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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
畠山宰次編
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95話 「愛しい寝顔は無防備」

 裏口から建物を出ると、付近にエリミナーレの車が停まっていた。レイが運転してここまで来たらしい。運転席にはレイ、助手席にはエリナが座る。武田と私、それからモルテリアは、後部座席へ乗り込む。珍しい席順だ。


 みんなが席についた頃に、ナギが建物から駆けて出てきた。吹蓮を一人で食い止めてくれていた彼だが、目立った怪我はないようである。

 しかし、ここで問題が発生した。ナギの座れる席がないのだ。後部座席には既に三人。しかもそのうち一人は武田なので、これ以上座れるはずもない。


「ちょ、俺の席ないんすか!? 今日はガチで頑張ったのに!?」


 ナギはショックを受けた顔で騒ぐ。


「仕方ないわ、ナギ。貴方は電車で帰りなさい」

「エリナさん、さすがにそれは酷くないっすか!?」


 一人電車で帰れ、というのは少し可哀想な気もする。


「あ。じゃあさ、俺、エリナさんの膝に乗るっすわ!」

「くだらない冗談を言うんじゃないわよ」

「……すいません。電車で帰ります」


 とぼとぼと歩き出すナギ。可哀想で仕方ないが、私にはどうかしてあげることはできないので、黙って背中を見送った。


「そろそろ出ますね」

「えぇ。頼んだわ、レイ」

「お任せ下さい!」


 そんな短いやり取りがあり、車は走り出した。



 発車して少しした時、隣に座っているモルテリアが、私の肩をトントンと叩いてきた。何事かと思いそちらを向く。すると彼女は小さな声で言ってくる。


「……ごめん、なさい……」

「え?」


 いきなり謝られた私は、一瞬、何の話か理解できなかった。しかし、続けて「護るの……できなかった……」と言ったので、それでようやく理解できた。


「悪いのは私です。モルさんのせいなんかじゃありません」


 当たり前のことだ。モルテリアに責任はない。

 私が宰次に捕まったのは、私が無力だったせいである。無力なくせに油断している部分があったから、あんなにも簡単に捕まってしまったのだ。


「許して……くれる?」


 翡翠のような瞳は潤んでいる。こんな瞳に見つめられて「許さない」と答えられる者がいるのだろうか。いるとすれば、人の心のない者に違いない。


「許すも何も、モルさんは悪くないですよ」

「許して……くれる?」


 話がループした。

 モルテリアはたまにこういう時があって不思議だ。いつもではないところが余計に不思議さを高めている。


「はい。もちろんです」


 すると、丸みを帯びた顔に浮かぶ表情が、ぱあっと晴れる。


「嬉しい……!」


 彼女が明るい顔になると、なぜか私も明るい気持ちになった。


 それから私は武田へ視線を戻す。

 彼は背もたれにもたれかかり、うつらうつらしていた。眠りかけている。戦いが終わり、気が緩んだのかもしれない。今なら私でも仕留められるのではないか——そう思うくらい、無防備な顔つきをしている。


 完全に油断したような寝顔はどこか愛らしい。

 私は彼の手にそっと触れてみた。今なら気づかれないかも、と思って。


「……どうした」


 武田は細く目を開ける。

 気づかれないかも、なんて甘かったようだ。一瞬で気づかれてしまった。もっとも、気づかれて困ることはないのだが。


「あっ、いえ」

「一体どうしたんだ」


 怪訝な顔で首を傾げる武田。

 せっかくよくリラックスしていたのに、用もなく目を覚まさせてしまった。悪いことをしたな、と若干後悔する。


「何か用があるならはっきりと言ってくれ」


 さりげなく圧力をかけてくる。何もない、なんて言えない空気だ。


「あ、いえ……武田さん可愛いなって」


 何か言おうと頑張った結果、つい本音が漏れてしまった。

 言ってから「やってしまった!」と思う。しかし、一度発した言葉は取り消せない。言葉とはそういうものだ。


 車内が驚きに包まれる。


「え、あ、いや、これは……」


 冷や汗が頬を伝う。血の気が一気に引いていく。


 年上の男性に対していきなり「可愛い」と言うなど、失礼極まりない。怒られて当然だ。それに嫌われたかもしれない。

 そんな風に焦っていたのだが。


「頭を殴られでもしたのか?」


 武田は心配そうな面持ちで尋ねてきた。

 予想外の問いに、私は一瞬固まってしまう。暫し言葉を失った。


「脳へのダメージはすぐに症状が出ないこともあると聞く。検査を受けた方がいいのではないだろうか」

「……え?」

「私はひとまず病院行きだ。ついでといっては失礼だが、お前も一緒に行くといい」


 彼は私の手を握り返してくる。


「ちょっと待って下さい。私は別に、殴られたわけじゃ……」

「ん? 違うのか」

「違います!」

「あぁ、そうか。勘違いしてすまない」


 殴られたから武田が可愛く見えるわけではない。彼の寝顔は本当に愛らしかったのだ。こんなことを言えば頭がおかしいと思われそうだが、私がそう感じたのは事実である。


「では、沙羅が私を可愛いと思ったのは、事実なのだな。そういう解釈で構わないか?」


 武田は恥ずかしげもなく冷静に確認してくる。

 私が彼の無防備な寝顔を可愛いと思ったのは事実だ。この際否定はしない。今更否定したり言い訳しても無意味だから。発言には責任を持つ。

 だが、改めてはっきり言われると、正直かなり恥ずかしい。顔が赤くなっていないか心配だ。


「は、はい。……すみません」


 私は控えめにそう答えた。


「私のこと、嫌いになりましたか……?」


 逃げたくなる衝動を抑え、勇気を振り絞って問う。すると武田は、首を左右に動かした。


「いや、そんなことはない。私もお前を可愛いと思っている。だからお互い様だ」

「えっ。そうなの!?」


 驚いて会話に参加してきたのは運転中のレイ。


「そうだ。沙羅は小さくて可愛いので癒やされる。動物と暮らしている者の気持ちが、少しずつだが分かってきた」

「それちょっと違う気がするけどねー」


 武田のややずれた発言を耳にして、レイは呆れた表情になっていた。


 確かに、人間である私と愛玩用の動物では、あらゆる面において大きな差がある。だが私からすれば些細なことだ。どちらでもいい。可愛いと言ってもらえたことが嬉しくて仕方ない。


 武田が可愛いと言ってくれた。

 私はそれを、じっくり噛み締めながら、心の中で何度も反芻した。

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