第35話 「アイツが死んだ」その3~Story of 神城 空(後編)~
紫色の触手で造り上げられた階段を上ると、ようやく見慣れた内裏が姿を現した。だが、見慣れたといっても、以前のような花が咲き蝶が舞う美しい内裏では無く、血と死体が溢れ、破壊された母屋や屋根を支える梁が地面に突き刺さっている。それらが視界の全てに広がっているのだ。
そして、ソラ達の前に現れたのは豪傑たる風格を漂わせる武士。
「名乗られよ」
検非違使と同じ装備を身に纏う博雅が前へ出た。
「我が名は織田信長」
低く、胸に響くような強い声が回廊に轟く。
ソラは、その名を聞いて首を傾げた。
「織田……信長?」
「知っておるのか?」
清明の言葉にソラはゆっくりと頷いた。
そしてソラが前に出た。
「俺の知ってる歴史がこの世界でも同じだとしたら、アンタがこの時代にいるはずは無いと思うぜ」
ソラの言葉に信長の動きが一瞬止まった。そしてほくそ笑んだ。
「左様。ワシの素性を知っておると言う事は、貴様もこの時代の人間ではないな」
「貴様もって事は、やっぱりアンタも……でもどうやって?」
「それは知らずともよい。どうせここでワシの刀の錆となるだけの事」
二人のやり取りを目で追うユキ。
ユキも清明も博雅も、この会話には付いて行けないだろう。
会話の次元が違う。
茶筅髷の信長は、ゆっくりと半袴を穿いた膝を下ろすと、腰に差している朱鞘の太刀に手を掛けた。
戦闘態勢を取るソラの横で、博雅も刀を抜いた。
「止められよ。お前に都を滅ぼす理由など無いであろう」
「確かに。だが、ワシの魂は主君道満の物ナリ。そうである以上、ワシは主君にただ忠義を尽くすのみ。今はな……」
「ごちゃごちゃ言って無いで、さっさと来いよ。アンタ相手に時間を使っている場合じゃ無いんだ。俺達の目的はあくまでも蘆屋道満なんだ」
すると、崩れかけの寝殿からシオンが現れた。
「そうはいかん。ソラ」
ソラと同じバトルスーツを纏うシオンがゆっくりと歩み寄ってくる。
「無様だな。アンタともあろう者が道満の僕になっちまってよ」
「勘違いするなッ」
シオンは、ハッキリとソラの言葉を否定した。
「俺は俺の計画を実行する為に動いている」
「計画?」
ソラの言葉が裏返る。
「今から始まる」
そう言った瞬間、シオンの強烈な拳がソラの頬に炸裂した。
意識が飛びそうになる中、空中に飛ばされたソラは、そのまま浮遊城から突き放されてしまった。
うねる暴風が耳元を打ち付ける。
天地が回転し目まぐるしく入れ替わる中、視界に捉えたシオンに目掛け掌から気弾を放った。
気弾を避けたシオンは、空中を上昇しながら一気にソラとの距離を縮め渾身のストレートを繰り出す。
手刀で受け流したソラが、膝蹴りで応戦した。
反身で膝蹴りを交わしたシオンのスイングキックがソラの顎に直撃。
再び空高くに打ち上げられた。
「くッ……」
歯を食いしばりながら、目蓋を開けると間髪を居れずにシオンのアッパーがソラの腹部にめり込み、体ごと空に押し上げられた。
気づけば、浮遊城など遥か下に見えていた。
その時、瞬時に現れたシオンの手がソラの髪を鷲掴みし、腹部を更に突き込んだ。
内蔵が悲鳴を上げ、強制的に唾液が吐き出される。
するとシオンは、強引にもソラの懐に手を入れると、黒い塊を取り出し地上目掛け投げ飛ばした。
それはソラがユキに貰った石が割れ出てきた物体だった。
ユキがお守りとしてソラに与えてくれた物。
ソラは、「しまった」と言わんばかりに手を伸ばしたが、シオンの組まれた両拳が容赦なく、ソラの後頭部を打ち下ろした。
急降下するソラと黒い塊。
それを見下ろすシオンが真剣な眼差しで囁いた。
「羽ばたいて見せろ」
黒い塊を追うソラの視界の脇で浮遊城が凄まじい速度で大きくなっていった。
このままでは、地上に叩きつけられ死ぬかも知れない。
そんな不安が過ぎる。
手を伸ばすソラ。
地上が直ぐそこまで迫っている。
――「ヤバイッ!!」そう思いながら歯を食いしばる。
その時、ソラの右手に填められているブレスレットのスフィアが碧く輝くと、バトルグローブの各継ぎ目からも碧い光が噴出した。
見たことも無い現象に驚くソラだったが、目の前で起こった出来事を目の当たりにし、それ以上の衝撃を受けたのだ。
黒い塊が、ソラのバトルグローブが放つ光に反応し、真っ二つに開いた。
決して離れずスライドすると更に開く、回転し、開き、更に回転を始めたのだ。
それはトランスフォームとも言うべきか、形態を変化させ見る見る内に、一枚の板へと変形したのだ。
それはスノーボードの様。
ただ、緑色の光を放つラインがメカニカルかつスタイリッシュな外観美を作り上げ後部に造られたルーバー部からは、赤い光の気体が推進力を増す目的で噴出している。
その板が、ソラのバトルグローブに呼ばれるかのように向かって来、そのままサイバーブーツの靴底に貼りついた。
「うわっ!?」
逆さまの状態で地面すれすれで上昇したソラは、何とか遠心力を利用し、頭部を天に向ける事に成功した。
「何だコレ?」
靴がまるで磁石で吸い寄せられているかの様だ。
そこへ、シオンの放つエネルギーの矢が降り注いだ。
「あの野郎ッ」
板の操縦の仕方など解らない、ただ無我夢中で体をくねらせ、重心を移動させながら矢を避けた。が、いきなり全速力で走り出した板に連れられ、ソラは森の中に消えてしまった。
「ソラッ!!」
シオンの攻撃に打ち上げられたソラに悲鳴にも似た声を掛けるユキ。
「死ねいッ」
先に攻撃を仕掛けたのは信長。
博雅は構えていた刀で弾き返すと鍔迫り合いに持ち込んだ。
「清明、道満をッ」
「博雅……」
「行けッ!!」
博雅の言葉に後押しされ、内裏を駆ける清明。そしてユキ。
道満がいるとすれば、政治の中枢として存在する紫宸殿だろう。
幾体もの死体を飛び越え回廊を走る清明とユキ。
剣戟の嵐が博雅と信長の間で激しさを増していた。
「でぇいッ」
信長の刀が、博雅の額を掠め柱に堅く突き刺さる。
無防備になった信長に博雅は躊躇う事無く刀を振り下ろしたが、屍の検非違使の鞘から刀を抜き取り、弾き返した。
「甘いわ」
そう言いながら距離を取る二人。
信長は、刀を振りながら身構えると腰を深く沈めた。
「遊びは終わりじゃ」
「何だと?」
次の瞬間、一気に地面を蹴り上げた信長の疾風斬りが、博雅の体ごと弾き飛ばした。
「ぐはっ!!」
凄まじい衝撃に五メートル程後方へ飛ばされ、回廊の屋根と共に砕け落ちた。
痛みを堪えながら立ち上がる博雅に更なる追撃を放つ。
博雅の悲鳴と共に、肩から鮮血がほどばしった。
肩の裂傷を手で押さえ、最小限の流血に留めたい所だが、刀だけでも手にしていなければ、次の一撃を免れる事はできないだろう。
だらりと力なく垂れ下がる左手から流れ落ちる流血が回廊の床に溜っていた。
だが、容赦なく信長の追撃は繰り返される。
火花が散り、後方に大きく飛ばされる。
博雅は、そのまま浮遊城から落ちて行った。
「ちっ、ワシとした事が遊び過ぎたか。……まぁ良い」
信長は博雅が落ち行く地上を見下ろしながらそう呟いた。
紫宸殿の扉が勢い良く開いた。
開けたのは勿論清明だ。
そして、目の前の一段高い敷居の上に、胡坐をかき、瞑想をしている道満がいた。
道満は目蓋を閉じながらゆっくりと口を開いた。
「やっと現れよったか。清明」
「道満。もうよいではないか。罪も無い民を苦しめる事など、本当のお前なら出来ぬはず」
冷静に対応する清明。
「貴様には解らぬ。ワシが受けた屈辱、悲しみ……苦しみを」
「だが、この先に待つのは真の孤独だと思わぬか?」
すると、目を開いた道満が立ち上がった。
「人は生まれ来る時も、死に行く時も孤独。その人生の中で群れたがり、友を作りたがる……脆弱な人間程な」
その言葉にユキが口を開く。
「お前こそ、仲間を作りこのような野望を遂行したではないか? お前こそ脆弱な奴だ」
「黙れ小娘。まだ生きておったとわな」
「お前を殺めるまでは死ねん」
その言葉を聞き、鼻で笑って見せた道満。ユキの言葉など戯言と変わらないのだろう。
だが、そんな小娘であろうと、盾突く者は生かしてはおけない。
「セイセェーヌ シェイランッ」
黒い狩衣の袖からでた掌から黒い稲妻がユキを襲った。
驚き顔を伏せるユキの前に立ちはだかった清明が、反対術で防御結界を作り応戦した。
黒い稲妻が、清明が作る透明の膜に吸い込まれる様にして消えてゆく。
「ほう、御影山でワシの鬼の力に手も出なかったお前が反対術で応戦するとは。やはり、既にあの呪術書を読んだか」
「やはりお前であったか」
以前の戦いで道満の鬼の術に全く太刀打ちできなかった清明だったが、屋敷に届いた差出人不明の秘伝書に記されていた術を会得した事で、反対術を使う事が出来たのだ。
だが、その書物も全て何者かに盗まれてしまった。
恐らく道満との察しはついていたが、いまそれが確信へと変わった。
清明は、結界を開放し、道満の攻撃を弾き返すと、更なる術を唱え始めた。
「陰陽 禮帝 北斗 霊冥」
その術を繰り返すと、道満の周りに光の鎖が現れ回転を始める。
だが、道満もじっと待ってはいない。
清明が自分を束縛しようものなら道満も清明を束縛しようと術を唱えた。
同じ類の術で戦う真意は、どちらが強いのか。それをハッキリとさせたいのだろう。
「アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ。アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ。アンシア エムンスタ ヴァルテス キライジュ」
足元から現れた黒い鎖の紋様が、清明の体を這いずりゆっくりと締め付け始めた。
そして道満の体にも光の鎖がくい込む。
二人の口調に苦痛の色が見え隠れし、遂には同時に術が両者の呪力を封じた。睨み合う二人。
そんな二人の戦いはユキは紫宸殿の片隅で見ているしかなかった。
「清明」
「なんだ?」
道満の言葉に清明が応える。
「このまま身が朽ち果てるまでいるつもりか? お前の力が以前より増している事はわかった。ワシと互角程にな。一度術を互いに解き、仕切り直そうではないか」
両者の鎖が火花を散らして時解かれた。
途端に走り出した道満。
床に転がっていた刀を掴み、術を唱え清明に一気に斬りかかる。
体をさばき避けた清明の扇が道満の後頭部を弾いた。
清明が初めに立っていた床は、道満が振り下ろした刀から放出された黒い電撃が焼け焦がし、大きな裂け目が出来上がっている。
何度も振り回す刀を紙一重で避ける清明は扇を開き大きく仰いだ。
「風除悪鬼」
扇から噴出す暴風に吹き飛ばされた道満が紫宸殿の天井に叩きつけられ、地面に落ちた。
次の攻撃に備え、道満を見下ろし体勢を整える。
「ヴェインヌ クロアンスタ ヴェルヴヴ フェンディアム」
伏せ身の道満が掌を床に密着させ術を唱えると、清明の体の廻りに鬼の手が現れた。
空間から腕だけが現れ清明の烏帽子を握りつぶす。
今度は足許から、真正面から、腹の横から。
次々と空間から現れる鬼の紫色の手を避ける清明。
「式陣烈嗣」
鬼の手を避けながら両手で印を結び床に叩きつけると、光の柱が噴出し手を掻き消した。
そこへ一気に距離を縮めた道満の印を結んだ手が清明の腹部に突き刺さった。
後方を凄まじい勢いで弾き飛ばされた清明が、紫宸殿の壁を突き破り回廊の上を転がった。
木片が飛び散り、埃が舞う。
「清明。砂漠のときの様に龍を呼んでみよ」
その言葉に黙って立ち上がる清明。
「そうか、出来ぬか。龍を呼ぶには時間が掛かり過ぎる」
そう言って、道満が回廊を一歩踏んだ時、道満に衝撃が走った。
自分を囲むように北斗七星の紋様が床に浮かび上がったのだ。
「貴様、これは罠か!?」
それは、清明が紫宸殿に入る前にもしもの時の為に回廊に強大な術を施していたのだ。
紋様が道満の体を包み込み回転する。
「まさか……」
「お前の負けだ……道満」
清明は扇を開くと右手で印を描き大きく振りかぶった。
「式神招来 青龍!!」
浮遊城の側の川から水柱が発生し、龍の姿へと変わる。
そして龍は、浮遊城の上まで昇ると、急降下を始め道満を目指し大きな口を開きながら真っ直ぐに突き進んだ。
体が動かない道満が悔しさの色を滲ませ歯を食い縛った。
「くそッ清明ッッ!!」
だが、龍は、道満に届く前に大量の雨となり消え去った。
何が起きたのか?
体の自由が戻った道満とユキの視線が清明に向けられる。
大きく見開いた清明の目。
その下の口から赤い液体が滲み出し顎へと流れる。
そして、白い狩衣を貫き腹から飛び出した刀。
卑しい笑みを浮かべる。
――信長。
「かはっ……」
清明の心臓を貫いた刀を信長は更に奥まで差し込んだ。力の限り。
清明の狩衣が赤く染まってゆく。
「安倍清明、仕留めたりぃ」
道満にはわかる。それは、身代わりの術でも何かの策が施されている訳でもなく、完全に清明は殺されたのだ。信長の不意打ちによって。
道満でさえ驚きを隠せなかった。
清明は自分の手で殺したいと誓っていたからだ。
彼の本意ではない。
「せ、先生ぇぇぇぇッ!!」
ユキの悲鳴が内裏に木霊した。
~次回 第36話「明日の為」Story of 神城 空(後編)~
平安最強の陰陽師 安倍清明を失ったソラ達は、道満達に勝てるのだろうか?
ソラとシオンの激闘。
そして、遂に信長の牙が主君 蘆屋道満に向けられる。
その時、ユキは大きな決断をする事に、そして博雅は?
ソラの時空移動の真相もついに……。
HIKARIチーム編と分岐し、平行しながら進んだソラ編が遂に完結する。