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戦いは

「もう始まるのかー。楽しみだね!」


 運営からの開会宣言も終わり、第一試合が始まるまであと少しだが、凛花に緊張は見えない。むしろ楽しみだと言わんばかりにテンションが上がっていて、若干鬱陶しいくらいだ。

 トーナメント表を見て、この中でどれだけのプレイヤーが凛花を楽しませることができるのだろうかと考える。投票で選ばれた中だとトライとサディくらいだろう。予選から勝ち上がったプレイヤーは情報が少ないからよくわからないが、大番狂わせが起こるほどのプレイヤーがいるのだろうか。


「ちょっと! あんたなんで参加してないの!」


 わざわざ探してきたのだろう。観客席にいる俺のもとまでサディが来て、胸倉を掴まれた。

 面白いくらいに予想通りの反応だ。訓練室の記録は本選のトーナメント表が出される前日に500ほど上回っておいた。昨日発表されてからは早く文句が言いたかっただろうな。


「誰も出るとは言ってないだろ。お前らと違って小規模クランの俺達では、装備を揃えるのもやっとのことなんだよ」

「なっ……それならそう言えば、あんたの装備くらいこっちで用意させたのに!」


 そっちが先に言ってくれれば頼んだかもしれないが、こっちから頼むなんてことするわけないだろうが。

 それにもとより、ミナトがわざわざ一人一人に合うようにデザインしてくれているのに、それを捨てて他の装備なんてする気はないけれども。


「ごめんね。今回は私のために皆がサポートに回ってくれたの」

「そ、そんなことわかってる!」


 これ以上強く言っても八つ当たりのようなものになることはわかっているから、あまり強く言うこともできないようだ。悔しそうにこちらを睨む姿は、期待通りのもので、見ていて楽しい。


「じゃあ、あんたのところの代表を代わりに倒してあげる! 覚悟しておきなさい!」

「うん。楽しみにしてるよ。ツキヤの分まで私が相手をしてあげる」

「絶対負けないから」


 そう言ってどこかに行くサディが見えなくなるまで後ろ姿を追う。ああいうわかりやすいが、馬鹿じゃない奴は好きだ。存分に凛花相手に本気で戦ってくれ。


「よかったの? ああいう性格の相手は好きでしょ?」

「好きだが、プレイスタイル的に相性は悪いからな。それに、サディと当たるまで俺が勝ち抜けるかも怪しいし」


 サディのプレイスタイルなら数手は俺が有利に立てる。だが、俺は理論立てて動くよりも感覚で動くタイプだから、何度も同じように攻められて同じように対応し続けることができるか怪しい。逃げにも力を割いているサディのスタイルだと、一撃で決めきるのは厳しいから、先に俺がミスって終わるだろう。

 それに、トーナメントなんていう何度も戦わないといけない方式だと、集中が続くかもわからない。


「そろそろ時間も近いから控え室に行ってくるね」

「ああ、さくっと勝ってこい」

「頑張ってください! ここから応援してます!」

「せっかくの機会だから楽しんできなさい」


 自然な笑みで任せてと言えるあたり余裕そうだな。


「ツキヤさんはレンヤさんに賭けたりしているんですか?」

「いや、賭けてないよ。賭けようかと思ったけど、レンヤの倍率が1.2倍しかなかったからいいかなって」


 さすがに、圧倒的な人気だった。その下にトライ、サディと続いていたが、トライで2.5倍、サディで3.6倍という大きな差ができていたからな。一プレイヤーとしてはダントツの人気だろう。双天連月としての人気もほぼ凛花の人気みたいな感じだし。


「私は一応賭けておいたわ。端金だけれど、この後の打ち上げ代くらいにはなるだろうから」

「私は全額ブッパです! レンヤさんなら勝ちます!」

「ははは……まあ、レンヤなら勝ってくれるさ」


 ナナカは本当に後先考えないな。ナナカらしいといえばらしいし、ORDEAL内の金くらい溶かしたところでどうってことはないからいいんだが。


"クランハウスまできて"


 チャットが来たと思えば、ミナトからだった。休憩するといってログアウトしてからは三時間も経っていないっていうのに、もう起きたのか。


「ミナトから連絡がきた。クランハウスで待っているみたいだから行ってくる。二人はレンヤの応援をしといてくれ」

「朝まで装備作製してたのよね? ほとんど休んでないみたいだけれど大丈夫かしら」

「三時間も寝てないと思うから、様子も見てくるよ」

「お願いします。こっちはお二人の分も気持ちを乗せて応援しておきます!」


 騒ぎすぎて疲れないように注意しろよな。

 ミナトの様子も心配だから、ここは任せてさっさとクランハウスに戻るか。



 それにしてもどうしたのだろうか。応援に来るなら俺をクランハウスまで呼ぶのではなく、会場まできて呼ぶと思うのだが、何か他の用事でもあるのか。


 クランハウスの中に入ると、ミナトが入口で待っていた。壁にもたれかかるようにして目を閉じているので、まだ眠気があるのだろう。


「体調は大丈夫か?」

「大丈夫。休憩はしっかり挟んでたから」


 起きてすぐということで眠気はあるようだが、それほどだるさなどはないということだろうか。もう少し休んでおいても大丈夫だから、ゆっくりしておけばいいのに。


「ツキヤはレンヤに勝ちたい?」


 きつくはないが、俺の心を見通すかのように鋭い視線。静かな部屋の中で、たった数秒の沈黙が途方もなく長く感じる。

 勝ちたい?そりゃ勝ちたいさ。凛花が相手を求めるように、俺だって本気で挑める相手を求めている。


「まあ、いつかな。今はまだ勝てるとは思えない」


 戦えば、どれだけ差があるのか知らされて、みじめな気持ちになるだけだ。せめて対等以上の条件までもっていかなければ、勝負にすらならない。


「私はここにいる。この場所を皆からもらった。だから、今度は私が二人のサポートをしたい」


 ミナトの視線は力強い。本気でどうにかしたいと思っていることが伝わってくる。でも、一つ言いたい。この場所は俺達が与えたのではない。ミナトが自分の手で勝ち取ったものだ。だから、無理して何かをしようと思う必要はない。

 俺もレンヤも、とりあえずのパーティーは求めたが、そのパーティーでずっとやる必要はないと思っていた。だからこそ、ちょうど良いタイミングでそこにいた三人を誘ったわけだが、今までこうして一緒に続けているのは、三人共本当に頑張ってくれているからだ。


「まだ間に合う。それとも、単純な実力差でも勝てない?」

「勝てないとは言わない。そのために今までやってきたからな」


 それでも五割は余裕で切るだろうな。俺の調子が絶好調だとしても三割勝てれば良い方だろうが、その三割を掴めば良いだけの話だ。むしろ、対等の条件で勝ち越せるようなら、ここまで凛花に固執することなんてない。少し有利な状況でも勝ち越せないような相手だからこそ、こうまでして勝ちたいと思える。


「一緒に勝ってみない? レンヤに渡した装備は私の現状の最高傑作。あれに勝てる装備は作れない。でも、捨てられる部分を捨てきれば、一点だけ上回ることはできる」

「でも、もう本選は始まっている。それに、それだけの装備を作るのも時間がかかる」


 大会に途中参加なんてできない。装備を作るための素材も時間もない。

 今回はもう遅い。凛花が確実に優勝できるように準備に時間をかけた結果だから、これもまた仕方のないことだ。どうせ、戦おうと思えばいつでも戦える。舞台が大きいか小さいか、それだけの違いだ。


「レンヤは待ってるよ。大会の途中参加はできないけど、そこはなんとかできる。装備を作る時間は私が責任をもって間に合わせる。素材はレンヤが用意してくれたから」

「レンヤが……」


 直接は何も言ってこなかったが、待っているということなのだろうか。わざわざ、時間もあまりないというのに、俺に隠れて素材まで集めてきたのか。

 勝てるのか?勝敗の決まった戦いなんてやりたくない。

 勝てないのか?いつだって勝ちたいと思ってきたじゃないか。

 だったら勝てばいいじゃないか。そのためにここにいるのだから。今まで逃げずに凛花とともにいたのは、本気で戦い、そして勝てる場所を見つけるため。最悪勝てなくとも、凛花の本気を引き出し、限界まで追い詰める。それができるかもしれない場面が訪れたというに逃げるなんて言えないよな。


「頼むよ、ミナト。レンヤと戦いたい」

「任された。最高傑作をもう一つ作る」

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