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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
李湖&吹蓮編
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66話 「心に翼が生えたみたいな」

 長い話し合いの末、李湖の護衛を担当するのはレイとエリナに決まった。

 武田がなると色々な意味で危なく、ナギは李湖に「ダサイ」と言われいじけてしまった。モルテリアと私は護衛任務には適していない。だから仕方なくレイとエリナになったのである。


 護衛任務の期間は三日間。ちょうど五月初旬の連休に被っていた。



 ——そして護衛任務開始の日。

 レイとエリナは荷物を持って、朝早くに事務所を出ていった。


 二人がいなくなったために、事務所内の女性率が急激に低くなってしまう。私以外に女性はモルテリアしかいない。

 武田やナギを嫌っているわけではないが、女性が減るとなんとなく場の空気が変わった。男性の多い空間は少し苦手だったりする。それは高校時代から変わらない。男性の多い空間には、どうも馴染める気がしないのだ。



「そういや武田さん、水族館でしばかれた怪我は治ったんすかー?」


 ソファの上に横たわり雑誌を読んでいたナギが、書類の整理をしている武田に話しかけた。唐突に話し出すのがナギの特徴的な部分だ。

 武田は面倒臭そうに顔を上げる。


「しばかれた、とはおかしな言い方だな」

「そこは気にしたら負けっすよ。それで、怪我はもう大丈夫なんすか?」

「あぁ、もう問題ない」


 答え終えると、視線を書類へ速やかに戻す。そして何事もなかったかのように作業を続ける。あっさりと会話を終わらされたナギは不満そうに口を尖らせた。


 リビングはいつになく静かだ。このような空気の中で気を遣っていては胃が弱ってしまう。

 だから私は、窓の外を眺めておくことにした。


 雲一つない空は青く澄み、ほんわりとした太陽光が柔らかくさしている。窓の外を眺めていると、たまに鳥が視界を横切っていく。風で木々が揺れることもあった。

 人間とは不思議なものだ。普段は気にしないような小さなことも、意識を向けた途端気がつくようになるのだから。


「そうだ!」


 窓の外を眺めぼんやりしていると、ソファに寝転んでいたナギが突然起き上がり言った。いつものことながら声が大きい。


「沙羅ちゃん、的当てとかしないっすかー?」


 ナギは立ち上がり、背伸びをする。それからこちらへ歩いてきた。


 先ほどまで読んでいた雑誌はソファの上に放置している。彼の頭に、片付ける、という発想はないようだ。確かに彼らしいのだが、「一応大人なのだから片付けくらい……」と少々思ってしまう。

 もっとも、そこは気にしてはならないところなのかもしれないが。


「的当てですか?」

「そうそう! こんな感じに」


 ナギは言いながら拳銃を取り出す。そして、意味もなく構えて見せた。


「どうっすか? 段々やりたくなってきたっしょ!?」


 いや、正直あまりやりたい気分ではない。いろんな意味で危険そうだからだ。


「拳銃なんて持ったことすらないので……私には無理です。お断りします」


 はっきりと断った。

 武器を扱うなど私には百年早い。それどころか、触れるだけでも何かやらかしてしまうのでは、と心配になるほどである。


 だが、ナギはお構いなく続ける。


「いやいやっ。実際には本物を使うわけじゃないんで、沙羅ちゃんでも大丈夫っすよ。ほら、コレ!」


 ナギが差し出してきたのは、一般人の私でもプラスチック製だと判断できるような拳銃だった。見るからに軽そうである。恐らく安物のおもちゃだろう。


 付き合う気は更々なかったのだが、ナギのペースに乗せられてつい受け取ってしまった。

 受け取るということは、的当てに参加するということと同義。今から断ることはできない雰囲気だ。


「一緒に遊んでくれるっすか!?」

「……はい」

「なんか嫌そうすね」

「いえ。そんなことは……」


 私が言い終わるより先に、武田が口を挟んでくる。


「ナギ。沙羅に迷惑をかけるのは良くない」


 するとナギは鋭く返す。


「武田さんには関係ないっすよ! そんなこと!」

「よく考えて行動するべきだ。沙羅は繊細なのだから」

「……あ、分かった」


 何か閃いたらしい。

 ナギは可愛いげのある顔に笑みを浮かべ、述べる。


「俺が沙羅ちゃんと話してるから、羨ましくて嫉妬してるんでしょ!これっすね!これに違いないっす!」

「馬鹿げた話だ。ありえない」


 武田は毅然とした態度で、ナギの発言を否定する。

 当然の答えだ。そもそも、武田は優秀である。嫉妬などとは無縁の人生を歩んできたことだろう。


 だが実を言うと——ナギが言ったような気持ちを武田に抱いてほしいと思わないこともない。心の端にほんの少しだけ存在する気持ちである。もちろん、不可能に近いだろうが。


「本当は二人になりたいのにナギが邪魔、って考えてなかったっすか?」

「それはあるかもしれないな」

「ちょっ、酷! あるんすか!!」

「私は静かな空間が好きだからな。特に仕事中は、騒がれると、どうも腹が立ってしまう」


 武田も腹を立てることがあるのか、と意外に思った。


 しかし、それと同時に、嬉しくもあった。容貌のせいもあってクールに見える武田だが、人間的な感情もちゃんと持っている。そしてそれを自覚しているのだと知れたからだ。

 この前李湖を叩いたのも、不快な感情が我慢の限界を越えてしまったからなのだろう。


「分かったっす。じゃあ武田さんも参加して下さいよ!」


 眉をひそめる武田。

 彼は眉をひそめても魅力的だった。いや、むしろ眉を寄せている時の方が、彼の渋い魅力が溢れ出ている気がしてならない。

 ちなみに、あくまで私の個人的な意見である。


「仕事中に騒がれるのが嫌なんすよね? じゃあ武田さんも仕事止めちゃえばいいじゃないすか! 一緒に的当てしましょうよ!」

「……そのおもちゃで、か」


 ナギは親指だけを立て、その手をグッと前へ突き出す。しかも片目を閉じてウインクをする。

 若干痛い。が、そこはご愛嬌ということで流すとしよう。


「どうっすか!?」

「……仕方ないな」


 武田は諦めたような表情で、椅子からゆっくり立ち上がった。


「沙羅だけというのも気の毒だ。私も付き合おう」

「よっしゃー! 勝って、沙羅ちゃんにかっこいいところ見せるっすよーっ!」

「落ち着け、ナギ」


 まさかこの三人で的当てをする日が訪れるとは、夢にも思わなかった。想像してみたことすらない。


 しかし時間が経つにつれ、いつの間にか穏やかな気持ちになっている自分の存在に気がつく。胃の重苦しさも知らぬ間に解消されている。

 気楽に接して良いのかもしれない、と私は少し思えた。心に翼が生えたみたいだ。

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