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第36話 「明日の為に」その3~Story of 神城 空(後編)~

 屋根部分が全て吹き飛び半壊状態の紫宸殿へ到着したソラは、ユキの亡骸を前に、膝から崩れ落ちた。

 震える手でユキの体を抱き寄せ、手を握った。

 辛うじて暖かみが残っているが、かつての心を包み込んでくれる程の暖かみは無い。

 苦痛の表情は無く、どこか微笑ましくもある事が唯一の救いなのか。

 ユキの傍らで開く巻物に書かれた内容を見る限り、ユキ本人が選らんだ結果なのかも知れない。

 だとしても、この現実が今のソラには辛すぎた。

「また俺は……この手を掴む事が出来ずに終わってしまったのか」

 宇宙船でアンリの手を掴めなかった事、そして、目の前のユキの手を掴めずに死なせてしまった事。自分がもっと強ければ、シオンとの戦いを早く終わらせユキ助ける事が出来たはず。

 その悔しさ、後悔、自分への激しい憤りが涙となって溢れ出る。そしてそれは怒りへと変わっていった。


 紫宸殿と同じく半壊状態の回廊へと出たソラの前に血塗れの道満の死体が転がっていた。

「コイツ……。スフィアで過去に行くんじゃ無かったのか? じゃあ今、いるのは信長。どこかで歴史が変わってるって事なのか」

 その時、少し離れた内裏内に爆煙が上がった。

「信長かッ」

 ソラは煙が上がる場所へと向かった。



 血に染まる肩を掴みながら博雅は、なんとか城内へと到着し、延々と続く廊下を歩いていた。

 宙に浮く光の球が辺りをぼんやりと照らす。

 すると、目の前に黒い狩衣を纏った者が現れた。

「お前はッ!?」

 その顔には見覚えがある。

「道満なのか?」

 うっ血し腫れ上がった顔ではあるが、それは間違いなく道満だった。

「源博雅」

「お前、死んだのか? 清明が倒したのか?」

 すると道満は急に怒りに満ちた表情を浮かべながら博雅を吹き飛ばした。

 向かいの和室の壁を突き破り畳の上を転がる。

「道満ッ……」

 そして道満が掌を突き出すと、今度は引き寄せられた博雅の首が掴まれた。

 じわじわと強くなる力に顔が青ざめてゆく博雅。

「や、やめろ……」

 その時、博雅の懐から白い光が噴出し、苦痛の表情を見せた道満の手が解かれた。

 博雅は、尻餅を付きながらも、懐の光る物を取り出した。

 それは、清明にもらった五芒星が描かれた和紙。

 そして、その光は更に輝きを増した。



 回廊を逃げ回る清明。

 何故なら、清明が居た場所全てが信長の呪術によって闇に飲み込まれているからだ。

 突如として現れる闇から鬼の手が現れ、あらゆる物を削り取り引きこむ。

 もしその手に掴まれでもすれば、一瞬にして闇の世界に引き摺り込まれてしまう。

 今は、逃げる事が先決、反撃の機会は必ず後でやって来る。そう信じ、逃げ回っていた。

 回廊の角を曲がり、現れた手をしゃがんで避ける。

 清明を捉え損ねた手は柱をもぎ取り闇へと引き摺り込んだ。

 それで安心してはいけない。直ぐ様飛び退いた清明の足許に突如として現れる闇。飛び出る手。

 その様子を太い腕を組み笑いながら目で追いかける信長。

「そうだ、もっと逃げ回れ陰陽師よ。猿のように」


「えげつねぇ真似しやがってッ!!」

「ん?」

 信長が上を向いた瞬間、ソラの怒りの拳が直撃した。

 信長の視界が横に割れ、脳が揺れる中、何層もの建物を突き破った。

「ソラ」

 スフィアボードに乗り宙を浮くソラに声を掛ける清明。

「清明さん。アイツは俺が片付ける。せっかくのユキの命をまた失う訳には行かないだろ」

 そう言うと、ソラは信長を追った。


 突然、現れたカマイタチがソラを包み込み、制御を失ったスフィアボードが暴れ出す。

「うわっ」

 ソラは、足を離すと崩れた建物の上に着地した。

 途端に、大きな手がソラの足を掴み木片の中に引き摺り込んだ。

「触ってんじゃねぇッ!!」

 バトルスーツの力を解放したソラが、足を全力で振り上げると、引っ張られた信長が空中に飛ばされた。

「新たに覚えた新必殺技を見せてやるよ」

 そう言うと、構えるソラの両拳に光の粒が吸い込まれ始めた。

 どんどんと集束する光が、限界に達すると光の輪が波紋のように広がった。

 そして、空中に飛ばされる信長に向かってパンチの連打を放った。

 無数の光が拳から放たれ信長の全身を激しく撃ち付ける。

 それはまるで、散弾銃のようだ。

 しかしその全てがある程度の軌道修正力を持っているかのようにカーブを描きながらも信長を追撃し続ける。

 信長の全身から光が弾け、拳の形が全身に残った。

 苦痛に顔をしかめ、クロスガードで顔を守るも、腕を弾かれ、無防備の目に光が突き刺さる。

「ぐわぁぁッ」

「トドメッ!!」

 最後にソラは、右手に全ての光を集め、砲丸を投げるかのように大きな光の塊を投げつけた。

 光の塊が空を切り、信長の腹に入ってゆく。そして、縦横に光の輪が波紋の様に広がり、限界まで広がるや、大爆発を起こした。



 博雅が持っていた和紙が光の中で形を変えると、そこに年老いた一人の男が立っていた。

 一目でその人物が善人だと解るほど、温和な笑顔を持つ。

 それを見るや、道満の表情が変わった。

「父上……」

「道満よ。お前の怒り、憎しみは全て、この私が原因なのか?」

 俯き黙り込む道満。

「もしそうだとしたら、私は悲しいぞ」

「人間など……信用できません。簡単に他人を裏切り傷つけさげすむ。病に伏せる父上に何の手も差し伸べず、私を馬鹿にし、都を追放した外道に仇を討って何が悪いでしょうか?」

 すると、博雅が口を開いた。

「確かに、人間には愚かな所が多々あるだろう。だが、人間は裏切られてもなお信用しようとする心がある。傷つけられれば癒そうとする心がある。蔑む者がれば守り助けようとする心がある。だが、人間は相手の心に気付いてやる事が中々出来ない。だからこそ、頼る。頼れば必ず誰かが助けてくれる、お前の悲しみに同情し救おうとする者がいる。道満、何故助けを求めなかったのだ?」

 ゆっくりと博雅の顔を見上げた道満。

「私なら、お前と共に悲しみ、力になる事が出来た」

 そう言いながら、博雅の目に涙が浮かぶ。

 例えどんな相手だろうと、道満であろうと、その心の闇の奥に眠る悲しみに気付き、その痛みがわかるのだろう。

「道満。お前こそ、人間を信用していなかったのではないか? 人間と向き合おうとしなければ、頼ろうとしなければ、相手も自分の事を見てはくれぬ。その結果招いてしまった失敗により、人間全てを仇とするのは勝手だとは思わぬか」

 その横で、道満の父が頷いた。

「道満よ、お前は良くやってくれた。病弱な私の為に必死に看病を。お前は本当は優しく、綺麗な心をしておる事は解っている。綺麗過ぎる程になぁ。それ故、傷付けられれば脆く崩れ去ってしまうのだ。それに気付いてやれなかった私にも責任はある」

「父上……」

「もうこの辺で、辞めにしないか? 今のお前に必要なのは底なしの闇、恨みではない、私と共に、久遠なる安らぎの国に参ろうぞ」

 すると、道満の目から涙が零れた。

「父上、私は、恐らく安らぎの世界には行けません。犯した罪を償うのです。ですが、ケジメは付けさせて頂きます」

 道満は、博雅の許へと歩み寄った。

「源博雅。お前とはもう少し、早く出合うておれば、良き友になっておったかも知れぬな」

「おう」

 博雅は、そうだと言わんばかりに答えた。

 そして、博雅の手に、一本の巻物が手渡された。

「これは?」

「これを、清明に渡せ。ワシが編み出した秘伝の技が記されている。生身の人間が鬼そのものとなった織田信長を殺す事は出来ぬ。これで織田信長を葬れ」

 そう言い残すと、道満と、道満の父は光の塊となり消えて行った。



 爆煙の中から飛び出した手がソラの首を掴んだ。

 その腕の長さは優に五十メートルはある。

 そして、一気に伸縮しソラを爆煙の中に引き摺り込んだ。

 真っ白で何も見えない中、うっすらと信長の赤い目が過ぎる。そこに向かって廻し蹴りを放つが空振り。

「くッ」

 途端にソラの右後ろから鬼の手が、闇に引き摺り込もうと飛び出した。

 だが、咄嗟に気付いたソラの反撃により、吹き飛ばされる。

 次第に煙が薄くなってゆく。

 途端に現れた信長。

 巨大な拳がソラの腹に減り込んだ。

「ぐはぁッ……」

 だが、ソラは弾き飛ばされなかった。しっかりと信長の拳にしがみ付くと、顔面へ膝蹴りと喰らわせた。

 信長の首が大きく仰け反る。

 そしてもう一発。

 更に一発。

 最後に、白銀のオーラを噴出しながらの踵落としで、信長を浮遊城の内裏に叩き付けた。


 着地するソラの前で起き上がる信長だが、完全に首の骨が折れている。

 あらぬ方向へと首が曲がっているのだ。

 信長は、曲がった顔に手を当てると、無理やり元の位置に戻した。

「コイツ不死身か!?」

「鬼となった俺を殺す事は不可能。これからゆっくりと甚振いたぶってやろうぞ」



「清明ッ!!」

「博雅、無事であったか」

 博雅は、清明が抱えるユキを見て絶句した。

「清明……まさか」

「すまぬ。俺のせいだ。ユキは、死んだ俺に命をくれたのだ」

 そう言って、出て行こうとする清明に博雅は声を掛けた。

「何処へ行くのだ?」

「ユキの為にも、俺は死ぬ訳にはいかん」

「それが、ユキの望む事か? 清明。ユキならどうする?」

 その言葉に清明が振り返る。

 博雅は道満から手渡された巻物を清明に手渡した。


 清明と、博雅は道満の死体の場所へとやってきた。

 そして、小刀で道満の体から血を絞り出す。

「この術を使うのは、鬼の血が必要なのだ。大量のな」

 桶に溜めた血を持って、次に内裏の四隅に向かった。

 その血を使い、地面に紋様を手で描いてゆく。

「道満は、最後にこの術を使おうとしたが、傷が深すぎて絶命してしまったのうだろう」

 爆煙の中に引き摺り込まれるソラが見えた。

「ソラ。耐えてくれ」

 博雅はそう言うと、清明と次の場所へと向かった。



 再び空中で激しい打撃戦を繰り広げるソラと信長。

 お互い引かずの接戦。

 信長の紫電がソラの額を掠め、ソラの放つ光が信長の脇を掠める。

「せっかく強くなったのにこんな所で負けて溜まるかよッ!!」

 両者の拳が弾きあい、蹴りが両者の頬を蹴り飛ばした。

 ソラのグローブに呼び寄せられたスフィアボードが、空中移動を可能にさせる。

 その時、信長の肩から伸びる角がソラの胸に突き刺さった。

「もらったッ!!」

「痛ッ!?」

 ニヤリと笑みを零す信長だったが、角はソラの皮膚には到達していなかった。

 ホッとし、胸を撫で下ろしたソラ。

「今のはスーツを着てなかったらヤバかったぜ」


 その時、浮遊城の中心に清明と博雅が見えた。

 中心の庭園に見える血文字の紋様。そして、内裏の四隅に描かれている紋様。

 清明は何かの術を施しているのだと悟ったソラは、中心の紋様に信長を叩き落した。


「清明、今だ」

 清明は、指を絡めると術を唱え始めた。

「エヴェンティライ ジャガレティヌン コウガ。エヴェンティライ ジャガレティヌン コウガ 。エヴェンティライ ジャガレティヌン コウガ 」

 中心の紋様に叩きつけられた信長に直ぐに異変が起きた。

「か、体が動かん……」

 そして、人並み外れた巨体が縮み始めた。

 そう、この呪術は鬼の力を吸い取るのだ。信長をただの人間に戻す。

 苦悶の表情を浮かべながら悶絶する信長は、遂に元の人間へ戻った。

「そんな馬鹿なッ!?」

 着地したソラが、信長のまげを掴み全身を持ち上げた。

「もう終わりだ。観念しろ」

 だが、信長は不気味な笑みを浮かべた。

 まだ奥の手があるのか?

 腰巻に隠していた小刀で髷を切り落とすと、スフィアを取り出した。

「それは、スフィア?」

「こんな所で俺は死なんよ」

 そう言うと、信長は半壊している建物の壁にスフィアを投げつけた。


 バチンとスフィアが弾けると、壁に円形の魔法陣が描かれた。

 そして、見たことも無い橙色のスパークがほどばしる。それはソラも見た事が無い。

 恐らく、タイムウェーブにて生まれた力なのだろう。

 信長がゲートを開くと言う事は、また何処かの時代、世界に逃げるつもりだろう。

「そうはさせるか。お前は本能寺に帰るんだよ!!」

 すると、ゲートの中から荒れ狂う炎が噴出してきた。

 ゲートはソラの意思に答えたようだ。

 信長は慌てて行き先を変えようと願うが言う事を聞かない。

「違う。俺は生きるのだ。生きるのだ」

「一生言ってろッ!!」

 一気に距離を詰めて振りかぶった拳が信長をゲートの中に弾き飛ばした。

 そして、聞こえる信長の断末魔。


 これで全ては終わったのか?

 だとすれば後はこのスフィアを手に入れるだけだ。そう思い、ソラはゲートが閉じるのを待った。

 だがその時。

 全身が火に包まれ、火達磨ひだるまになる信長が、熱で赤みを帯びる刀を振りかぶり、ゲートを斬り付けた。

 目の前で、ゲートが閉じる。

 最後に見せた信長の笑み。

 再び集まるスフィア。

 だが、信長の一撃により、そのまま粉砕……。

 信じられない光景に言葉を失うソラ……。

 想定外。


 スフィアが無くては、帰れないのだ。


 鬼の力を失い崩れ去る浮遊城から脱出を試みる清明と博雅。

 呆然と立ち尽くすソラの腕を引っ張り、ユキの亡骸を抱え、その場を走り去った。




 その後、ソラは何日も浮遊城が陥落した場所を掘り続けた。

 もしかすると、再びスフィアが集結して眠っているのかも知れない?

 そんな淡い期待を胸に毎日毎日、探し続けた。

 だが、結局スフィアは見つからなかった。

 最後に信長が見せた不気味な笑み……。

 それは、ソラがこうなる事を見越してのあざ笑ったのか?

 今となってはその真相はわからないが、恐らく強がりでもあったのだろう。


 都は新たに建設され、安倍清明が新たな陰陽のかみとなり、何と、博雅が帝になった。

 皇族も何もかも死んでしまい、後継者云々の話ではなくなってしまったのだ。

 陰陽の頭と共にこの国を救ったと言う理由で帝に選ばれたのだ。



 それから半年後。


 清明の屋敷では何時ものように、清明と博雅が酒を交わしていた。

「良いのか博雅? 帝ともあろう御方が、このような場所で酒を飲んでいて」

「別に良い。宮中は退屈でたまらん、お前とこうして変わらず酒を飲んでいる方がよっぽど愉快だ」

 そう言いながら、博雅は、清明の盃に酒を注いだ。

「なぁ、清明」

「何だ?」

「俺は、道満があれほどに人を恨むように変わってしまった事が今でも辛く思う事がある」

 白梅の木を見下ろし、少し悲しそうに博雅は言った。

「不器用な男故、何もかも自分で抱え込もうとしてしまったのだろう。いつの世でも、人は人の支え無しでは生きて行けぬ。傷付き、傷付けられ、信用し、裏切られてゆく。しかしそれもまた人生。そこで何を学び自分を見つめ、どう生きるのか? 何を選択するのか? 道満は、それからも逃げてしまったのだ。全てを人の責任にし、責める事の方が楽だからな。だが、その道の先には、永久に続く闇」

 そう言うと、清明は盃に口を付けた。

「なぁ、清明。お前がもし苦しい時があれば、いつでも頼ってくれよ。お前に鬼になられては誰も止められん」

「案ずるな。俺も、お前がいつ鬼なっても良い様に術を磨いておかねばならんだろう」

「清明ッ!!」


 二人の笑い声はずっと続いていた。


「ところで清明。ソラの姿が見えぬが何処に居るのだ?」

「ソラは、旅に出た。もう一度、あの場所に行きたいと言い残し去ってしまった。必ず戻るとな」





 苔だらけの宇宙船。

 アンリの石像を眺めながら、ソラは手の中でスフィアボードの塊を転がしていた。

 いつまでも眺めながら…………。





 ~次回 第37話「HIKARI(光)」完結編~


 彼等の心にHIKARI(光)が残っている限り、希望は潰えない。


 その希望は、いつか一縷の奇跡へと変わっていく。


 だが、その希望を生む為に、命を賭けて戦った者達がいた。


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