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第35話 「アイツが死んだ」その1~Story of 神城 空(後編)~

 浮遊城の石垣が御影山の山頂を削り取った。

 石垣の隙間から伸びる赤紫色の触手が、飛び散る土砂を掻き分けながら木々に突き刺さる。

 すると、触手が大きく脈打ち始めた。次第に木々は枯れ、幹は痩せ細り、大地の花や草までもが枯れてしまった。

 その様子を冷静に分析していた清明が口を開いた。

「命を吸うておるのだ」

「あの城の動力源になるって事なのか?」

 とソラが訊ねる。

「あの城も生きている、と言う事だ」

 ゆっくりと山頂の地を削りながらソラ達の許へ近づき目の前の木々が枯れて行き、倒れる。

「よし、今だ」

 そう言うと、三人は崩れ行く足場に別れを告げ、触手に掴まると、落ちないように石垣へと登っていった。



 そこは、薄暗く蒸し暑い。

 総檜で作られた豪華絢爛な城の内部のようだ。

 一定の間隔で浮遊するオレンジ色の光の玉が淡く廊下を照らしている。

 ユキは小刀を握り締めながら、先が見えない程長い廊下を歩いていた。

 途轍もなく長い廊下に数え切れない程の和室。

 一体誰が住むのか?

 それが間違いなく道満であっても、手に余る程だろう。


 すると、前方の一室の障子がゆっくりと開いた。

 誰が出てくるのか?

 不安と恐怖心を抱きながらもユキは歩み寄った。

 一歩一歩、軋む木目の床に細心の注意を払いながら、また一歩進んでゆく。

 息を殺しながら、ユキが、開いた部屋に近づいていくと、低い呻き声が聞こえてきた。

「苦しい……苦しい……」

 人か?

 そう思った時、障子の扉に手が現れた。長く伸びた爪に痩せ細った指。

 そして、顔が現れた時、ユキはあまりの恐ろしい姿に驚愕した。

 血に染まる十二単を纏う女が現れたが、その顔が、人とは思えない程に潰れ、変形しているのだ。

 言葉では表す事が出来ない。

 顔を見ては誰だが解らないが、その十二単には見覚えがあった。

「彩子様で在らせられますか?」

 目の前の彩子であろう者は、前が見えないのか彷徨うようにユキに歩み寄る。

 一歩踏みしめる毎に、首にある斬られた跡から血が溢れ出す。


 その不気味な姿に気を取られていると、今度は後方の部屋の障子が開いた。

 そして現れたのは、顔の無い陰陽師。

 それに続くかのように、次々と動く屍であろう者達が蠢き出した。

 皆、道満達に殺された者達だ。

 表情が解らない程に潰れた顔を持つ検非違使が、血に染まった刀を手にユキを狙う。

 殺すつもりなのか?


 びちゃびちゃと不快な音を立てながら、彩子であろう者は、ユキの引きつる声を頼りに、殺意が篭った手を伸ばしながら歩み寄る。

 確実に彼らはユキを殺そうとしているようだ。

 それとも、彼らの世界に引き擦り込もうとしているのか?


 余りの恐怖に腰を抜かしそうになりながらもユキが後退りをしていると、宙に浮くオレンジ色の玉に触れてしまった。

 廊下を薄暗く照らしていた玉は、糸が切れたかのように床に落ち、ガラスみたいに割れてしまった。

 途端に、ユキの周りが闇に包まれる。

 すると、屍達の動きが止まった……。

 

「何!?」

 と言った瞬間、屍達が一瞬ざわついた。

 ユキを捜しているのだ。

 口を手で押さえ息を殺す。

 そして、ユキは、そっと摺り足で廊下を進んだ。

 ユキには彼らの姿が見える。

 完全に闇ではなく、うっすらと肉眼で確認できる程の照度だが、彼らには暗すぎるのだろう。

 意識を集中し、ユキの存在を察知しようと全身の神経を尖らせている。


 何とか、屍達の間を縫うように進んでいると、また等間隔に灯されているオレンジ色の玉が現れた。

 その周辺に近寄れば、また彼らの標的になるだろう。

 ユキは、狩衣の懐から呪符を取り出した。

火陣式真詠言かじんしきしんえいげん

 そして、オレンジ色の玉に投げつけると、木端微塵に砕け散り闇が拡がった。


 暫くすると、後方で消えたはずの玉が再生し、再び廊下を灯しだした。

 ある程度の時間が経過すると勝手に再生するようだ。

 と言う事は、その場に長く居る訳には行かない。


 いくつもの玉を破壊し、多くの屍を肥えて来たが、いまだに終着点が見えない。

 この先に終わりはないのかも知れないと、ユキは不安を抱き始めた。

 その時、目の前にまたも見覚えのある陰陽師が見えた。

 薄暗い中、目を凝らす。

 すると、それは陰陽頭おんみょうのかみである、賀茂忠行かものただゆきだった。

「だい、せんせい……」

 ユキは、屍の耳に届かない程のボリュームで呼んだ。

 両手が無く、潰れた両目からは血が止め処なく流れている。

「大先生も、お亡くなりに成られてしまわれたのですね……」


 その時、直近の玉が再生しユキの周りを照らし始めた。

 視界が戻った屍達が、一斉にユキに襲い掛かる。

 ユキは悲鳴を上げながら賀茂忠行の脇を抜けようとしたが、検非違使が振りかぶった刀が、賀茂忠行の首を跳ね飛ばした。

 吹き荒れる血飛沫の中、ユキは一目散にその場から逃げようとした。

 次々と現れる屍がユキを殺そうと攻撃を繰り出すが、生前の人間が持つ正確性が乏しく、周りに居る屍を傷つけてゆく。


 命からがら攻撃を交わしつつ廊下を走っていると、長い廊下の途中に十字路を見つけた。

 そして左の廊下の先に木の扉を発見した。

 ユキは、一目散に駆け寄った。




「清明、ここは何処なのだ?」

 博雅の問いに返す事無く、清明は薄暗い洞窟内を歩いていた。

「まだ石垣の中でしょうね」

 ソラは、岩で構成された壁を見ながら、清明の代わりにそう答えた。

 すると、清明が口を開いた。

「俺が言える事は……」

 ソラと博雅の視線が清明に注がれる。

「凄まじい怨念が渦巻いておる。この床、壁全てがな」

「道満は一体、何故、このような物を造ったのか?」

 博雅は、浮遊城を例えようとしたが、『城』と言う言葉がまだ無く、『物』としか言えなかった。

「それよりもユキが心配だ」

 ソラの言葉に博雅が頷く。


 蛇行する洞窟を暫く歩いていると、木の梯子が設置されている。

「上れって事だよな」

 三人は、小さな変化をも見逃さない程、集中しながら先に進んだ。

 梯子を上ると、そこは中庭のある回廊だった。

 大きな池のある庭園。

 灯篭に灯る紫色の炎。

 それを囲むように回廊があり、四方八方に廊下が伸びている。

 ソラは、回廊の隅から辺りを見回しながら清明に訊ねた。

「一体、どの方向に進めば良いんでしょうか?」

「上だ」

 そう淡白に答える清明だが、ソラには意味が解らなかった。

「上?」

 博雅もソラと同じく、ポカンと口を開けている。

 上を見上げたが、星空しか見えない。

 もう頂上に着いてしまったのか?

 だが、歩いた距離などを考えると、まだ城の半分にも登っていない気はしていた。

 清明は庭園に下りると、灯篭の前に立った。

 そして指を絡める。

除界霊邸じょかいれいてい封場ふうば

 そう唱えた瞬間、灯篭から紫色の炎が勢い良く噴出し、音を立てながら粉砕した。

 そして現れる紫色の炎の玉。

 清明は、何の躊躇いも無くその火炎の塊に触れた。

 すると、清明、ソラ、博雅の全身が紫の炎に包まれ、宙を旋回しながら池に突っ込んだ。

 水飛沫が蒸発し、荒波が波紋となる。

 そして、庭園は再び静寂に包まれた。



 内裏の奥にある帝が居た部屋で、鬼泉鏡きせんきょうで清明達の様子を伺う道満。

 以前までは洞窟内の泉を利用して清明達の動向を観察していたが、今、映し出しているのは帝の血の溜りだ。

「さぁ、早くこちらに参られよ。清明」

 そう言いながら、これから始まるであろう清明の死に、心躍るほどの期待感を抱きながら顔を綻ばせる。

 その横に立つシオンと信長も鬼泉鏡を覗き込んでいた。



 広い倉に並べられている壷。

 その中には、水が溜まっている。

 次の瞬間、一つの壷から水柱が発生し、三つの紫に染まる炎の塊が飛び出した。

 そして、それが地面に着地すると、炎は消え、中からソラ達が現れた。

 ゆっくりと立ち上がる。

 ソラは、何が起こったか分からない様子で辺りを確認した。

「ここ……どこ?」

 倉のようなその場所から出た三人は、だだっ広い屋敷のような場所を歩いていた。

「どうやら、数多の場所が一箇所に重なっておるようだな」

「そうですね。さっきの場所と言い、異次元の世界を渡り歩いているみたいです」

 清明の言葉にソラが続いた。

 更に清明が話す。

「それぞれの場所に、隠された扉があり、そこから次の場所に行く事が出来る」

「なるほどね」

 ソラは納得しながら屋敷内部を考察していた。


 すると、博雅が何かを指差した。

「清明。アレが隠された扉か?」

 博雅が指差したモノ。

 それは、茶室の奥に掛けられた掛け軸だった。

 見た目は何の変哲も無いタダの掛け軸。だが、ソラが良く目を凝らして見てみると、掛け軸に描かれている山中の滝の絵が生き生きと動いているのだ。

 その異変に気付いた清明も茶室に入り掛け軸に歩み寄る。

「とにかく先に進みましょう」

 そう言って掛け軸に触れようとしたソラを清明は慌てて制止した。

「待てッ!!」

 だが、その言葉も虚しく、掛け軸に触れたソラだけが滝に吸い込まれるようにして掛け軸の中に入ってしまった。



 再び洞窟のような場所に現れたソラ。

 壁一面に並ぶ人面の目が赤く光り、通路を照らしている。

 前方にはY字のように道が分かれており、左側は上階への傾斜があり、右側には大きな木の扉がある。

 辺りの状況を確認していると、後ろに清明達が現れた。

「自ら罠に落ちる奴がいるか」

 と清明は鼻から溜息を吐いた。

「すいません。でも来てくれたんでしょ」

「お前を放っておけるか」

 と博雅が笑みを浮かべる。

「でも、あながち正解だったのかも」

 ソラはそう言いながら、木の扉に歩み寄った。


 木の扉には、容易に開かないように、青白い触手が張り付き、その中央には掌程の大きさの錫製の壷が設置されていた。

「これは……」

 そうソラが口にした時、扉の向こう側から誰かの悲鳴が聞こえた。

 そして扉を激しく叩く。

 その声の主がユキだと、ソラは直ぐに気付いた。

「ユキか!?」

「そ、ソラなのか?! キャャャッ!!」

 ユキの悲鳴に続き、大勢の呻き声が轟く。

「待ってろ、今ブチ破ってやる」

 ソラは、少し後ろに下がり腰を屈めた。


 バトルグローブを強く握り、意識を集中し始める。

 みるみる内に、シャツやズボンが筋肉補助へと変化し、ロングコートが靡く。

 そして、一気に扉に突進し蹴り込んだ。が、何かのバリアが施されているのか、相反する力によってソラは後方に大きく吹き飛ばされてしまった。

しゅが掛けられておる」

 清明は、扉に掛けられた術を見破ると、錫製の壷を手に取った。

「聞こえるか。ユキ」

「は、はいッ!!」

 切羽詰るユキの声が扉越しに濁って聞こえる。

「お前から見える扉に壷が掛かっておらぬか?」

「掛かっておりますッ」

「それは吸魂丹きゅうこんたんと言い、魂を吸い取る物だ。お前の周りにるのは怨霊か? ならば、怨霊を呪で解き放ち吸魂丹に集めよ」

「されど、私、怨霊を解き放つ術を会得しておりませぬ」

 ユキが忙しなく足を運ぶ音が聞こえる。

「ならば、俺が唱える術を復唱せよ」

 扉越しの二人のやり取りに不安と苛立ちを押さえる事ができないソラと博雅が、歯を食いしばる。


怨亜彌伽おんあびきゃ陰邪堕霊おんじゃだれい洸殺魔除こうせつまじょ


 血に染まる刀を額に掠めながらも避けたユキは、清明が唱えた術を復唱し始めた。

怨亜彌伽おんあびきゃ陰邪堕霊おんじゃだれい洸殺魔除こうせつまじょ

 途端に、目の前の検非違使の怨霊が全身から青い炎を巻き上げ、金色こんじきの魂と思しき光の塊が尾を引きながら扉の吸魂丹の口に入って行った。

 次々と襲い掛かる怨霊に対しユキは術を唱え続けた。


 清明は、持っていた壷を扉に掛けると、ソラ達とユキの成功を祈り続けた。

「清明さん、これが上手くいけば、扉が開くんですか?」

「あぁ。壷が魂で満たされた時、それは鍵となるのだ」

 ソラの問いに清明が答えた。

 続いて博雅が訊ねる。

「しかし、何故か腑に落ちぬ。このようなカラクリに漂う怨霊。回りくどい事をせんでも良いではないか? 我々を殺めようと思えば幾らでも策はあるはず」

「遊んでるんですよ。博雅さん。余裕がなければこんな事しないですよ」



「その通りじゃ」

 鬼泉鏡を覗く道満が卑しい笑みを浮かべる。

「お前達のような謀反者がいなければ、つまらぬではないか。だが、ここにお主等が辿り着いた時、全てが終わるのじゃ」

「始まる……であろう」

 そう言葉を繋げた信長。

「そうであったな」

 道満は再び口を綻ばせた。

 二人のやり取りを目で追っていたシオンは、何も語らずに目を瞑っていた。


「しかし、あのソラと言う男。やはり禍々しい悪の力を感じる」

 興味深そうに覗き込む道満を、シオンは目蓋を開けて見据えた。

「唯一の誤算か。お主よりも、ヤツの方が邪に満ちておるぞ」

 道満はシオンにそう告げると、再び鬼泉鏡を覗き込んだ。


 シオンは何も答えず、ゆっくりと目蓋を閉じた。





 つづく


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