それは
「最後は押し切ります!」
装備をトンファーから剣へと変更する。守りに回るのであれば、取り回しの良いトンファーの方がいいが、攻撃に専念するのであれば剣の方がダメージ効率がいい。
怯んで動きの止まったリィブルトを両側から俺と凛花で挟んで攻撃をする。前方はフィルが通さないように塞いでくれているので、後ろへの移動をほとんどしないリィブルトは攻撃の薄い俺の方へ逃れようとする。
ダメージ量では凛花に勝てないのはわかっているが、手を抜いているわけでもなく本気で攻撃しているのに、予定通りこっちに逃れようとするのは癪に触るな。
予定通りなのには間違いがないので、死なないように横に避けながら攻撃を続ける。凛花も後ろから攻撃を続けてリィブルトを怯ませ、抜け出される前に倒しきろうとスキルを途切れさせない。
怯みと、フィルのスキルによる視線の引きつけによりその場から逃げることもできず、少し移動しては動きを止めを繰り返す羽目になり、何もできないままリィブルトはHPをゼロにして、大きな音とともに地に伏した。
「しょうりー!」
剣をしまって凛花が中継のカメラにアピールする。ナナカがそこに駆け寄って一緒に喜び、そこにフィルが飲み物を持っていって話し始めた。
「お疲れ様」
「ミナトもお疲れ様。今回は一番ダメージを出してたんじゃないか?」
「今回はほとんど予定通りだったし、指示もあってやりやすかったから」
「そうだな。今回はナナカのおかげで終始安定して戦えたから楽だった」
誰かに負担を引き受けてもらうわけでもなく、上手く回して戦えたのはよかった。リィブルト自体との相性もよかったのはあったが、予定通り進められたのはナナカのおかげだろう。
「ナナカが吹っ切れたのもツキヤのおかげ」
「別に俺は何もしてないよ。結局はナナカが踏み出しただけだ」
俺は話を少し聞いて、無責任に背中を押しただけ。それを信じて踏み出したナナカの勇気と、たまたま結果がよかったのが合わさってくれただけだ。
「ミナトももっとナナカに優しくしてやっていれば早かったのに」
「フィルがナナカのうじうじを治すには良い機会だって言うから」
「まあ、本当に良い機会だったようだが」
おかげでヒーラー兼指揮役としてのプレイスタイルがハマったようなので、俺としては文句はない。これで、ナナカの評価も上がるだろうから、掲示板の書き込みについて俺に愚痴ってくることも減るだろう。
「ありがとう。ナナカの背中を押してくれて」
「何も言ってやれなかったから、無責任に押しただけだ」
「それでもツキヤだから。ナナカの中ではツキヤの存在は大きい」
「それも、ナナカが勝手に憧れているだけだろ」
「うん。でも、そのおかげで今がある。だからありがとう」
どう反論しようともその姿勢を変えるつもりはなさそうなので、諦めてどういたしましてと返す。
満足そうに一つ頷いて、ミナトも三人が話している輪の中に入っていった。
人を変えるだけの影響なんてものも、結局は偶然の産物であることがほとんどだ。それが、良い方向に向くのか、悪い方向に向くのかは行動するその人本人と、周囲の環境に左右される。
俺とナナカがORDEALをしているのも偶然。ナナカが俺と凛花に憧れを持ったのも偶然。同じパーティーになったのも偶然だ。偶然の積み重ねが結果を生み出してしまえば、それを人は必然だと思い込む。結果が良ければそれでいい。最終的にはそれに尽きる。
「じゃあ、戻るか。クランハウスでゆっくりしようぜ」
「そうだね。ここは日差しが暑いよ」
「日焼けしないとわかっていても気になります」
立っているだけでも汗をかきそうな暑さだからな。カラッとした暑さなので耐えられるが、湿度が高いと地獄だろう。
ポートをくぐれば31層。まだまだダンジョン攻略は続く。100層に到達するのはいつになることやら。その時までこのメンバーで一緒に続けているかもわからない。
「どうした?」
俺と凛花以外がポートをくぐったのだが、凛花はポートに背を向け、なにかを見るようにじっと視線を外さない。
「気のせいかな? なにか見られていたような気がして」
ボス層には後から誰かが入ってくることはできない。最初からならば、複数パーティーで手を組んで入ることはできるようだが、俺達は他のパーティーを呼んだりしていない。
誰かがここにいるのであれば、それはバグか運営側の人間、もしくは超常的な何かということだ。
あるとすれば運営が何かを直しにでも来たくらいだろうが、俺達に声をかけないということは関係のない作業ということだ。気にする必要はないだろう。
「気のせいじゃないか? 中継のカメラが動いていたとかそんなんだろう」
「そうだね。何もなさそうだから、私達も戻ろう」
凛花が俺の方に振り向いた途端に、全身に寒気が走る。
"──そこにいたのか"
すかさず剣を取り出して構える。本当に何かがいる。気のせいなんかじゃなかったようだ。
「ポートが……」
振り返ればそこにあったはずのポートがなくなっていた。
運営の悪戯?それにしてはタチが悪すぎる。この全身を襲う寒気が、単なるシステム的に起こされたものだとすれば、これだけの恐怖をプレイヤーに与えるなんて馬鹿としか言いようがない。
「くる!」
俺達の足元から黒い光が走り、一面が夜空のような景色に塗りつぶされた。
目の前に現れたのは化け物。
一目見ただけで押し潰されそうなプレッシャーを発しながら、俺と凛花のことをマジマジと見つめる何か。
それを人とは思えない。見た目だけならば、背中の半分ほどを覆いそうな長く綺麗な黒髪にスッと整った顔付きの女性だ。頭に存在する二本の角が人ではないと主張しているが。
「あなた、何者?」
剣を構えたまま凛花が尋ねる。相手の一挙手一投足に注目するかのように真っ直ぐと見つめる凛花の姿を見て、俺もこみ上げてきていた吐き気を抑え込んで剣を握り直す。
「まだこの程度か。残念ね」
質問に全く答える気がない呟き。何を見てそう思ったのかは知らないが、向かい合っただけで気圧されそうな俺とは大きな差があるのは確かだろう。
「答えないのなら答えさせるだけ!」
ただ立っているだけの相手にスキルを使った無駄のない横薙ぎを放つ。
「え?」
避けるわけでも、装備を出してガードするわけでもなく、スキルの乗った一撃を二本の指で挟んで受け止めた。
想像もしていなかった結果に、思考が、体が止まる。ゆっくりと上げられたもう片方の腕が凛花の頭の高さまでいき、デコピンのように指が弾かれた。
「──っ!」
「よく避けたね。でも、遅い」
追撃するように一歩前へと踏み出したと思えば、凛花の隣で腕を振り上げている。
ここからなら届く。そう思ったが、剣での一撃では軽すぎる気がして、柄の側を裏拳のように思いっきり振り抜く。
「へえ……面白いね、君」
「重すぎっ!」
振り下ろされた手に思いっきり柄をぶつけたが、まるで壁にでもぶち当てたかのような反動がくる。だが、あてたおかげで手は空を切って凛花は距離を取った。
やばい。そう感じた瞬間には目の前に拳が来ていた。それを視るよりも早く動きだしていた体が、なんとか避けることに成功させてくれたが、風圧で体がよろける。
「人のこと無視しないでよね」
追撃を凛花がピンポイントでスキルをぶち当てるこてで止める。ただの殴りとスキルの一撃がぶつかって、凛花の剣が押されるあたり、本当の化け物だ。
気がつけば反対側に回られる。ただ、それを読んでいるのか凛花が再びスキルでガードを成功させる。
ははっ。足手まといってか?
動きを追えもせず、力でも負ける。凛花ですらぎりぎりの戦いをしているのに、俺が混ざれるとでも思っているのか?
それでも、ただここで見ているなんてできない。凛花がぎりぎり?それがどうした。俺だって凛花を越えるためにやってきたんだ。追えなくたって、反応さえできればどうとでもなる。
「まだやるつもり? 力の差がわからないの?」
「黙ってやられてやるほど、負けることを許容していないんでな」
簡単に俺の一撃を受け止めて、反対側から迫る凛花の攻撃も弾く。
勝てる見込みのない戦いに挑むことは嫌いだが、戦わなければやられる状況で足掻きもせずにやられるのはもっと嫌だ。
それに一対一なら無駄なあがきかもしれないが、凛花と共にならば、可能性はゼロではない。
一瞬足りとも気を抜くな。極限の状態でなければ、凛花の邪魔になるだけだ。
合わせようと考えてもいけない。その思考の波が動きを邪魔する。合わせるのではなく、今までの積み重ねで自然に合うように凛花の動きと思考を自分の中で組み上げろ。
スピードも力も、全てにおいて圧倒的な強さを持つ相手と戦うのは、体力も集中力もガリガリと削っていく。
振るう剣はあたっても僅かにダメージを与えるだけだろう。振るわれる拳はあたれば致命傷になりかねない。そういう絶望的な状況だからこそ、感覚は研ぎ澄まされて、動きのキレは増していく。
だが、それでも届かない。俺と凛花の攻撃がクリーンヒットすることもなく、相手の攻撃も全て防いでいはいるが、ガード越しにくらうダメージはこちらの方が大きい。
剣と拳が鳴らす音とは思えない戦闘音。それがどれどけ奏でられたのかはわからないが、俺も凛花も消耗は隠せない。
「やばっ!?」
ほんの僅かにスキルの発動が遅れた凛花の剣は、相手の攻撃を受けきれずに弾き上げられる。衝撃で体も仰け反り、そのままでは追撃を防ぐことはできない。
そんな隙を見逃すわけもなく、空いた胴を狙おうと相手は一歩踏み込む。
間に合わない。俺の一撃では相手の攻撃を受け止めることはできない。逸らした程度では至近距離からの攻撃を凛花にあたらないようにすることはできないだろう。この位置から凛花を助けるのは無理だ。
だが、諦めてたまるか。助けられないのなら、それよりも早く殺せばいい。
後のことは考えるな。全力で、横からあの首をとれ。
引くことを一切捨てた踏み込み。ゆっくり振りかぶっていれば間に合わないので、自分の速度と腕を突き出す速度に全てをかけて、一直線に相手が来るであろう位置に剣先を捻じ込む。
拳を振り上げた状態で目を見開く相手。その位置、その体勢から、完全に避けきることはできないだろう。
体を捻り、もう片手で剣の軌道を逸らそうと振り上げる。だが、俺の全力を乗せた一撃だ。咄嗟に振り上げた軽い拳で逸らし切られるほど弱くはない。
「やるね。これが原初になる可能性を秘めた人間の力か」
剣は軌道を逸らされ、頬にそれなりの傷をつけるだけに終わった。
だが、これで凛花がやられることはなくなった。ここからなら二人とも体勢を立て直せる。
「その段階で私に傷をつけるとは。だが、これまでだ」
背中から生えた対の羽。白と黒の羽に一瞬気を取られたと意識した時には、すでに目の前まで迫られていた。
「はやっ──」
咄嗟に振り上げた腕に拳があたる。左腕にはトンファーを装備していたというのに、それがどうしたと言わんばかりに拳はトンファーを折り俺の腕ごと体を吹き飛ばす。
「お前も寝ておけ」
「えっ──」
凛花ですらほとんど対応できずに剣を弾き上げられて、横腹に蹴りをくらう。
立ち上がろうと地面に手をつこうとしたところで、左腕に力が入らないことに気がついた。
そりゃ、あんな一撃を受け止めれば腕の一本くらい折れているか。ここがORDEALの中で助かった。痛みは軽減され、鈍くズキズキとする程度で我慢できる。
凛花も苦しそうにしているが、膝をついた状態で耐えられているので致命傷というわけではない。
だが、あの状態のあいつに勝てる気が全くしない。ヒールを唱えないといけないのに、呼吸が乱れ、心が負けを受け入れたのか詠唱を始められない。
「何が目的なの?」
時間稼ぎのような凛花の問いに、相手は少し不思議そうな顔をして、何かに気づいたかのように頷いた。
「そういえば、人間は知らないのだったな。せっかくここまでやったのだから、少しだけ教えておいてやろう」
戦う気はもうないのか、力を抜いて話し出す。
「この世界は原初を作り出すための世界。現状、原初に最も近づいているお前達を見に来ただけだ」
見に来ただけ?これだけ戦っておいて?
俺達が先に敵対したからそうなっただけということなのか?あの威圧感は元から存在として負けているから感じていただけのものってわけか。
「人の限界を越えた先に辿り着け」
「限界を越える……それなら、もう一人いるだろ」
システムアシストの一時的な限界を越えるという点では、サディが現状では一番なはずだ。それなのに、俺と凛花の方が上だということはないだろう。
「あれか。あれはダメだな。世界に改変をもたらすには至らない。あれは、もう一つの世界を捨て、この世界だけに生きようとしている」
現実を捨てて、VRの世界に生きようとしている。ORDEALならばある程度の金稼ぎもできる。金さえあれば、食事など最低限の生活だけ現実でできれば、後の全てをORDEALで過ごすことだって不可能ではない。
人の環境や過去に触れるつもりはないので、サディがどう考えているのかは知らないが、この世界で生きようとしているからこその最速への固執というわけか。
「越えられない壁にぶち当たった時、お前ならどうする?」
「私は他の道を探す。その先に行く道は一つではないからね」
「お前はこちら側の存在に近い。だが、原初になるには少し足りないな」
凛花の才能は万能さに近い。一つの道で限界を感じても、他の道でカバーする。得手不得手がないということでは決してないが、苦手なことでも持ち前のセンスと理解力で習得するのが早い。
全てにおいて並以上。そして、手を出していない分野がほとんどないというのが凛花の強みだ。
「お前は?」
俺の方を向いて尋ねてくる。俺ならばどうするだろうか。越えられない壁。凛花と初めて競った時は越えられないとも思ったが、それでも越えようと思った。それは実際には越えられないわけではないものだからだ。
本当に越えられない壁なんてものがあるのだろうか。いつも限界に感じているその壁ですらも、この世界でなら越えられる気がする。壁なんて結局は自分が作り上げた幻想でしかないのかもしれない。
「その先に死が待っていたとしても、俺はぶち破ってでもその先に行く」
肉体的な限界を越えたとすれば、その先に待っているのは相応の後遺症だろう。限界まで頑張っただけでも、人は筋肉痛になったり筋を痛めたりするのだから、それを越えればそれだけの怪我なんかは付き物だ。
だが、VRの中でならそれは怖くない。この肉体は仮想のものであり、怪我なんかもいくらでも治せる。
「原初に最も近いのはお前のようだ。そっちの女は本当に人間か疑いたくなるものを持っているが、その分原初には少し遠い。私としては誰が原初になろうと関係ないが、精々他の誰かに負けないように頑張ってくれたまえ」
「おい! ちょっと待て!?」
「私はこの先で待っている。我が名はイクス。次はもっと楽しませてくれよ」
突如現れた黒い穴に吸い込まれるように消えていったイクス。それとともに世界は崩れて、もといた30層のポート前に戻ってきた。
「原初か……なんだったんだろうね。その前にヒールくれない? 結構痛くて」
「先に俺からな。さすがに骨が折れているとかなり痛い」
先のことは、またゆっくりと考えればいい。それに、あれだけでは考えたところでわかることなんて少ししかない。
今は少し記憶の片隅においておき、ヒールをして皆と合流するか。
ここで三章終わりです。
ようやく話が進み出しました。それに伴い、ジャンルをどうしようかなと考え中です。
次の話からはまた普通のゲームや日常話に戻ります。




