6話 「エリミナーレは面倒事が嫌い」
私たちは悲鳴をあげていた女性から少し話を聞いてみることにした。
その女性は息を荒くしながらも「コンビニに不審者がいる」と教えてくれた。彼女は慌ててここまで逃げてきたらしく、服も髪も乱れている。よくこの状態で大声を出せたものだ。私だったら叫んで助けを求めるなんてできなかったと思う。
レイは女性に軽くお礼を言うと、私の方を一瞬横目で見て、それからコンビニの方向へ歩き出す。やはり現場に向かうようだ。正直気は進まないが、私はレイの背を追うように歩いた。
コンビニにだいぶ近づいた時、レイは突然足を止め、振り返った。一つに束ねた青い髪がフワリと揺れる。
「沙羅ちゃんはここにいてくれるかな」
こんな時でもレイはいつもと変わらぬ明るい笑みを浮かべている。それが私には不思議で仕方なかった。
エリミナーレのメンバーにとっては、この程度の事件は普通で、よくあることだから慣れているのかもしれない。だが、それでも少しくらい固い表情になったりしそうなものである。
しかし今のレイを見ていると、普段となんら変わらない様子だ。
「レイさん、警察に連絡は……」
つい昨日までの感じでそう言うと、彼女はおかしそうに笑みをこぼす。
「沙羅ちゃんったら、変なの。このぐらい、警察に頼るまでもないよ。……一応言っとくけど」
少し間を空けて続ける。
「新日本じゃ、警察なんかよりあたしたちの方がずっと強いからね」
そう言ったレイの表情はどこか冷ややかだった。出会ってからまだ一日も経っていないとはいえ、私は彼女のことが徐々に分かってきていると思っていた。だが今の表情を目にした瞬間、「私は彼女のことを何も分かっていないのではないか」と考えてしまった。
その結果、私は言葉を何も返せずにレイを見送ることになってしまう。本当なら「気をつけて」の一言ぐらい言うべきだったのだろうに。
「なんだなんだ? ヤバい系?」
「え、女の人が来たじゃん。不審者に寄っていくとかどんな怖いもの知らずなんだよ」
コンビニ近くには興味本位の野次馬たちが集まってきていた。コンビニの中にいる不審者へ迷いなく突き進んでいくレイの姿に誰もが興味津々だ。私は騒がしい野次馬たちに揉まれながらレイを見守る。
前に立っている人が大きくてよく見えないが、コンビニにいる不審者はどうやらナイフを持っているようだった。レイは武器になるような物を何も持っていなかったはず。ナイフを持った不審者に対してレイは素手。本当に大丈夫なのだろうか、と心配になる。
——だがそれは杞憂だった。
レイはどこかから棒のようなものを取り出し、襲いかかる不審者に素早く当てる。ナイフを振り上げていた不審者はビクッと身を震わせる。レイは怯んで隙ができた不審者を一捻り、あっという間に床へ伸びさせてしまった。
一部始終を眺めていた野次馬たちは、オォッと驚きと感心が混ざったような声をあげる。それはそうだ。別段筋肉質でもない細身の美人な女性が暴れる男を一撃で仕留めたのだから、十分驚くに足ることである。
野次馬に紛れ様子を見ていた私は、レイの華麗な早業に釘付けになった。年齢は私とたいして変わらない。それなのに彼女は、不審者にも怯まないし度胸がある。
私とは大違い——。
「……ちゃん。沙羅ちゃん!」
名前を呼ばれていることに気がつきハッと顔を上げる。
目の前にレイが立っていた。
「どうしたの、沙羅ちゃん。大丈夫?」
いつの間にここまで来ていたのだろう。レイが近づいてきたことにまったく気がついていなかった。考え事をしていたからか。
レイは心配そうに眉を寄せ、私の顔を見つめている。
「もしかして、また貧血になりそう?」
「いえ……」
「でも元気ないよ?」
そう言われた時、私は「このままではダメだ」と思った。
レイは心優しい女性だ。だから、私が暗い顔をしていたら、彼女は心配するだろう。こんなどうでもいい内容で彼女を心配させるなど、許されたことではない。今は私もエリミナーレの一員なのだ。少しは強くならなければ。
私は自分自身に「しっかりしろ」と命じ、笑顔であれるよう努めながら返す。
「本当に大丈夫です。突然の事件だったので、ちょっとびっくりしただけなので」
すると、安心したからかレイの表情が緩む。
彼女の自然な笑顔にこちらまで穏やかになっていくのを感じた。春の陽を浴び溶けていく雪は、きっとこんな気持ちなのだろうな。
「それよりレイさん、あの不審者はどうするんですか?」
気づけばパトカーが到着していた。パトカーから降りてきた警官がコンビニへ入り何やら話をしている。しかしレイはというと、何事もなかったかのようにこちらへ戻ってきて、買い物を始めたそうな顔だ。
「え? もう放っておく予定だよ」
「そうなんですか!?」
予想外の答えに驚いた私は、思いの外大きな声を出してしまった。これからまだ色々な用事が残っているものだと、当たり前のように思い込んでしまっていたからだ。
「片付けなんか警察に任せとけばいいよ。エリミナーレはそういう面倒事には関わらない決まりなんだ」
レイが華やかな笑顔で教えてくれた。
そういうものなのだろうか。加入してまもない私にはいまいち理解できなかった。エリミナーレという組織は、緩いのか厳しいのかよく分からない。実に不思議な組織だと思う。
「不審者は倒したことだし、早速買い物行こっか! 沙羅ちゃんは歓迎会で何食べたい?」
「えっと……焼きそばとかですかね」
「よし。じゃあその材料も買って帰ろう! そばとキャベツと、ニンジンと?」
「ニンジンは苦手なので無しがいいです。紅生姜は必須ですね」
「へーっ、こだわりがあるんだね」
エリミナーレに入り最初の仕事——歓迎会の買い物は、まだしばらく終わりそうにない。だが嫌ではない。むしろ結構楽しかったりする。
よくよく考えてみると、こんな風に誰かと買い物をするなんて数年ぶりだ。