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ネクロベーゼ  作者: 山口志貴
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トークタイム②

ディズニーランドホテルのシャーウッドレストランの海鮮雑炊が好きです。

 課室の扉の脇に並んだ、課員のネームボード。

虎太郎は出勤と同時に自分の名前の下の『待機中』の札をひっくり返して『出勤中』に替える。

ドアが開いて、朔子が首だけ覗き込んだ。その姿を目にした虎太郎が目を丸くする。


「あれ、朔子ちゃん帰ったんじゃなかったの?」

「あ、おはよこたちゃん。クラインで依亜と話してたの。まっすぐ帰るから、札ひっくり返してもらってて、いい?」

「わかった~、お疲れ様」

「うん、がんばってね!」


がちゃっと、扉が閉まる。

虎太郎は朔子のネームボードにかかった札を『待機中』にすると、自分の机で退社の準備をしていた祐輔に顔を向ける。


「ね、飯食いに行こうよ。」

「…おまえ仕事中だろ?」

「だから。ハラ減ったら、仕事になんないし?」


けろっとして言う。祐輔は無人の机に目を向ける。


「耀紺が来てないのに、無人にするのは不味いだろ。」

「隣に課長いるじゃん。」

「そういや出勤してたけどな…そういう問題か?」

「耀紺は刻魔課に出向している。」


入り口とは別の扉が開いて、実流が顔を出した。

この時間帯に出勤しているのは、確かに珍しい。素直に虎太郎が「珍しいですね~」と言うと、本人もうなずいた。


「…今年の新入課員の話で、ちょっとな。」

「あれ、今年採用してるんですか?」


既に入庁式は終わり,他の課の新入課員は目にしているのだが,破魔課には一向にその気配がない。だからてっきり今年は採用者数ゼロなのかと思っていたのだが…


「国家試験の方はゼロだったがな…推薦が1人、いる。まあそのうち紹介することになる。今アルクメオンが面会中だ。」


決定事項以外のことを口にするのは珍しい。

よっぽど難航しているのかも知れない。

虎太朗は素直な感想を口にした。


「へー。先生が。うさんくさそうですね~」


祐輔は黙って実流の話を聞いていた。


「…行くなら、食堂にしろ。」


急に言われ、一瞬何のことか分からなかった。しかし虎太郎が祐輔より先に答える。


「え~食堂はこの時間七尾さんじゃないじゃないですか!」

「…課長、虎太郎甘やかしてどうすんですか?」


本来ならば咎めても良さそうな話だ。

実流が決して甘くないことは課員全員が認めるところなのだ。


「ふらふら遠くに出歩かれるよりは良い。食堂なら何かあっても連絡できる。」


容認の構えらしい。

しぶしぶ承諾して虎太郎は祐輔とともに1階の食堂に向かう。


「俺は!七尾さんの作る中華丼じゃないとダメなんだ!」


それ以外でも普通に食べるだろ、と心中でつっこみを入れつつ、祐輔はエレベーターからロビーに足を向ける。

朝でも夜でもない時間。

足音だけがホールの天井に反響して響き渡る。


「祐輔だって七尾さんの作る天津丼好きだろ!?」

「そりゃ…」


いいかけ、ロビーを横切る人影に気付き祐輔は言葉を切る。

虎太郎も祐輔の視線の先に気付き、黙る。


「…おはようございます、零﨑課長。」


祐輔が先に、口を開いた。


「おはようございます、永尾くん。小島くん。」


スーツ姿の、細身の男はにこやかに返事を返した。

襟元のブローチには杖のワンポイントがあしらわれ、所属する課を示している。

零﨑(ぜろさきれい)

伏魔課の課長である。


「冥王の件は残念だったねぇ」

「すみません…もう課長にまで話いってたんですか?」


何故か謝って虎太郎は疑問を口にする。

依亜の存在が非公式である以上、直談判を受けた実流で話が止まっているかと思った。


「久しぶりに魔法使いだったって、院の方から連絡があったよ。魔法使いの研究はなかなか進んでないからね…できるだけ生きたまま拘束できると手間が省けて良いんだけど。」


生け捕りして、どうするのか。

そこまではさすがに尋ねず虎太郎と祐輔は黙る。

先日も祐輔は伏魔課の課員に渡界者を生け捕りにできなかったことに対して謝罪の言葉を口にしたが、何より湖が生け捕りにこだわっていると聞く。

何に使うかはあまり考えたくないが、ろくな理由でないことは噂と伏魔課の業務内容から十分推測できる。

確かに魔法使いは時元庁が長年追っている「即時抹殺」対象ではある。

祐輔はその理由は知らないし、知ろうとも思わなかったが。

しかし冥王が魔法使いだと把握した時点で、警察から時元庁へ捜査権が移動していることは確かだろう。そうでなければ湖が把握しているはずがない。

いくらとらえどころがない人物とはいえ、謎の情報網を持っているとなると最強すぎるだろう。そうであってほしくない。


「今から食事かな?だったら六野君に小島くんは食堂だと伝えておくね。」

「すみません…」


虎太郎は心なしか弱々しく返事する。


「じゃあ。」


軽く会釈して湖はロビーを横切ってエレベーターに乗り込んでいった。

湖が去り、食堂に足を向けてようやく虎太郎は肺から息を絞り出すようにため息をついた。


「あの人めっちゃ苦手…」

「苦手な人間がいるんだな。おまえにも。」

「祐輔は平気?」

「あまりいい話は聞かないがな。平気もなにも,関わり合いになることがまずない。」


そもそも伏魔課自体、他の課に嫌煙されがちである。

渡界者に関する調査・研究を行うため破魔課とは密接なつながりがあるが、すすんで交流を持つというわけでもない。

しかし封魔師も基本的には嫌煙されがちなため、お互い様ではないかとも祐輔は思うのだが。

つらつらと考え事をするうちに、食堂についた。ちらほらと職員の姿が見える。

食券販売機の前に立ち、虎太郎は迷った末『本日の定食B』を選んだ。

祐輔は海鮮雑炊を選んで硬貨を機械に投入する。


「九王さんが気をつけろよって言うくらいだし」

「そんなこと言われたのか?あの人に言われるって、相当だな。」

「ミスったら零﨑のラボに送りつけるぞ!とか。」

「……あの人がそれ、言える立場か?」


冗談にしては笑えない。

重々しく虎太郎は頷いた。


「まあでも昔よりマシらしいよ。同じ課じゃないからよくわかんないけど。」


食券をカウンターで見せると程なく料理が出てきた。定食Bのメインはおろしハンバーグらしく、醤油を盛大にかけた虎太郎に、少しだけ祐輔は眉をひそめた。二人は料理を盆にのせて食堂の片隅に座る。

座った早々虎太朗は一気に食べ始めたが、口は食べるためだけには動かさなかった。


「朔子ちゃんスゴイ怪我してたけどさ、アレって冥王?」

「…らしいな。」


あれからもう3日経つ。

朔子の言葉通り、凄惨な傷跡は順調に治っているようだ。

少なくとも本人は全く気にしていない。

内心呆れていたが、祐輔は特に本人にもあれから何か言ったりしてはいない。

続くようであればまた考えるかも知れないが。

死なないのであればどうでもいいと思っている。

はずだが何故か口は質問していた。


「研修中からあんな調子だったのか?」

「あんな調子?んー、まあね。ていうか気付くの遅いよね。」


さほど考え込まず虎太朗は答える。


「いちいち気付くか。」


祐輔はぼやくように答えたが、何が面白いのか虎太朗はその反応に笑い出す。


「あはは、言うと思った。でも、一生懸命だしさ、そんな怒る必要もないじゃん?」


庇う発言が目立つ。祐輔はふと気になったことを尋ねる。


「…おまえが半分人間じゃないってことは、あいつ知っているのか?」

「うん。ま、この見かけだしね。」


一目で人間との差異が分かる、虎太郎の容姿。

朔子は人間は殺さないと言い、渡界者は滅ぼすと言った。

それが、己の存在意義だと。

ばかばかしいと祐輔は思った。

人間も渡界者も、大差ないではないか。


「…祐輔が考えるほど、朔子ちゃんは矛盾してないよ。」


祐輔の思考を読み取ったかのように虎太郎は口を開いた。

表情にはかすかに苦笑が浮かんでいた。


「それによく考えてる。昨日今日で出した自分の行動指針じゃないよ。」

「…なんだ、それ。」


祐輔は眉をひそめる。

虎太郎が急に何を言いたいのか、分からない。


「まあ、みんな祐輔みたいにさくさく割り切れてる訳じゃないし。ふつーだったら拒否反応起こすと思うけどなあ。」

「自分の命を守れない奴が、何ができるって言うんだ。」

「祐輔が言う台詞じゃないと思うけどな~」


話しながらも虎太郎は食事のスピードだけは緩めない。

瞬く間に虎太郎の胃袋に食品は消えていく。


「…よく食えるよな、こんな時間に。」


長い付き合いだが、いつ見てもそのスピードと量には呆れっぱなしだ。

どこに吸い込まれていっているのか謎だ。


「食べなきゃ死ぬだろ?ま、朔子ちゃんはもう少し自分のために生きても良いと思うけどね。動機が外にあるというか、優しいから頼まれたら断れないしさ。」

「…冥王が人間だったから、殺さなかったと言っていた。」


祐輔はあまり手のつけられていない皿に視線を落とす。

雑炊からはまだほのかな湯気が立ち上っていた。


「渡界者と人間の、どこが違う?」

「だっから、そうふつーはかんがえらんないっしょ?」

「どちらも、誰かを殺すのに、か?」


そう。自分の、ように。

同じことを考えたのか虎太郎も苦笑していた。


「そんなに気になるんなら本人に直接きけばいいじゃんか。」

「別にそんなに気になる訳じゃ…」

「いたいたぁ!小島君、仕事よ!」


テーブルに片手をつき、女性が虎太郎を覗き込んできた。

濃いグレーのワンピースの胸元には星に杖のブローチ。

見知った女性の登場に、虎太郎はあわてるわけでもなく首をかしげる。


「六野さん、登場が早くないですか?」

「課長から居場所聞きましたよ。さあ仕事です。コンビニ店員を刻んで殺した魔法使いが逃走中ですから急いでください。」

「警察が取り押さえればいいのに…」


笑顔の女性…伏魔課の六野くるるは、笑顔のまま虎太郎に顔を寄せる。


「そんなことしたら、被害が拡大するでしょう?幸い未明で通行人は少ないですし、さくさく取り押さえてください。課長が張り切って待機中なんですよ?」

「…代わりに解剖されないうちに行ってきます。」

「はい!…じゃ永尾君、12時間後に~」


連行するように虎太郎とともにくるるは姿を消した。

哀れむように、しかし安堵するようにため息をついて祐輔は再び皿の上に視線を落とす。

スプーンを手に取り、黙々と食べ出した。

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