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第36話 「明日の為に」その1~Story of 神城 空(後編)~

 屍と化した清明の背中から、鍔まで突き刺していた刀を引き抜いた織田信長。

 そのまま倒れる清明を呆然と見下ろしていた道満が、信長に対し怒りを露にした。

「清明は、ワシが殺めると言っておった。何故、キサマが殺めたのだ?」

 すると信長は赤く染まる刀を天にかざし、細めた眼差しを向けた。

「黙れ」

 そう一言だけ告げた信長に道満の顔が更に怒りに満ち溢れる。

「おのれ、ワシに歯向かうつもりかッ!!」

 道満の突き出した掌から黒い稲妻が発射された。だが、信長はそれをいとも容易く血に染まる刀で斬り伏せた。

 予想外の光景に狐に摘まれたかのような表情を見せる道満。


 鬼の力を、たかが人間が防ぐ術など無いからだ。

 ましてや、相手は下部。


 すると、信長はその答えを口にした。

「百八……」

 信長が口にした百八と言う言葉……。

 その瞬間に、とんでもない真実が頭を過ぎった。

「まさか……お前」

 そう、それは、道満自身が御影山で清明達に語った言葉の中に答えが隠されていた。


 ――「はっはっは。都一の陰陽師もその程度かぁ。もはやワシの敵ではござらぬ」

 清明の唯一動く口が開く。

「道満。鬼に魂を売って、術を会得したか……?」

「あぁ。お前に術比べで負けてワシは全てを失った。ワシの信用は都から消え去り、雅人みやびびとからは後ろ指を指され、町人からはさげすまれ、都を追い出された」

 序々に道満の表情が憎しみに歪み、声が荒ぶる。

「病の父には薬を買う事が出来なくなり、世を恨み死んでしもうた。ワシは、お前を恨んだ。心の底からなぁ。そして、復讐だけを考えて生きてきた。だが、そんな時に聞こえたのよ……魔界に住む鬼の声が……」

「鬼が求めた物は、お前の魂だけでは無いはず……。後は何を捧げたのだ?」

 道満の怪しい口元がゆっくりと開き、低い声で答えた。

「百八の人間の魂よ」…………



 信長が道満と共に内裏内で暴れ周り、視界に入る者全てを切り倒していった。

 それは道満への真の忠誠心では無く、その裏に彼の真意があったのだ。

 鬼との契約中の人間であるが故、道満の攻撃が効かなかった。


 信長の前に闇の霧が発生し、中から鬼が現れた。

 荒々しい角と牙、常に怒りが滲み出た表情の中に宿る赤い双眼。

「キサマ ノ 契約 ハ 受理 サレタ。 我ラ ノ チカラ ヲ 授ケン」

 鬼の目から閃光が放たれると、信長の表情が更に悪の染まり、全身から黒いオーラが滲み出した。

 そして、全身に漲る新たなる力に顔が綻んだ。

「これが……鬼の力」

 手を握り、開く。その力の価値を噛み締めるかの如く。

「デハ サラバ ダ」

 そう言って、鬼はまた闇の世界に帰ろうとした。だが。

「待て」

 信長は、鬼の前に歩み寄ると、虚を突き、一気に刀を振りかぶった。

 鬼の咄嗟に出た拳が刀を粉々にした。

 だが、信長にはそんな事はどうでも良かった。

 鬼の両腕を掴み身動きを取れなくさせると、鬼の首にかぶり付いた。

「キサマ 我ヲ 喰ラウ ツモリ カ?」

 そうだと言わんばかりに、咀嚼そしゃくしながら吸い付く信長の口と、密着する鬼の首筋から黒い血が滴り落ちた。



 その光景を目の当たりにしていた道満の表情からは既に今までの悪の権化の風格は消えうせていた。

 目の前にいる信長は自分を遥かに上回る悪であり、野心・野望の塊だったからだ。

 鬼を喰らい、鬼そのものとなれば、誰も止める事が出来ない唯一無二の最強の邪神に変化してしまうだろう。

 阻止するなら今しか無いが、体が動かなかった。


 紫宸殿の隅で、清明の死と信長の暴挙を目の当たりにしていたユキは、息さえ出来ない程の圧力に襲われていた。

 そして、自分の力の無さを痛感していた。

 道満を殺める事など、なんと浅はかな事だったのかとユキは自分を恥じた。

 博雅も、ソラも居なくなってしまった。

 この状況の中で、孤独と恐怖が融合し、ユキの心を圧迫していたのだ。



 鬼の首筋から信長の唇が離れた。

 黒い血が糸を引き、血が絡む舌が唇をぐるりと浅ましく舐め回した。

 その場に倒れる鬼。

 そして、更なる変化が信長にもたらされた。

 皮膚が鬼と同じ紫に変わり、目が赤に染まる。

 シワが寄り、膨れ上がった額から突き出る二本の角。

 膨れ上がる筋肉が纏う衣を引き裂き、肩からも黒い角が飛び出した。

 爪は伸び、黒く変色。

 全身の血管が浮上り、目で脈の動きがわかる。


 我に返った道満は、急いで束縛の呪術を唱え始めた。

「アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ。アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ。アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ」

 鬼と化した信長の足元から黒い紋様が這いずり上がろうとしたが、一発の気合だけで吹き飛ばした。

「もうお前に様は無いッ」

 信長が大きな拳を振りかぶると、放たれる風圧に吹き飛ばされた道満が、紫宸殿の壁を突き破り庭園に転げ落ちた。

 ゆっくりと歩く信長の後ろで、ユキは清明の許へと駆け寄った。

「先生っ、先生!!」

 だが返事は無い。

「そんな……。先生が居らずして、誰があ奴等を止めるのですか?」

 肩を揺らしても同じ事だった。




 赤い光の尾が大木の間をすり抜けて行く。

 ソラは、ボードを無我夢中で操縦する中で、少しずつ感覚を掴んでいった。

 重心移動は、スノーボードとよく似ているが、上昇下降は少し違う。

 そして、スピリットの力の調節でボードから足が着脱できる。


 森を上昇し浮遊城を目指すが、瞬時に飛び上がったシオンの拳がソラを森の中へと戻す。

 これを何度も繰り返されていた。

「クソッ!!」

 シオンには飛行能力があり、ことごとくソラの行く手を阻むのだ。

 目の前の枝を引きちぎると、青いオーラを込め、一振りする。

 異様な殺気を感じたソラが後方を振り返ると、情けない声で弱音を吐いた。

「またアレかよ」

 それは、リュウセイもよく使う真空波、またの名をソニックウェーブ。

 ソラの後方から凄まじいスピードで大木を切り裂き近づいてくる。

 ソラは、重心を前傾姿勢にしながら力をコントロールし、下降させた。

 頭上をソニックウェーブが通り過ぎると、ソラは旋回しシオンに飛び掛った。

「お望み通り、やってやる」

 加速力を追加した拳が空を斬り、シオンの腹を突き込んだ。

 だが、体を引っ込め、ソラの攻撃の破壊力を最大限まで縮小させると、逆に拳をソラの頬に当てた。

 コントロールを失った飛行機のように回転しながら大木に激突する。

 そしてシオンの追撃。

 突き蹴りの猛攻をクロスガードで防ぐソラだったが、ジワジワと削られる体力に焦りを感じ、一気に上昇した。

 とにかくソラは天空を目指した。

 時間を稼ぐことで体力を回復し、あの隙の無いシオンを倒すだけの策を考案する為に。

 目を襲う暴風を腕で防ぎながら上昇していると、地上から追いかけるシオンが放つ気弾がソラの耳をかすった。


 体を反転させ、ソラも気弾を連射した。

 両者の間に、衝撃と閃光、爆煙が発生し大気を揺らした。

 爆煙が次第に大きくなる中、ソラの気弾を弾き現れたシオンのアッパー、顔面への二連蹴り、腹への肘打ち、そして背後に回り渾身の右ストレート。

 内蔵にまで到達するパワーに息が止まってしまったソラは、ボードから足が外れ、成す術無く急降下した。その時、視界の隅に入った浮遊城。そして、紫宸殿の破壊された屋根、壁の中に血に染まる狩衣を纏い、ユキの手の中で息絶える清明を発見した。

「そんな!? 嘘だろ」

 清明が負けると言う信じられない光景に目を奪われる中、紫宸殿の外で道満と謎の化け物が戦っていた。

 なぜそうなったのかは、今のソラには知り得ない。だが、どちらが勝とうと今度はユキが危ない。それは確実だった。


 ソラは、バトルグローブをシオンの後ろで宙を漂うボードに向けると、念を送った。

 すると、それに答えるかのように、ボードはシオンの額を掠めソラの足に装着された。

「よし」

 そう言って、体勢を立て直そうとすると、浮遊城の石垣の下から生える触手にしがみ付いている博雅を発見した。

 博雅は、信長に斬られた肩に力が入らなく触手にしがみ付く事しか出来なかったのだ。そこへ向かうソラ。ソラを追うシオン。

「博雅さんッ」

「ソラッ」

 手を差し伸べるソラに、「ソラッ、後ろ!!」と叫ぶ博雅。

 博雅の言葉に踵を返したソラの頬をシオンの拳が掠った。

「テメェ」

 ソラのバトルスーツが膨張し、金色のオーラが噴出した。

 オーラを纏った拳がシオンの拳に衝突する。

 五発、十発、二十発。

「甘い」

 そう言ったシオンのバトルスーツの力が開放されると、ソラの拳を弾き次の一撃で地上へ叩き落した。

 顎が外れそうな衝撃に脳が揺れ、視界の全てが暗転する。

 ソラが足に装着していたボードは弾き飛ばされ、博雅が掴んでいた触手を切り裂きながら石垣に突き刺さった。

「わぁぁぁぁ」

 博雅は急降下する中、何とかもう一本の触手に掴まると、歯を食いしばりながら触手をよじ登って行った。



 大木の木々に衝突し、失速しながら地上に激突したソラ。

 大地の土や草を巻き上げ、転がりながら着地した。

 しばらく動かない……。

 ソラは諦めかけていた、シオンとの力の差は歴然だったからだ。前に戦った時のシオンの力はこんな物では無いし、恐らく真の力はアレ以上だろう。

 逆立ちしたって勝ち目は無い。

 勝てるとすれば、自分の「眼」だろう。


 『ゲラヴィスク教の眼』


 何故、自分にそんな物があるのかは解らない。

 だが、頼れるのはそれしかない。ただ、全身を這いずり回る不快感は存在する。敵であろう者達の力を利用するなど。腑に落ちないのだ。

 何よりも問題なのは、その力を自分の意思で発動できない事だ。

 どんな拍子で発動するのか?

 それさえ解れば、今は一秒でも早く発動しユキ達の許へ向かいたい。


 ソラは、右手で土を掴むと力を振り絞り立ち上がった。

「負けて……たまるかよ」

 目の前に着地したシオンが険しい表情を投げかける。

「お前の力はそんなモノじゃ無いはずだろう」

「あぁ、見せてやるよ。俺の底力をッ!!」

 ソラは、腰を屈め全身の力を引き出しバトルスーツ起動させた。

 機械的な振動音が心臓に伝わり、重低音の破裂音を立ててスーツが膨れ上がった。

 大地を踏みしめ一気にダッシュした。振りかぶる拳に全精力を注ぐ。

 だが、ソラの渾身のパンチはシオンの左手の中で煙を上げてその力を失った。

 シオンは涼しげな表情を一切崩さず、ソラの動きを見定めている。

「まだまだ」

 一度バックステップし、ロケットダッシュの膝蹴り。

 しかし、膝を掌で受け止められ逆にヘッドバットを額に喰らったソラ。後方の大木に足をつけもう一度飛び掛る。

「うぉぉぉおりゃッ」

 ソラが振りかぶった拳の軌道は、態勢を屈めたシオンの頭上を空振りした。

 そして、シオンのアッパーがソラの腹部を突き刺す。

 またも内臓が悲鳴を上げるのもつかの間、重く素早い膝がソラの鼻の骨をへし折った。

 一瞬の衝撃が痛みよりも先にソラを襲い、感覚が麻痺した鼻を押さえ、鮮血が滴りバトルグローブに絡み付く、そして、ようやく現れた痛み。

「痛っっ……」


 鼻を手で押さえ、おぼつかない足取りのソラにシオンは言葉を発した。

「お前は弱くなった」

「はぁ?」

 ソラは思った。

 確かに、今のシオンよりは弱い。だが、以前よりも力が上がっている事は確かであり、実感もしているからだ。

 強くなっているはず。

 その答えをシオンは語り始めた。

「本来ならば、スピリットはお前達の夢の中で継承の儀を行うものだが、俺は道満の術を利用しこの世に出て来た。生身で戦った方が経験の量が違うと言う事もある。それに、今回に限っては、元の世界に帰る方法を探さなくてはならなかった。まぁ、それは置いておこう」

 話に集中し始めたシオンに戦意は無い事を悟ったソラは、鼻血を押さえながら、肩の力を抜いた。

「ほとんどのスピリットが同じ事を言う。『前よりも弱くなったと』何故だか分かるか?」

「ふぃわねーよ」(知らぇーよ)

 ソラの言葉がグローブ越しにぼやけた。

「典型的に現れているのがお前だろう。スピリットを手にする前のお前は、格闘技を学んでいた。空手だ。当時のお前は、日に日に増す力を自分の物にし、技術を研磨し精度を上げていた。だが、スピリットのような強大な力をあっさりと手にしてからはどうだ?」

 まだ意味がわからず首を傾げた。

「一撃の破壊力に酔いしれ、技術を磨こうとしていない。力の使い方も単調で、一発一発に無駄な力を注ぎこんでいる。相手の動きも見えていなければ、以前は狙えていた急所まで見きれていない。そう、お前は弱くなったのだ」

 ようやく理解したソラ。

 返す言葉が無かった。

 大きな武器を使う為には、使う本人もより成長しなければ、振り回すだけで精一杯。高度な使い方など出来る訳がない。

 大きな力に頼り、技や感覚を鍛えなければ、いつか立ちはだかる壁には敵うはずもない。

 当たり前の事を忘れていた。

 


「わかったか?」

「まぁ、なんとなく……」

 すると、再びシオンは戦闘態勢を取った。

「まだ、続けるのかよ。終わったんじゃないかよ」

「継承の義を終える事がスピリットに与えられし使命。俺を倒さなければ、愛する女を救う事もできない」

 そう言って、浮遊城を見上げた。

「だが、急げ。あの女……もうすぐ死ぬぞ」

「何だって!?」

「気の流れが異常だ、嫌な予感がする」

「だったら、先にユキを助けてからにしてくれよ」

「駄目だッ」

 そう強く言い放ったシオン。

「先を急ぎたくば、俺を倒せ。これはまたとない絶好の機会なのだから」

「うるせぇぇぇぇッ!!」

 怒りに満ちたソラの全身から、黄金のオーラと白銀のオーラが混ざり合い吹荒れた。




 ユキは清明を床に寝かせると、自分の狩衣の懐から一本の巻物を取り出した。

 それは、以前、清明の屋敷に届いた巻物が詰まった籠の中から盗んだ物だった。

 それをじっと見つめる。

「ソラ……。私はお前を守りたい。だが、私には……その力はない。ソラを救い、この世を救えるのならば、それは……安陪清明しかおらぬのだ」

 そう言うと、ユキは覚悟を決めたのか結び紐を解き、巻物を開いた。

「ソラ。これだけは分かってくれ。私はお前が愛おしい。心の底からな。だから……分かってくれ」

 目から溢れた涙が頬を伝うと、ユキは呪術書に記された秘術を唱え始めた。


森羅万象しんらばんしょう北斗開廷ほくとかいてい魂換霊封こんかんれいふう安陪清明あべのせいめい


 ユキは、術を唱え続けた。

 自分の命を清明に与えるのだ。

 それ以外に方法は無い。一言一言、呪術書に記されている術を唱えてゆく。

 一言、一言を発する度に、短いようで長かったソラとの思い出が目に浮かび、涙となり流れて行った。

 陰陽寮で語り合った日々、清明の屋敷でみんなと笑い話をしていた日々、襖一枚を隔てソラと眠りに就いた事。初めて抱きしめた事。抱きしめられた事。

 共に旅に行った事。

 ソラの横顔、ソラの涙……。


 思えば、両親の仇を討つ為に、道満を殺めようとしていた時のユキは氷壁の心を持ち、自らが女と言う事すら忘れ、封じていた。鬼の如く。

 だが、ソラと出会った事でその氷壁が溶かされ、感じた事の無い心の温かさが、自分の本当の姿を映し出した。

 驚きと同時に幸せが膨らんだ。


 後悔はしていない。

 自分を変えてくれ、人生に幸せを与えてくれたソラの為なら、この身を奉げても良い。ユキは今、そう思える。


 ユキは、扇を開くと一振りし、反対の手の指を唇にあてると術を唱えながら禹歩うふ『足で大地を踏みしめて呪文を唱えながら千鳥足様に前進して歩く呪法』を踏んだ。


「青龍、白虎、朱雀、玄武、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」




 つづく

 


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