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ネクロベーゼ  作者: 山口志貴
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ベイビーハンドクラップ④

高い建物は台風の時に大変ですよね。

「というわけで、一日服貸して。」


全国チェーンのコーヒー店の窓際。

依亜と朔子は隣同士に座っていた。

ショーウィンドウからは道行く人が見える。ビル街の頭上高く、赤い月。昼下がりにも空に浮かぶ、どこに居ても見える燃える月。


「いいけど、」


そこまでする必要があるのかと問われ、朔子は貼り付けたような笑みを浮かべる。


「公務員て国民の幸せを祈る義務があるじゃない?」

「つまり、真田が怖いのね。ふぅん。」


アイスティーをストローでかき混ぜながら依亜はそう言った。相変わらず依亜は目立ちまくっている。道行く人が目をとめ、何か言っている。

一方朔子は影のように目立たない。誰もそこにいると気付かないような、気配のなさ。


「…怖いわよ。」


朔子の微妙な沈黙をどのように解釈したのかは不明だが,依亜は微かに笑った。


「ま、助かるわ。実際心底うんざりしてんの。つきまとうわりに姿見せないし。」


依亜は伝票を手に取り、立ち上がる。


「え、ちょ…」

「お・ご・り。てゆか着替えなきゃなんないし、私ん家行くわよ。」


言うだけ言ってさっさと依亜は歩き出した。仕方なく朔子も後を追った。




都内を一望できる超高層ビル。

その23階に依亜の自宅はあった。室内に入った朔子は思わず声を漏らした。

二重扉の玄関ホールの向こうに奥行きのあるリビング。その奥には扉が3つあった。すくなくともあと三部屋あるということだろう。大きな硝子窓の向こうに、都内の光景が広がっている。

とはいえ,朔子の感想は浪漫とは無縁のものだった。


「高~めんどくさくない、この高さ。」


どうしても,生活に対する利便性について考えてしまう。自宅に帰るときは大抵寝に帰るだけだ。思考がそこに直結してしまうのは,封魔師特有の職業病といえなくもない。


「そう?気分いいじゃない。ていうか、あんたの稼ぎならこのクラスよか上のランクに住めるでしょ?あんた何に使ってんの、給料。」

「使う暇ないからなぁ…」


朔子は首をかしげる。そういえば、他の封魔師もそんなに金遣いが荒いとは思えない生活ぶりだ。やはり、使う暇がないのが一番大きな理由かも知れない。休みがあれば浪費より寝ていたい、というのが全員の本音だろう。同じ理由で朔子も特に趣味らしい趣味などない。家にいる間、特に何もしない。よって給料を使うことも殆どない。住居ももともと父が残してくれたものだ。


「あんたねぇぇぇ」


依亜は心底あきれたような声を出す。


「ハナの乙女のくせに何いってんのよ!もっと青春を謳歌しなさいよっ」

「いいの。」


朔子は微笑む。

淡い、風に舞う花びらのような笑み。

それは笑顔というにはあまりにもとけてしまいそうな危うさを孕んでいた。

感情に,結びつかない。


「私にとって封魔師であることは生きていることと同じくらい価値がある。だから、今の生活が私好きよ。」


偽りのない本心だった。

朔子にとっては封魔師として生きることそのものに理由があった。


「あんたねぇ」


さらに呆れて依亜は朔子を見つめていたが、ため息をついて腰に手を当てる。


「幸せになんなさいよ。」

「なにそれ」


朔子は怪訝な顔で依亜を振り返る。

依亜はいたって真面目な顔をしていた。

この少女はいつもそうだ。

からかってくるようでいて,時折真剣なまなざしを向けてくる。

その真意が掴めず朔子はいつも戸惑う。

人の心の動きを感じるのは,苦手だ。


「あんたは、幸せになって欲しいもの。」

「…私の父さんと同じ事言うわね」


幸せに。

今、幸せだと…自分以外の誰にも分かってもらえないようだ。


「いいの。今は分かんないでも。あんたの父親もきっと…そう、思ってる。」

「会ったことないくせに。」

「想像くらい出来るわよ」


あんたわかりやすいわよ、と言われ、朔子は少し自分に対する周囲の評価が気になったが、今は仕事が優先だ。

さっさと終わらせて帰ろう。

早く帰って眠れれば、それはきっと幸せなことに違いない。




空の端が墨を吸う紙のようにぐんぐん漆黒に染まっていく。

それでも西の空はまだ燃えるように赤い。

夕刻の、その絶妙な光に満たされた河原を、奇妙な生き物が走っていた。

首のない人間のような形。

だがその表面は青黒くぬめり、時折震えた。

ざざざと草を揺らし、緑の堤防を駆け下り川にざぶんと入る。

木々の影が水面に映っていたが、無粋な闖入者によって千々に乱される。

顔がないはずのその生き物は、前後をしきりに振り返っていた。

突如。

生き物が大きく震えた。

頭上から降りかかるように影が降りかかり、その腕を振り下ろした。


「!!!!!!」


声を発する間もなかったのか。

それとも声を発することはできない生き物だったのか。

ともあれ生き物は真っ二つに引き裂かれ、バラバラの方向に川に落下していった。

切り口からは血があふれだすことはなく…切り口から砂に変化し、それも川の流れに散り、消えていった。

いきなり生き物に躍りかかり切り捨てた当の本人は最後まで見届けると、水面から目を離し堤防に上がった。


「永尾さん」

「すみません、川に流されました」


堤防の上には、藍色のツナギを来た人間が3人、大きなケースを抱えて祐輔が上がってくるのを待っていた。ツナギの背には「時元庁」の文字が入っていた。

腕には星と杖を組み合わせた紋章が縫い取られている。

祐輔の制服の襟元に入った星の紋章とはほんの少し違う。

時元庁伏魔課の課員を示す紋章だ。

一人は首からカメラを提げていた。


「結合はおきなかったんですか?」

「はい。」


カメラを提げた男ともう一人が、祐輔が上がってきた川へと下っていく。


「あちらの方は、もう検証が終わったんですか。」

「はい。別働隊が片付けているところです。課長が、吉報を待つと仰ってたんですが…」

「すみませんね。」


嫌みでもなく、心からそう言った。

彼らの仕事は渡界者の生態研究だ。

できるだけ手がかりをつかみたいという気持ちは理解できないでもない。


「いえ、いつものことながら永尾さんの仕事の速さには助かっていますよ。被害が最小限に食い止められるのが先ですから…課長は、まあ。あんな人ですし。」


苦笑を返す伏魔課の課員は、祐輔よりは年上に見えた。


「そういえば六野から連絡が入っているみたいです。車がこちらに向かっているようです。」

「迎えの車にしては手配がはやいよな…次の現場は遠いのか。」

「お気をつけて。」


肩をすくめ、祐輔は歩み去った。

まだ次の仕事が控えている。

その右手には、抜き身の刀が握られていた。


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