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女の涙はずるい。という事実を改めて認識した。
……汚い男がいくら喚こうが周囲の反応は恐らく冷え冷えしたものだろう。何ならうるさいと思われた末に蹴飛ばされる可能性もある。
いつものように学校から帰宅している途中、我ながら変なこと考えているなとハッとなった。
花華は女が泣いてる姿は可愛く映ると言っていたが、俺にはそうは思えない。
立場的にも男が悪いように捉えられるからだろう。
「女に生まれたら楽勝そうだな……や、そんなことないか」
主に同性からの嫉妬や汚い男からの接触に気をつけなければならないなど、面倒くさいことばかりかもしれない。男なんかよりもよっぽど同性への対応が難しそう。
正直、男なんてただ適当に過ごしてれば社会に出るまでは余裕そうだ。
「翔」
「お、姉貴か。今日は早いんだな」
「まぁね。翔も今日はひとりなんて珍しいね。灯里ちゃんは?」
「なんか用があるからこっちまでは来なかったよ」
「ちぇ、時間があるからお話しようと思ってたのにな~」
「今度連れてくるからそのときでいいだろ。今週の土日はいるんだろ?」
「……ふふ、当たり前のように休みの日に誘えるような仲になったんだね。楽しみにしてる」
行けたらの話ではあるが、愛も連れて行ったら花華は驚くに違いない。
ほぼ灯里のおかげで馬鹿にされることも永遠聞かされた同じ話題も少なくなったし灯里様様である。
てか、それこそ女子校なんかに通ってる花華の方が周りと上手くやれているか心配だ。
自己中我儘娘の居場所はきちんとあるのか気になってくると聞かずにはいられなくなる。
「姉貴こそちゃんと上手くやれてるのか? 友達いるか?」
「ん~? いるにきまってるじゃん。なぁに? 心配してくれてるの?」
「いやそういうわけじゃないけど、ハブられてはないかなって」
「ないない。寧ろ私中心に回ってる感じ?」
「頼られてるってこと?」
「ん~……たまに上手く使われてるって予感もしなくはないけど頼られるってことが基本嬉しいし私はどっちでもいいかな。思惑がどうであれ、皆のためになれるなら」
「家でもそういうスタンスだったらいいんだけどな」
人のことをあまり言えた立場ではない。実際俺も家と外で変化があるじゃんと言われたらその通りだし。人間ってのはそういうものだ。
「着いた~毎回思うんだけどそこそこ距離あるよね」
「高校からはそんなないけど女子校からじゃな」
花華の通う女子校はいちいちバスなどの公共機関を使わなければならないため疲労に拍車をかけているのだろう。
「やっぱ寮の方がいいんじゃないか? 親父に言えば許可してくれるだろ」
「え~そしたら翔や駿太と話せなくなるじゃん。寂しいじゃん」
「まぁ離れれば寂しいかもしれないけど、その友達達ともほとんど一緒にいれるんだぞ?」
「や~そこは学校のときだけでいいんだよ。一緒に過ごし過ぎたらやっぱり嫌な部分とかもいっぱい見ちゃうわけでしょ? できるだけクリーンな部分だけ見たいなって」
「でも交友続けてれば嫌なところは露見するだろ?」
花華にお茶を渡して自分の分のに口をつけながら言う。茶、美味いな。
「そりゃそうだけど、お互いにそういうところからは目を逸していい関係が築けるっていうかさ……難しいね。伝える能力がもう少しあればな~」
「それは同意。違う意図で伝わると面倒だし」
言葉のニュアンスで意図せず怯えさせたりもなくなるからな。
怯えなら本当はそういうつもりじゃないと説得すれば容易に説得できそうだ。しかし、間違えて怒らせると相当面倒くさいことになるに違いない。
……違いないとかだろうとか断言できないのは今まで良好な人間関係を築いてこなかった弊害だ。そういうところでも結局過去を悔やんでいるための発言なのだろう。
「初対面の人には翔って本当に言葉足らずだろうし誤解させてそうだよね」
「そうそう、それで愛っていう女の子を怯えさせたんだ。ただひとつ問題があってさ」
「ほぅ、また新しい女の子の名前が翔の口から出るとは……それで問題って?」
「いや、その愛がさ、まだ関係が浅い俺だけならともかく昔からほとんど一緒にいる灯里に対してもどこか一線を引いてる感じなんだ。どうにかして灯里にだけでも本音をどんどん出していってもらいたいんだけど、そういうところってすぐ変わることじゃないし口を出すべきところじゃないんだと思うんだよ。
けどどうしても気になってな。ちなみに姉貴ならどうする?」
「そういうところも難しいよね。私だったらどうするかって話だけど、ストレートに言っちゃうかも」
「じゃあ遠慮しなくていいって感じにか?」
「うん」
なるほど。こういうときに限っては花華みたいな性格も役立つみたいだ。
が、残念ながらそれをストレートに言えるような勇気がなかった。
「くっ、灯里の胸囲に対しては気にせずものを言えるのになぁ」
「えぇ、そんなこと灯里ちゃんに言ってるの? 私にならともかく、灯里ちゃんに対してのそれはセクハラだよ?」
「やっぱ女は胸が大きいのが当たり前って偏見があったからな。腕を上下に揺らしても揺れないそれがつい気になって」
「翔って大きい胸の子が好きだったんだ?」
「別に大きければいいわけじゃないんだぞ? きちんとした美形であってこそだな――――」
「じゃあお姉ちゃんのおっぱいは好きなんじゃないの? 揉んでみる?」
「いやいい。流石に身内に手を出すようなほどおっぱい好きーではない」
俺がここで揉むって言ったら花華の対応はどんなものだったのだろうか。少しだけ気になるところではあるが、俺とて常識はあるつもりだ。というか、さっきから気になりすぎだろ俺。
まぁときにはそういう積極性もあったほうがいいということで、花華のそれを参考にさせてもらい今度聞いてみようかとはなった。……胸の話ではないぞ。
「そういえば駿太は今日もサッカークラブ?」
「そうだろ」
「うへ~よくこんな暑いなかやるよね~私だったら秒で倒れそう」
「そんなに弱くないだろ。昔はよく近所の子供集めて虫取りとかやってたじゃんか」
「うわっ……思い出したら黒歴史……虫を触ったり集めてたりしていた日々、今から思うとあり得ないわ……」
「やめろ、犠牲になった虫たちが可哀想だろ」
偽善も偽善、大偽善。俺だって似たような感じだしな。
けど昔は何故か魅力的に見えたものだ。声を高らかにあげ鳴くセミも、地を歩く幼虫も。
今から思えば花華と同じく何故触れたのか、集めようとしていたのか理解できない日々だ。
でも当時の俺たちにとっては紛れもなく楽しい時間であった。
虫を集めたり魚を釣ったりしていると仲間が自然と増えていき交友も自然と増えたため、一番多いときなんかは20人くらい集まったこともある。
まぁ夏の間だけの関係ではあったが、なかなか貴重な時間だったといえよう。
「あ、虫取りで思い出したんだけど、昔、愛って名前の子いなかったっけ? すぐ来なくなっちゃったけど。お人形抱いてて可愛かった子」
「いたかな……思い出せないけど、もしそれが愛本人だったらなんか面白いな」
「なんか気になるかも! その愛ちゃんをすぐに連れてきなさい!」
「今日は無理だな。けど、今度灯里と一緒に予定が合うとき連れてくるわ」
「うぉ~! 可愛い子だといいなぁ!」
「安心しろ、十分可愛い領域に入ると思うぞ」
俺の言葉を聞いて更にオーラを高める花華。こいつはあれか、百合属性がちと入っているのかもしれない。ま、男と男なんておぞましいものよりは遥かに健全、いいぞもっとやれ。
……色々と黒歴史を思い出した日となった。主に花華の。