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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
お出掛け編
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63話 「差し入れ」

 翌日。午前中、事務所にいきなり業者が現れて驚いた。新手の襲撃かと思いそうになったほどだ。


 事情は後から聞いた。割れた窓を修理するようエリナが頼んでおいたらしい。

 しかし、エリミナーレの中でその件について聞いていた者は、一人もいなかった。前もって伝えておいてほしかった、と内心思う。私一人が知らないのは構わないが、誰も知らない状況だと混乱するからである。


 そんな慌ただしい午前を終え、窓は無事元通りになった——いや、元通りという言葉は相応しくないかもしれない。


 以前エリナの部屋の窓を目にしたことがある。定期的に掃除しているのかどうか怪しい、白く曇った窓ガラスだった。

 それを思えば、新品の窓ガラスは非常に美しい。曇りや汚れはほんの少しもなく、外の風景が澄んで見える。建ったばかりのマンションの一室にいるような錯覚に陥るほど綺麗な窓ガラスだ。


「これでやっと部屋に戻れるわ」


 手を腰に当てながらそう言うエリナは嬉しそうだった。やむを得ず移動したものの、和室での生活には馴染めなかったのだろう。


「武田、移動よ。和室から荷物を運んでちょうだい」

「分かりました」


 指示された武田は速やかに和室へ向かう。

 タンスやベッドのような大きな家具類はないが、結構な量の物を和室へ移動させていた。日用品やらクッションやら色々だ。それを元の部屋へ戻さなくてはならないとなると、そこそこ時間がかかることだろう。


 しかし、「武田に頼むのはどうなの」と思ってしまうところはある。

 彼は昨日負傷したばかり。それはエリナも知っていることだ。にも関わらず荷物の移動を武田に頼むとは、少し配慮に欠ける部分があると思う。

 私がぐだぐだそんなことを考えていると、颯爽と現れたレイが口を挟む。


「あっ。エリナさん、あたしが運びますよ!」

「結構よ。女に運ばせるのは、気が進まないもの」


 提案を拒否するエリナに対し、レイは明るい声で言う。


「そうですか、じゃあナギに運ばせましょう!」


 レイの発言に眉を寄せつつ腕を組むエリナ。


「何よ、レイ。武田にさせてはいけないというの?」


 エリナは自身の指示に口を出され不機嫌になったようだ。しかしレイはお構いなしに話を続ける。数年も共に働いていれば、不機嫌になられるくらい慣れたものなのだろう。


「武田は怪我しています。あまり無理させるのはよくないですよ。ナギ呼びますね」


 そこへ、エリナのボストンバックを持った武田が通りかかる。彼は文句一つ漏らさず、黙々と運んでいた。


「武田さん、大丈夫なんですか?」


 私は勇気を出して尋ねてみる。すると彼は曇りのない瞳でこちらを見つめ頷く。


「あぁ。この程度ならな」

「くれぐれも無理はなさらないで下さいね」

「そうだな。気遣い、感謝する」


 あっさりした返答だった。

 表情は落ち着いたものである。それに、動きも、普段との違いは見受けられない。


 バットで何度も殴られたのだ、いくら武田でも重傷を負うことは必至だろう。しばらくまともに動けないかも、とも思っていた。実際、あの直後は辛そうな表情をしていたし、よろけたりもしていたから。

 だが、一夜明けると、普段通りに戻っている。恐るべき回復力だ。


「沙羅、貴女って……」


 エリナが腕組みしたまま私に視線を向けてくる。先ほどまでの不機嫌な表情ではなく、興味深いものを発見したような表情だ。それを見て、私は内心安堵した。昨夜のように怒られるかも、という不安が解消されたからである。


「人を懐柔するのが得意ね」


 冗談混じりに言い、愉快そうに口角を持ち上げるエリナ。

 私は一瞬彼女の言葉の意味が分からなかった。いきなり何を言い出すの、と言いたいくらいだ。


 しかも懐柔だなんて。悪い女になった気分である。


「そうでしょうか。私としては普通にしているつもりですけど」

「無意識だものね。さすがだわ」


 私の返答は逆効果だったかもしれない……。


「武田とはもう十年以上の付き合いになるけれど、私、彼があんな顔をするところを見るのは初めてよ」

「あんな顔、とは?」


 するとエリナはフッと笑みをこぼしつつ答える。


「真顔でない表情、ということよ。沙羅が来るまで、武田はずっと無表情だったもの」

「それはあたしも思います!」


 明るい顔つきで会話に入ってきたのはレイ。両手を合わせ、楽しそうな表情で口を動かす。


「沙羅ちゃんが来てから変わりましたよね! 嬉しい変化ですね!」


 私たちがそんな風に話している間も、武田はせっせと物を運んでいる。荷物を持ち、和室とエリナの部屋を何度も行き来していた。嫌な顔もせず真面目に荷物を運び続ける彼は、まるで働き蟻のようである。



 ——その時、リビングに繋がる扉がガチャと音をたてて開いた。


「……みんな」


 現れたのはモルテリアだった。


 緑みを帯びた短髪は今日もふわりと膨らんでいる。柔らかそうな毛質と丸い頬が可愛らしい雰囲気を漂わせていた。

 モルテリアの手にはお盆が持たれていて、その上には透明のグラスが五つ乗っている。


「モル、どうしたの?」


 レイが一番に尋ねた。


「差し入れ……作った。食べて……」


「モルちゃーんっ!」


 直後リビングからナギが駆け出てくる。彼はすぐにモルテリアに身を寄せた。


「スイーツ完成したんすか? あっ、これっすね! 俺、貰っていいっすか?」


 ナギは浅ましく、お盆の上のグラスへ手を伸ばす。

 するとモルテリアが突然ナギの手を叩いた。パシンッと、乾いた痛そうな音が鳴る。


「いった!」

「……ナギの違う」


 モルテリアは静かに言う。


「ナギ働いてない……。だからなし……」


 彼女は厳しいことをさらっと言ってのける。いつも無口でほんやりした彼女だが、メンバーの働きはちゃんと見ているようだ。

 モルテリアの発言は真っ当なことである。


 だが少し思う。


 一人だけ貰えないというのは可哀想だな、と。

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