まだ先は
スピンのかかったボールが手に吸い付くように収まる。ちょうど腰より少し高い取りやすい位置に来たボールを両手で威力を殺してタッチ感を確かめる。
右からのボールをキャッチしながらゴールを正面に捉え、流れを殺し切らずに体を一瞬左に振る。相手の足が浮いた瞬間に右側にクロスするようにドリブルを開始して抜き去る。
視界を左右に少し動かして状況を確認すると藤沢のマークについていたバスケ部かカバーに入ろうと俺の方へ動き出していた。貝塚はマークはいないがゴール下のディフェンスに入っていたからまだ俺よりも後ろ。藤沢は今マークが少し空いてもし別のやつがマークに来てもバスケ部以外なら実力で勝てる。凛花のマークも実力的にミスマッチだから問題ない。
スリーポイントラインの手前でカバーにきたバスケ部が立ちふさがる。万全の体勢でないのなら俺でもシュートまで持ち込むのはできるだろう。
軽く伸ばされた手を軸に相手を押さないように触れる程度の距離で体を反転させてそのままロールに持っていく。制御を失わない程度に体から少し離した位置でボールをコントロールしながら、前に入られないように少し大きく踏み出した足が地面についたところでゾクリと背筋に寒気が走った。
ロールで通った道筋を戻るように引いて距離を空ける。後ろにステップを踏んでいた相手からは手を伸ばしても届かない位置でボールを持ち空いていた藤沢にパスを出す。
フリーで受け取った藤沢がゆっくりとシュートモーションに入り、綺麗にボールはお手本のようにボードに描かれた線の角にあたってネットに吸い込まれた。
ナイスシュートと味方だけでなくコートの外からも聞こえてくる。同時に全チームが試合できるわけではないので休憩がてら観ているクラスメイトからも声がかかる。藤沢が仲の良い友達がいるあたりにガッツポーズで返してディフェンスに移る。
VRズレか。今も無意識に動こうとして反射的に止まってしまった。咄嗟にパスに切り替えて結果は問題なかったが、パスコースが潰されていたらダメだったな。ただの体育や球技大会にそんなに本気にならなくてもいいが、本気でやろうとしている人がいるのにサボって足を引っ張るのは悪いから、せめてもう少しは慣れておかないと。
そう考えたところですぐにどうこうできるわけもなくその日の体育の授業は終わり、いつものように帰宅後はORDEALにインする。
アルブが35層へのポートを見つけた情報が出回っている。たぶんこの後にいつ挑戦するかの発表があるが、今回はたぶん間を空けずに挑むことになるだろう。
俺達とプラバスタともにまだ35層へのポートを見つけておらず、今回の敵に関しては相性がそれなりに良いことが予想されている。現れるボスモンスターはそこまでに出現するモンスターや地形などに少なからず共通するものがあるので、ここまでのモンスターとの相性次第で予想が立てられる。
31層からのモンスターは比較的防御力が低く、スピードが少し速いタイプのモンスターが多い。サディであれば相手よりも速く動き攻撃が当てられる。欠点の単発火力も、ダメージが普通に通るのであれば手数で補うのは容易い。
この階層は差を広げるチャンスなので、無駄に時間を使うことはせずに、さっさと挑戦してしまうだろう。
今までなら俺達も差をつけられないためにもすかさず挑むための準備をしていたが、今回は俺のVRズレによる不調と新規メンバーのソウとカグヤのレベリングがあるので、ボスの情報を得てから、アルブが35層に挑戦してから対策することになった。
「今日ダンジョン行く人ー?」
「私は行きたいです!」
「私もやることないからダンジョンね」
「アイテム作る。もう少しで良いアイテムが作れそう」
「僕は追いつくために手伝ってほしいな」
「うちも手伝ってほしい」
ミナト以外はダンジョンに行きたい組か。ソウと何故かキャラを作っているカグヤはまだ階層が追いついていないので追いつくために少しでも潜りたい。
パーティー的には俺がソウとカグヤについていくのがバランス的にはいいかな。本気で探索するのではないなら凛花とナナカとフィルの三人でも時間をかけて少し進むくらいはできるだろうし。
「うーっす。お前らは今からか?」
「ああ。今から行こうかと話していたところだ。そっちはもう終わりか?」
「14時頃から潜ってたからな。とは言っても1時間前には終わってギルドでゆっくりしていたんだかな」
プラバスタのメンバーがクランハウスに戻ってきた。休憩してきたというのは本当のようで、あまり疲れた様子は見られない。たぶん、アルブのボス戦を見るためにも早めに切り上げたのだろう。
ほんの少し部屋の中に沈黙が訪れたかと思えば、誰かのメッセージの着信音が鳴る。それと同時に俺の視界上にもメッセージ通知のアイコンが表示された。
周りに視線をやると皆も何かウィンドウの操作をしていたので、俺も今来た通知を確認する。
「3時間後か……」
「予想通り今日中に来たけど、少し間を空けるようだね」
「準備も必要ですからね。休憩もとるなら現実での食事から少し時間を空けて万全に近い状態で挑めるくらいの時間ですね」
「それに、あまり早すぎると視聴者が減る」
全員見ていた内容は同じだったようで、アルブが35層に挑む時間を発表したというニュースの通知だった。
3時間後ね。それなら、ダンジョンに行っても時間までに戻ってきて見ることはできるだろう。
「トライ達は休憩もとったんだろ? 時間まではどうするんだ?」
「あー……もっかいダンジョンに行きたいところだが、用事でデュークが抜けるからな」
「少し用事でな。30分から1時間ほどで戻ってくる予定だが、それからだと微妙になってしまう」
準備と往復の時間を考えると2時間だと少し物足りないかもしれないな。途中でも休憩を挟むとなると探索できる時間はそんなに多くはないし。
「暇だったら合同パーティーでいかないか? 俺達は階層上げと34層の探索で分かれようかと考えていたから、手伝ってもらえると助かるんだが」
「別に暇だからいいぜ。もしポートを見つけたらそっちに譲る。探索の情報がもらえるだけでも助かるからな」
「なら頼む。トライとリピドが34層で、クレスさんとシンが階層上げでいいか?」
「指定するってことはパーティーバランス考えてってことだろ。無駄死にしてデスペナ食らいたくはないから、それでいいぜ」
「うちから4人ってことは誰か行かないの?」
「ミナトがアイテム作製で残るのと、俺がちょっと野暮用で抜ける」
「えー残念。また教えてもらいたかったのに」
「今はもうクレスさんの方がヒーラーとしては上だから教えられることもないし」
いや本当に教えられることなんてないだろう。スキル回しにしても使えるスキルがヒーラーの一部以外は被ってないから参考にはならない。
ヒーラーとしてならクレスさんの方が上だし、他の能力をとってもそれぞれトップクラスの奴らがプラバスタと双天連月にはいる。俺を参考にするよりも他の奴らにそれぞれ教えてもらった方が断然良いだろう。双天連月のメンバーはちょっと尖っているから参考にはしにくいだろうが。
「じゃあ、そういうことで。戻ってきたら連絡をくれ。どうせアルブの挑戦前には戻ってくるだろうから皆で見ようぜ」
「うん。じゃあまた後でね。頑張ってポートを見つけるぞー」
「うちらはさくっと30層までいきつつレベリング頑張ろー!」
レンヤとカグヤがそれぞれ自分のパーティーのメンバーに声をかけてクランハウスを出て行く。
騒がしかった室内は急に静かになり、ここに残った俺とミナトは椅子に座ったまま何も話さずに残っていたお茶を飲む。
「行かなくて良かったの?」
テーブルにコトっと音を立ててカップが置かれる。顔を上げれば、ミナトは俺の方をじっと見て返事を待っていた。
「やりたいこともあったからな。人が足りなければ行くが、そうじゃないなら少し自分のために時間を使いたい」
「そう。頑張って」
それだけ言って奥の部屋に入っていった。
少しだけまだ残っていたお茶を一気に飲み干して、俺もクランハウスから出て行く。




