本選は
「ありがとう夏樹」
「まあ、こんなことしか俺にはできないからな。頑張ってくれ」
「皆が応援してくれているからね。負けるつもりはないよ」
本選が始まるまであと数時間。体を動かしておきたいという凛花に付き合って、今回は訓練室にあるPvPの練習室へときていた。
満足したのか剣をしまう凛花。この部屋でならHPが全損したとしてもデスペナルティーを受けないからといって、かなりぎりぎりの攻防を繰り広げたせいで俺のHPは赤く染まっているというのに、凛花のHPゲージは半分を切ったところだ。
これが、純粋な実力の差。ましてや、凛花の本気がこんなものだとは思えない。
さすがに勝手にHPが回復する優しい仕様ではないので、自分にヒールをかけて部屋の外に用意された観戦用の椅子に座る。
隣に座った凛花の顔を見ると、どこかすっきりとしない、少し悩んでいるような表情を浮かべていた。
「どうした? もう少しやるか?」
「ううん。それは大丈夫。夏樹がやりたいならやるけど」
「いや、俺は満足」
運で勝敗がひっくり返る程度の差ならともかく、今現在の俺では勝てる道筋が見えないレベルの差なので、再戦したいとは思わない。負ける戦いなんて面白くない。
「まあ、凛花と比べれば俺達のできることなんて限られてはいるが、それでも一緒に戦いたいと皆思ってるんだ。何かあるなら抱え込まず言ったらいいさ」
結局、きつくなったら凛花頼みになるのは仕方がない。逆境を覆せるだけの力なんてそうそう出せるものでもないし、簡単にひっくり返るものなら凛花がその前にひっくり返している。
それでも、皆力になりたいと思ってできることをしようとしている。今回だって、ミナトはぎりぎりまで粘って装備を作ってくれている。ナナカとフィルは中継の録画や掲示板の情報などから対戦相手の特徴なんかを調べてくれている。
悩むのは自由だが、俺達に悪いと思って考えたりしているくらいなら、さっさと言ってくれればいい。
「これから先を考えれば、属性攻撃が必要になるのはわかってる。私達がトップ争いを続けるなら、ボスの弱点をつける柔軟性がないと厳しいってことも」
「ダンジョン攻略で大きな差が出るとすれば、ボス戦で躓いて抜けられないというのが一番あり得るからな」
その関係上、20層ではプラバスタが危ういだろう。アタッカーが二人とも剣士系。さらに属性特化型ではなく物理型なので、火力的に厳しく長期戦を耐えられるかどうかにかかってくる。
今後、同じように俺達が厳しい状況になった時に、柔軟性があるかどうかというのが勝敗を決める可能性がある。もし、ミナトが先にやられれば一気に火力が落ちる。フィルが先にやられても、ミナトの攻撃によるヘイトを俺か凛花が上回らないとタゲが移ってしまいやられる。
そういう状況に陥る可能性は幾らでもあるので、選択肢を狭めるのはこれから先に影響してくる。
「それでも、確実に勝つためにスキルを取りたい。取らなかったから負けたなんて言い訳はしたくない」
確実に勝つために。スキルさえ取れば負ける可能性がないとでも言いたげな、自信に溢れたその言葉が凛花らしいと思う。
クランリーダーとして、今後のダンジョン攻略のことだけを考えるのなら止めるべきだろう。
「いいんじゃないか? 別にダンジョン攻略でトップを走るのが目的ではないし。それに、どうせ数ヶ月もすれば課金アイテムでスキルリセットくらいくるだろ」
ダンジョン攻略でトップにいるのは偶然の結果だ。トップ集団付近にいたいとは思っていたが、それもインセンティブ報酬で稼ぐという目的が果たしやすいからだし。
いつ来るかわからない壁のために、今負けるなんてことの方がよっぽど嫌だ。今確実に勝って、いつ来るかわからない、壁が来た時にまた打ち勝てばいいだけの話なんだから、我慢する必要なんてない。
「とはいえ、今スキルを取っても後数時間で本選が始まる。装備に慣れる必要もあるから時間はあまりないが、間に合うか?」
凛花は立ち上がって俺の前にくる。恐れなんて何もないと言わんばかりの笑顔で大きくVサインを俺に見せる。
「任せといて。私なら問題ないよ!」
凛花と一緒にクランハウスに戻ると、ちょうど奥の部屋からミナトがでてきた。ドアを開けて俺達がいることに気づいたミナトが笑みを浮かべる。ただ、その姿からは疲れが見えるので、本当に今さっきまで調整を繰り返していたのだろう。
「間に合った。今私ができる限界の装備」
「ミナトちゃんありがとう! これで絶対に勝つからね!」
「うん。レンヤなら負けない。一旦装備してみて。前のに合わせたから大丈夫だと思うけど、違和感があったら言って」
凛花が装備欄を開き、ミナトから受け取った装備に着替える。
白い生地に赤と黒のラインが入っているのは同じだが、光を反射しているかのようにキラキラと少し光っている。装備の性能を見れば、今まで装備していたものよりもさらに二段階ほど上回っている。今までORDEAL内で見てきた装備の中でも最高ランクの性能なのは間違いないだろう。
これで、装備の面での憂いは無くなった。トライやサディなんかもこれと同ランクの装備は用意しているだろうが、性能差はほとんどないだろう。
「完璧だね。これならすぐにでも戦えるよ」
「よかった。私にできるのはここまで。あとは任せた」
「うん。しっかり受け取ったよ」
「ちょっと寝てくる。さすがに少し休まないときつい」
あの調子だと、この二日間はほとんど休憩すら取っていないのだろう。俺もかなり遅くまでログインしていたが、ミナトが数時間単位でログアウトしているところは見ていない。今回ばかりはかなり負担をかけてしまったようだ。ダンジョン探索にも参加し、それ以外の時間はほとんどこもって装備作製をしてくれていたからな。
「あ! お二人ともちょうど良いところに!」
「ナナカちゃんとフィルちゃんも早いね」
「寝過ごして間に合わなかったなんて嫌だもの。本選前に話くらいはしておきたいからね」
「本選始まっても出番までは時間があるから大丈夫なのに」
本選は全部一対一のバトルで、さらに休憩時間もちゃんとあるので始まってからも話せるタイミングはある。始まる前に会っておきたいという気持ちはわかるので、凛花も笑ってありがとうと呟く。
「レンヤさんと対戦するであろうプレイヤーの情報です。一応まとめておいたのでよかったら使ってください」
「ありがとう。出番待ちの時にでも読ませてもらうよ」
全部まとめてきたのか。最後の方にあたるプレイヤーはだいたい予想できているが、二、三回戦であたるプレイヤーはどうなるかわからないから大変だっただろう。
順当に行けば、準決勝でサディ、決勝でトライかオルムになるだろう。相性なんかもあるから確実にとはいかないが。
「あと、確実かはわからないのですが、トライさんがスキルコネクトを使える可能性があります。ハイオーク戦を何度か見直したんですが、一ヶ所スキルが途中で途切れているように見えました」
そう言って、用意していた映像を再生する。
よく見ると、ヤドザミのタゲが一瞬デュークさんに向いたタイミングで、トライのスキルによる一撃が途中でほんの僅かにスピードが落ちているように思える。スキルを途中でキャンセルしたが、そのまま振り切ったかのような感じだ。ただ、普通に見ているだけではそれほど違和感があるわけでもなく、剣速の違いなど言われなければ気づかない。
これを発見するために、何度この映像を見たことやら。ただ、スキルコネクトが使えるとなると、かなり厄介だ。事前に可能性があることに気がつけたのは、本当にありがたい。
「これは使えると思う。スキルキャンセルが間違って起こったなら、すぐに対応なんてできない。咄嗟に使ったけれど、必要ないと隠したみたいだね」
「スキルコネクトが使えるとなると厄介だな」
あとはどの程度の精度で使えるのかと、凛花が対応できるかか。
「使えるってわかってるならどうにかなるよ。情報ありがとうね」
「はい! お役に立てて光栄です!」
「何度も見たかいがあったわ。正直、何も手伝えないかと思っていたもの」
「応援してくれるだけでも十分なのに、ここまでしてくれてありがとう。これで優勝はもらったも同然!」
わざわざ剣を取り出して天井に向かって掲げる凛花に苦笑いするも、それだけ嬉しいんだろうと納得する。
できることが当たり前のように振る舞う凛花が、どれだけ裏で努力してきたかも知っている。誰も手伝ってくれない中で、一人でできるまで努力したことがあることも知っている。
いくら才能があると言えども、最初からなんでもできるわけではないからな。




