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第35話 「アイツが死んだ」その2~Story of 神城 空(後編)~

 途轍もなく長い廊下を、光の玉が次々と通り過ぎる。

 ユキが唱える術に反応し、数多の怨霊が浄化され、魂が解き放たれてゆく。

 ソラ達がいる扉の向こう側に行くには、呪いの鍵を開けなければならない。

 扉に付けられた壺を怨霊の魂で満たす事が唯一の方法なのだ。


怨亜彌伽おんあびきゃ陰邪堕霊おんじゃだれい洸殺魔除こうせつまじょ


 青い炎を噴き上げ魂が解放される怨霊の向こう側に現れた霊を見て、ユキは言葉を失った。

 血塗れの着物を着た中年の夫婦がそこに居る。

 男は、裂けた腹部から内臓が垂れ下がり、女は口元が裂け、切り開かれた胸部からは、今もなお脈を打つ心臓が顔を出している。

「お父様、お母様……そんな」

 彼らは、道満の手によって殺されたユキの両親だった。

「ユ……キ……」

 苦しみに呻く声を上げながら手を伸ばす母親。

「お母様……」

 二人の無残な姿に心を痛めるユキだったが、怨霊の次の言葉に耳を疑った。

「何故……オマエ、ダケ……生キテオルノダ?」

「え?」

 父親の言葉。

「アナタモ……コチラ、ヘ、参ラレヨ……」

 母親が口から血を噴きながら話しかける。だが、ユキが知っている両親ならば、このような事は言わない。

 憎しみが変えてしまったのか、道満の術が変えてしまったのかも知れない。

 困惑するユキに歩み寄った母の手がユキの胸をすり抜け、心臓を掴んだ。

「ぐぅぅああああッ!!」

 圧迫される心臓の苦しみに死の危機を感じ取ったユキは、母親の手を握り返した。

「止めて……お母様ッ!!」

 母親の後ろで不気味な笑みを浮かべる父親の顔が薄れてゆく。

 意識が途絶えるか? 心臓が潰れるのか?

 天井を見上げながらユキは視線さえも虚ろになって行った。


 その時……。

「……キ!!」

「ユ……ィ!!」

 ユキの耳に微かに入ってくる男の声に気が付いた。

「ユキッ!!」


 ――ソラの声だ。


「ユキッ!! 返事しろッ」

 扉の向こう側で自分を待つソラ達の笑顔が脳裏に甦ってきた。


 ――まだ死ぬ訳にはいかない。

 生きてソラ達の許へ向かい、共に道満を倒さなければならない。

 それが、両親を心から解き放つ最善の術だとユキは悟った。

 朱色の狩衣の袖に反対の手を忍ばせ、呪符を掴むと母親の額に目掛け投げ飛ばした。

 母親の額から火花が散り、苦痛に顔を歪めた。

 ユキの胸から手が抜けると、ユキは印を結んだ。

「仇は打ちます。だから、成仏して下さい」


怨亜彌伽おんあびきゃ陰邪堕霊おんじゃだれい洸殺魔除こうせつまじょ


 吹き荒れる青い炎。中から現れる金色の光が尾を引く。

 その光が、扉の壺に入って行くと、魂が満たされた壺が黄金の光を放ち回転を始めた。

 壺の口が真下に向くと、溜まっていた魂が次々と解き放たれ扉の木目に吸い込まれてゆく。


 扉の向こう側でユキの安否を心配していたソラ、清明、博雅の目の前で、扉の表面から現れた魂の光が壺に吸い込まれた。

 光の流れが落ち着くと、壺が回転を始め真下を向いた。


 そして、ガチャリと閂が下ろされる様な音が響くと、あれだけ強固に閉まっていた扉が独りでに開いた。

 少し涙を浮かべたユキが、荒い呼吸に肩を上下に動かしている。

 ソラは駆け寄るとユキを強く抱きしめた。

 咄嗟の行動にユキは、驚きと胸を締め付ける感覚が混ざり合い声が漏れた。

「うっ……!?」

「心配させんなよ」

「……うん」

 一度は潔くソラを諦めようと心に誓ったユキだったが、その思いはどうやら抑えておく事は出来ない。そうユキは悟った。

 前世とか魂とか、そんな事はどうだって良い。純粋にユキ自身が、ソラを愛してしまっていると言う事実がそこにあったのだ。

 烏帽子が無く、結っていた髪が肩口までに垂れ落ち、その椿の匂いを感じながらソラもまた同じ事を思っていた。

「悪いが先を急ぐぞ」

 清明の言葉に距離を取ったソラとユキは頷くと、清明に付いて行った。

 


 鳳凰を象った石像の口から放物線を描く水が三メートル真下の池に落ちゆく。

 すると、ゆっくりと鳳凰を口が開き水が勢いを失っていった。

「うわっ」「きゃッ」「おわッ」「…………」

 そこから勢い良く飛び出したソラ達が、ゴツゴツとした岩場に全身を強く打った。

ッ……てぇなぁ」

 ソラは後頭部を手で押さえながら立ち上がった。

「清明。ここは何処だ」

 博雅の問いに清明は「さぁな」と淡白に答える。

 明かりは唯一、鳳凰の目から発する強い光のみ。なんとか奥まで見る事はできる。

 だが、そこは巨大なドーム型の洞窟で見る限り出入口や道などない。普通に見れば行き止まりである。

「きっと、またどこかに次の空間への鍵があるはずだ」

 ソラはそう言うと、ドームの壁を触りながら一周しようとした。


 その時、ユキの悲鳴にも似たソラを呼ぶ声が響き渡った。

「ソラッ!!」

 一同の視線が、天井を見上げるユキに注がれ、そのまま上へと向かった。

 そこに蠢く大きな生物らしきモノがいる。

「な……なんだ?」

 必死に目を凝らしその生物らしきモノの姿を捉えようとした博雅。

 すると、相手の方から地上にいるユキを目掛け急降下を始めた。

「危ねぇッ!!」

 バトルスーツの力を解放したソラは地面をえぐりながら、ロケットダッシュし、ユキの体を掴むと間一髪助け出した。


 一同の前に現れたのは巨大な蝶だった。

 だが、その腹部からは人間の女が反り出している。

「鬼が『なまなり』を取り込んだか」

 清明の声に博雅が慌て口調で訊ねる。

「な、なまなりって何だ?」

「生きながら鬼に変わろうとする女の事だ」

 その言葉に反応した蝶鬼ちょうきが怒りを露にした。

「我わを『鬼』と言うたか。鬼と言うたかッ!!」

 清明に突進する蝶鬼を紙一重で避けた清明は、扇を開くと力一杯扇いだ。

風除悪鬼ふうじょあっき

 猛烈な旋風が蝶鬼をドームの壁に叩きつける。

「おのれぇぇぇッ」


 その後ろで口をカタカタと震わせ腰を抜かしている博雅に声を掛けたソラ。

「博雅さんッ」

「おっ、おう」

「大丈夫ですか?」

「おっ、おおう」

「ユキを頼みます」

 若干の不安はあったが、ユキを博雅に預けたソラは戦闘態勢に入った。


「ふんッ」

 硬いタイヤが弾けるような音と共に、一気に膨張したバトルスーツ。同時に、全身から噴出す金色のオーラがドーム内を明るく照らした。

 握るバトルグローブが限界まで軋む。

「一瞬で終わらせてやるッ」

 その場から光の尾を残し飛び出したソラは右手にオーラを込め『なまなり』の顔面を貫いた。


 ドームに響き渡る蝶鬼の断末魔。


 なまなりを破壊した勢いでドームの天井に足をつけたソラは間髪を入れずに二発目のロケットナックルを決めようと飛び掛った。

 その時、二本の赤い光線がソラの肩を掠め、攻撃をやむ終えず中断したソラは回避行動を取った。

「なんだ!?」

 次に聞こえたのは鳥の鳴き声。


 なんと、あの鳳凰の石像が空を飛んでいるのだ。

 そしてソラを攻撃する。

 鳳凰から発せられる光を頼りに戦っていたソラ達だったが今は、ソラ自身が放つ光のみがドーム内を照らしていた。

 連射される光線を前転や側転で回避するソラ。

「しつこいっつの」

 清明は、懐から取り出した呪符に何かの術を施していた。


 鳳凰の石像は、なまなりが居なくなった蝶の腹部に結合した。すると、息を吹き返したように蝶が空を舞った。

 天井で円を描くように旋回し続けながら無数の光線をソラに浴びせようとする。

 そんな雨の中、全てを避ける事は不可能に近い。


 その時、ソラの眼が変化した。


 急激に遅く感じる光線の軌道。

 それをゆっくりと目で追いながら、順序立てて回避を試みた。

「何だ、あの動きは?」

 上昇したのはソラの動体視力だけではない。

 それだけなら光線をまともに浴びるだろう。

 博雅とユキの前で光線を避け続けるソラの動きは人間のスピードを遥かに越えていたのだ。

 更に光線の量と勢いが増した。

 岩場の地面が次々と削られてゆく。


「ソラッ」

 そう叫んだ清明は、完成した呪符を蝶鬼に投げ飛ばした。

 命が宿ったかのように旋回しながら飛んで行った呪符は、なんと鳳凰が光線を発射する目に張り付いた。

 そして爆発。

「よし、目が壊れた」

 今こそチャンスだと察知したソラは、姿勢を屈め太股に力を混めた。

 バトルジーンズが軋み、サイバーブーツが岩場にめり込む。

「喰らえッ」

 再びロケットダッシュしたソラの拳は、鳳凰を粉砕しながら蝶の体をも爆散させた。


 着地するソラに駆け寄る一同。

「大丈夫かソラ」

 心配そうに声を掛けるユキにソラは笑顔で応えた。

「まだ先は長いんだ。って言っても結構力使ってしまったけどね。しかし、清明さんのあの暴風も凄かったっすね」

「俺も、少し力を使ってしまった」

「本番はこの先なんだ。無駄に体力を使っていてはアイツ等の思う壷だ」

 ソラはそう言うと、地面に残った蝶鬼の残骸が目に入った。


 その残骸の異変を直ぐに感じ取ったのは清明だった。

 残骸が急に動き出した。

 それぞれが結合を始めると、紫色の光を発しながら床に魔方陣を作り上げた。

「これに入れと言っておるのか?」

 そう言った博雅の肩に手を乗せた清明は「行くぞ」と言い、歩み出した。





 つづく


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