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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
畠山宰次編
92/161

91話 「激突は嵐のように」

 モニター越しに見える武田は、いつになく恐ろしい表情をしていた。目の前にいる者を——いや、この世そのものを、憎しみ恨むような、そんな表情だ。


 それに加え、全身からは、目にするだけでゾッとするような雰囲気が溢れ出ている。


『やる気は満々のようですな。まぁその方がいい。やる気になってもらえる方が、気兼ねなく倒せま——』


 言い終わるより早く、ドンッ、と低音が鳴った。

 素早く宰次に接近した武田が蹴りを放ったのだ。もちろん宰次は反応し、腕で器用に防いでいる。半ば受け流すような防ぎ方なのでダメージはないだろう。しかし、その顔から余裕の笑みは消えていた。


『防いだか』


 ぽそりと呟き、一旦距離をとる武田。

 声の調子こそ静かだが、その表情はまだ恐ろしいものをまとっている。本当に宰次を殺すつもりなのではないか。そんな風に思ってしまうような凄まじい迫力は、画面越しでも存分に伝わってくる。


 武田が人間離れした顔つきをしているのを見ると、不安になるとともに少し辛い。なぜか胸が締めつけられるような感覚に襲われる。彼が人間らしからぬ表情をしているからかもしれない。

 ぎこちなくも暖かな、日溜まりのような微笑み。あれを二度と見られないのではないかと思うと、切なさが込み上げてくる。


『このくらい防げますよ、当然ですな。ただ、僕は野蛮な戦いがあまり好きでないのでね』


 先ほど風呂敷を持ってきた屈強そうな男性二人に、武田と戦うよう命じる宰次。屈強そうな男性は宰次の命に従い、その体を武田の方へと向ける。


 開戦前夜のような静けさ。

 まるでその場にいるかのように、生々しく感じられる。


「……武田さん」


 私は思わず、小さく漏らしていた。

 込み上げる不安のせいだろうか、何か声を発していないと落ち着かない。自然に声が出ていたのは、恐らくそのせいだと思われる。無意識に心を落ち着かせようとしていたのだろう。


「どうか傷つかないで……」


 祈るように呟く。

 端から見れば私はおかしな人かもしれない。痛々しい、と馬鹿にされ笑われてもおかしくないことをしている。その自覚はある。だが、今は他人の目など気にならない。武田の無事の方が重要だから。


 武田は強い。いつだって彼は強かった。一度戦いに踏み込めば決して逃げることはなかったし、怪我をしても一日も経てばけろりとしていた。ちょっとやそっとでは死にそうにない。

 ——だが、そんな彼だからこそ心配なのだ。力尽きるまで戦い続けそうだから。


「いよいよ始まったねぇ」


 吹蓮の愉快そうな声が耳に入り、私は正気に戻った。不安について考えるあまり現実から意識が離れてしまっていたようだ。


「天月さんは幸せだねぇ。大切な人の最期の戦いを、こんな贅沢に眺められるんだからねぇ」

「最期なんて言わないで下さい! そんな不吉なこと!」


 なぜだろう。今は吹蓮への恐怖を感じない。それもあってか、日頃より強い調子で言葉を放つことができた。

 言い終わってから「やってしまった」と少しばかり焦る。だが、吹蓮は怒っていなかった。むしろ、どこか楽しそうな顔つきをしている。「今の彼が勝てるとは思えないがねぇ……」などと言いながら。


 私はすぐにモニターへ視線を戻す。そこには、武田が二人の男性と戦う様子が、鮮明に映っていた。

 男性たちは拳銃を持っていたらしく、その銃口を武田に向けている。しかしそんなものに恐れを抱く武田ではない。


 武田は片方の男性に接近する。いきなり近づかれたことに動揺する男性。その隙を武田は見逃さない。男性の手首をガッと掴み、発砲する暇も与えず放り投げた。そして、その体が地面に落ちる瞬間に蹴り飛ばす。武田の蹴りは相変わらず鋭かった。


 まずは一人。さらりと仕留めた武田は、もう片方の男性へ視線を向けつつ、自分への合図のように呟く。


『次』


 刃のような視線を向けられた男性は、屈強そうな容姿に似合わず青い顔をしていた。身長はそれなりに高く、体つきもしっかりしていて、顔面は勇ましい。そんな厳つい男性だけに、青ざめているのがよく目立つ。

 しかし、彼が青くなるのも分からないことはない。仲間が目の前で軽く倒されたのだから。


『くっ、来るなっ!』


 青い顔をした男性は、化け物を見るような目で武田を見ながら、何度も発砲する。だがまったく命中しない。弾丸は的外れなところに飛んでいくばかりだ。


 冷静さを失った人間など、もはや武田の敵ではない。


 武田は男性の手首を捻り、慣れた手つきで拳銃をもぎ取る。そして、背負い投げのように男性を投げた。柔道なんかで時折見かけるような綺麗な決まり方ではない。しかし、それゆえに痛そうでもあった。

 突如投げられた男性は、次の攻撃を恐れてか、よろけながらも急いで立ち上がる。


 直後、そんな男性の腹に武田のお得意である回し蹴りがきまる。見た感じ屈強そうだが、実際に屈強ではないらしく、男性は激しく咳き込む。その顔面に、武田の蹴りがさらに入った。

 顔面に強い衝撃を受け、男性は失神する。


「やった!」


 モニターで様子を見ていた私は、思わず小さくガッツポーズをした。吹蓮が近くにいることをうっかり忘れていたから、こんなことができたのだろう。だが……少し恥ずかしい。


『やりますな、武田くん。ふふ』

『沙羅は返してもらう』

『返すのは無理ですな。残念ながら、沙羅さんはもう存在しませんので』


 ニヤニヤしながら武田に歩み寄っていく宰次は非常に不気味だ。

 そもそも宰次はミステリアスすぎる。笑っていたかと思えば突然真顔になったり、離れていたかと思えば近づいてきたり。思考パターンがまったく理解できない。


『それにしても、今日は迫力が違いますな。大切な人を失ったから……ですかな?』


『失ってなどいない!』


 下から顔を覗き込まれた武田は、一歩後ろへ下がり、鋭く叫んだ。


『それはあくまで希望、でしょう? いい加減現実を認め』

『あり得ない! 沙羅がいなくなるわけがないだろう!』


 武田は宰次がすべて言い終わるのを待たない。


『怖いから、と真実から目を逸らすのはよくありませんな。ふふ。証拠も見せたでしょう』

『あんなもの、たちの悪い冗談に決まっている!』


 武田は、なにもかもを振り払うように叫び、宰次の襟を掴む。先ほどまでの冷静さはない。珍しくかなり感情的になっている。

 対する宰次は、不思議なくらい落ち着いた顔。


『あんなもの、嘘だ!』

『そうかもしれませんな。ただ、いずれにせよ……』


 一旦そこで言葉を切り、口角をニヤリと上げる宰次。


『取り乱すのはいけませんな』


 ——刹那。

 パァン、という乾いた破裂音が空気を揺らす。


『……っ』


 武田は掴んでいた宰次を離し、よろけるように数歩下がった。膝を半分くらい曲げ、左足の付け根辺りを手で押さえている。


『撃った……のか』


 顔をしかめ唇を微かに震わせながらも、声を発する武田。


『その通り。利口ですな』


 宰次の手にはいつの間にか拳銃が持たれていた。

 まったく気づかなかった……。


『利口な武田くんの方が好みなのでね。目を覚ましてくれて良かった』


 痛みに耐えているのだろう。武田は中腰のまま、歯を食い縛りじっとしている。声こそ出さないものの、顔は苦痛に歪み、息は荒れていた。

 そんな武田の眉間に銃口を突きつける宰次。


『では、そのまま利口にしていてもらえますかな? ……ご安心を。苦しませずに終わらせてあげますからな。ふふ』

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