第34話 「伝説の敗北」その3~Story of HIKARIチーム(後編)~
「もう終わりだぬーん」
バーンニクス城の天守閣部分から、外の戦況を眺めながら食事をしていたペトレ王。
大きなテーブルに様々な料理が乗っている。
「最後の宴なのねん」
そう言いながら熟れたトマトにかぶりついた。
滴る雫が顎を伝い、宝飾が施された服に染みを作る。
その側で、王の食事っぷりを見せ付けられた護衛兵役のシェフは、ただ開いた口が塞がらなかった。
たらふく食べたペトレ王は、横着にもテーブルクロスで口を拭くと腰を上げた。
「じゃあ、そろそろ出る準備をするのねーん」
この城や外で必死に戦う者達を見捨てて逃げると言うのか?
長きにわたり、王族のシェフを務めてきた男でさえ抑えきれない嫌悪感を抱いた。
そんなシェフに、ペトレ王が「お前も来るのぬーん」とあどけない笑顔を見せ付けた。
山の傾斜に作られた城下町が炎に包まれている。
商店の暖簾は燃え尽き、レンガの壁が真っ赤に光る。
パチパチと音を立てながら木材が炎を帯び、藁が火の粉となり舞い散る。
バーンニクス城へと続く大通りの真ん中で大きな火炎球がうねりを上げていた。
その刹那。
火炎球の中から発生した暴風が、炎を掻き消し城下町の火を払った。
暴風の中心に立つは魔術師アウル。
額に巻かれた赤いバンダナ。その脇の耳に付けられたピアスが光る。
アウルの目線の先には、ジェリル。
「何ものだ?」
アウルの問いかけにジェリルは全く反応しない。
赤く腫れた目をギロギロと廻しながら無表情を保つ。
皮膚が剥がれ落ちた頬から、黒いミミズの様な組織が蠢いている。
「俺に代われよ」
ジェリルの後方に立っていたリュウジがアウルに声を掛けた。
「しかし」
「俺じゃ力不足だって言いてぇのか? テメェは、あの城ん中の奴等を守れよ」
暫くの沈黙の後、リュウジの強い眼差しに安心したアウルは、ローブを纏った化け物を任せ、振り返り、山の頂上の城に向かって走って行った。
「さっきは、よくもやってくれたなぁ。クソが」
ジェリルはリュウジの言葉には反応し、振り返った。
髪が全て抜け落ちた頭が、別の生き物が入っているかの様に動いた。
恐らく、ジェリルが食べた闇のモンスターが体の中でもがき苦しんでいるのだろう。
いきなり攻撃を仕掛けたのはジェリルだった。
何の予兆、攻撃に移るモーションも無く、一瞬にして伸ばした腕をリュウジに放った。
だが、リュウジは体を横に反らし手で受け止めると、そのまま両手で掴み空中に投げ飛ばした。
膝を曲げ、腰を下ろし、脇の下で引き締めた拳に白銀のオーラが吸い寄せられる。
リュウジの立つ大通りに風の渦が発生し、その中心にいるリュウジの拳にオーラと共に風が吸い込まれてゆく。
攻撃に必要なパワーが溜まった途端に、一気に拳を開き、宙を舞うジェリル目掛けて白銀のエネルギーボールを放った。
エナジーの尾を引きながら一直線に空を切るエネルギーボール。
「喰らえッ」と、リュウジが拳に力を込めながらジェリル粉砕を祈ったが、次の瞬間、ジェリルの口が縦横に裂けるとエネルギーボールを飲み込んだ。
「マジかよ!?」
そして、その力を自分の物に変換したのか、ジェリルが突き出した掌から黒いエネルギーボールが飛び出した。
急接近するエネルギーを慌てて飛び避けたリュウジだが、伸びてきたジェリルの手に肩を掴まれた。
「うわっ!!」
収縮する腕に引っ張られジェリルの体がリュウジの許へ引き寄せられる。
その勢いを利用しての頭突き。
リュウジの視界が縦に割れる。
凄まじい衝撃に、意識が飛びそうになったリュウジだったが、ジェリルの腕はリュウセイを離さないまま、強烈な頭突きの連打が続いた。
肩が潰されそうな程の握力にジェリルを振り解く事も出来ずに、民家に直撃したリュウジとジェリル。
舞い散る柱の残骸と藁など関係ないのか、床に転がりながらも頭突きを続けるジェリル。リュウジも負けじとジェリルの腹に膝蹴りの連打を浴びせるが苦悶の表情一つ見せない。
額の同じ場所に頭突きを何度も打ち込まれる為、感覚が麻痺してゆく中、苛立ちがピークに達したリュウジ。
「ふざけんなよッ!!」
気合と共に、全身から白銀のオーラが噴出し、バトルスーツが音を立てて膨れ上がった。
ジャンパーウェアが鋼鉄の鎧と化し、腕に吸い付いたシャツが破壊力を与える。
両手でジェリルの両手を掴んだリュウジは、歯を食いしばりながら肩から離すと強烈な蹴りを腹に突き入れた。
弾けんばかりの破裂音と共に、再び空中に飛ばされたジェリルを追う。
空中に飛ばされたジェリルに追いついたリュウジは間髪を入れずに廻し蹴りを顔面に喰らわせた。
遠くに吹き飛ぶジェリルに、今度はブレスレットを輝かせる。
SAGを呼び出したリュウジは、そのグローブをバトルグローブに装着すると、手首に現れたレンジを最大限にし一気に拳を握り締めた。
瞬時に大爆発を起こしたジェリル。
「死んだか?」
そう言った瞬間爆炎の中から黒い組織がリュウジ目掛けて伸びてきた。
リュウジの体に突き刺さり黒い液体を流そうとしたあの血管状の管だ。
その苦しみを味わっているリュウジは、是が非でも喰らう訳には行かなかった。
「冗談じゃねぇ。俺は入れられるよりも入れる方が好きなんだよッ!!」
この状況に及んで下ネタを叫んだリュウジは、再びブレスレットを輝かせると、エネルギーソードを召喚した。
一気にエネルギーの刀身を発生させると、迫り来る血管を斬り伏せた。
黒い液が飛び散り、管が逃げるように爆炎の中に戻ってゆく。
ゆっくりと重力に従いながら地上に降下するリュウジは、じっと空中で留まる黒煙を睨んでいた。
中々現れないジェリル。
これで死んでしまうような敵ではない。様子を見ているのか? 体力の回復を図っているのか?
そんな事を思案していると、突然リュウジの両足が何者かの手に掴まれた。
咄嗟に足許を確認すると、地面から飛び出した長い手がリュウジの足を掴んでいる。
それは間違いなくジェリルの手。
よく見ると、黒煙の下部から二本の腕が伸び、地上に突き刺さっている。
恐らく、地中を腕が掘り進み空中にいるリュウジの真下から飛び出したのだろう。
「またかよッ、離せッ!!」
すると、意外にも掌を広げ離した。だが、次の瞬間その掌に赤いエネルギーが発生し始めた。
息を呑むリュウジが降下すると、その掌が顔の前へとやってくる。
そして、解き放たれた膨大なエネルギーはリュウジの顔面から全てを飲み込んだ。
遥か彼方の上空へと吹き飛ばされたリュウジ。
全身を包む焼けるようなエネルギーを振り払うと、猛スピードで上昇し、向かってくるジェリルに、真っ向から向かった。
重力を見方に付け、加速力を増し攻撃力を高める。
引き締めた右手に白銀のオーラが発生し、そして全身を包み込んだ。
その姿は地上からは流れ星のようだ。
「喰らいやがれッ!!」
地上から向かってきたジェリルが放った拳など、白銀のエネルギーに包まれた拳には発泡スチロールよりも脆く感じた。
水風船が割れるかの様に、ジェリルの拳を粉砕したリュウジの拳は、ジェリルの頭部をも粉砕した。
地上に激突するジェリルをよそに、リュウジは着地手段に頭を悩ませていた。
加速力の増した降下スピードを考えると、着地した瞬間に全身の骨が砕けちるか、さっきのジェリルのように水風船が割れたようになってしまうのか。どちらにせよ無傷で済むとは到底思えない。
炎の社を中心に円を描いた中にバーンニクス城が見える。その円の外は全て闇の軍勢で埋め尽くされている。
その不気味で異様な光景に見とれている場合では無い。
あと数秒で、最悪なイメージが現実となる。
咄嗟に掌を地上に向けたリュウジが叫ぶ。
「くっそぉぉぉぉ」
途端に、掌から白銀のエネルギー砲が噴出した。
今まで見たこと無い程に大きなエネルギーの放射が飛び出し地上に突き刺さった。
反作用の力で減速を始めてたリュウジは、無事に城下町に着地する事が出来た。
そして、暫くの間何かを思案した。
…………。
「初めから使えよ」
と自分自身に突っこんだ
「ス……ピ、リットを……よ、こ、………せ」
聞きなれたおぞましい声がリュウジの鼓膜を引っ掻く。
振り返ると、ジェリルが立っていた。
粉砕したはずの拳も顔も元の化け物に戻っている。
「テメェしつけぇぞ」
再び身構えたリュウジは、若干の焦りと不安の色を顔に浮かべながらも、飛び掛った。
セーデンの塔を駆け上るバイク。
幾層かの鉛色の雲を突き抜けると、ようやく頂上が確認できた。
どうやらバルコニーから内部に入れるようだ。
若干の安堵と、何としてもセーデンを倒すと言う強い思いを胸に二人は頂上に到着した。
バルコニーの床も塔屋の壁さえも、人間やエルフの死体で出来ていた。
そこにバイクを停めると、リュウセイとロイドは出入口から内部に侵入した。
薄暗く、静寂に包まれた回廊。
時折、死体がシクシクと泣き声を上げているのが聞こえる。
「怨念が、おんねん」
何気なしにジョークを飛ばしたリュウセイだったが、ロイドには理解できなかった。
「確かにここは怨念だらけだな。禍々しい気を全身に感じる」
「普通に返すなよ。ボケろや」
「意味がわからん」
「あぁ、そう」
張り詰めた空気を和らげ、肩の力を抜こうと考えたリュウセイだったが、効果はイマイチだった。
しばらく歩くと、大きな扉が現れた。
人の断末魔を上げた瞬間の表情を抜き取り、沢山貼り付けたような扉だ。
しかも、その顔は今でも目をギロギロと動かし、大きく開いた口はガクガクと震えていた。
「気持ち悪るいなぁ」
すると、ロイドがスフェニスソードを抜き取り身構えた。
「準備は良いか?」
「いつでもエエで」
そう言うと、扉を思いっきり蹴り開けた。
廊下と同じく死体で作られたドーム型の部屋。
二人は辺りを見回したが誰もいない。
「何処に行ったんや?」
「まさか、我々と入れ違えでバーンニクス城に向かったんだろうか?」
そう、ロイドが言った瞬間、二人の足首を死体が掴んだ。
振り解こうにも異常に強い力に苦戦していると、今度は二人を引き込もうとしてきた。
か細い声で「おいで……おいで……。一緒に……」と誘い込もうとする。
「今は、そんな場合じゃないねんて」
リュウセイがそう言っていると、部屋の奥から誰かが歩み寄ってきた。
だが、暗くてハッキリと顔が見えない。
リュウセイは足を動かし引き擦り込まれないよう抵抗しながらも、その誰かに声を掛けた。
「お前がセーデンか?」
返事は無い。
だが、ロイドは確信を持った表情で口を開いた。
「いや、間違いない。こいつがセーデンだ。俺にはわかる」
すると、謎の声が口を開いた。
「愚かなる人間が我の名を容易く呼ぶでないわ」
男の声だ。
そう言いながら歩みよる男の顔を見た時、リュウセイに衝撃が走った。
「神城ッ!?」
なんと、そこに居たのは紛れもなく、宇宙船で逸れたソラだった。
服は、薄汚れた装束のような物を着ているが、間違いなくソラなのだ。
「どう言う事やねん? 何でお前やねん?」
混乱し、狼狽するリュウセイにロイドが訊ねる。
「知り合いなのか?」
「知り合いも何も、コイツが最後のHIKARIの戦士や」
「何だって!? でも何故?」
「そんなん、俺かて知るかよ」
二人のやり取りに不気味な笑みを見せるソラ……いや、セーデンと呼ぶべきか?
「おい、聞いてんのか? 神城?」
すると、セーデンは、床から一体の死体を引き抜いた。
次の瞬間、死体は緑色の炎を吹き出し骨だけになった。そして、その骨がトグロを巻くように細くなり剣へと形状を変えた。
それをリュウセイの首許に突きつける。
「お前など知らん」
「何やて? 俺の顔も覚えてないんか?」
セーデンは、そのまま振り返ると指で何かを合図した。
すると、床で寝ていたはずの死体達が二人に群がるかのように集まり引き込もうとし始めた。
「間も無く、この世界は我の物になる。無駄なのだよ」
「そうはさせるかよ、ボケェッ!!」
そう言い、バトルスーツを起動させるも、凄まじい力で引きこむ死体達の力に苦戦するリュウセイ。
その隣で同じく苦戦していたロイドは、「許せリュウセイ。此処まで来て諦める訳にはいかんのだ」と言い、スフェニスソードを強く握り締めた。
途端に、ロイドの全身から白銀のオーラが噴出し、額に何かの紋章が浮かび上がった。
勇者の力で、スフェニスソードの真の力が開放され刀身にも古代の紋様が現れる。
その光を恐れるかのように死体達は逃げて行き、自由になったロイドは一気にセーデンを斬り付けた。
不意を付いた攻撃に、セーデンの首許から心臓付近まで剣が貫いた。
「神城ッ!!」
咄嗟にそう叫んだリュウセイだったが、セーデンなのかソラなのか解らず混乱が収まらない。
セーデンは振り返ると、自分の体から止め処なく噴出す鮮血に驚きながら倒れた。
「やったぞ、セーデンを倒したぞ!!」
遂に念願のセーデン討伐と言う偉業を成し遂げ、興奮するロイド。
千年前から続いた戦いに遂に決着が着いたのだ。
「お前の負けだ、セーデン」
だが、ある異変を感じ取ったリュウセイ。
「おい、待て。その死体なんか変や」
「何だって?」
そう言ってロイドがセーデンの死体を見下ろすと、顔が泡を噴き上げながら溶けてゆく。
そして現れた本当の姿を見て、今度はロイドも驚愕した。
「ぺ、……ペトレ王……」
「ペトレ王って城におったよな?」
ロイドの額から大粒の汗が流れた。
「すり替わっていたんだ」
途轍もない事実を感じ取った二人は、凍りつく背中の感覚を感じ、言葉が出なかった。
つづく