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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
畠山宰次編
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93話 「休まる暇もなく」

 吹蓮はナギに任せた。心配もあるが、ナギはやる時はやる人だ。だからきっと大丈夫だろう。そう信じている。


 そして私は、レイに手を引かれながら廊下を走り続けた。


 これほどの距離を走るのはいつ以来だろう。大学時代は体育系の授業がなかった。だから、恐らく高校三年の頃以来だと思う。それを思うと、数年はまともに走っていないことになる。

 私はずっと運動が苦手だった。特に苦手なのは球技だが、走ることも得意ではない。持久走ともなれば、呼吸が乱れて乱れて、辛かった思い出しかない。


 だが、不思議なことに、今は苦しさを感じない。結構な距離を走ってきたはずだが、呼吸の乱れもかなり少なめだ。



 それから数分くらい経っただろうか、レイが足を止めた。至って普通の部屋の前だ。しかし、扉は外れて倒れていた。

 入り口付近にはモルテリアが立っている。


「モル! 様子は?」

「……エリナ、いる……」

「分かった。ありがとう」

「……うん」


 モルテリアとほんの少し言葉を交わした後、レイはこちらに顔を向ける。真剣な眼差しで私を見つめ、落ち着いた声色で言う。


「沙羅ちゃん。くれぐれも気をつけてね。あたしも極力フォローするけど、何があるか分からないから」


 私は危険な場所へ自ら飛び込もうとしているのだ。改めて感じる。だが、これは私の選んだ道。私が行くべき道だ。



 室内へと足を進める。

 そこには、黒光りした鞭を構えるエリナと、地面に倒れ込んでいる武田の姿があった。エリナはほんの一瞬だけ私に目をやり、「来ちゃったのね」と呆れたように言う。


「武田さんっ!」


 私は地面に倒れ込んだ武田へと駆け寄る。室内には宰次もいるが、私が見ているのは武田だけだ。


「大丈夫ですか! 武田さん!」


 大きめの声をかけると、彼は顔を持ち上げた。驚いたように目を見開いている。


「……沙羅?」


 信じられないものを見たかのように漏らす武田。その瞳を見れば、動揺していることは容易く分かる。かなり驚いているようだ。


「生きていたか……」


 武田はほっとしたらしく、安堵の溜め息を漏らす。表情がほんの少しだけ柔らかくなった。


「はい。武田さん、意識は確かですか?」

「あぁ、問題ない。……っ」


 彼はゆっくりと上半身を起こす。しかし、その途中で、床についていた右腕がかくんと曲がってしまう。

 そんな彼の上半身を、私は反射的に支えていた。


「無理しないで。ちゃんと支えますから」

「すまない……」


 申し訳なさそうな顔をして謝る武田。なんだか凄く罪悪感がある。


「いえ。そもそも私のせいなので、武田さんは悪くありません」


 武田の右腕は脱力している。僅かに触れただけでも彼は痛そうに顔をしかめる。想像していたより重傷なのかもしれない。


 その時、エリナの鋭い指示が飛んできた。


「沙羅! 武田を連れて撤退しなさい!」


 私は慌てて「は、はい」と返事をする。慌てていたのもあってか、凄く中途半端な大きさの声になってしまったが、特に指摘はされなかった。


「武田さん、立てます?」

「あぁ。立てる」

「ゆっくりで大丈夫ですよ、慌てなくて構いませんから。あまり無理はしないで下さいね」

「そうか。感謝する」


 武田は上半身を縦にし、それからゆっくり腰を上げる。

 周囲に体重をかけられる物がないのは少々不便だ。一応私はいるが、私一人では彼を安定して支えられない。

 だが、だからといって誰かに甘えるわけにはいかない。彼がこんな風になったのは私のせいなのだから、多少無理してでも頑張らなくては。


 私は手を持ち支える。武田はそれによってなんとか立ち上がれた。しかし、スムーズに動けそうにはない。


 慣れないことに困っていると、レイが速やかに寄ってきてくれた。彼女は真剣な面持ちで「手伝うよ」と声をかけ、慣れた様子で武田の体を支えた。私のぎこちなく下手な支え方のせいで動きにくそうにしていた武田だが、レイのしっかりとした支え方なら動き出せそうなようだ。


 何事も技術が大切、ということか。


「沙羅ちゃんも一緒に来てくれる?」

「あっ。はい」


 レイがいれば安心だ。彼女は強くて親切で、なんだって解決してくれる。私が頑張らなくても、彼女がいれば上手くいく。

 ……でもそれは、私は要らないと言われているみたいで……少し悲しい。

 いや、考えすぎか。今日は精神が不安定なのだろう。だからこんな細かいことまで気にしてしまうのだ。きっと、ただそれだけ。



「自ら来ておいて逃げようとは、実に自己中心的ですな! さすがは京極エリナのエリミナーレ!」


 宰次が唐突に言った。大きな声で、しかも演技のような大袈裟な言い方だ。それに対し口を開くのはエリナ。


「失礼ね。私たちは沙羅を取り返しに来ただけよ」


 その間もレイは武田をせっせと運んでいく。ゆっくりだが確実に進んでいる。

 エリナは片手を腰に当て、僅かに顎を上げる。いかにも気が強そうな格好で、宰次に向けて言葉を放つ。


「貴方と話すために来たわけじゃない。だからこれにて帰らせていただくわ」

「自己中心的と言われるのを実は気にしてられるのですかな?」

「相変わらずうるさい男ね」


 エリナは眉を寄せ、嫌悪感を露わにする。あからさまだ。大人とは思えぬ分かりやすさである。李湖の時は耐えていたのに、今は微塵も隠そうとしていない。

 そんなエリナの顔つきを目にした宰次は、ふふ、と見下したような笑みをこぼす。


「おや、嫌われておりますな。一体なぜに」

「当然じゃない!」


 エリナは突如鋭く叫んだ。怒りに満ちた凄まじい形相で。

 しかし、すぐに静かな表情に戻る。


「瑞穂のこと、忘れたとは言わせないわよ」


 呟くように告げる彼女は、直前とは真逆の静かな顔だ。

 この変わり様、情緒不安定という言葉が似合いそうである。少なくとも普通の精神状態ではない。宰次という人間の存在が彼女をこんな風にさせているのだとしたら恐ろしいことだ。


「瑞穂のこと? 一体何の話ですかな?ふふ」

「……今日はいいわ。いずれその時は来るでしょうから」


 笑みを浮かべる宰次とどこか暗い顔つきのエリナ。二人の間に漂う空気はかなり歪なものだ。書庫で武田と宰次の間に漂っていた空気と同じである。その不自然さといえば、無関係な者が見ても不自然だと感じるだろう、と思うくらいだ。


 だが、書庫での時とは違い、理由は薄々分かっている。

 エリナは恐らく、瑞穂の死の原因が宰次にあると考えているのだろう。決定的な証拠がないから、今はまだはっきりと言うことはできない。そんなところだろうか。


「ま、そう仰るのなら、それで構いませんよ」


 宰次は一呼吸おいて続ける。


「裏切り者の沙羅さんを連れて、お帰り下さい」


 その一言が、場の空気を凍らせた。

 エリナはもちろん、レイや武田も、驚き戸惑ったように目を見開く。それと同時に言葉を失っていた。突然「裏切り者」などという話が出たのだ、当然の反応かもしれない。


 しかし、一番驚いているのは私だ。

 今ここでそんな話題を出してくるとは思っていなかった。しかも私が裏切り者だなんて。頭がまったく追いつかない。

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