第34話 「伝説の敗北」その2~Story of HIKARIチーム(後編)~
暗黒の海の中を光の塊が突き進む。
海と言っても、液体と言う意味では無く、無限に広がる闇の軍勢の中枢部だけに、大海原と見間違える程だと言う事だ。
そうすると、光の塊と言うのは他でも無く、リュウセイとロイドの事だ。
ありったけの閃光弾を積んだバイクに跨る二人が、閃光を発するメカニックボールを装着したロッドを手に、セーデンの塔に猛進していた。
残存する光を帯びた大型バイクが突き進むと、それを阻もうとする闇の軍勢が瞬時に掻き消され道を作る。
だが光を失えば、その場で闇の軍勢に飲み込まれ死んでしまう。そうならない様、後部座席に跨るロイドは、光が弱まるタイミングを見計らい次のメカニックボールのレンズを押し込み、入れ替え続けた。
フルフェイスヘルメットを被っていなければ、頭上で爆散する閃光に耳をやられ、失明するだろう。
リュウセイは視線の先に、外壁が蠢く歪な塔を目指し、バイクのグリップを握っていた。
塔への道は真っ黒で何も見えず、閃光弾の光で闇の軍勢が掻き消され、ようやく姿を現す地面を見ながら岩を避ける事ができる。
一歩間違えれば事故に繋がる恐れもある。
よく見ると、闇の軍勢にも様々なタイプがいる。
エクスフェリオンで戦っていた時は、ダークリーパーと言う翼の生えたエルフとの混合生物。実体はあったが。ダークスパイデスもそうだ。
今、目の前にいるのは、騎士の姿や、獣の姿。人とも動物とも取り難い、半獣などもいる。
光の先に、大きなミノタウロス風の闇のモンスターが姿を現し、リュウセイ達を豪腕で叩き潰そうと、その大きな体を撓らせた。
そんな大きなモンスターも閃光弾の光の前には、なす術無く掻き消される。
だが、ミノタウロスが掻き消され露となった大地に見えたのは、バイクと同じ程の大きさの岩石だった。
「うっわ。ボケぇッ!!」
慌ててハンドルを切るリュウセイに連動し、バイクが蛇行しながら次々と現れる岩石を避け進んだ。
セーデンの塔に近づくと、その不気味な全貌が明らかとなった。
灰色と化す人間やエルフが歪に絡み合い、折り重なるようにそびえ立っている。
一人一人に隙間が無く、密着する事で強固な壁となり、天空を貫く程の塔を造り上げている。
その幅もバーンニクス城が十建スッポリと収まってしまう程に、圧倒的な存在感を放っていた。
一体、どれだけの人間、エルフが犠牲となっているのだろうか。
そんな事を思いながら、バイクのハンドルを握っていると、後部座席のロイドが叫んだ。
「おいっ、道が無いぞ!!」
「何やて?」
そう言いながら前方を確認すると、光の拡散範囲の先に崖が見えた。
目の前の塔も一階部分が見えなく、もっと下にある事が想定できる。そうだとすると、今居る場所は相当高い位置だ。
「掴まれロイドッ!!」
そう言って、スピードを落とさずに突き進もうとするリュウセイにロイドが警告した。
「止まれ!! 落ちるぞッ」
「止まったって死ぬんや。やったら、突っ切るッ!!」
そして、一気に崖を飛び立った大型バイク。
リュウセイは、後輪に装着されているブーストの推進力に望みを託しながらセーデンの塔を睨み付けた。
勢いは十分にある。
だが、更なる問題がある事をロイドは懸念していた。
このまま飛べば間違いなくセーデンの塔に着く事が出来る。しかし、それは、外壁に衝突すると言う事であり、入口に到着できる訳ではない。
窓も無ければ突入口も無いのだ。
外壁に衝突し地上に落下してしまう。放物線を描くバイクに跨るロイドは、そう恐れていたのだ。
一方、リュウセイはと言うと……。
何にも考えていなかった。
「あかん。やってもうた」
「だから言っただろ」
外壁に埋もれる人間が、リュウセイ達の存在を感知すると、上半身だけ起き上がり二人を迎え入れるかの様に両手を広げた。
自分達の世界に引きずり込もうとしているのか?
そうだとしても、宙を飛ぶバイクを止めれる訳が無い。
結局、バイクは外壁の人間の腹に激突した。
激痛に歪む表情と苦痛に断末魔を上げる灰色の人間。
しかし、今の二人には人間の事など心配している余裕は無かった。間もなく落下する事になるだろう。
リュウセイとロイドの顔が引きつる。
ハンドルを握る手に力が入る。
「このッ」
その時、リュウセイのバトルスーツが起動し、シャツが体に吸い付き一気に膨れ上がった。
心臓にまで響く機械振動。その力が、腕から手に伝わると強く握るグリップに流れ込んで行く気がした。
すると、バイクのタイヤの溝が青白い輝きを放ち、感じる重力が変化した。
タイヤが接する外壁が地上にいるかの様に感じたのだ。
「行けるッ」
リュウセイは、この状況が打破出来ると確信すると、一気にグリップを捻った。
バイクは塔の頂上を目指し登った……いや、前進した。
重力変換技術。
これもヴァキルト博士が施した技術の一つなのだと、リュウセイは気付いた。
エクスフェリオンの船員達が忙しない足音を立てながら船内を走っていた。
コアがある部屋から出てくる船員達。彼らの手には、エネルギーレーザーを発するクリスタルが握られている。
今、数人の男達がコアのある部屋へと入って来た。
船の中でも一番大きな吹き抜けの部屋だ。
途轍もなく広い空間に太陽の様に熱いエナジーを纏うオレンジ色の光の塊が浮いている。
これが、エクスフェリオンの動力源なのだろう。
それを囲うように鉄格子を組んだ足場が続き、その上を船員達が駆けていた。
五人の筋肉質の男達が、巨大な袋から透明なクリスタルを取り出し駆け寄る船員達に手渡す。そして石を貰った船員達は、素早くコアにかざした。
すると、クリスタルはコアからエネルギーを吸い取り、吸収したのだ。それを確認すると、船員達は、アンリの援護をするべくコアのある部屋を飛び出した。
無数の稲妻が邪龍王の背ビレに吸い寄せられ、鱗の隙間を伝い口から吐かれるエネルギー砲に力を加えていた。
それに負けじと、アンリも巨大なエネルギー砲を放つが、押し返される圧力にアンリが立つエクスフェリオンの甲板の強度が持ちそうに無かった。
時間と共に、甲板の板がへし折れる音が鳴り、アンリの足が沈んでゆく。
そんな中、邪龍王の体から飛び出した無数の黒い鱗。
その黒い鱗を打ち落とす為に、船員達はクリスタルからライトグリーンのレーザーを放っていたのだ。
レーザーから逃れた鱗は、容赦なくエクスフェリオンの装甲に突き刺さった。
船体の木材が鋭利な刃物で削ぎ落とされた様に飛び散り、帆を突き破り、マストを弾き飛ばす。
船長のガイは、飛散する木片を鬱陶しそうに手で避けると、向かってくる鱗を銃で撃ち落した。
そして、目の前でアンリが応戦している邪龍王に向かって大声で怒鳴った。
「いくらしたと思ってやがる。高いんだぞ俺の船ッ!!」
勿論、邪龍王が理解できる訳も無い。それでも言わない事には気が治まらなかった。
ガイは、甲板の中央に位置する操縦席で舵を握りながら、舵の中央で淡いオレンジの光を放つ埋め込まれた球体に手をかざした。
そして、押そうとしたが躊躇した。
「いや、まだだ」
アンリの足が膝まで沈み、背が仰け反ってきた。
体の前で円陣を組む光の武器も、凄まじいプレッシャーに悲鳴を上げるかのように振動をしている。
大量のエネルギーを放出するにつれ、全身に伝わる疲労感と、倦怠感。
今、力を抜けば楽になるだろう。だが、それは負けを意味する。死を意味する。
船の上で必死に戦う人達の思いをも木っ端微塵に消し去ってしまう。
是が非でも、そうしたくは無い。だが……辛すぎる。
「もう……だ……」
もう駄目だと、アンリが言おうとした瞬間、邪龍王の体から爆煙が上がった。
苦痛に声を上げ、エネルギー砲を解いた。
アンリも、崩れるようにしゃがみ込んだ。
煙の向こう側から現れたのは、なんと、別の浮遊船だった。
帆に描かれた月の紋様を見てガイは歓喜の声を上げた。
「あれは、フェルッチオロデュテーションッ!!」
「なんですかそれ?」
ゆっくりと立ち上がりながら訊ねるアンリに、興奮冷めやらぬ様子で説明を始めた。
「伝説の大空賊船だ。俺が空賊になろうと誓い、エクスフェリオンを得るまで共に空を駆けた」
「じゃあ、アレがガイさんが言っていた空賊なんですね」
「あぁ。そうだ」
邪龍王が反撃をしようと、エネルギー砲をフェルッチオロデュテーションに放ったが、フェルッチオロデュテーションは器用に掻い潜りながら、エクスフェリオンの隣に船体を着けた。
すると、フェルッチオロデュテーションから一人の若者がガイに声を掛けた。
「兄さんッ」
その声の主を見て、ガイの目に涙が浮かんだ。
「マルクかッ!!」
アンリと同年代ほどの黒髪の青年。
風貌はガイと欲にており、一目でならず者だとわかる。典型的な空賊だ。
「ロシュハーベルが闇の軍勢に滅ぼされ、お前も死んだものかと……」
「何言ってるんだ兄さん。俺は誰の弟だと思っているんだ? 大空賊船エクスフェリオンのキャプテン。ガイの弟だろ。空賊の素質があっても可笑しくないだろ?」
「じゃあ、お前も空賊に?」
「兄さんがフェルッチオロデュテーションを出た後に俺も空賊に入れてもらったんだ。って、呑気に話ししてる場合でもないか」
フェルッチオロデュテーションが、勢いよくエクスフェリオンに船体を衝突させ弾くと、二隻の間を邪龍王の撓る尾が通り過ぎた。
フェルッチオロデュテーションのキャプテンであるロベルトがガイに勇ましい挨拶をした。ガイにとっては父親のような存在だ。
ガイは、ニコリと笑うと、船員達に告げた。
「ぶちかませッ!!」
途端に、船員達の持つクリスタルからライトグリーンのレーザーが発射され、フェルッチオロデュテーションからもライトレッドのレーザーと大砲が放たれた。
二隻の船が、天空で乱飛行しながら邪龍王を翻弄し続ける。
それに振り回されるかのように邪龍王が応戦するが、エクスフェリオンに攻撃すればフェルッチオロデュテーションが、フェルッチオロデュテーションに攻撃すればエクスフェリオンが攻撃をし、流石の邪龍王もこのまま力尽きるのかと思われた。
しかし。
再び稲妻を呼び寄せ咥内にエネルギーを充填し始めた。
この一撃だけは、まともに直撃すると一たまりも無い。
次の一撃のパワーが落ちていないのならば、今のアンリでも防ぎようが無い事は、アンリの様子を見ているガイには解っていた。
「面舵いっぱいッ」と叫ぶフェルッチオロデュテーションの船長に続き、ガイも叫んだ。
「面舵いっぱいッ」
二隻の船が旋回を始める。
ガイが船員に指示をすると帆がキツク張られ、船員達がロープを引っ張った。
風圧を受け、その勢いで砲撃を避ける事を望んでだ。
アンリも立ち上がると、再び全身に力を溜め込んだ。
「私だって、まだッ!!」
そう言って、白銀のオーラを全身から発すると、光の武器を具現化させ体の周りに張り巡らせた。
邪龍王の咥内に溢れんばかりのエネルギーが蓄積される。
誰もが、次の瞬間に砲撃が放たれると思った。
だが、発せられたのは雄叫びだった。
完全に虚を突かれた一同。
誤算が起きたのはその直後だった。
雄叫びと共に発せられた凄まじい空気圧にエクスフェリオンの帆が捉えられ大きく進路が変わった。
そこへ、待ってたと言わんばかりに砲撃が放たれたのだ。
慌ててガイが舵を切るも、言う事を聞かないエクスフェリオン。
アンリも、急いで武器で円陣を作りエネルギーを放とうとしたが、チャージ時間が足りずに馬力が足らない。
その時。
エクスフェリオンの目の前で、フェルッチオロデュテーションの船体を邪龍王の砲撃が貫いた。
何が起きたか解らずに言葉を失うガイ達。
なんと、フェルッチオロデュテーションがエクスフェリオンの身代わりとなったのだ。
「そんな馬鹿なッ!?」
目を疑うガイとアンリだったが、次の瞬間、フェルッチオロデュテーションが大爆発を起こした。
ガイが空賊の夢を抱き、実現させてくれたフェルッチオロデュテーション。
初めて両親のような厳しさ暖かみを教えてくれたキャプテン、ロベルト。
必ず守ると誓った弟のマルク。
マルクとはたった今、再開したバカリで、まだ話し足りない事も沢山ある。
そしてガイの目に映ったのは、フェルッチオロデュテーションの舵を握るロベルトとマルクの姿だった。
マルクはガイに向かって敬礼をした。
「兄さん。兄さんのお陰で僕は、幸せだったよ。空賊になれて良かった」
フェルッチオロデュテーションを包む火炎の中、ロベルトもガイに敬礼をしながら叫んだ。
「エクスフェリオンは我々の希望だッ!! HIKARIの戦士よ、この世界に平和をぉぉぉぉっ!!」
ロベルトが、そう叫ぶとフェルッチオロデュテーションは再び大爆発を起こして崩れ落ちた。
勝利の雄叫びを上げる邪龍王に悲しみと怒りを露にするガイ。
「許さねぇ。よくもッ!!」
「船長!!」「船長!!」
船員達の声に振り返るガイ。
船員達の決意の篭った眼差しを見て、ガイがゆっくりと頷いた。
するとガイはアンリに訊ねた。
「これから最終手段を取るが、この船が沈む覚悟は出来てるか?」
ガイの覇気と覚悟を感じるその目に、アンリは頷いた。
ガイは、舵の中心に埋め込まれたオレンジの光を放つ球体を押し込んだ。
「GAIシステム。起動!!」
途端に大きな振動が発生し、エクスフェリオンを包む木材が砕け散った。
そして、真の姿を現したのだ。
飛散する木片の中、光り輝く黄金の船が。
船体を駆け巡るライトグリーンのエネルギー。
「エクスフェリオンの本当の力を見せてやる」
舵が消え去りオレンジ色の球体だけ残った操縦席で、ガイはしっかりと球体を握り締めながらそう叫んだ。
つづく