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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
李湖&吹蓮編
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77話 「もはや懐かしい顔」

 本棚の整理を終えた頃には、心はすっかり落ち着いていた。

 軽い運動には疲労回復効果がある。大学時代、授業でそんなことを聞いた記憶がある。当時は「横になる方が休まるに違いない」と考え、話半分に聞いていたが、あながち間違いでもないようだ。


「……お疲れ様。抹茶ラテ……と、若狭さんの無農薬イチゴ……」


 キッチンからやって来たモルテリアは、コップ三つと一枚の皿が乗ったお盆を持っていた。皿には小さなイチゴが五つほど乗っている。


「俺のはやっぱなしっすか?」

「今日は……ある」


 どうやら今回はナギも働いていたと認められたようだ。良かった良かった。


「……イチゴ、昨日の残り……。我慢した……」


 我慢して残して五粒。

 若狭さんの無農薬イチゴはそんなに美味しいのだろうか……。


 イチゴをつまみ、モルテリアが淹れてくれた抹茶ラテを飲みながら、私たちはひと休みした。



 数分くらい経っただろうか。玄関の方から唐突に、鍵を開ける音がした。


 扉が開く気配と同時に、春の暖かい風とエリミナーレらしい喧騒が戻ってくる。たまに疲れることはあり、けれど、なければないで心が空っぽになる——そんな騒々しさがようやく帰ってきたようだ。


 もしかしたらレイやエリナもいるかもしれない。

 少しでも早くみんなの顔を見たくて、私は急いで玄関へ向かう。このような胸の高鳴りを、武田関連以外で感じるのは久々だ。


「あら、沙羅がお出迎え?」


 一番に遭遇したのは、先頭を歩いてきていたエリナだった。


 彼女は私を目にするなり、「今日は随分張り切っているのね」と冗談めかす。出会うなりこれとはさすがだ。ただ、今は、その彼女らしさに触れられたことが嬉しく感じられる。

 懐かしいこの感じ、嫌いじゃない。


「エリナさん、帰ってこられたんっすね!」


 私の後ろから現れたのはナギ。

 明るく振る舞っていた彼も、内心仲間の身を案じていたのだろう。非常に嬉しそうな顔をしている。


「ナギ、留守番お疲れ様」


 エリナは微笑しつつ、あっさりした調子でナギをねぎらう。言葉だけのねぎらいだが、ナギが不満を漏らすことはなかった。


「いやいや! たいしたことしてないっすよ!」


 頭に手を当てながらはにかむナギ。その頬は林檎のように赤みを帯びている。女性と接することには慣れていそうな彼が「お疲れ様」の一言だけで赤くなるとは少しばかり意外だ。予想外に初々しい。


「怪我とかないっすか?」

「ないわね」

「色々あって疲れてないっすか?」

「それほど弱くないわ」


 ナギは、淡々とした足取りでリビングへ向かうエリナに、質問を繰り返す。エリナは面倒臭そうな表情を浮かべ、適当にあしらっていた。


「もし良かったら、マッサージして差し上げるっすよ!」

「結構。ただ触りたいだけでしょ」

「ちょ、酷っ。俺は女性を体だけで見たりしてないっすよ! 確かに美人は好きっすけど、でも内面も重視して……」

「もういいわ。黙りなさい」


 エリナとナギはそんな珍妙なやり取りをしながら、リビングへと歩いていった。

 素直でないエリナとかなり素直なナギ。こんなことを言うのもなんだが、二人はなんだかんだでお似合いな気がする。人間は真逆の性格の方が上手くいく。二人の様子を見ていると、その説も理解できる気がした。



「離してちょうだいよぉっ!」


 二人を見送った直後、いきなりそんな叫び声が耳に入った。

 私は驚いて、声が聞こえた玄関の方に視線を向ける。そこには、武田とレイに両側から身柄を拘束された李湖の姿があった。李湖は両脇に腕を挟まれ、まるで犯罪者のようである。


「武田さん! レイさん!」


 私は思わず二人の名を呼んだ。


 ほんの数日離れていただけなのに、レイの凛々しい顔が物凄く懐かしい。男性的な雰囲気を醸し出す端整な顔立ちと、それとは逆に女性らしさのある長くて青い髪。本当に懐かしく、旧友に会ったような気分だ。


「沙羅ちゃん、大丈夫だった? 心配かけてごめんね」


 爽やかな笑みを浮かべたレイはどこまでも魅力的である。私にこのような表情を向けてくれる女性なんてもうずっといなかった。それだけに印象的だ。

 同級生や知り合い、先生も——誰もが私を「少し変わっている子」という目で見ていた。エリミナーレに入るなどと不可能に近いことを抜かし勉強ばかりしている変わり者、と思われていたのだろう。


「ちょっとちょっと! マジ離しなさいよぉっ!」


 身をよじり激しく抵抗する李湖。しかし、武田とレイに二人がかりの拘束からは、そう容易く逃れられない。


「暴れるな。大人しくしろ」

「話はこれからちゃんと聞かせてもらうからね」


 武田とレイは李湖に対してそれぞれ言う。二人とも冷ややかな声だった。


 李湖は濃い化粧の顔を歪め、拘束から必死に逃れようとしている。腕を脚を激しく動かし、振り払うように体をねじる。それでも拘束は解けない。

 素人には無理だろう、と内心思った。


「酷いぃっ! 李湖はなんにも悪くないのにぃっ!」


 李湖の額は汗でびっしょり濡れている。

 こちらが恥ずかしくなるほど塗りたくられたファンデーションが一部落ちていた。汗のせいだろうか……。


「沙羅、鍵を頼んでも構わないか」


 武田が私に直接頼んでくれた。嬉しい。


「はいっ! もちろん!」


 勢いに乗り、つい張り切った声を出してしまった。心の底から沸き上がる喜びが溢れてしまったのである。


「ありがたい。感謝する」


 彼は僅かに頬を緩めた。


 そして、武田とレイは、抵抗する李湖を引きずりながらリビングの方へと向かう。

 諦めの悪い李湖は、その間もずっと「離して!」などと繰り返していた。ここはエリミナーレの事務所、いくら叫んだところで離してもらえるはずがない。彼女を助けようとする者もいない。

 それでも彼女は叫んでいた。完全に騒音である。迷惑でしかない。


 玄関に一人残った私は、武田に頼まれた通り鍵を閉める。そして、武田に「感謝する」と微笑んでもらえたことを噛み締めつつ、リビングへと足を進めた。

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