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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
李湖&吹蓮編

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82話 「コーヒーと酢と塩水」

「戦いで痛みを感じるようになってしまった?」


 相談の内容を聞いて正直驚いた。武田が相談を持ちかけるほどだ、よっぽど大変なことだろうと思っていた。それだけに、拍子抜けである。

 それに、どちらかというとレイやエリナに相談するべき内容な気がする。私は戦闘のことなど分からない。


「あぁ。実はな」


 武田は先ほど私を彼の部屋に招き入れてくれた。ゆっくり話せる方がいい、ということらしい。なので私は今、彼の部屋にいる。

 好きな人が生活している部屋、そしてその好きな人と二人きり。これほど胸の鼓動が速まりそうなシチュエーションは滅多にない。


 だが、そのわりには緊張していなかった。

 なぜなのかははっきりしている。ナギの所有物と思われる雑誌が部屋中に散らばっているからである。些細なことだが妙に気になって、どうも気分が盛り下がってしまう。


「前にも話したと思うが、私は元々、戦闘中にはほとんど痛みを感じない体質だった」


 武田は紙コップに粉末のコーヒーを入れ、近くに置いてあったポットのお湯を注ぐ。濃厚な香りが部屋中に広がった。大人の香りだ。


 彼はすぐに床に座る。そして、紙コップを私に差し出し、「飲むといい」と微笑みかけてくれる。


 本当のことを言えばコーヒーはあまり得意でない——しかし受け取ることにした。彼のものだけは例外だ。


「だが、最近痛みを感じるようになってきた。水族館の時、吹蓮の時、それに瑞穂さんの時も。私は間違いなく痛みを感じていた」

「それって困ることなんですか?」


 苦いコーヒーを口に含みつつ尋ねた。それに対し武田は、首を縦に振って述べる。


「痛みを感じないことは私の唯一の強みだった。痛みを感じなければ、傷を気にせず戦闘を継続できるからな」


 そこで一旦切り、続ける。


「強みはなるべく失いたくない……だが、誰にも相談できなかった。そんなことか、と笑われるに違いないから」


 彼の表情を見れば、それが真剣な悩みなのだとすぐに分かった。本気で悩んでいるようだ。


 確かに、戦闘において痛覚は邪魔かもしれない。痛覚があるせいで動きが遅れることもあるのだから。ない方がずっと戦いやすいのだろう。

 ただ、痛覚は生命維持のために必要不可欠という気もする。身に迫る危機にいち早く気づくためには、痛みは必須だ。


「詳しくは分かりませんけど、戦闘時の集中力が以前より落ちているということはないですか?」

「どういう意味だ」

「周囲にも気を配りながら戦うようになったことで戦闘への集中力が落ちて、痛みを感じやすくなった……とかを考えてみたんです」


 真正面に座っている武田は、よく分からないとでも言いたげに首を傾げている。


「戦う時、前と何か変わったことはありませんか?」


 私は武田に問いを投げかけてみた。どんなことでも、それがヒントとなるかもしれないからだ。問題解決のためには、情報は少しでも多い方が良い。

 すると武田は「そうだな……」と考え始めた。私はコーヒーの苦みに耐えつつ、彼が答えを出すのを待つ。


 ——そのうちに数分が経過した。ちまちま飲んでいた紙コップの中のコーヒーも、そろそろなくなりそうだ。


「沙羅を護ろうとしていることだろうか」


 えっ、と漏らしてしまった。自分の名が挙がるとは予想していなかったからだ。


「先ほど挙げた三つの例に共通していて、以前にはなかったこと。そう考えてみると、これぐらいしか思い浮かばなかった」

「じゃあそのせいかもしれないですね……」


 私の存在が彼の悩みを増やしていたなんてショックだ。申し訳なくて彼を直視できず、自然と俯いてしまう。

 落ち込んだ顔をすれば、また武田に迷惑をかけてしまう。それは一応分かっているが、急激に込み上げてきた感情を隠すのは難しかった。


 そんな私を見てか、武田は口を開く。


「念のため言っておくが、沙羅、お前のせいではない。これは絶対だ」


 彼は迷いのない声で断言した。


 ……そうだ、私がくよくよしている暇はない。

 悩みがあるのは武田ではないか。私は彼に相談されている側なのだ。その私が暗い顔をしていれば、彼も暗い気持ちになってしまうことだろう。


「聞いてもらえただけで気が楽になった。感謝する」

「お気遣いありがとうございます。たいした解決法を見つけられなくてすみません」


 笑顔を作り、なるべく明るく振る舞うよう意識する。


「凄く助かった。こんなくだらないことに時間を取ってすまなかったな」

「いえ。またいつでも言って下さい」


 こうして武田からの相談は終わった。結局何も解決していない気がするが、彼が楽になったのならば少しは意味があったということなのだろう。



 リビングへ戻ると、エリナとモルテリアだけになっていた。珍しい組み合わせだ。


「結構かかったわね。武田はどうだった?」


 エリナは桜色の髪を掻き上げつつ尋ねてくる。

 すべてを話してしまうのもどうかと思ったので、私は「大丈夫そうでした」とだけ答えることにした。深く突っ込まれたらどうしようかと考えていたが、エリナはそれ以上何も聞いてこなかった。


「そういえば、レイさんとナギさんはどこに?」

「……李湖のところ」


 即座に答えるモルテリア。

 彼女が時折見せる素早さは一体何なのだろう、と思うことがたまにある。


「あ、そうでした。李湖さんは大丈夫なんですか?」

「酢では起きなかった……」

「えっ? 酢!?」

「……うん。酢プラッシュ……」


 まさか李湖にまであの技を食らわせていたとは。確かにモルテリアは李湖を嫌っていたが、酢をかけるほどだとは思っていなかった。


「酢はさすがに酷くないですか……」


 するとモルテリアは子犬のように愛らしく首を傾げる。


「わざわざかけなくても」

「……みんなに、酷いことした。当然……」


 彼女の意思は固く揺るがないものだった。それにしても、なかなかシビアだ。彼女には勝てそうにない。


 そんな会話をしていると、エリナがモルテリアの頭をぽんと触った。緑みを帯びた短髪がふわっと揺れる。


「何でも構わないけれど、次から酢は止めてちょうだいね」

「……どうして?」

「酢の匂い、あまり好きじゃないのよ」

「……塩水も、試す……」


 霧吹きを利用した攻撃を変える気は更々ないようだ。


 それにしても、塩水は塩水でかなり効きそうな気がする。酢も強烈だが、塩水も怖い。傷口なんかに命中するとかなり痛そうだ。

 どちらにしても、食らいたくない。

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