間を覗き込みながら奴等の気配を感じている。
「ねぇ、アルバード準備は大丈夫?」
ルナの言葉にアルバートは、腰に巻きつけていた布を開き杖と剣を取り出した。
「龍封じのロッドに龍殺しの剣。これがあれば問題ない。ナパラマディーン最強の武器だ」
「ほう」
謎のフードの男がそう言うと、舌打ちしたアルバートが歩み寄り、男の胸倉を掴み上げた。
「貴様、やる気あんのか? あぁ!?」
「感心しておるのだ」
「アルバート!! 降ろしな」
アンリのキツイ言葉にアルバートは手を放した。
フードの男はある日、突然現れた。
ナパラマディーンの大図書館で歴史書や古文書を読んでいた所を兵士に掴まった。はずだったが……。
気付くと飛空挺に乗っていた。
無口で殆んど何も喋らなかったが、どうやら目的は同じらしい。
フードの男は、再び船の後尾に腰を下ろすと、アンリが身に着けているバトルスーツをじっと眺め始めた。
「何?」と訊ねるアンリ。
「その様な衣を身に纏う物を他にも見た事があるのでなぁ」
「えっ? それってもしかして寺村 流星? それとも沢田 龍二?」
だが、男が口にした以外な名前にアンリとルナは衝撃を受け、耳を疑った。
「神城 空と言う男だ」
「………………えっ……?」
ユミは、目を大きく見開き硬直したアンリとルナの表情が幽霊でも見ている様にも伺えた。
「アナタ、今、何て言ったの?」とルナがもう一度訊ねる。
「知っておるのか? 神城 空を」
すると、アンリはフードの男の許へと歩み寄り、目深に被るフードの奥に潜む眼を見つめながら両手を握り締めた。
「ソラは? ソラは、今、何処で何をしてるの?」
アンリの鬼気迫る程の迫力に押されながらも、男は一呼吸置くと、困惑した表情で口を開いた。
「恐らく、信じる事が出来ないだろう」
「大丈夫。その言葉は聞き飽きてるし、お願い……」
フードの男は、アンリの後ろからこちらの様子を伺う他の連中に目をやり、アンリに告げた。
「二人だけで話した方が良いだろう」
飛空挺の中へとやってきた二人。
そして、ルナが降りてきた。
「彼女もソラの知り合いなの」
アンリの言葉にゆっくりと頷いた男は、フードを脱ぎ去った。
キリッとした目に、色白の肌。
純白で古来日本の神官が着る装束を纏うその男。
「私は、安倍清明だ」
清明は、包み隠さず全てを語った。
ソラとの出会い。
蘆屋道満の事。
織田信長が現れた事。
次元を越える不思議な水晶玉の事。
ソラが道満に体を乗っ取られた事。
道満を追いかけ時限の輪を越え、この世界にやって来た事。
そして、この世界が後の出来事に繋がっている事を。
アンリもルナも、信じられないと言った表情で声も出ずに必死に頭の中で整理していた。
「あのさぁ、この世界って私達のいた地球じゃないでしょ? で、何で陰陽師の安倍清明なの? 惑星コールディンじゃないの?」とルナがアンリの耳元で小声で訊ねる。
「私にだって解らないよ」
そう困惑した表情で答え、アンリは清明の方へ顔を向けた。
「で、あなたは、陰陽師の安倍清明で、この後にソラが現れるって事ね」
「そうだ」
すると、ルナが息を呑み、発言した。
「ねぇ、後の世界があって平安京があるって事は、今の戦争ってどうなるの? 終わったの?」
「だから、私は、あまり関わりたくないのだ。そなた達に関わることで歴史が変わるやもしれぬ。だが、私には解るのだ。この世界を牛耳っておる魔術師セーデンが、道満だと言う事がな。止めねばならぬ」
「歴史が変わる……か」
アンリはその言葉を噛み締めるように口ずさんだ。
「でも、未来は、明るい世界なんですよね? 平和なんですよね?」
ルナと言葉に、清明は、「今の状況よりは良くなっている」とだけ答えた。
清明が知る未来でも人間が人間である限り「平和」は無いのだ。色々な意味で。
アンリ、ルナ、清明の沈黙を、アルバートの怒号が掻き消した。
「邪龍王が来たぞぉッ!!」
甲板に飛び出したアンリ達の視線の先。暗黒の雲間から数十体の邪龍王が雷撃を全身に受け、それをエネルギーに変えながら咆哮し、近づいている。
「アルバード、龍封じのロッドを発動させて、ヒカリは龍殺しの剣を。ジョシュアは邪龍王の攻撃に対しての防御魔法、ユミとルナは船が軌道から外れたら手動操縦で目的地に、私は、奴等を蹴散らし道を開く。目的はあくまでもヒカリをセーデンの塔に到着させる事。わかったッ?」
アンリの力強く、冷静、的確な指示の下一同が頷き、直ぐに行動に移した。
それぞれが持ち場に付き、神経を研ぎ澄ます。
アンリは、バトルスーツのベルトから黒いパソコンのマウスを様な塊を取り出すと、そっと地面に投げ捨てた。
塊は、即座に変形を始め、スフィアボードへと姿を変えた。それに乗り、船の前へと飛んだアンリは、白銀のオーラを纏いながら具現化させた光の武器にエネルギーを充填させた。
つづく