03(3470文字)
奇妙なことにも高橋という異性ができた日の翌日。
何となくそれでも教室で話しかけてくるわけがないとたかをくくっていたいたのだが、
「おっはよ~翔くん!」
「……おはよ」
やたらと元気な高橋はその場気にせずといった感じで話しかけてきた。
俺だったら絶対抵抗があるその行為。が、高橋には一切関係がないらしい。
周りの連中も何事かと見やる中、高橋は周囲の目も気にせず続きを話す。
「元気ないねぇ、元気に行こうよ! 翔くん!」
「だって学校って楽しくないし……てか、名前呼びだったっけ?」
「う~ん、橘って呼ばれるよりもいいかなって」
「別に俺はどっちでもいいんだけど」
いきなり名前呼びなんてするか普通なんて思いつつ、俺は適当に返事をする。
……先程から周りの連中の視線が痛い。恐らく高橋と仲よさげというふうに会話しているからであるが、それよりも先に俺が教室で口をきいているのが大きいのかもしれない。
「あ、そうそう、朝会ったら言おうと思ってたんだけど、今日もお昼ご飯一緒に食べようね」
「だから一緒には食べてないんだけど」
「も~細かいなぁ……そんなんじゃ友達できないよ?」
「別にいらないし」
教室で喋ってたら仲いいのかと疑われたりするのも微妙だし。
なんて、男が言っても気持ち悪いセリフを脳内で考え、その気持ち悪さに自分で自分に引くという行為をしていると、今日も担任の先生がやってきた。……当たり前か。
「ホームルーム始めるぞー」
「あ、先生来たね、じゃあまたあとで」
「おう」
パタパタと高橋は席に戻っていき、そして皆が己の席に座ったのを担任が確認するとHRが始まった。
……別に今日も何事もないようだ。いつものような決め言葉を言って担任が職員室へと帰っていく。
「翔くん、来たよ」
「あとでって今のことかよ!? てっきり昼休みのことかと」
「別にいいじゃ~ん。それに最近気づいたけど翔くんって私以外の友達いないようだし会話できて嬉しいでしょ?」
「いや? 寧ろ余計なお世話っていうかさ」
高橋の容姿がそこはかとなくいいためか周りの視線がいちいち突き刺さる。特に俺の隣の男なんかは高橋の言葉に俺が返答する度に舌打ちするくらいだ。
元気で積極性があることには見習いたいが、もう少し空気を読むってことをしたほうがいいかもしれない。
「え~何でさ、理由をお願いします」
「だからさ、俺は今まで教室じゃ黙り続けてきたわけよ。交友もなかったからな。けどそんな俺が急に異性と会話するようになったらどうなると思う? 気になるだろ?」
「……翔くんってちょっと自意識過剰気味?」
「……う、うっせえよ」
周りの目線に気づかないのかよお前は! ……まぁ実際は誰も見ていないって可能性もないことはない。結局のところは見られてるって判定するのは自分の脳だしな。
何度も言うが高橋は見た目がいい。そのために見られるって行為は何ら普通のことなのかもしれない。
価値観の相違は他人として仕方ない話だし諦めるしかなさそうだった。
「高橋さん、席について」
「あ、すみません。……翔くん、またあとでね」
「はいはい」
いつもはうざったい教科担任でもこういう時はとてもありがたい存在となった。
珍しくいい存在となってくれた教科担任のためにも、いつもどおりに授業を受けようと決意する。
というわけで、1限から4限までただひたすら目を開くことに徹する機械となった俺。
そのため昼休みまでそうダメージを受けずにいられた。そして、今日も購買へと足を運び買ったのはいつもの焼きそばパンとオレンジジュース。
食べる場所は固定ではないので今日は中庭を選択した。別に高橋と一緒のところで食べたくないわけじゃない。その日その日で良さそうな場所を選んでいるだけだ。
ラップで包まれた焼きそばパンの先っちょだけを開放して口の中に含む。……美味い。
学校へ来るのはダルいことこの上ないが、この焼きそばパンだけはやめられなかった。
何なら花華お手製弁当が仮にあったとしても買っちゃうレベルのそれは、この学校の購買だけで販売していることが惜しい。もしかしたら普通にスーパーなんかで発売しているかもしれないが、そこまでは知らない。
モシャモシャと無心で食べ、やがて終わるってなったとき、
「あ~いた!!」
一際騒がしい声が聞こえた。俺じゃないと思いたいが、現実はそうもいかないようだ。
「もう! 一緒に食べようって言ったじゃん!」
「その日の状況で食べる場所変えてるんだよ……もしかして律儀に屋上で待ってたのか?」
「そうだよ! うぅ……あまりにも来ないから我慢できないで食べちゃったじゃない!」
「や、別に我慢する必要なんか微塵もないだろ。てか、どうしてそこまで必死に俺に構おうとしてくるんだ?」
「えっと、それは~……翔くんに友達がいなさそうだったから?」
「どストレートだな」
全くもってその通りだから否定はしない。いちいち気にしてはいないんだがな。
が、高橋の存在はそこそこ俺の中で大きい。何故なら、花華に友達がいないと憐れまれることがもうなくなったから。花華は単純だし、異性の友達がいるって言えば一発解決できるしな。
ま、そんなことを言ったせいで今度連れてきてよなんて無理難題を押し付けられたわけだが。
「なぁ、俺の頼み聞いてくれるか?」
「なになに!? ついに私に心を開いたの?」
「ちげえよ。姉貴に家に連れてきてって言われてさ、もしよければ来ない――」
「行く行く! 何なら今日行くよ! 今から行くよ!」
「や、今からじゃマズいだろ。じゃあ悪いけど放課後頼むわ」
よっしゃ。高橋の積極性に助けられ、無理難題とも思われた課題を達成することができそうだ。
これで家での安泰感が高まるというものだ。花華も満足して何も言ってこなくなるに違いない。
「教室戻るか」
「うんっ! は~楽しみだなぁ翔くんの家」
「何もねえけどな」
実際に何もないがそんなことはどうでもいい。珍しく意気揚々な俺がいた。そのときまではいたのだが。
それは放課後になって高橋を自分の家で導いたときだった。
俺はてっきりその存在だけで満足すると今朝のようにたかをくくっていたのだが、
「で、付き合うのはいつよ?」
花華はそれ以上先を求め始めたのだ。
……幸いというかそれにテンパる存在ではなかったらしい高橋が「まだそういう関係ではないので~」と濁して終了。
1回目の高橋様橘家訪問はそんな悪くなく終わった。
高橋を送る帰り道。少しだけ真剣な感じの高橋が口を開く。
「ちょっとびっくりしちゃった」
「そりゃあな。いきなしあんなこと言われたらな」
俺だって驚くし。もっとも異性の家なんかに行ったことはないが。
「ううん、そこじゃないんだ! 私が驚いたのは、あんな綺麗なお姉さんがいるってことだよ! あんな綺麗なお姉さんがいたら翔くんは毎日ドキドキ!」
「ないない。身内だし、そもそもぐーたら我儘娘だからな。確かに見た目は悪かないけど」
「でもブラジャーとかおパンツとかに手を出しているんでしょう? それを……キャッ」
「お前ってたまに妄想激しいのな。俺が一番驚いたのはそこだよ」
そこまで妄想できることはある意味凄いと思う。……そうなりたくはない。
ネットや現実でも姉や妹がいる者ほとんど全てが言うように、実際にいるとそんな感情は抱かない。というか抱きようがないのだ。他人とは違ってほとんど全てが目に見えるようになるから。
人のことを言える立場ではない。が、結構ひどいものを目視することなんてざらにある。
「は~やっぱ楽しく会話してるとすぐに着いちゃうね。ここだよ私の家」
「ほ~そこそこでかいのな」
「ま~ね。あ、私の部屋2階の左側だから」
「はぁ……それを教えてどうなるのか知らんけど」
「え? 教えておけばクリスマスとかに窓からプレゼントくれるかなって」
「いや、物理的に無理だろ」
「え?」
「え? じゃねえよ」
「ぐふふ、ちゃんと冗談にも付き合ってくれる翔くん好きだよ」
「好きだよなんて気軽に言うんじゃねえよ」
そも当たり前のようにクリスマスまでに交友関係があると考えているこいつの脳内は凄い。
「あはは。それじゃあまた明日ね」
「おう。じゃあな」
一応完全に姿が見えなくなるまで見送って俺も踵を返すことにした。
少しだけ蒸し暑いような夜道を歩いて帰る。
「俺の方がクリスマスプレゼントほしいっての」
橘家は昔からクリスマスプレゼントなんてなかった。
サンタがいないのは昔から分かっていたことだが、その救済措置である両親からのプレゼントもなかったくらいなので、当たり前に貰ってきたみたいな言動の高橋が正直羨ましい。
若干の悔しさを覚えながら帰る、そんな日となった。