35層は
アルブの35層突破から2日遅れて、ようやく俺達の35層に挑戦するための準備が整った。プラバスタが挑戦した1時間後に俺達も挑戦する。準備時間を少しでも多くしたかったので、先にトライ達に挑んでもらいその間にボスの行動パターンの再確認なんかをする。
今回のボスは相性的にトライ達の方が勝率は高いだろうからと、先行を名乗り出てくれた。
トライ達がダンジョンに入り、ボス前のポートの手前で時間まで待っているのをモニターで確認しながら、クランハウスの奥で最後の仕上げをしているミナトが出てくるのを待つ。
タイムリミットは残り1時間。モニターの向こうで元気よく手を振ってポートに入っていき映像が数秒暗転したのと同時に、奥のドアが開かれた。
「おまたせ。なんとか間に合った。まだ全部じゃないけど、すぐに作れる分はできた」
「おつかれ、ミナトちゃん」
「ん。時間がかかってごめん」
「ううん、別にいいよ。おかげで楽になるんだから」
凛花の言う通り、おかげで楽になるのだから文句などない。そりゃあ早めにできあがって調整できる時間があればなお良いが、もともと無くてもいけると判断したところに間に合うとなれば調整なしの土壇場であろうが問題ない。
それに今からでも数回試して、休憩を取るだけの時間は用意できる。それだけあれば十分すぎるだろう。
「ありがと。用意できたのは3つ」
テーブルの上に置かれた3つのアイテム。ミナトが情報を公開してくれているから、見ようとするとウィンドウが現れ情報が表示された。
色の違う3つの玉は、それぞれ別の効果があるようで、一つはリジェネ、一つは物理防御アップ、一つは魔法防御アップらしい。
そして、それを手元のあたりにセットできる分厚く剣とは呼べない棒のようなもの。
あとはその棒を腰につけられるようにするホルダーのようだ。
「システム上剣を装備できないから、システム上盾に分類させるのに少し苦労した」
ウィンドウに表示された情報にはしっかりと盾と表示されている。盾で殴ったりすることもできるから、攻撃力の表示があるのはシステム上おかしくはないのだろう。どう見たって盾じゃ無くて棒だが。
「これで両手盾で攻撃もできてアイテムも使える」
「さっすがミナトちゃん! これでフィルちゃんもスキルを存分に使えるね」
「へぇー、これで盾なのね。ちょっと見た目があれだけど、性能は申し分ないわね。ありがとう」
「見た目はこれが終わったら改造する!」
防具の見た目にもこだわっているだけあって、この棒としか言えない盾の見た目は気に入らないか。とりあえずボス戦に間にあわせるために作ってくれたのは助かる。
「それじゃちょっと慣れるためにも早めに行こっか!」
* *
35層のポート前。無事にプラバスタはボスを倒して次の階層へと踏み入れた。
俺達も突破すべく、フィルの手慣らしを終えたあとは疲れを取るためにポート前で待機して時間を潰していた。残り3分。ここで躓けば2チームに置いていかれる形になる。自力に大きな差がない中で一度離されれば追いつくには相応の努力が必要だ。プラバスタは探索時間を増やすことと俺達と手を組んだことで追いついたが、俺達は俺と凛花が高校生で時間を捻出することが難しいため置いていかれるわけにはいかない。
目を瞑れば、ドクンドクンと高鳴った鼓動が聞こえる。所詮はゲーム。それでも、ここに賭けているもの、費やしているものがある。
「大丈夫だよ。私は負けないから」
そっと背中に添えられた手が固まった体から無駄な力を抜いてくれる。
まだ遠いな……自分の力のコントロールもできていない状況で並び立てるほど甘くはないのはわかっている。今できることをやるだけ。目の前の敵に集中しなければ。
「さて、時間だ」
ポートを背に4人の顔を見る。それと同時に中継の音声を有効化して今から挑むことを知らせる。
俺の視線に対してそれぞれが頷いて返してくれる。もう何度目になるか。ボスの部屋へと踏み込むときのなんとも言えない緊張感の中、支援魔法を待機させる。
フィルを先頭にポートを潜る。一瞬の暗転ののちに景色が変わり、ボスモンスターがこちらを見ていた。
「フィル! タゲを頼む!」
「任せて」
運悪くこちらの出現位置がボスの視界内だったせいで準備する時間はない。俺が先に支援魔法を使ってしまえばタゲがこちらに来てしまうので、支援魔法はそのまま待機させて、フィルに先にタゲを取ってもらう。
「ウォークライ! 青の宝玉、銀の宝玉発動!」
青と緑のオーラがパーティーを包みバフがかかる。
翼を大きく羽ばたかせてこの階層のボスであるリィンヴァルコがフィルに向かって動き出す。鳥型のリィンヴァルコの足を盾で受け止めはじき返す。攻撃はそこまで重たくないようでギィンと少し高めの音を響かせて空に押し返されたリィンヴァルコに向かって凛花が駆け出した。
タゲがしっかりフィルに向いているのを確認して待機させていた補助魔法を凛花とフィルに発動させる。一度距離を取ろうとする相手を逃がしはせずに凛花が一撃加えてしっかりとダメージを稼ぐ。時間さえかければこれを崩さなければ勝てる相手だ。フィルのできることが増えたのでヘイト管理もかなり楽になったのでどんどん詠唱をしていき補助魔法をフル発動させていく。
それにしても動きが速い。リィンヴァルコの動きはヘイスト無しでの凛花では追いつけないほどだ。相手が攻撃に動いた隙を狙ってダメージを与えることはできているが、手数を稼げない以上与えられるダメージはそれほど多くない。ミナトの魔法もほとんどが外れているので、ダメージを与えられているのは凛花だけになる。
アルバはサディがリィンヴァルコを上回る速度でひたすらに張り付きながら回復役以外のメンバーが防御をある程度捨てて相手の攻撃時に集中砲火を食らわせていたのもあって戦闘時間は短かった。
プラバスタはシンとデュークさんがアルバと同じように戦い、さすがにサディの役割をできる奴はいないが代わりにトライが奇術師のスキルで相手の動きを狂わせ距離を取らせなかった。
うちの場合は、凛花とフィル以外の耐久力がそこまで高くないので、いくら一撃が軽いとは言ってもノーガードで殴りあうのはきつい。時間がかかるとどうしても体力面できつくなってくるな。
「予想はしてたけど結構きついね」
10分かけてようやくHPの2割を削って一回凛花がボスを追うのをやめて戻ってくる。いくら気を抜いてもすぐに負けることはないとはいえ、あの速度で飛び回る相手を追い続ける、見続けるだけでも疲れるだろう。
「一応後5分程度で向こうも少し休憩に入るはずだ」
「それを見越して休みに来たからね。それでどう? 対応できそう?」
リィンヴァルコ自体も一生飛び回り続けるわけではなく、15分ほどで少しの休憩に入る。その間は地上にいるので攻撃チャンスではあるが、代わりと言っては何だが羽での攻撃は一撃が重たく風を巻き起こすので戦い辛い。
こうやってあまりダメージを稼げない状況になるのは予想できていたので、攻撃手段を得たフィルに攻撃役に回ってもらい、俺がヘイトを稼ぐ手段も考えてはいた。
「映像で見るよりも速く感じるが無理ではないと思う。ただ、完全に防御に回ることになるだろうな」
「やっぱり一人称と三人称じゃ感覚が全然違うのは仕方ないね。無理じゃないなら5分後の休憩の後からいこうか」
「ああ。そろそろフィルとナナカにヘイトを調節するように指示しておく」
水飲み終えた凛花が再び剣を握りリィンヴァルコを視界にとらえる。少しの間その動きを顔だけ動かして追い、うんうんと頷くように何かを見計らってから動き出す。真っ直ぐに駆け出した凛花の直線上でリィンヴァルコが大きく羽を広げてフィルに向かって攻撃を仕掛けようと動きをとめる。再び動き出すよりも早く、凛花の剣が羽の端を捉えてダメージを与える。そこからスキルにつなげて3発ダメージを与えるが、距離を取ろうとするリィンヴァルコにそれ以上の追撃はできずに残りの2発の斬撃は空を切った。
「フィル! ウォーくらいはここから無しで。宝玉は切れる前に使ってくれ。ナナカはヒール任せて大丈夫か?」
「大丈夫です。任せてください!」
もともと立てていた作戦なので声をかければすぐに察してくれる。補助魔法の時間管理とヘイト管理の魔法垂れ流しだけをしながら、リィンヴァルコの動きに集中する。
凛花はすでに動きの癖をある程度見極めていた。ただ、あれは凛花自身も完全に読めているわけではないので聞いたところで何もわからないだろう。それに俺と凛花では互いにその感覚を共有することはできない。考え方や見る位置が違い過ぎて相手の感覚に頼ったところで良い結果が出るわけではない。
残り数分の間に最低限さばききれるだけは相手の動きになれなければいけない。ごくりとつばを飲み込んで少しでも情報を得るためにリィンヴァルコを視界に捉える。
火力が低いのが救いだな……あれで一撃で持っていかれるような火力だったら無理ゲーだったが3発くらいまでならバフ込みで耐えられるだろう。ミナトがあの宝玉を間に合わせてくれたのでほんの少し余裕ができた。
「あまり気を張り過ぎたらだめ」
「わかってる。ミナトはそろそろ出番だが準備は大丈夫か?」
「うん。限界まで溜めてる」
およそ後1分。リィンヴァルコが羽を休めるタイミングでミナトが魔法をできる限り叩き込む。そのために当たるかどうかわからない攻撃は控えて魔法を発動前でキープすることを選んだ。
さすがに凛花とフィルが攻撃に回ったとしても、他の2パーティーに対して火力不足なのは否めない。ここでどれだけダメージを稼げるか。それでこの後の難易度が変わってくる。
「そろそろ」
「ここで3割削りたいな。俺も僅かながらダメージに貢献してくるよ」
フィルに攻撃をガードされたリィンヴァルコは大きく距離をとって俺達を中心に広く円状に滑空して地面へと降り立つ。
すかさず俺と凛花が駆け出し、その間をミナトの魔法が抜いていく。
「フィルとナナカは最低1分は休憩。きつければ動き出すまでは待機で」
「1分したらポーション投げにいきます!」
「私はもうちょっと休憩するわ」
フィルは一番きつい役だったから消耗が激しいな。ここまで交代なしでやってくれたから、しっかり休んでもらわないとな。
翼が大きく振るわれる。あの一撃はくらってはいけないから、しっかりと見てから距離を詰める。凛花とミナトの邪魔にならないように位置取り、力を込めて剣を振るう。
「次の一撃、弾くよ」
「了解」
すかさずヒールの詠唱を始める。半分ほど詠唱が済んだところで、翼が大きく後ろに引かれた。それに合わせて凛花も一撃の火力が高いスキルを発動させる。
突き出されるように凛花に向かう翼の先端に、同じように剣を突き出して真っ直ぐ力が伝わるようにスキルを放つ。
鈍い音を立て、互いに後ろに弾かれる。大きく開いた胴体にナナカの魔法が直撃して大きくHPを削った。
凛花にはすかさすヒールを発動させる。互いに弾きあったのに3割近く凛花のHPが削られたので、今の一撃の火力の高さがわかる。
胴体は比較的柔らかいようで俺の剣も通り、凛花が少し動けなかったのを考えても俺とナナカのダメージでプラスになった。
なんとか直撃は避けて攻撃を続けてボーナスタイムは終了した。
大きく翼を振り、砂埃を舞い上げながら空へと戻っていくリィンヴァルコのHPは半分を切って、残り4割弱にまでなっている。
胴体が柔らかいことがわかってからはできるだけ胴体に攻撃を当てるように立ち回ったおかげで、地上にいる間だけでHPの4割近くダメージを与えられたが、それも凛花がリィンヴァルコの攻撃を相打ちで弾いてくれたおかげだ。
小さく息を飲んでリィンヴァルコを見据える。ここからは俺が頑張るターンだ。小さなミスであれば許されるが、大きなミスは死に繋がる。目の前の相手に集中しろ。
空を飛び回るリィンヴァルコが一瞬スピードを落とす。そこを狙ってミナトの魔法が放たれるが、到達するよりも早く、リィンヴァルコは前のめりに突撃してくる。
嘴で刺すように飛んでくるその軌道上に剣を添える。衝撃をできるだけ流しながら受け止め、耐えきれなくなる前に横に大きく弾く。
崩れた体勢を整えようとする隙を狙って凛花とフィルが攻撃しにいくが、数発だけ当てたところで空へと逃げられた。
「回復は任せて下さい!」
ガードした上からでも2割近く持っていかれたHPをすかさすナナカが回復してくれる。
今のは軌道の予測が甘かった。うまく流せなかった分だけダメージが大きくなってしまったので、もっと早く見極めないといけない。
動き始めてからの対応では遅い。相手の動きを予想して動かなければ、ステータスの差で押し負ける。
なんとか直撃は避けながらも完全には捌き切れないために攻撃チャンスが少なくなってしまう。思ったよりもHPを削れずに時間は過ぎていく。
「どうする? 一回調整入れる?」
「あと5分じゃさすがに無理よね……調整入れましょうか」
あと5分で2回目の羽休めに入るリィンヴァルコだが、HPが2割を下回った状態で羽休めに入ると、羽休め中に地面を走り回る。空を飛ぶよりは遅いが、それなりの速さで、かつ火力は地面にいる時と同じ高火力状態でだ。
プラバスタは残りHPが僅かな状態だったのでデュークさんが一撃ガードで受けて、その間に落としきったが、今の俺達ではそれをするにはHPが残りすぎている。
羽休めが終わるまではHPを残して逃げ回り、羽休めが終わってから落としきる方が安定するだろう。
「HP調整するよ」「あっ……」
凛花が指示を出した瞬間にミナトの焦った声が聞こえてきた。
一度真っ直ぐ放った魔法の軌道を後から変えるのは難しい。タグリッド装備があったとしても、放つ前に軌道変更を決めておかないといけない。
凛花の指示のほんの僅か手前で放たれた魔法は真っ直ぐと飛んでいき、飛び回るリィンヴァルコと魔法の軌道がちょうど揃ってしまう。
「ギャオオオォォオ!」
「ご、ごめん!」
リィンヴァルコの動きの予想が難しくほとんど当たっていなかったミナト魔法が、こんな時に限って完璧にリィンヴァルコを捉えた。
HPが2割を切った合図であるリィンヴァルコの叫び。5分以内に押し切るか、地上を走り回るリィンヴァルコからなんとかして逃げ切るか、どちらかを達成しないといけなくなってしまった。
「どんまいどんまい。こうなったらやることはシンプル。このまま押し切るよ!」
やられる前にやる。変に考える必要はなくなったので、あとはどれだけ自分達の力を出せるかが勝敗を決める。
HP調整をするにしたって、暴れ出すのが本当に残り2割からなのかはわからない。アルブとプラバスタの2戦闘と今までの傾向からの予測なので、もし本当は別の条件で、すでにその条件を満たしていた可能性だってあったわけだ。
行動パターンが変わり、スピードもさらに速くなったリィンヴァルコの攻撃を紙一重で防ぐ。すかさずナナカがヒールをしてくれるが、回復量に対して被ダメージが多くて回復しきれない。自分でもヒールを使いながらパターンを探すが未だに動きを読みきれない。
「残り2分! ツキヤも攻撃できない?」
「ちょっときついがやれるだけやってみる」
「頼んだ! 無理だったら代わる」
小さく息を吐き出して集中力をさらに高める。翼が風を切る音が響く中、少し目を閉じて感覚を引き出す。
剣の先を少し下目に構えて体の無駄な力を抜く。どうせ動きなんて読みきれていないんだ。下手に考えるのではなく、その場に合わせて動くしかない。速いとは言っても、サディはその動きについていった。追い切るのは無理な速さではない。
動き始めたのはほぼ同時。リィンヴァルコがスピードに乗って俺目掛けて急降下し始めたのと同時に剣を少しだけ引いて上に振り上げる。
間に合う。剣と爪がぶつかり互いに後ろに弾かれる。ここまでは予想できていたことだ。この次の一撃を防がなければいけない。
仰け反る体を力で制御してもう一度剣を振るう。
「──っ!」
ゾクリと背筋に寒気が襲い、剣が一瞬動きを鈍らせた。ほんの僅かな躊躇。だが、剣に乗る力もスピードも落ち、致命的な差を作り出した。
間に合わない。咄嗟に剣から左手を離して腕だけ間にねじ込ませる。
急速に減っていくHPゲージ。だが、減っていくと感じているということは一撃死は免れたということ。ぎりぎりHPは残っているが、ナナカのヒールはその前の一撃で使用されて先行詠唱していたとしてもクールタイムだ。俺のヒールも詠唱が終わっていないので間に合わない。
「緑の宝玉!」
「もう一つ耐えて!」
フィルの回復の宝玉が光る。それに僅かに遅れてミナトが瓶ごとポーションを俺に投げつけた。
残った右手で振りかけの剣を、そのまま振り切る。力のほとんど乗っていない攻撃だが、それでも最後に悪あがきでダメージを与えてやる。
「よくやった。後は任せて」
剣はリィンヴァルコの左の翼を少し傷つけた。その少しのダメージがリィンヴァルコの力の向きを変え、爪は俺の脇腹を掠めていった。
後ろに倒れる俺の横を凛花が抜けていくのを感じて目を閉じる。
背中に地面とぶつかった衝撃が伝わり息が漏れる。HPゲージは真っ赤だが、それでも耐え切った。
ゆっくりと目を開けて体を起こすと、これでもかと言わんばかりのエフェクトを散らして凛花がスキルを連続で叩き込んでリィンヴァルコのHPを削り切った。
「35層も一発突破!」
剣を投げ捨てて凛花が笑顔で振り返る。表情から疲れは見えるが、それでも笑って立っていられるくらいには元気なのが凄い。
体を起こしているのもしんどいので、もう一度地面に倒れながら右手を上げて応えた。




