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第36話 「明日の為に」その2~Story of 神城 空(後編)~

 回廊を支える支柱が、吹き飛ばされる道満の背によってへし折られた。

 飛散する木片と共に庭園の池の中に突っ込んだ。

 大きな水しぶきが上がり、既に息絶えていた鯉が回廊の床に転がり落ちる。

 鬼そのものへと変化した信長は、一歩一歩地面を踏み締めながら道満へと近づいて行った。

 一回り大きく膨張した体から放たれる邪悪なオーラにより、信長が通った後の廊下には焦げた足跡が続いていた。


「死ねい」

 そう言い放ち突き出した信長の手から、暗黒の稲妻が発生し道満を襲った。

 慌てて立ちあがった道満は両手を前に突き出し防御結界を作りだした。

 目に見えぬ壁に稲妻が衝突するや、行き場を失った放電が辺り一面を破壊し尽くす。

 回廊、母屋、寝殿。

 だが、信長の力は凄まじく、圧力に悲鳴を上げる道満の腕が次第に曲がってゆく。

 黒い狩衣から伸びる腕が小刻みに震え、全力で食いしばる歯からは血が流れ出した。

 道満の喉の奥から響く唸り声が、鬼気迫る物を感じさせる。


 しかし、無常にも道満の結界を突き破った稲妻は勢いを増し、道満を包み込んだ。

 強烈な閃光と共に、道満の断末魔が鳴り響く。狩衣は焦げて無くなり、烏帽子は何処かへと消えてしまった。

 しっかりと結んでいた髪も解け肩口までに垂れ下がり、焦げ臭い臭いが辺りに立ち込める。

 道満は見るも無残な姿となりながらも必死に立ちあがった。

「おのれぇ……」


「さすがは蘆屋道満。易々とは参らんなぁ」

 人の声では無いその声を発する信長は、更に拳に力を溜めた。

 この一撃が道満の命を奪うのは明白。それは道満自信も悟っていた。

 すると、何を思ったのか道満は落ちていた小刀で自分の胸を一突きにした。

 予想外の行動に一瞬たじろいだ信長の目の前で、道満は顔面を真っ赤にし、見開いた眼で信長を睨みつけた。

 じわじわと忍び寄る死の感覚を感じながら、道満は、最後の力を振り絞り小刀を抜くと、溢れ出る真っ赤な血を手に塗りたくった。

 そして、何がしたいのか? 信長に振り掛けた。

 ポタポタと信長の体に染みを作る。

 道満は、ゆっくりとその場に伏せると、今度は、何かの術を唱え始めた。

 どんな術を使うのか? それは道満にしか解らない。信長ですら、鬼の力が与える術の中にも、目の前の技は見当たらなかった。

 ただ、このまま素直に呪術を唱えさせる訳には行かない。

 そう感じた信長は、道満の首を握り締めた。

「小ざかしい真似はやめろ」

 既に焦点が合っていない道満はただ気力だけで術を唱えていた、口をただ開閉させているだけで、その状態からでも道満が唱えようとしていた術が成功するはずが無い。

 信長は、道満の首を握る手を力の限り握り締めた。



 森から平野へと土埃の波が突き進む。

 その先頭に、怒りに顔を歪めるソラがいた。

 土埃を巻き上げながらロケットダッシュをするソラ。勿論向かう先は、ソラと同じスピードで後退するシオンだ。

 浮遊城へと行きたければシオンを倒すしかないと断言されたソラは、ユキを救う為に、持てる全てを出し尽くそうとしていた。

 金と銀のオーラを噴き上げながら握り締めた拳を振りかぶる。

「そうじゃない。もっと引き出せ」

 シオンは、手刀で受けると裏拳をソラの鼻に打ち込み、腹を蹴り上げた。

 又も鼻を狙われ血が飛び散るが、もう今のソラには、何も感じなかった。

「んなろぉッ」

 空中に吹き飛ばされる中、地上のシオンに気弾を連射する。

 放物線を描きながら金色の気弾が爆煙を巻き上げる。

「よし」

 この煙ではソラの位置を捉えることが出来ないと考えたソラは、近くを低速で進む浮遊城の石垣に挟まっているスフィアボードにバトルグローブをかざした。

 青い光に反応し、スフィアボードがソラの許へと突き進む。そして、サイバーブーツにしっかりと装着すると、ソラは浮遊城の天辺を目指して一気に加速した。

 だが……。

 瞬時に目の前に現れたシオンの一撃によってまたも地上に叩きつけられる。

 浮遊城の触手にエネルギーを吸い尽くされた後の荒地に頭から突っ込んだソラ。スフィアボードは足から外れ、元の丸い塊に戻ってしまった。

 ソラは、顔が土に埋まった状態で暫く動こうとしなかった。

「あんなの、勝てる訳ないって……。今の、普通の人間だったら死んでるぞ。何か、何か勝てる方法は無いのか? …………やべぇ、息がッ」

 慌てて全身に力を混めたソラは、バトルスーツの力を解放し、土の地面を吹き飛ばした。

 土を巻き上げ、飛び出たソラは目の前の光景に目を疑った。

 ソラが土の中から現れる事を計算していたシオンの気弾が、今まさに直撃しようとしていたのだ。

「間に合わねぇッ!!」

 次の瞬間、シオンの気弾がソラの拳の中できりもみ状に回転しながら失速し始めた。

 何が起こったのか?

 それは、全身を包み込む白銀のオーラが全てを物語っていた。

 それに続くかのように、全身に得体の知れない大きな力が湧き上がる。

「これは?」

「ようやく真の覚醒を遂げたようだな」

 そう言いながらシオンはゆっくりと地上に降りた。

「うるせぇッ!!」

「待てッ!!」

 突然、ソラの反撃を制止したシオン。

「何だよ?」

「これ以上戦っても時間の無駄だ」

 そう言うと、シオンはバトルコートの内ポケットから一本の巻物を取り出した。



 屍と化してしまった道満を見下ろす、鬼と化した信長。


「まさに脆弱」

 そう捨て台詞を吐き、振り上げた紫色の足で踏みつぶそうとした。

「待たれよ」

 その聞き覚えのある声に反応し、足を下ろした信長は、大きな上半身をぐるりと反転させた。

 そこに立っていたのは清明だった。

 血で真っ赤に染まった狩衣も元の純白の輝きを取り戻している。

「貴様、確かに殺したはず」

 信長は、余裕の為なのか。対して同様する事無く反応した。

 しかし、そこにユキの姿はない……。


 清明が甦っていると言う事は、ユキは既に死んでいると言う事なのだ。

 いや、清明の中で今でも生き続けていると言った方が彼女もまだ報われよう。

 そのユキの思い、無念や哀しみが痛いほど伝わってくるが故、清明は信長が許せなかった。

 初めて怒りの形相を見せる清明に信長は顔を綻ばせた。

「感じるぞ。貴様の心が鬼へと変わっていく様が。我が鬼を恐れるが故、鬼を退治し、己の鬼を封じてきた貴様にとっては笑える話よ」

「勘違いするな」

 清明の強い否定の言葉に、信長の表情から笑みが消えた。

「我が鬼の心の強大さ故、封じて来たのだ。もし、その力を解放したとすれば、俺にも止める事はできぬ」

「試してみるか?」

 挑戦状とも言える信長の言葉に清明は「面白くなって来た」と不敵な笑みを浮かべるや、扇を開き飛び掛かった。


 打撃などの肉体的な攻撃は、まず効かないだろう。だとすれば、術での決着しかあり得ない。

 それもより強大な。

 清明は、指を絡め青龍を呼び寄せようとした。だが、信長の気合いと共に発せられた暴風と、それに混じる怨霊の攻撃に、慌てて防御結界を展開した。

「さっきの威勢はどうした、安倍清明」

 暴風が消え去ると、清明は指を唇にあて呪術を唱え始めた。

噴霊水芭ふんれいすいば界浸蘇婆訶かいしんそわか

 途端に、信長の足許から水が湧き始めた。

急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう

 清明が力強く叫ぶと、湧き立つ水は一気に激しい水柱へと変わり、信長を水圧で叩き上げた。

 上空を回転する信長を確認すると、清明は扇を開き右手で印を描きながら大きく振りかぶった。

「式神招来青龍!!」

 その術を叫ぶや、水柱は龍へと姿を変え、大きな口で信長に喰らいついた。

「詠唱時間が早いッ!?」

 そう信長は口にしようとしたが、先に激しい流水が口の中に強引に流れ込んできた。


 信長は荒れ狂う青龍の中で、全身を斬り裂く鋭い流水に耐えながら全身に力を込め、一気に解放した。

 清流の頭部が粉砕され、中から黒い炎を身に纏う信長が現れた。

「何!?」

 驚く清明に、信長は突き出した拳から強烈な稲妻を発射した。


 稲妻は清明に直撃すると、放電が辺りを包み込み、内裏を吹き飛ばした。


 信長が着地すると、大きく地面が窪んだ。

 目の前で、道満と同様、全身から煙を上げゆっくりと立ち上がる清明。

「つまらん。やはり大した事は無かったようだな。後の世に陰陽師がおらんのは、今日ここで滅んでしまうからなのであろう」

「後の世?」

 清明は、まだ全身に残る痺れと戦いながら、体力が回復するまで会話を繋げようと考えた。

 その時、信長の腰巻から丸い石が転げ落ちた。

 透き通る橙色の水晶玉のような物だ。

「それは何だ?」

 清明の問いに信長はゆっくりと口を開いた。

「冥途の土産に教えてやろう。俺がどうやってこの世界に来たのかをな」



 一本の巻物をソラに見せつけるシオン。

「何だよ? それ」

「もしこれが俺よりも先に道満が見つけていれば、歴史は繰り返されていただろう」

「はぁ?」

 意味深なシオンの言葉に首をかしげるソラ。

 シオンは話を続けた。

「俺が何故、お前をあの城から遠ざけたのか? その理由がここに書いてある」

「話は後にしてくれないか? もう用が済んだんなら先を急ぎたいんだ」

 苛立つソラだったが、シオンの目を見れば、それは許されないだろう。

「知らなければならないのだ。これを書いた安陪清明の為にも」

「はぁ?」

 見間違えが無ければ、シオンが今持っている巻物も、清明の屋敷に届いた差出人不明の巻物の一つだろう。何故、自分自身に送る必要があるのか? 第一、清明は初めて見るような素振りだった上、演技だったとも思えない。

「時間が無いのは分かっている。だから俺が分かりやすいように伝えてやろう」


「この巻物は、安陪清明が書いた事は間違いない。だが、この時代の安陪清明ではない」

「はぁ?」

「黙って聞け」

 一喝したシオン。

「時代は、手が加えられるとそこから別の時代が生まれる。今、俺達がいる時代も、いつかの時代から手が加えられた物だと、これが証明しているんだ」

 シオンは巻物を手に、反対の手をポンと叩いた。

「ここに書かれているのは、当時の安陪清明の伝言板のような物なんだ。この時代の安陪清明へのな。だがこの時代の安陪清明が手にする前に道満が盗んでしまった。それを俺が見つけ出し盗んでおいた」


「当時の安陪清明もまた、道満や信長と浮遊城にて戦っていた。だがそこにユキは存在していない。そして、この時代の清明はお前とも、それほど深くは関わっていなかった。だが、最終的には世界を守る為に、共に戦った。当時の時代で、まず先に倒したのは織田信長だった。その中で奇妙な物を目にしたらしい」

「奇妙な物?」

「丸い小さな水晶玉で色は橙色。それを清明は信長に訊ねたんだ」



 清明に水晶玉を見せつける信長。

「これは、俺の人生を大きく変えた神からの贈り物だ」

「神?」

「そう、俺はあの時……燃え盛る本能寺の中で業火に身を包まれるはずだった。だが、そこに現れたのだ。眩い七色の光と共にこの玉がな。俺は願った。ここから出して欲しいとな。すると、この玉が弾け輪が出来あがった。その輪には見慣れない風景が映っており、緑の匂いがした。ここから抜け出せるのではないか? 俺は無我夢中で飛び込んだ。そしてこの世界にやってきた。これは神の贈り物。神が俺に生きろと言っておるのだ。ならば、それは覇業を成し遂げなければならんと言う事」



「まだ分からないか?」

 シオンの言葉にソラは、考え込んだ。

「俺は、さっき信長が持っていた水晶玉をこの目で見て、全てを悟った。あれはスフィアだ」

「…………いぃぃぃぃッ!? そんな馬鹿な」

 突然腰を抜かす程驚いたソラに説明を続ける。

「思い出して見ろ、あの宇宙船でのアクシデントを。宇宙船を転送させるはずのスフィアが事故により、その進路を大きく変え、どうなった?」

「そう言えば、スフィアシグナルロストとか警告が流れて無くなったような」

「あれは無くなったんじゃなかったんだよ。お前がここに来たのと同じ、タイムウェーブに飲み込まれ、織田信長の所に落ちた。恐らくその時の凄まじい衝撃で、スフィアに時間や空間を転換させる力が宿ったんだろう。それを使って平安時代にやって来た」

「そんな馬鹿な」

 同様を隠せないソラ。

「そして、こう書かれている。道満は、お前の体を乗っ取り、水晶玉が開いた約千年前の世界に逃げてしまったと。安陪清明も追いかけ飛び込んだが、清明は、道満が逃げ込んだ時代よりも少しズレていたそうだ」


「清明が飛び込んだ世界は、既に道満により、暗黒の世界へと変わっていた。名前をセーデンへと変え、新たなる邪神として君臨していた」

「セーデン?」

「清明は、セーデンを倒そうとしていた戦士達と一緒に同行し、その中で若い女がセーデンを倒したそうだ。だが、未来の世界でも同じ事が繰り返される。そこで清明は陰陽の術を更に進化させ数多の術を書き記した呪術書を未来の清明の屋敷に届くように計らった」


 信じられないシオンの言葉にただ驚く事しかできないソラ。恐らく嘘を付いているわけでもないだろう。

 そこで、ソラにある疑問が浮かび上がった。

「千年前で、悪の世界でって事は、寺村さん達が行ったかもしれない過去の戦争と関係してるんじゃ?」

「恐らく間違いないだろう。そして、彼等は道満、いや、セーデンとの戦いに敗れたんだ」

「そんな……」


 俯き、元気を失くすソラにシオンが歩み寄る。

「まだ解らないのか?」

「えっ?」

「この巻物が語っている事実がある。スフィアは、今も信長が持っていると言う事だ」

 そこでハッと顔を上げたソラ。

「じゃあ、そのスフィアさえあれば……」「策次第では、仲間を救い、歴史を変える事が出来るだろう」

「だったら今すぐッ!!」

 ソラは、慌ててスフィアボードを展開させて乗ろうとしたが、またもシオンは止めた。

「待て」

「何だよ」

「俺の計画はコレだけじゃない。言っただろ、継承の儀だと」

「どうせ不合格だろ。解ってんだよ」

 ソラは投げやりな感じで答えたが、予想外の言葉がシオンから伝えられた。

「合格だ。不合格ギリギリだがな」

「えっ、そうなの」

 すると、突然シオンの全身から眩い光が噴出した。

「やはり外の世界に出ると、本来のシオンの性格が出てこようとする。スピリットの役目を忘れない内に渡しておきたかった。この力を」

 さらに強くなるシオンの光。

「だが、良く覚えておけ、お前は弱くなった。この力を手にすれば、お前は強くなったと勘違いするだろう。だが、そうじゃない。自分を磨け、もっと」

 ソラは応えるかのように頷いた。

「あっ、一つ質問」

「何だ?」

「俺の眼だけど……俺、どうなるんだ?」

「ゲラヴィスク教の眼か。その眼があると言う事は、お前の体にゲラヴィスク教の血が流れていると言う事。次第にその血がお前を蝕む。だが、お前には光の力、心も兼ね備えられている。これから辛い時期が来るだろう。光と闇の狭間で存在するが故迫られる選択。だが、自分を信じろ。正しいと思った事を貫くべきだ」

「それが悪の道だとしても? 俺、どうなるか心配なんだよ」

「その答えを知りたければ、ノアに戻れたら墓地に行くといいだろう。『スー・メイセン』と言う墓石に書かれている言葉がお前を救うかもしれない。さぁ行け、時間がない」


 そう言い残すと、シオンは巨大な光の球へと変わり、ソラの体に入り込んだ。





 つづく


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