第2章 トークタイム①
「というわけで、ごめんっ」
「いや、別にいいんだけど。」
時元庁本庁ビル1階喫茶店「クライン」。
朔子と依亜が向かい合ってテーブルに向かっていた。
明け方の4時という時間帯のせいか、2人以外に客はいない。
そもそもそんな時間に開いている喫茶店というのも珍しいが、ここはロビーの一角をガラスで区切っただけの喫茶室だ。打ち合わせや待ち合わせに使える場所を…というコンセプトなのか,比較的椅子やテーブルはしっかりとしたものが並べられているが,出すドリンクは見極めが難しいものばかり,と庁内でも評判で利用者は殆どいない。
廊下には行き来する職員の姿もちらほら見える。時元庁は、眠らない。
それ故に開いているのだが…やはり,利用者が少ないのは純粋に喫茶店という魅力があまりないのだろう。
相変わらず朔子は漆黒の制服姿で、依亜はいつもの如く白いドレス姿だ。
本来部外者は立ち入り禁止なのだが、依亜の場合は半ば公認されているらしく誰も何も言わないしリィリィに至っては「最近みかけないから心配だったのよ」と声をかける始末だ。
今日は実流に呼び出され,ストーカーの一件の報告を聞きに来た依亜だったが、朔子の口から報告を受けたのがつい、今。
勿論こんな非常識な時間ではない時間に時元庁を訪れたのだが、朔子が仕事で出ていたため、出直してきた。朔子の出勤は午後6時から明け方6時までである。
ひたすら謝る朔子に依亜はため息をつく。呆れと安堵が半々といったところか。
「…死にかけたくせに謝る必要なんてないでしょ?」
「しんでないっ。…しとめ損なったし…」
「傷は相手も深かったんでしょ?じゃ当分安泰だわ。それよりあんた、自分の体もう少し大切にしたら?」
依亜の言葉に朔子は呻く。
「…永尾と同じ事言うわね。」
苦し紛れの言葉は即座に言い返されてしまう。
「当たり前でしょ!」
「…ハイ。」
その通りです。
「ったく…。…それにしてもあの無感動男がわざわざ私とかぶる台詞言ったって事は相当ひどい怪我だったって事?今は怪我の具合は?」
「大したことないけど。もう仕事してるし。」
朔子の喉元には絆創膏が一枚貼ってあるきりだ。3日でそこまで治るなど驚異的だったが、怪我の程度を知らない依亜にはそこまで分からない。
ならいいけど、とつぶやいて依亜はアイスティーを飲んで顔をしかめた。
「砂糖入れないと飲めないよ、ここのアイスティー。」
言うのが遅すぎたかと心配そうな表情で,朔子。
「そうだったわ、久しぶりすぎて忘れてた…」
親の敵を見るようにグラスを睨んでいた依亜だったが、脇にグラスをよけるとテーブルの上に身を乗り出した。
「今仕事中?」
「うん。でも,もーそろそろ上がり。」
ふるふると朔子が首を振るのを見て依亜はにやりと笑い…美少女なのだからにっこり、とでも言うべき笑顔なのだが朔子にはそう見えた…伝票を掴むと依亜は立ち上がる。
「じゃあ行くわよ。」
「は?どこに…」
「今謝ったわよね?ちゃあああんとツケは払ってもらうわよ。破れた服の代わり、買ってくれるわよね?」
「うっ…、…でも!こんな時間帯に開いてる店なんかないし!?」
口実を見つけ、朔子の顔は輝く。
依亜は小首をかしげる。
「シフトって12時間交替よね?」
「そう。」
「じゃ、6時間寝たら残りの6時間は買い物できるわね。ベッドはうちの使えばいいわ。」
さっさと歩き出す依亜の後ろ姿を恨めしそうに睨みつけるが状況が変わるはずもない。
礼をする、と言ってしまったも同然の自分がここで逃げ出せるはずもない。
ため息と共に睡眠欲の甘い夢を頭から追い出し、朔子は彼女の後を追った。