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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
畠山宰次編
88/161

87話 「彼は彼女の彼氏」

 引きずるようにして無理矢理連れていかれた先は車。黒い乗用車である。


 私は鞄を没収され、強制的に助手席へ座らされる。

 武田の隣に座ることができた時には凄く嬉しかったが、同じ助手席でも今はまったく嬉しくない。「嬉しい」の「う」の字もない、といった感じだ。


 黒い乗用車の中には待機している一人の男性がいた。恐らく宰次の仲間か部下だと思われる。

 その男性はまず、私の両腕を縄でくくった。それから、助手席のシートに私の体をくくりつける。またしても縄で、である。この時代に敢えて縄を使用する意味がよく分からない……。


「では沙羅さん、参りましょうかね。ふふ」

「一体どこへ?」

「それは着いてからのお楽しみですな。ふふ」


 宰次は運転席に腰をかけ、慣れた手つきでシートベルトを締める。新日本警察の人間だけあって、交通ルールは一応守るようだ。

 縄でくくる作業を終えた男性は、先ほど没収された私の鞄を抱えつつ、後部座席に座っていた。


 勝ち誇った顔の宰次は何も言わない。彼は黙ったまま、すぐにアクセルを踏む。漆黒の乗用車は滑るように走り出す。

 運転席に座る武田は常にかっこよかったが、宰次が運転席に座っていても欠片もかっこよくない。ただの中年男性だ。……もっとも、今はそんなことを考えているほど余裕のある状況ではないのだが。



 ——乗用車は走る。

 車内は暗く静かだ。そこはまるで、絶望に染まった闇のよう。車内という狭い空間では息が詰まりそうだ。


「畠山さん、貴方は一体何者ですか。武田さんとは知り合いなのですか?」


 シートに縄でくくりつけられているので常に息苦しい。呼吸がしづらい。そんな中でも、私は勇気を出して尋ねてみた。何事にも適度な思いきりは必要である、と思ったから。

 宰次は「あ、宰次呼びでよろしく」と呼び方を指定した後、私の問いに答える。


「僕は至って普通の人間ですな。ちなみに、武田くんは僕の後輩にあたる」


 宰次はハンドルを軽く握りつつ、さらりとした調子で返してくる。話すことに躊躇いはないようだ。


「京極エリナがエリミナーレを設立するまでは、ずっと仲良くしていたのだけれどね。エリミナーレ設立後は少々疎遠になってしまった、という話で」


 自身の人間関係を話すとなれば、普通はなにかしら躊躇いがありそうなものだ。例えば、ここまでは人に言えるがこれ以上は明かせない、というように。

 しかし、宰次にはそれがないように感じる。


「エリナさんともお知り合いなのですか?」

「その通り。僕は京極エリナの友人である保科瑞穂という女性の恋人でしたからね。京極エリナのこともよく知っているのですよ。ふふ」

「みっ、瑞穂さんの恋人!?」


 半ば意識なく声を出してしまった。私は急な驚きを隠せるほど器用な人間ではない。


「どうやら瑞穂をご存じのようですな。では話が早い」


 美人な瑞穂の付き合っていた相手が、こんな普通のおじさんだったとは、驚かずにはいられない。……いや、当時は宰次もおじさんではなかったのだろうが。それでも、極めてかっこいい容姿ではなかったはずだ。だとすれば、瑞穂が惹かれていたのは、性格だろうか。


 くだらぬことで悶々としていると、彼が口を開く。


「僕の狙いはただ一つ」

「狙い?」


 思わず繰り返してしまった。

 いきなり自分の狙いを明かすなど変だ。普通は隠すところだろう。考えられる可能性としては……若干頭が弱い、あるいは、よほど自信がある。この二つのうちどちらかか。


「瑞穂の死の真相を知っている可能性がある者を、すべて葬り去ること。これに尽きますな」


 ——葬り去る?


 付き合っていた彼女の、死の真相を知っている可能性がある者を、一人残らず葬り去る。普通、そんなことを考えるだろうか。

 噂のネタにされたくない、大勢に知られたくない、などという話なら理解できる。だが、真相を知っている可能性がある者を葬り去るだなんて——まるで、瑞穂を殺したのが宰次であるかのようではないか。


「真相を知っている可能性がある者……それは、武田さんとエリナさんのことですか?」


 私は恐る恐る質問してみた。

 この程度の問いなら、さすがに怒られることはないだろう。


「ふふ。確かに、彼らも含まれておりますな」


 宰次は口元にうっすら笑みを浮かべながら返してくる。

 機嫌を損ねている感じはない。助かった。


「じゃあ宰次さんは二人を殺すつもりで?」

「いずれは、ですな。物事というものはそうトントンとは進みませんからな」


 心臓がバクンと大きく鳴った。胸の鼓動は徐々に加速する。冷や汗が額から頬に落ちていく。けれども、手はくくられているので拭えない。

 武田やエリナに殺意を抱いている人間が目の前に——考えるだけで寒けがしてきた。一歩誤れば殺されるかもしれない。そんな風に思ってしまったからだ。


「二人がいなくなったら、エリミナーレは潰れてしまうかもしれません。そこはどうするおつもりで……」

「おや?沙羅さんは何か勘違いをなさっているようですな」


 その間も車は走る。曲がりくねり、見たことのない道を行く。


「僕はエリミナーレ全員を始末するつもりですよ。ふふ」

「……そんなっ!」

「何を驚いてられるのですかな?」


 宰次は本気で言っているのだろうか。こんな酷なことを。


「エリミナーレの人間は、武田くんたちから話を聞いている可能性があるでしょう? なので全員消えてもらわねばなりません。当然のこと」


 彼は偽りのない真っ直ぐな目をしていた。どうやら冗談ではなさそうだ。


「……じゃあ、その一人目が私なんですね」


 私もエリミナーレの一員だ。宰次が消したい人間に含まれている。


「なぶり殺しにでもするおつもりですか。それとも、みんなを呼び出して見せしめに殺すとかですか」

「沙羅さん……結構怖いことをおっしゃいますな……」


 呆れたように笑われてしまった。なんだか悔しい。



 やがて、車は止まる。目的地に到着したようだ。後部座席に座っている男性が、私を拘束している縄を、ゆっくりとほどいていく。

 その間に、宰次は言った。


「心配なさらずとも、沙羅さんは殺しませんよ」

「……死よりも辛いこと、ですか」

「ふふ、沙羅さんは発想が怖いですな。でもはずれです。沙羅さんだけ殺す予定でないのには理由がありまして……その理由とは」


 私の発言が面白かったのか、宰次は少し笑みをこぼす。そして言い放つ。


「お父さんによくお世話になっているから、ということです」


「……は?」


 私は思わず言ってしまった。あまりに想定外だったから。

 そのうちに縄がすべて外される。やっと身動きできるようになった。


「では、後はあちらでお話するとしましょうかな」


 車から降ろされる。

 三階建てくらいだろうか、そこそこな大きさの建物の前だった。初めて目にする建物である。

 私は指示されるがままに歩み始める。だが、何がどうなっているのか、まったく理解が追いつかない。ただ、唯一分かることは、ここが敵地であるということだけだ。

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