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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
畠山宰次編
89/161

88話 「変わりつつある中で」

 ——その頃、エリミナーレ事務所。


 図書館から大急ぎで帰ってきた武田に事情を聞いたエリナ。予想を大きく越えた内容に、さすがの彼女も驚きを隠せない。


「何ですって! 沙羅が宰次に連れていかれた!?」

「はい。書庫で調べものをしていたところ突然……申し訳ありません」


 エリナに状況を報告する武田は、いつになく青い顔をしている。体調が悪そうだ。元気もない。


「あぁ、もう! どうしてこんなややこしいことになるのよ!」


 苛立ちを露わにするエリナに対し、近くにいたモルテリアが謝罪の言葉を述べる。


「……ごめん、なさい……」


 日頃は常にマイペースな彼女だが、今は珍しくしゅんとしている。沙羅が拐われるのを防げなかった、と彼女なりに悔やんでいるようだ。


「いいのよ、仕方ないわ。モルが無事だったのは唯一の救いね」


 はぁ、と溜め息を漏らすエリナ。



 ちょうどそこへレイが現れる。何も知らないレイは、武田に対し、軽い調子で「意外と早かったね」と述べる。武田は黙って目を伏せた。


 それからエリナが、レイに事情を説明する。沙羅が拐われてしまったこと、その場所を記した紙を渡されたこと。

 順に説明していくうちに、レイの顔つきはみるみる変化していった。先ほどまでのような明るい表情はどこかへ消え去ってしまう。


「そ、そんなことって……」


 レイもこれには動揺を隠せない。瞳が揺れている。


「武田! どうして助けなかったの!?」


 彼女は武田に向かって叫んだ。


「一緒にいたんだよね? なのにどうして!」

「……すまない。沙羅に銃口を当てられては、もはや何も……」

「武田は沙羅ちゃんが怖い目に遭ってもいいの!? 近くにいたのに助けないって、そういうことだよ!」


 レイに激しく責められても、武田は俯いたまま何も言い返さない——いや、言い返せなかったのだろう。唇をきつく結び、拳をぎゅっと握り締めるだけだ。


「何か言ってよ!」


 衝撃のせいか平静を保てず、武田に食ってかかるレイ。

 それまで一言も発することをしなかった武田は、その時になってようやく口を開く。


「仮に怖い目に遭うとしても、撃たれて死ぬよりかはましだ」


 その唇は震えていた。

 しかし、平静を失ったレイがそんな小さなことに気づけるはずもない。彼女は武田の心理状態を考慮することなく、「酷すぎる!」と非常に鋭い調子で叫んだ。


 ——刹那。

 ついに、武田の堪忍袋の緒が切れた。


「私が沙羅を心配していないと、そう思っているのか!」


 レイはもちろん、エリナですら驚くような、激しい声を出す武田。その声には、沙羅を思い自身の力不足を悔やむ、そんな複雑な感情が滲んでいる。


「そんなわけがないだろう! 私は沙羅を心配している! 今だって、本当ならすぐに彼女を助けに行きたいくらいだ!!」


 あまりの迫力にレイは言葉を詰まらせる。


「だが、私はエリミナーレの人間だ。報告せねばならないし、指示なしに勝手な行動をするわけにはいかない。だからこうしてここにいる……なのに!」

「落ち着きなさい、武田。取り乱さないで」

「酷すぎるだと!? 本当に酷いのは、レイ、お前だ!!」


 それを最後に、武田は口を閉ざした。気合いを入れるように黒のネクタイを整え、一言も発することなく事務所から出ていこうとする。

 エリナが「待ちなさい」と制止しようとしても、武田の動きは止まらない。まるで聞こえていないかのように、武田はエリナを無視し続ける。


 初めての体験に、さすがのエリナも戸惑っていた。彼女はらしくなく、玄関へ向かう武田の後を追う。そして、なんとか彼の手を掴んだ。


「待って。せめてどこへ行くのかくらい……」


 だが彼は、心なく、エリナの手を払う。


「沙羅を助けに行きます」


 感情のこもらない淡々とした声で武田は答えた。一応答えたことは答えたが、物凄く冷ややかな空気を漂わせている。


「一人でなんて駄目よ。何かあったらどうするつもり?」

「失敗の後片付けくらい自分でできます」

「そうじゃないわ。もし貴方まで捕まったりなんかしたら……」

「その時は初めからいなかったことにして下さい。永遠に忘れてくれて構わない。では」


 スーツという名の黒い戦闘服を身にまとう彼は、迷いのない、それでいて冷たい、ある意味真っ直ぐな目をしていた。気の強いエリナすら「今の彼を従わせるのは難しい」と判断したほどである。


 彼はそれから一度も振り返ることなく事務所を後にした。



「……何よ、もう」


 玄関に一人残されたエリナは、溜め息をつきながら、らしくなく小さな声を漏らす。


「恋愛感情は抱かない、なんて言っていたくせに……何なのよ……」


 エリナは哀愁を帯びた目つきで、武田が去った扉をしばらくじっと見つめていた。過去、出ていったきり帰らなかった大切な人のことを、静かに思い出していたのかもしれない。


「背中は嫌よね。永遠の別れみたいだもの」


 誰かに語りかけるような独り言を呟くエリナの表情は暗かった。

 彼女は暗い表情のまま、両の手のひらをそっと合わせる。そして、瞼を閉じた。この世のものではない何かに祈るような格好である。


「……瑞穂。どうか、武田と沙羅を護って」


 エリナは呟く。そっと、見えない何かに向かって。


 ——それは、今は亡き親友への、たった一つの願いだった。

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