20層は
「ああ、不安です」
そわそわとしながら何度もアイテムの確認をするナナカが、何度目になるかわからない弱音を吐く。
今回ばかりは仕方がないとは思うが、さすがに心配しすぎだ。これからできることなんて、本番でミスらないように気合いを入れるくらいしかないから、焦ったところでどうにもならない。ただ、不安だと口に出すことで逆に落ち着く気がしたりもするので、周りの迷惑にさえならなければ自分の好きなようにしていればいい。
ナナカの不安げな姿を見て、フィルは自分の不安よりナナカの心配をすることで落ち着けているようなので、二人の組み合わせは良いみたいだ。
「考えるな、感じろ。ですね。ちゃんと何度もキングヤドザミの動きは見ましたし、フィルの動きもこの数日念入りに見たから大丈夫です」
キングヤドザミ戦に向けての練習で、ナナカにはフィルに触れるくらいの位置での戦闘を体験してもらった。最初は怖がってなかなか上手く立ち回れなかったナナカが、いつも凛花の動きに合わせている俺がどうしているのかと聞いてきたので答えたのが"考えるな、感じろ"という内容だ。
自分自身が動きながら戦闘をしている中で、フィルとモンスターの動きを見てから考えても間に合わない。事前に動きを決めているのならともかく、フィルもモンスターの動きに合わせて動いているので、同じ動きを続けることはできない。
キングヤドザミの動き自体は予備動作である程度判断できる。その動きを瞬時に判断できるようにし、フィルの動きの癖を知れば、どう動くかをある程度予想できる。
5回。ナナカがフィルの動きを読み間違えてナナカが死に戻った回数だ。
その度に、フィルとしっかり話し合い、最後の方はミスもほとんどなくなった。
タンクがモンスター相手に動くのであれば、対人戦のようにフェイントを入れる必要もないので、比較的読みやすくはなる。フィルもナナカに攻撃が届かないように立ち回る練習をしたので、後は互いに大きなミスをしないようにするだけだ。
いつもと変わらない凛花とミナトを羨ましく思いながら、不安になる気持ちを抑える。5回目だと思うミナトのあくびと同じタイミングで、時間になったので立ち上がる。
「じゃあ、行くか」
「はい! 準備は万端です!」
「さくっと一発突破しちゃおう!」
ポートを抜ければもう後戻りはできない。ゾクっと走る寒気がボス戦の開始を告げる。
初めはいつも通り。フィルがタゲを取り、凛花が攻撃に出る。必要な分の支援魔法をかけて俺も攻撃に移る。
後半戦は俺がミナトを守るために下がることになる。攻撃スキルのない俺だとは言え、ダメージを与えられないわけではないので、その分戦闘時間は伸びる。ブレスのガード以外はひたすら支援魔法を切らさないようにしつつヒールを使うだけだが、ブレスがいつ来るかわからないので気は抜けない。
ナナカと俺の集中力がどれだけ持つかわからないので、戦闘時間は極力短い方がいい。
「全力で飛ばして行くよ!」
いつもなら合わせるこちらの身にもなれと言いたくなるところだが、今回ばかりはむしろ突っ切ってくれていい。途中でバテられると困るが、凛花ならばそんな馬鹿なことはしないだろう。
後半戦は回復と支援魔法はあるが、凛花一人でキングヤドザミに対応してもらわないといけない。できる限り後半戦に向けて調子を上げてもらわないとな。
自分の動きを確かめながら高めていくかのように、どんどんと調子を上げていく凛花の動きに必死に合わせる。特化型のステータス構成ではないのに、速さに追いつくことができないので、凛花が来るであろう位置に合わせて先読みで割り込んでおく。
楽しそうに剣を振るう凛花を見ると、つくづく味方で良かったと思う。
「ヘイト稼いでおくから、少し休憩して!」
「頼んだ! 先にレンヤ下がってくれ」
「はいはーい」
順調にHPを削り、六割付近で一度休憩を挟む。フィルが後半戦に向けてヘイトを蓄積させるので、先に凛花を下がらせ攻撃を弾いたタイミングで俺も下がった。
「ここからが本番だね」
「ああ。とは言っても、できることをやるだけだから、大きなミスさえやらかさなければなんとかなる」
「夏樹は体力大丈夫?」
「このくらいなら持つさ。考えて行動している分には疲れはそこまでこない」
集中するとは言っても、思考しながら体を動かしている分には消耗は少ない。本気で感覚的に体を動かし続けさえしなければ、波さえあれど集中力は持つ。
軽く息が上がっただけの状態の凛花と比べれば、俺がどれだけ疲労しているかは明白だが、この程度の疲労なら問題はない。
「二人ともお疲れ様」
「ミナトもお疲れ様」
ミナトも休憩にきたので、ストレージから水を取り出して渡す。ゲーム内なので水分補給は必須ではないが、気持ちを切り替える点では役に立つ。飲み過ぎてトイレに行きたくなることもないから、余裕があるときは水分補給はしておいた方がいい。
ここからは、俺はミナトの盾役なので、凛花が戦闘に戻るのを見送る。ミナトとともに、フィル達と俺達と凛花で三角形を作るような位置に移動して待機する。後はブレスの始点がナナカに直撃しないことを願いつつ、大きなミスをしないようにするだけだ。
凛花がキングヤドザミのHPを調製しながら削り、五割直前で周りの状況を確認するために後ろに飛び退いた。
「ブレスの警戒は怠るな! フィルとナナカはいつでも詠唱キャンセルできるように必要なスキルや魔法は普段より早めに使用を」
「了解です!」
「それじゃあ行くよ!」
凛花が攻撃を加えてキングヤドザミのHPが半分を切る。
一瞬体を沈ませて、力を溜めたかのように大きくのけぞった。
「シールドアッド!」
盾スキルの発動はかなり早いので、フィルの周囲に展開されたシールドアッドは問題なくブレスを受け止めた。
俺はミナトを背中から抱きしめるようにローブで覆い、念押しで俺の背中側にブレスがあたるように体の位置を入れ替える。
「ダメージは?」
「こっちは三割よ。ナナカは余波で二割持っていかれたわ」
「私はガードして六割!」
すかさず凛花にヒールを放つ。さすがに一番近くで受けているのでガード越しでもダメージは大きいな。ただ、ヒールさえ割り込ませればブレスが二連できても耐えられるから、作戦自体には問題はない。
フィルとナナカの方のダメージが想像以上に抑えられているのは助かる。盾スキルでの軽減率がどのくらいかわからなかったので少し賭けでもあったが、三割なら想像以上抑えられているので俺は自分と凛花の回復に専念できる。
ローブ越しとは言え、俺とミナトのHPは半分を少し下回っている。互いにポーションを一つずつ自分に使い、凛花へのヒールが終わってから自分達にヒールをかけて全回復しておく。
「ん……ちょっとくすぐったい」
「あ、悪い」
「大丈夫」
ブレスの予備動作が少ないので、最初からミナトを後ろから抱きしめた体勢で魔法を唱えていると、息がかかったのかミナトが体を震わせた。
離れるとブレスに間に合うかわからないので、ほんの少しだけ位置を変えると再びミナトが詠唱を始めたので、俺も気にしないようにして詠唱を再開する。
これ中継に映っているんだよな。自分で考えた作戦だとは言え、これを皆に見られていると思うとかなり恥ずかしい。完全に中継のことを失念していた。
ま、まあ、相手がミナトだからましか。これが相手が男だったらもっと映像的にはきつかっただろう。後衛を選ぶような男だったら、筋骨隆々な見た目のプレイヤーは少ないだろうが、絶対にいないわけではない。見た目とステータスがちぐはぐなゲーム内だからこそ、マッチョだが守備力の低い回復役なんてのもあり得るわけだから、そんなプレイヤーを抱きしめながら戦う羽目にならなくて良かった。




