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ネクロベーゼ  作者: 山口志貴
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ベイビーハンドクラップ⑥

再び流血注意です。

夜闇の中、明かりの消える気配のない本庁ビルを見上げ、祐輔はため息をつく。

結局あの後仕事を二つ片付けてようやく帰ってこれた。しかしよく見ると虎太郎はまだ仕事中なのかもう帰ったのか、破魔課のオフィスには明かりが見えない。

エントランスホールにはいると、さすがに昼間のような人通りはない。

とは言っても、伏魔課、退魔課といった部署はまだ稼働しているだろうし、連中は殆ど表には出てこない。出先で見た伏魔課の課員はもう帰ってきただろうか。

受付嬢は帰ったのか、ホールはしんと静まりかえっていた。

明かりは煌々と灯っているが、人の気配は感じられない。

祐輔はホールを横切ってレベーターに乗り、破魔課の階で降りる。

しんと静まった廊下は、いつもより寒々と感じる。


「…」


破魔課室のドアを開ける。ふと、祐輔は眉をひそめる。

鉄のにおいが、鼻についた。

嗅ぎ慣れた匂い。

血臭。

窓が一つ、開いていた。


「…?」


電気を付けようとして、制止の声がかかった。


「だめ!!」

「…小野!?」


声のした場所…足早に窓に近付くと、壁にもたれかかり入り口から死角になる位置に朔子がいた。

血臭はそこからする。

その場に膝をつくと、じっとりと何かが手のひらに付いた。

よく見ると、血が、ついていた。


「な…」


闇に、目が慣れてきた。

窓の下、壁によりかかって座る人影が見えてきた。

朔子の姿。


「何やってんだおまえ…」

「へま…った…」


かすかに聞き取れる声で、朔子が話す。

瀕死といってもおかしくなかった。喉元から胸元にかけ一文字に切り裂かれた傷口から血を流し、腕からも血を流している。見慣れない深紅のドレスは引き裂かれて血で染まっているせいでそんな色彩に見えるのだとようやく気がつく。

よく、ここまで辿り着けたものだ。

暗がりのため傷口の詳細は分からなかったが、相当の深手を負っていることは分かった。


「逃がしちゃった…後…もう少しで…だったのに…」

「もうしゃべるな。」


近付いてその傍らに跪いた祐輔は朔子を見て制止する。

予想通り、傷口が深い。

話している場合ではなさそうだ。

職業柄怪我を負うことはあるし,負う人間も見慣れている。しかし医務室に行くこともなくこんな暗闇の中でこいつは何をしているんだという呆れの方が先に立った。

玄関から入り,ここに辿り着くよりも医務室に行った方が近いというのに。


「医務室に行くまで保つか?呼んできた方が早いか…」


立ち上がりかけた祐輔のスーツの裾を朔子の手が掴んだ。


「やめて…」


意外な言葉に、祐輔は軽く相手を睨む。

正気の沙汰とは思えなかった。


「…は?馬鹿か?死にたいのか?」

「ほっとけば治るから…」

「治るはずあるか!」


馬鹿馬鹿しすぎる言葉に思わず声を荒げる。

死にたければ勝手に死ねばいいと思う。だがさすがに目の前で死なれれば寝覚めが悪くなる。

朔子と目が、合った。

闇の中でも不思議と光る目に、祐輔はつい口を噤む。

すがるような、哀願するような目。

泣きそうな子どものような、そんな表情をしていた。


「…死ぬ気か?」


いくらか声のトーンを落とし、確認するように祐輔は尋ねる。

無鉄砲な行動の結果自爆していった封魔師たちなら見たことがあったが、この少女も同じような人種だとは思えなかった。


「死なない。私はまだ死なないわ。」


しっかりした返事が、返ってくる。

しばし無言で二人は睨み合った。

言い合いで負けたことはない相手だったが,朔子のまなざしはつよい光を放ちながら祐輔に向けられる。

問答無用で医務室送りにしてやりたかったが、ここで無益な言い争いをすることにも意味を見いだせず、祐輔はついに妥協の一言を口にした。


「…手当はするぞ。いいな。」


折れてしまった。

自分でも,不思議だった。

非合理的な判断を下したのは,もしかしたら人生で初めてかもしれない。


「ん。」


こくんとうなづき、朔子は小さくつぶやいた。


「ありがとう…」


礼を言うくらいならもっと上手く立ち回れと、祐輔は内心つぶやいた。

言う義理はない。

それでも,喉まで言葉が引っかかっている。

―それ,本人に言ってやりなよ…

虎太郎の呆れた声が,脳裏に一瞬閃いて消えた。

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