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ネクロベーゼ  作者: 山口志貴
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ベイビーハンドクラップ⑤

流血注意です。気になる方は読み飛ばして下さい。

沈まない、赤い月。

あの月がこの世界にのしかかるようになって、もう何年経っただろうか。

朔子は赤い月の出現以後生まれている。だからこの世界が当たり前の世界で、世界が変わったと言われても今一ぴんとこない。

何処にいても見上げた空に見える赤い月。

ただもたらされた災厄についてだけは理解できる。

喪失感なら。

憎悪なら。

だからいまこうして,朔子は封魔師として戦っている。

逢魔が時、巨大なビル街が夕日に照らされ深紅に染まる。

赤い月と朱い夕日。

世界が朱く染まる時間。

魔は、夕方に宿るという。

きっと、この紅い色…血に似た色が心の奥底の狂気を誘い出すのだろう。

人も魔も、同じ。

朔子は空から地上に視線を転じ、また歩き出す。

動きにあわせてひらひらと白いドレスの裾が揺れる。


(鎖骨が寒いっ…)


まるで全裸で歩いている気分だ。

よくもまぁこんな格好で依亜はいつもいるなと感心すらするが、早くこんな物は脱いでしまいたい。


(…でも、もうすぐで終わりそうね)


依亜の格好をして街中を徘徊しはじめて、はや3時間。

さっきから、誰かが後を付けてきている。気配がする。

朔子の感覚に引っかかる、微細な何か。

接触してくるだろうか。

依亜はつけてくるが姿を見せない、と言っていた。

いったい何の目的で依亜にまとわりついているかは分からないが、真田が命じた以上、

真意をただし場合によっては実力で排除することも考えなくてはならない。

そう考えると、気が重い。

話し合いに応じるような人物であればいいのだが。

朔子は、向きを変える。細い路地へ。

人影の殆どない旧市街、開発から取り残された倉庫街へ。

とりあえず目立つようにして相手の注目を引いてから,人気のないところへ誘い出す。

それくらいしか,作戦らしいものは考えていなかった。

もともと,今回の件は課長直々の命令だから仕方なく付き合っているようなものだ。

いくら人を不愉快にする人間の駆逐だとはいえ,こんなもの。


(封魔師の仕事じゃ,ない。)


それが不満で仕方がなかった。

封魔師には命の保証が与えられない代わりに,『誰でも殺していい権利』が与えられる。

殺すべき相手か否か。

考えている間に,事態は動く。

だから交互の憂いを絶つために。

ただひたすらに,処刑機械と為すために。

人間であろうと渡界者であろうと,法的には一切責任を負わされない。

だが朔子は,渡界者を根絶することが時元庁の役目だろうと考える。

人間は…処刑対象ではない。

空を見上げれば赤い月。

朔子は目を細め、月を見つめる。

空の端は既に黒ずんできている。

今宵も又、あの月の向こうから異界の住人達がこの世界へ流れ込んできているのか。

そして、…


「愚かな女だな」


声。

朔子はようやく歩みを止め、振り返る。

暗がりに沈むブロックと煉瓦の建物群。僅かな影。


「…あなたが、ストーカー?」


朔子は僅かに首をかしげる。

肩口にかかっていた髪が、背に流れた。


「てっきり男かと思ってた。」


赤い月を背にそこに立っていたのは一人の少女だった。

朔子よりなお幼く見える。肩口にかかる程度の髪で、七分丈のズボンにベストと随分ボーイッシュなスタイルだ。両手首に包帯を巻いている。


「しかも子供なのね」

「見た目でしか判断を下せぬ下等生物めが。彼女の姿を真似たつもりか?醜いぞ。」


ひどく高慢な言葉遣い。声音も明らかに侮蔑の色がにじんでいる。

子供の姿と、こえ。そして徹底的な見下した態度。

そのアンバランスさが不気味ですらある。


「目的はなんだ?」

「私は依亜に頼まれたの。君に迷惑してるから何とかしてくれ、って。」

「戯言を。」

「ほんとだってば。で、これから依亜につきまとわないでくれるなら見逃してあげるけど…」

ぴくりと片眉を跳ね上げ、少女は逆に尋ねた。

「断ると言えば?」

「私は嫌だけど君のしていることは犯罪だから…痛い目、みてもらうわ。」


にい、と唇の両端を吊り上げ、嗤った。少女の笑みに、つい朔子は視線を逸らす。直視するに耐えない、ひどくまがまがしい笑みだった。

どうやら本人の言うように、見た目通りの存在ではないらしい。


「次元庁の犬めが。貴様の首を彼女に捧げ、我がものになって頂くこととしよう。」

「…依亜を、どうする気?」

「私の、11人目のお人形になってもらう。私のコレクションの中でも、最も素晴らしいものになるだろう。」


刹那的な直感に突き動かされ、朔子は後ろに大きく下がった。

その直後、今まで朔子が立っていた地面が大きくえぐれた。破壊されたアスファルトのかけらが四散する。

視線をめぐらすが、少女は一歩も動いた気配はない。

だらりと両腕を脇に垂らした姿勢でそこに立っている。

朔子はスカートの裾に隠していた銃を引き抜く。

封魔師には銃火器の携帯と発砲の自由が認められている。どんな武器も…核兵器以外なら…ほぼ、自由に扱える。渡界者に効くかどうかは別として。


「無粋なものを持っているな。全く醜い…さっさと死んでしまえ。」


衝撃が真横から押し寄せる。

煉瓦の壁が吹き飛び、朔子に襲いかかる。視界を庇いつつ、朔子は前方に向かって発砲する。

朔子と少女の間の地面がめくれあがり銃弾を阻む。

もうもうと瓦礫の粉塵が舞い上がり、極端に視界を悪化させる中で、一気に朔子は少女の懐に肉薄する。

ざしゅっ!!

肉を裂く音と共に血が散った。

腕から血をまき散らし、痛みに顔をしかめつつも、朔子は少女に蹴りを放つ。

少女は壁に体を叩きつけられる。

朔子は自らの傷口と少女を見比べる。少女の手首の包帯は解けている。

見えない攻撃。

鋭利な傷口。

10人の人形。


「…まさか冥王…」


キーワードから浮かび上がる一つの答え。

連続殺人鬼がそう称していると聞いたことがある。

一瞬脳裏に、さっき見た新聞の見出しがよぎる。

まさかこんな場所で出会うことになろうとは思わなかった。

封魔師の仕事でもなさそうな命令には何か裏があるのだろうと思っていたが、本物の殺人狂にぶつかるとは思っても見なかった。

少女は馬鹿にしたように肩をすくめつつ立ち上がる。痛みを、感じていないのだろうか。


「知らずにけんかを売るとは浅はかな。時元庁の捜査能力など所詮この程度か。」

「…課長も面倒なこと押しつけてくれたわね…」


顔をしかめつつも、朔子は退こうとはしない。一気に冥王に接近する。

ひゅっと空気を裂き、包帯が生き物のように翻り朔子の首に絡まる。そのまま、しめあげる。

同時に、朔子も少女の手首を掴んでいた。

ぼきっと、鈍い音を立てて冥王の手首が折れる。

力を入れてへし折った、というよりも溶けるような感じだった。

朔子が自らの首に触れると刃物のような硬度をもった包帯を掴む。手のひらが裂かれ、血があふれ出すのも構わず、力を込める。

ぼろぼろと、劣化したように茶色にしなびて包帯は千切れ去る。


「異能者か…?」

「れっきとした人間よ!」


しゅっと、包帯が朔子の胸めがけて襲い来る。


「………!!」


朔子はそれでも手を離さない。背中から、刃物と化した包帯が覗く。串刺しにされながらも、朔子は少女を抱き寄せた。


「…何者だ?」


心底不思議そうに冥王はつぶやいた。


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