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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
畠山宰次編
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85話 「花咲く心」

 モルテリアは喫茶店へ吸い寄せられるようにこの場を去った。残された私と武田は、話を終えた後、係員のいる場所へ歩き出す。私はよく分からぬまま彼についていった。


 書庫の鍵を開けてくれ、と女性係員にストレートに頼む武田。もちろん普通の書庫ではなく、先ほど言っていた重要な書物があるという書庫の方だ。


 約束も何もしていなかったようで、突然のことに女性係員は戸惑っていた。

 私は武田の後ろからその様子を眺めていたのだが、初めは断られたようだった。重要な書物が収納されているだけあって、やはり、誰でも入れるわけではないらしい。


 しかし、武田が色々と説明すると、意外にもすんなり入れてもらえることとなった。武田はともかく私は無理かと思っていたので驚きである。


「では、こちらへ」


 鍵を取ってきた女性係員は、淡々とした調子で言いながら、書庫まで案内してくれる。この世から離れたかのような静かな通路を歩いていく。先頭を行く女性係員はもちろん、武田も、そして私も、口を開くことはなかった。


 やがて、一つの扉が視界に入る。女性係員はその前で足を止めた。彼女は静かな声で「開けますね」とだけ言い、鍵で扉を開ける。

 鍵穴は二ヶ所あり、それぞれ別の鍵のようだった。重要な書物が収納されているというだけのことはある。しかし、外からの鍵だけというのは、若干不思議に思うところもあるが。


「お帰りになる際には一言よろしくお願いします」


 女性係員は相変わらず愛想のない口調で言い残し、静かに扉を閉めた。



「こんなにすんなり入れるなんて、驚きですね」


 二人きりになると気まずい。だが負けていては駄目だ。だから私は、気まずさに押し潰されないよう、話を振る。


「そうだな」


 武田はあっさりと返す。もはや会話が終わってしまった……。


 しばらく沈黙があり、武田は口を開く。


「では始めよう」

「え。何をすればいいんですか?」


 いきなり始めようと言われても。今から行うことを説明してもらわなくては、何をしたらいいのか分からない。

 私が尋ねると、彼は気がついたような顔をした。そして、「忘れていた。すまない」と、素直に謝る。


「二○三五年に発生した事件のことが記された書物——いや、正しくは書類の方が多いが、それらを集める」

「それって、吹蓮のことと関係あるんですか?」


 十年以上前の事件記録と吹蓮の件。二つはまったく無関係に思えるのだが。


「吹蓮にエリミナーレ殲滅を依頼したと思われる人物に関係がある」

「もう答えが分かっているんですか!?」

「いや、まだ推測だ。その推測を一歩答えに近づけるための調べものをするところだ」


 武田はそう軽く説明すると、早速本棚に手を伸ばす。

 灰色の無機質な本棚は背が高いが、背の高い彼はかなり上の段まで見られるようだ。さすがに一番上の段までは届かない。しかし、手を伸ばせばほとんどの段の物を取れそうだ。

 一方私は下の方しか見られない。だが、背の高い彼からすれば一番下は見辛いだろう。お互いに補いつつ頑張れば上手くいくに違いない。そう信じ、私は下の数段をチェックしていく……。


 それから三十分ほどが経過しただろうか、私は一冊の分厚いクリアファイルを発見した。

 ページがあるタイプのクリアファイルだが、分厚くしっかりした表紙のため、まるでハードカバーの本みたいになっている。


「武田さん! これ、【二○三四〜七】って書いてあります」


 厚い表紙に太い黒ペンで【二○三四〜七】と書かれている。試しに開いてみると、中には色々な書類や紙が入っていた。文字が多くてごちゃごちゃしている。見にくい。


「何かあったか」


 隣の本棚を見ていた武田がゆっくりとこちらへ戻ってきた。重いクリアファイルを両手でなんとか持ち上げ、武田に差し出す。


「これはどうでしょうか」

「なるほど。少し見てみる」


 武田は受け取るとパラパラとページを捲る。

 少しでも役立ちそうならいいな。そんな風に思いつつ、私は彼を眺める。

 しばらくして彼は顔を上げた。私を真っ直ぐに見つめ、数秒してから頬を緩める。自然な微笑みだ。


「沙羅、さすがだ。これは参考になる」


 彼は急に片手を伸ばし、私の手を握ってくる。


「この調子で続けよう」


 どうやら気に入ってもらえたようだ。的外れな物を渡していたら、と心配していたがその必要はなかったらしい。


 私は半ば無意識に、ほっと安堵の溜め息を漏らす。

 静かな環境のせいもあってかずっと気まずい空気だったが、ようやく穏やかな雰囲気になってくる。かじかんだ手に温かな湯をかけた時のように、緊張が解れていく。


「はい。まだまだ頑張ります」

「頼もしいな」


 言葉を交わすたび心が温かくなるのを感じる。

 大袈裟な言葉なんて要らない。特別な言葉も要らない。ただ少し、ほんの些細な言葉だけで、私の心には幸せの花が咲く。


「続きを見ていきますね。また何かあれば言います」

「よろしく頼む。私は上の方を見ていくことにしよう」


 これは吹蓮に依頼した人間について調べるため。たまたまこの二人になっただけで、武田と私でなくてはできないことではない。単なるエリミナーレの仕事の一環である。


 だが、それでも構わない。

 同じ時を過ごし、同じ作業に取りかかる。こんな幸福はない。こんな幸せなことは、滅多にない。今この時が永遠になってしまえばいいのに、と思うような時間だ。



 けれども、今が永遠になることなどありはしない。



「少し、失礼しても構いませんかな?」


 突然の声とともに、扉がキィと音を立てて開く。こんなところへ人が来るなんて、と少し驚きつつ、声の主に目をやる。


 声の主は男性だった。大体四十代くらいだろうか。

 黒い髪に若干白髪が交じっているところはもう少し年配のようにも見える。しかし毛質の感じから推測すると四十代くらいだと思う。じっくり見ると肌もわりと綺麗だ。

 笑みもあり、人の良さそうな男性である。


 だが、男性を目にした武田は、顔を強張らせていた。

 顔だけではない。全身を固くしている。


「実に久しぶりですな。武田くん」

「……宰次(さいじ)さん」


 彼らの間に漂うただならぬ雰囲気。到底知人同士とは思えぬ、歪さのある視線。

 この二人には恐らく何か大きな因縁がある——私はそれを肌で感じた。

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