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少し変わればすぐに人間の行動に変化が生まれるということが分かった。
というのも、普通に高橋と毎日会話していたらそれが当たり前かのような感じになったからだ。
今日だって朝の挨拶から始まって昼飯も一緒に食ったり下校したり、違和感なく高橋といる時間が多い。
「なんか違和感あるけどな~」
「ん~どうしたの?」
「や、今まで俺はひとりだったわけじゃん? けどさ、こうしてお前と会話したり一緒に飯を食ったりしてる生活送ってたら、あたかもそれが昔からのことのように感じたんだよ。おかしいよな」
「あ~なんとなく分かるかも。それで大体、もっと早くからこうしてればって思うんだよね」
「もっと早くからこうしてればとは思わないけど、変なプライド持ってたなとは思うよ」
多分、他人と群れない俺格好いいとかって感情は少なからずあった。
実際周りの連中は自分の意思で言葉を発することが少なく感じたから。
他人の顔色を伺い、機嫌を損なわせないよう一生懸命になってる連中を見て、なんか勿体無いなと思っていた。
「なんかさ、他人に合わせてヘコヘコしてるのってダサいと思ってたんだよ。だからってわけじゃないけど俺はそういうの嫌いだったから合わせないでいたら孤立してたっていうか」
「あはは……でも、嫌でもやらなきゃいけないときってあるよね。多分、男子よりも女子のほうがそういうの多いよ。私は正直、翔くんは強いな~って思ってたけど」
「一応強いつもりだけどね」
どうせ俺だって格上の存在が現れたらヘコヘコしてしまうのだろう。そも既に咄嗟の反応が敬語になってしまう以上、自称でしかないことは分かりきっていることだ。
ただ、高橋の言う通り、女子社会より幾ばくかマシなのかもしれない。
技術が発達している現代でネットサーフィンをする時間は多くなりがちであるが、たまたま行き着いたサイトでエグい発言を発見したりもするからな。
もっとも、そのネットの連中だって現実ではヘコヘコする毎日の可能性もあった。現実で大きな顔ができないからこそ、ネットで顔も見えない連中相手に大きくなれるのかもしれないのだから。そういう意味じゃいいストレス発散場所ではあるな。
「そうだ! そろそろ私以外の友達作ってみようよ」
「……唐突だな。別にいらないよ。お前がいるし」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、そろそろ行事とかもくるしさ。私がいつでも一緒にいれるわけじゃないし」
「といってもな~自分でいくのはなんか違うんだよな。やっぱお前だけでいいよ」
「……翔くん、それは告白なのかにゃ?」
「違う。まったくもって」
「そこまで否定しなくてもいいじゃ~ん」
まぁそろそろ地獄の班別行動なんかもくるわけだから高橋の言い分も分からないではないが。
自分で言うのもおかしい話だが、高橋くらいの積極さで来てもらわないと俺は変われなさそうだ。
「じゃあ、私だけでも……いいかな?」
「おう。俺には高橋様がいてくれればそれで満足です。ていうか、ぶっちゃけひとりでも全然平気だけどな。1年間ひとりで過ごしてきた俺をなめてもらっちゃ困るぜ」
「嫌な強がりだね……ま、まぁ……嬉しいかな?」
「なに赤くなってんだよ。普通そこはありがたく思えって言うところだろ?」
「う、うるさいな~仕方ないじゃん、そこまで必要とされたことが今までなかったんだから」
「へ~意外だな。なんかお前って頼まれたら断れない性格っぽいし」
「方向性の違いだよ。今回の件と、過去のそれでは」
「ふ~ん、ま、どうでもいいけどさ」
ひとりに戻ることは本当に何も怖くはない。が、あの元気な声で名前呼びしてくる高橋の存在がいなくなったらそれはそれで違和感がありそうだ。
俺とて素直に感謝しているのだ。空気を読まずに接触してくる高橋の存在は大きい。
最初こそジロジロ見られまくりだった朝や昼のそれも、今では何ら普通の事柄として片付けられ始めたのだから。
「じゃ、じゃあさ……儀式をしようよ」
「あん? 儀式?」
急にわけの分からないことを言い出す高橋。
「そう。仲良くいるためにはやっぱ名前呼びが必要だと思うの。そもそも、現時点の名前呼びと名字呼びじゃなんか微妙じゃん? だからさ……」
「え、でも仲良くないからまだ早いってお前が言ったじゃん」
「そ、それはそうなんだけど……仲良くなるための儀式だから! その過程で必要なものなんだよ!」
「はぁ……じゃあお前のことを名前呼びで呼べばいいのか?」
「そう! 私は今のまま継続って形で」
「別に俺は構わんけど。って、あ」
「ど、どうしたの?」
「お前の名前ってなんだったっけ?」
いかん。完全にど忘れしてしまったみたいだ。
昔から興味を抱いたこと以外は全然記憶に残らないことが災いした。
「えぇ!? もう忘れたの? それこそあのときからまだ時間そんな経ってないよ!? 灯里だよ! もうっ」
「あ~そういえばそんなんだったな。灯里、灯里、灯里、よし覚えた。いけ灯里!」
「どこに!?」
「いや、ただポケ○ンみたいに言ってみただけ」
「人の名前で遊ばないでよ~」
「悪い。けど、あれだな。灯里って名前可愛い響きだな。似合ってる感じするし」
「へ!?」
「……いちいち反応が大きいやつだなお前」
「だ、誰のせいだと思ってるのさ~!」
え! 逆に俺のせいなのか? よく分からない。
ただこうもリアクションが大きいと、からかいたくなるのは自然の摂理だろう。
「翔くんってフラグ建造マシンなの? 主人公なの?」
「前者は否定するけど、後者は俺という人生の主人公ではあるな」
「それなら私も私という人生の主人公だよっ」
「ほ~ん、今レベルは?」
「16だよ! もう少しで17になるの! 翔くんは?」
「……先月に16になったばかりです。早生まれなもんで」
「えぇ!? 誕生日お祝いしてあげようと思ったのに!」
「い、いらねえよ別に。逆に俺がお前を祝ってやるよ」
「え、いいのっ? わ~人生で一番誕生日を迎えるのが楽しみかも!」
「……あのさ、前から言おう言おうと思ってたんだけどいいか?」
「ん~? どうしたの~?」
何故か知らないが完全に浮かれてるたかは――――灯里を地に戻すべくある言葉を放つ。
「お前って、俺以外に友達いないだろ」
「い、いるよ! 翔くんと一緒にしないでほしいなっ!」
「じゃあ言ってみ?」
「お、多すぎて言えないかな!」
「……いないんじゃねえかよ。大体、あの日にひとりで飯食ってたのもそういうことだって考えれば辻褄が合うんだよなぁ」
「う、うるさいよ! 翔くんくらいの分際で! 私は高橋様なんだよ!?」
「ははー高橋様ー」
「声に感情がこもってないよ! やり直し!」
お、面白い……。これはいい時間つぶしの道具、もとい人物だ。
というか、さっきからずっと会話してるけど今は何の時間だって? 実を言うと俺の家から近い公園でずっと会話しているという構図でした。
もっとも本当のことを言えば、俺はそろそろ帰りたいのだが灯里との会話が終わりそうにない。
「あの~そろそろ帰ってもいいですか高橋様」
「え~もっと喋ろうよ~」
「そうは言ってももう辺りは夕闇ですし……それにまた送る羽目になるじゃないですか?」
「うぅ……折角盛り上がってきたところなのにー空気読めない時間さんだね!」
「や、彼らのほうがずっと先輩だから。そんなこと言ったら怒られるぞ」
「冗談だよっ。じゃあ今日も送ってもらおうかな~」
「……はいはい。なら早く行こうぜ」
「うんっ! 翔くん好き~」
「はいはい。俺も好きー」
傍から見れば完全にバカップルのそれだ。多分後から何やってたんだろって顔を覆う羽目になるだろう俺も灯里も。
ただ、なんとなく楽しい時間になりつつあるのは否定できそうになかった。
初めて異性を名前、しかも呼び捨てした日となった。