準備は
ザッと微かになる音が背後から聞こえる。それを認識するよりも早く、反射的に体を半身にし仰け反った。
パシュっと音を立てて球が発射され、仰け反る前に体があった位置を通り過ぎる。すかさず思考を回転させ、球の速さを思い返す。
ゆっくりと考えさせてくれる暇もなく、再び球が装填される音が鳴る。今度は仰け反った体を戻しながらでは間に合わないと判断したのであろう、腕に付けられたバックラーで受け流す。
球の速度は、見てから判断できる速さではない。打ち出された球を認識し、位置を確認してから腕を出せば間に合わないが、感覚を研ぎ澄ませ深くもぐればどうとでもなる。
思考よりも先に体が動く。動いた後にその動きを、球の動きを分析して、さらに最善な動きができるようにイメージする。
どれくらいの時間が経っただろう。どんどんと速く、難しい位置から発射される球をひたすらに避けたり防具で受け流し続ける。
無意識の中で反射的に動くと、体の限界近い動きを続けてしまう。特にVRという肉体の枷から解き放たれたような世界では、現実ではできない動きまでも使ってしまう。
結果として、肉体は仮の物だから大丈夫だが、ゲームシステムがそれをフィードバックし、疲労感と情報としての体の痛みが襲い、集中を途切れさせる。
「あっ……」
意識的に体を動かした時点でもう間に合わない。球が右肩を捉え、そこから一気に崩れて次々と球が当たる。
視界の端に表示されたHPバーが1ミリすら無くなったのと同時に訓練室の外へと飛ばされた。
「VR独特の感覚の違いにも慣れたし、動きも現実より無理ができる分良くなったな」
実際の体と違い、体を動かすという電気信号を読み取り処理する時間のラグが発生する。それも、繰り返し行うことで、情報を集め処理速度を速める技術が組み込まれているようで、途中からは現実よりも早いのでは無いかと思うほどだった。
そして、体を動かすこと自体にも、RPGであるこのゲームではステータスやスキルによる補正がかかるため、現実との差異が生まれる。基本的に、現実よりはオーバースペックな体のようなので、できないのではなく引き出し切れていない感覚だったので、こちらも慣れさえすれば問題なかった。
"全方向耐久ゲームのベスト記録更新による報酬、一定ポイント初回到達特典をお受け取り下さい"
表示されたポップアップをタッチすると、アイテムがいくつか入っていた。
「ぶふっ!」
アイテムを確認して驚きのあまりむせ返る。
装備品がいくつかあるが今の装備よりも性能が良い。さすがに何倍も上ということはなかったが、防具は俺が装備できる籠手をこの中からもらって装備するだけで、フィルの少し下くらいの守備力になる。フィルが装備できる盾もあるから、これをあげるとまた差が開くが。
あとはアクセサリー類が三つ。今はアクセサリー系は作れなかったので装備していないので、これの分は純粋にプラスだ。MP回復速度アップはナナカに、状態異常耐性(弱)はフィルに、器用さアップは生産をしてくれているミナトにだな。
アイテムをインベントリに仕舞い、部屋の外に出るとランキングがすでに更新されていた。
全方向耐久ゲーム ベスト記録ランキング
1位 ツキヤ 1011
2位 サディ 122
3位 トライ 53
あ、やらかした。今までのベスト記録の8倍以上を出してしまうとは思わなかった。だが、実力で出したものは仕方がない。アイテムもありがたくもらって、さっそく10層のボス戦に使わせてもらおう。
* *
「ツキヤ起きて!」
「ああ、悪い。寝てたみたいだ」
「大丈夫。まだ皆来てないから。でも、チャットがあったからすぐに来るよ」
朝から最後の調整としてあのミニゲームをしていたから、少し眠気が残っていたようだ。クランハウスに戻ってきて、待っているのは暇だなと考えていたのは覚えているが、気が付いたら机に突っ伏して眠っていたようだ。
「それで、どうだった?」
「調整はばっちりだ。あとはモンスター相手に、初見のボス相手にやれるかってところだな」
「最初はしっかり観察しているといいよ。どうせ、最初からツキヤが出ないといけない状況になるなら、一発突破は厳しそうだからね」
生身の人間と違って、モンスター、さらに言えばVRゲーム内の架空のモンスター相手に俺の感覚が対応しきれるかが問題だ。下手に対応もできないのに前に出れば、すぐにやられてバカみたい姿をみせるだけだし。
「お待たせしました! 今日は絶好調です!」
「私も調子良いわ」
ナナカとフィルはこれからボス戦に向かうというのもあって少しテンションが高い。ボス戦自体はゴブリンロード戦を経験しているので二回目だが、初見で挑む今回はまた違った緊張感がある。
「お待たせ。アイテム作り終わった」
少し眠そうなミナトは、夜遅くまでアイテム作成をしてくれていたのだろう。問題はなさそうなので、時間をずらすこともなく、このままボス戦へと向かうことにする。
「ミニゲームの景品でもらったから、皆に渡しておく」
さっき手に入れた装備をそれぞれに分配する。受け取って性能を見たミナトとフィルが凄い勢いでこちらを見るが無視しておく。
ミナトはアクセサリー系の装備品を初めて見たから驚いているのだろう。フィルは今まで装備していた盾よりも守備力がかなり高くて驚いているようだ。
ギルドの前に着くと、トライが待っていた。ボス戦に挑みに行く時間は今回も宣言しておいたので、それを聞いて、ここにくる時間を予想してきたのだろう。
「今回は追い付けなかったが、次は負けないからな」
「まだしばらくは俺達が先行しそうだ」
プラバスタは昨日の夜に9層に到達したばかりだ。まだ9層の探索を全くしていないので仮に今回全滅したとしてもまだ俺達が有利だろう。
「差を離されるのは嫌だが、このゲームの先も見たい。勝って来いよ」
「負けるつもりはないさ」
中で待っている仲間のもとに行ったのだろう。ギルドの中に入っていたトライから少し遅れて俺達もギルドに入ると、すでにモニター前の場所取りをしていたプレイヤー達が俺達を見つけて声援を送ってくれる。
緊張する。だが、これほどわくわくするのもまた良い。
誤字修正のため改稿しました。




