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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
李湖&吹蓮編
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80話 「許されることではない」

 モルテリアの霧吹き攻撃を受けた吹蓮は動きを止めた。酢と思われる液体を顔面にかけられては、さすがの吹蓮も無視できなかったようだ。不快だったらしく、痩せ細った手で顔を拭いている。


「おぉっ!」


 スポーツを見ていて凄い技が出た時のように、突然大きな声をあげたのはナギ。


「酢プラッシュ! ついに決まったっすね!!」

「……うん。酢は体にいい……」


 ナギの言葉に頷くモルテリア。マイペースな彼女はいつもナギを無視していたが、今はまともに話している。口説くような発言でなければ、少しは反応するということなのかもしれない。


「まったく、最近の若いのは仕方ないねぇ……」


 酢にまみれた顔を一通り拭き終えた吹蓮は、しわだらけの顔を不愉快そうに歪めつつ言った。いつになく低い声だ。


「礼儀ってものを教えてあげるよ!」


 今度吹蓮が手をかざしたのはモルテリア。これは李湖の時と同じパターンだ。

 危ない! と言おうとした瞬間。ナギが駆け寄り、モルテリアを突き飛ばした。霧吹きを手にぼんやりしていたモルテリアは、押された勢いでぺたんと床に転んだ。


「……あ」


 しまった、という顔をするナギ。

 直後、彼は吹き飛ばされ、リビングの壁に激突した。痛々しい音が響く。吹き飛ぶナギの体は、まるで紙切れのようだった。


 吹蓮が夢のようなものをみせる嫌らしい術ができることは知っている。だが、それ意外の術もあるとは。手の内を一つ知ったがゆえに、少し油断していたかもしれない。


「痛いって! さすがにこれは遠慮なさすぎっしょ!」


 壁に当たり床へ落ちたナギは、痛みに顔をしかめていた。しかし、声を出せているあたり、壁に激突したわりには元気な様子だ。

 彼はすぐに立ち上がり、怒りをぶちまける。


「アンタさすがに酷いっすよ! 絡んでくんのはいい加減にしてほしいっす!」


「こうもすぐに立てるとは。若いねぇ」


 吹蓮は感心したように笑う。不気味な笑みだ。


「そもそも、なんで俺らに絡んでくるんすか! エリミナーレが何か悪いことをしたっていうんっすか!?」


 確かに、と密かに思った。

 吹蓮がエリミナーレを殲滅しようとしていることは知っている。これまでに色々な者の口から何度も聞いたからだ。

 だが、彼女がなぜエリミナーレを殲滅しようとしているのかは、聞いたことがない。


「……頼まれたから、だよ」


 吹蓮はナギの問いに静かな声で答えた。

 それでなくとも緊迫していた空気が、さらに引き締まる。全員厳しい顔つきだ。私はやはりまだ少し場違いな気がする。


「あらそう。そんなこと、一体誰に頼まれたというのかしら」


 エリナは黒い鞭を片手に持ち、平静を装いつつ尋ねた。


 エリミナーレの殲滅を吹蓮に頼んだ人物がいる。そんなことを聞けば、いくら彼女でも心穏やかではないはずだ。

 しかしそんな中でも落ち着いた振る舞いをできる胆力は、さすがエリミナーレの長、といったところか。ぜひ見習いたいものである。


「言えるわけないねぇ。そりゃ秘密事項だよ」

「ならば吐かせるまでよ!」


 エリナは鞭を吹蓮に向かうよう振った。蛇のような黒い紐は軽くうねり、私の予想よりは直線的な動きで吹蓮に迫る。

 冬場の縄跳びでも足に当たると泣くほど痛いのだ。鞭で叩かれる痛みといったら……あまり考えたくない。


「そう上手くはいかないよぉ」


 しかし吹蓮は読んでいた。慣れていることはないはずなのに、彼女は鞭の動きを見切っている。素早く反応し、鞭を腕で防いだ。


 駄目か、と思ったが、エリナの表情にはまだ余裕がある。口元には笑みが浮かんでいる。

 何か仕掛けでもあるのだろうか——と考えていると、鞭が吹蓮の腕に巻き付いた。


「武田! レイ!」


 エリナが鋭く叫んだ。


 二人は「はい」と揃え、動きを制限されている吹蓮に向かっていく。


 私は床に座り込んだままのモルテリアの手を掴む。そして、邪魔にならないよう、速やかにその場を離れる。キッチンの方へ行き、そちらから様子を見守ることにした。


 リビングはそれなりに広い。しかし、それでも、大人二人が暴れるには狭い空間である。無関係の者が一人いるだけでも、動きをかなり制限することになってしまう。

 ここならそれは避けられる。しかも、安全でありながら様子はちゃんと見ることができる。私には最適な位置だ。


「ふっ!」


 レイは吹蓮に接近し、銀の棒を振り下ろした。

 残像が見えるほどの速度にはさすがの吹蓮も反応しきれない。片手をエリナの鞭に固定されているため、腕で防ぐことも難しいようだった。

 銀の棒は吹蓮の背中に命中する。バチッと音が鳴った。こんな静電気が発生したら嫌だな、と思うような刺々しい音である。


「少しはいたわってほしいものだねぇ」


 深いしわの刻み込まれた顔を縮め、低い声を出す吹蓮。彼女は銀の棒を乱暴に払い除ける。そして、拘束されていない方の手で、銀の棒を持つレイの腕を掴んだ。


 ——しかし、その背後に武田が迫っていることには気がついていない。


 彼は身をよじり反動をつけ、吹蓮の背に、強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


「沙羅の分だ」


 続けてもう一撃。次は逆の足で吹蓮を蹴る。

 威力でいえば先ほどの回し蹴りよりは劣る。だが、それでもダメージを与えるには十分な威力だ。しっかりとした芯のある蹴り。普通の人間が受ければ数分は立ち上がれないだろう。

 今の彼は自分の持ち味を最大限に活かした戦闘を行えている。本領発揮、という言葉が相応しい。


 そんな武田の連続攻撃を食らった吹蓮はよろけている。


「……ふぅ。今日は妙にやる気だねぇ……」

「当然だ。人を弄ぶような者を放ってはおけない」


 武田は冷ややかな声で述べる。表情は鋭く、眉一つ動かさない。


「そりゃあなんのことだい……?」

「沙羅の心を傷つけ、関係ない者に襲わせ、何度も怖い目に遭うよう仕向けた。これはそう簡単に許される内容ではない」


 彼の表情は冷たく険しい。時折私に向けてくれる微笑みの顔と同一人物とは考え難いほどの、冷淡な顔をしている。

 隣にいたレイが眉を寄せて「武田?」と声をかける。武田が長文を話したので戸惑っているのだろう。


「おやおや、今日はやけに気合いが入っているねぇ。まぁ嫌いじゃないがねぇ……」


 吹蓮はしわだらけの顔を歪め、不気味な笑みを浮かべる。


「でも……今日のところは退くとしようかね。では、ばいばい」


 現れた時と同じように、吹蓮はふわっと姿を消した。術の中で出会った偽者の瑞穂が消えた時と同じような感じだ。またしてもあっさりとした去り方である。

 追い込まれると速やかに退く。それが吹蓮の特徴だ。だからこそ倒しづらい。追い詰めても術で逃げられてしまうので、どうしようもない。


「まったく。厄介なババアだわ」


 エリナは鞭を手元に戻しながら、愚痴のように漏らす。

 レイは乱れた髪を直しつつ、「なかなか強敵ですね」と言った。まっとうな意見だ。吹蓮は色々な意味で強敵である。


「…………」


 武田は俯き、言葉を失ったように黙り込む。


「……武田? どうかしたの」


 彼のおかしな様子に気づいたレイが尋ねる。だが彼は何も答えず、リビングから出ていってしまった。

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