アイテムトレード
「いやー、やばかったね!」
「本当にな。HPもう一割しか残ってないんだけど」
ポートをくぐればすぐに2層に飛べたので、2層に入ってすぐにダンジョンから離脱した。
さすがに無傷とはいかず、直撃だけはなんとか防ぎながら走ったが、俺のHPは一割ほどしか残らずHPバーが真っ赤に染まり、凛花も三割ほどしか残らず黄色く染まっている。
だが、無事に死に戻りすることもなく1層を突破して帰ってこれたので、収穫としては十分だ。視聴者も稼げたし、しばらくは注目されるだろう。
ダンジョンの入口からギルドの中に戻ると、視線が集まる。
そういえば、ここでも中継を見れたんだったな。さっきまで1番のカメラに映っていたプレイヤーが出てきたとなれば目立つのも仕方がないか。
凛花は視線に慣れているからか、全く気にする様子もなくギルドの買取屋を探している。
「ここで売るのか?」
「相場だけでも見ておこうと思って。プレイヤー間で売った方が高く売れるだろうけど、まだ値段がわからない物だから、NPC価格を知っておかないと、間違って安く売っちゃうかもしれないし」
それもそうだな。NPCに売るより少しでも高く売らないと意味がない。一部のアイテムは先にNPCに売って、装備を買いに行くのもありだな。
「装備を買えるだけの金は先に手に入れておくか」
「じゃあ、どうしようか。この辺りは先に売っておく?」
アイテムが仕舞われているインベントリを見ながら、先に売るアイテムを選別する。装備に使える素材や、ポーションなどの材料になる素材はプレイヤー間で取引した方が得だろう。
「じゃあ、これは先に売ってくるね。ツキヤはプレイヤー用の取引ボードの様子を見てきて」
「わかった。何かあったらチャットを飛ばしてくれ」
別々に行動した方が早いので、NPCの店には凛花に行ってもらい、俺は先に取引ボードを見に行く。
俺達が試練のダンジョンに潜っていたのは三時間弱だから、すでに取引ボードは他のプレイヤーが使っているだろう。
ギルドから出て取引ボードへと向かう。街の中は最初に見た時よりプレイヤーらしき人がいる。
狩りから戻ってきて街の中にいるのか、そもそもまだ街から出ていないのか。
最初の内は、街の中でもクエストやらなんやらやる事が色々あるだろうから、じっくり楽しみたい人や攻略サイトを作ったりしている人は調べ回っていたりするだろう。
経験値なんかは街中でクエストをしている方が効率が良いなんてこともあり得るのがゲームの怖いところだ。VRとなると、体の動かし方から慣れないといけないので最初の内は狩りの効率は悪いだろう。
それでも、やらないと上手くならないって言うのはあるから、いつまでもクエストばかりはしていられないけれども。
「あー……やっぱり、まだ俺達の持っているような素材は売りに出ていないか」
アイテムの説明欄にはランクというのが表示されており、それでアイテムの良さは少しわかる。他にも質など隠しパラメータもあるらしく、見ただけでは全てがわかるわけではないが。
取引ボードに提示されているアイテムは全てランク1。それに対して、俺が持っているアイテムはランク2が大半とランク3が少しで、さすがに推奨レベルが10なだけある。
「取引ボードにアイテム出すの?」
「ん? あ、ああ。そのつもりだが」
取引ボードの前に立っていたからか、他のプレイヤーが話しかけてきた。
たまにいる世話焼きタイプのプレイヤーかと思ったが、雰囲気からして違うようだ。
ORDEALではネカマプレイはできない。性別はVRASにアカウント登録する際にある体のスキャンによって決まっているので、そこからの変更はできない。身長や体型も弄れる範囲というのが狭い。
目の前にいる少女が、本当は男でからかいに来ているということはない。まあ、中身が本当に少女かはわからないが。顔や細かな容姿は変えられるから、若作りなんて簡単にできる。
とはいえ、ネトゲなんてモニター上の容姿さえ良ければいい。中の人に会いたいってわけでもないし。
「いいアイテムあるなら取引しない? 取引ボードの使い方も教えてるから」
直接取引した方が安く買えるからってわけか。俺もある程度の値段で売れればいいし、早く売れる方が助かるから断る理由もない。
「じゃあ頼むよ。欲しいアイテムがあれば言ってくれ」
「うん。わかった」
インベントリを開いて中身を見えるように共有する。中の操作は俺しかできないので見るだけだが、今は丁度良い機能だ。
インベントリを覗くために少女が隣に来て俺の手元を覗き込む。赤い髪が思ったよりも近くにあって少し恥ずかしい。ほのかに香るフローラルな匂いは、現実準拠なのかゲーム側のサービスなのか知らないが、今の状況では緊張を高めるだけなのでやめて欲しい。
「このアイテム、一個200ベルでどう?」
少し眠たげで力の抜けた表情から一転、目を大きく開いて俺に詰め寄りながら指でインベントリ内の一つのアイテムを指す。
紅く光る瞳が、これがゲームだと認識させてくれて少し緊張が和らぐ。うんうん。紅い瞳なんて日本では無いもんな。カラコンなら別だが。
「200ベルでいいよ。何個いる?」
「全部」
「はいはい。じゃあ、これで」
30個もあったが、即答で全部と言われたので、少女が出した取引画面にアイテムを移動する。
取引が成立しました。というログと共に、アイテムが消え代わりに手持ちの金が6000ベル増えた。
「あと、これとこれも──」
* *
「これで取引ボードへの登録は完了」
「ありがとう。助かったよミナト」
「良い買い物ができたからおあいこ」
赤髪の少女のミナトにお礼を言うと、彼女は自分のインベントリを見て満足そうな表情を浮かべて頷く。
「また、会うことがあれば、ひいきにしてくれると嬉しい」
「こっちも得する内容なら何時でも応じるよ」
ミナトと別れたところで、凛花からチャットが届いた。もう近くまで来ているようなので今いる場所を伝えると、すぐに凛花がやってきた。
「お待たせ。もう登録したの?」
「親切な奴がやり方と値段を教えてくれたからな。そいつ自身も素材を買いたかったみたいで直接いくつかのアイテムは売ったが」
「ふーん。NPCに売るよりも少し高めになってるね。まだ始まったばかりなのに読みの良い人だね」
「確かにな。まあ、店で売っている値段から予想していたみたいだ。生産系の職業を取ったから一通り見てきたと言っていたからな」
それでも予想できるだけ凄いと思うが。おかげで時間の短縮ができたから、このまま装備を買いに行くか。
「どうせ最初の内はすぐに装備も良いのがでて変えるだろうから、今ある金で買えるものでいいだろ」
「そうだね。とりあえず埋められるだけ装備欄を埋めよう。一応今の状況でも戦えるから、少しでも楽になればいいもんね」
サービス開始して一日も経っていない現状では装備を作っている人もまだいないだろうから、今回は全部店売りの物で妥協するしかない。
マップを頼りに防具屋を探す。これが買いに行く物が敵と戦うための装備なんてものでなければ、デートみたいにも思えるが、買いに行く物が物なだけにテンションは上がらない。