5話 「六宮は不思議な街」
私はレイと買い物へ向かうことになった。行き先は六宮駅。徒歩でも十五分くらいで着くらしい。駅前にはいろんな店があり面白い、とレイが教えてくれた。
「まだ夕方だったんですね」
「うん。倒れた時はどうなることかと思ったけど、わりとすぐに目が覚めて良かったよ」
「迷惑かけてしまってすみません。注文した後に……」
「大丈夫大丈夫。そんなの全然気にしなくていいから。無理は禁物だよ」
駅へと歩きながら、私はレイに、六宮について聞かせてもらった。
新日本警察エリミナーレの拠点は、六宮駅から徒歩十五分ほどのマンションの一室にある。それが先ほどまでいたところだ。
駅からやや離れたその辺りは、数十年前まで住宅街だったという。当時は近くに大きめの商業施設もあり、人はそこそこいたらしい。
しかし今は人通りがほとんどない。時折年老いた人が歩いている程度である。かつて建ち並んでいたマンションもその多くが取り壊され、今ではいくつかしか残っていない。
こんなに人が少ない地域ならさぞかし事件が多いことだろうと思われがちだが、犯罪などの事件は意外と少ないらしい。エリミナーレの拠点があることも恐らく関係があるのだろう。
そんな話をしながら隣に並んで歩いていると、レイが唐突に切り出す。
「ところで沙羅ちゃん、武田とはどういう関係なの?」
えっ。どうしていきなりそんなことを聞くのだろう。
私はさすがに戸惑いを隠せなかった。
「どうしてですか……?」
そう聞き返すと、レイは両手をポケットに突っ込み、少し気まずそうな顔をする。
「いきなり変なこと聞いてごめん。実はね、今年の希望者は十人くらいいたんだ。その中で沙羅ちゃんを推薦したのは武田なんだよ」
彼女の言葉を聞き、私は衝撃を受けた。悪い意味ではなく良い意味で。
武田は私のことを覚えていてくれたのかもしれない。その可能性を知り、心が軽くなっていくのを感じた。今この場に本人がいるわけでもないのに、脈が速まり体が温かくなる。
「誰を合格にするか相談していた時、武田は、沙羅ちゃんが一番エリミナーレに適してるって言ってたよ。二人は知り合いなの?」
約六年前の立て籠もり事件を彼女は知らないのだろうか。いや、あの時の人質が私だと気づいていないという可能性も捨てきれない。
「知り合いというほどではないです。ただ……」
「ただ?」
「六年くらい前、六宮で立て籠もり事件がありましたよね」
あの事件がどのぐらい有名なのか把握できてないので、そもそも事件自体が知られていなかったらどうしようと不安だった。
しかし、レイは微笑んで「うん」と答えてくれた。私はホッとして続ける。
「私は人質でした。人質として捕まっていた私を武田さんが助けて下さって……彼と会ったのはその一度だけです」
私の話を聞いてくれている間、レイはずっと不思議そうな顔をしていた。「説明になっていない」とでも言いたげな表情である。武田との関係については確かに説明したはずなのだが、まだ何かあるのだろうか。
そんな風に考え込んでいると、レイが口を開く。
「会ったのはその一度だけなの? じゃあ武田は、仕事で助けただけの沙羅ちゃんを、推薦したってことなんだね」
「そうなりますね……」
彼がなぜ私を推薦したのか。その理由は私にだって分からない。
「男の人って謎だよね。あ、もう駅に着いたよ」
レイの言葉を聞き、顔を前に向ける。すると大きく立派な建物が目に入った。六宮駅だ。ついさっきまでとは一変、大勢の人々により賑わっている。
六宮市は実に不思議な市だと思う。
エリミナーレの事務所がある市の海側は結構過疎気味。それなのに駅まで来ると人がたくさんいる。徒歩で約十五分の距離だというのに、まるで別世界のようなのだ。
「沙羅ちゃん、どこから回る? 本とか雑貨とか、お菓子とかもあるよ」
「まずは必要な物を買っていくといいかもしれません」
「相変わらず真面目だね」
レイに呆れたような顔をされてしまった。
おかしなことは言っていないはずなのになぜだろう。そんなことを考えていたせいか、暫し無言の時間ができてしまった。
「じゃあ、取り敢えずお菓子とかから買いに行こっか!」
「はい!」
だが、気を取り直したレイが明るく言ってくれたので、私もできる限り元気よく返す。
ここ数年、友達と呼べるような者はいなかった私だが、レイとは親しくありたいと思う。もちろん彼女とだけではなく、これからはみんなと友好的な関係を築いていけるように努力するつもりだ。
簡単なことではないがきっと成し遂げられる。私はそう信じている。
「近くにお菓子屋さんはありますか? 六宮へはあまり来たことがなくて……」
「百貨店の中に美味しいお菓子の店がたくさんあるよ。饅頭とか煎餅みたいな和菓子も、マカロンとかケーキみたいな洋菓子も、どっちも揃ってる。沙羅ちゃんが好きなのを選んで」
「結構充実しているんですね。ちょっと楽しみになってきました」
たわいない会話をしているうちに自然と笑顔になっていた。今私は心の底から楽しいと思えている気がする。
私だけではなく、レイも楽しそうにふふっと笑っていた。
そんな時だった。
「誰かー! 誰か助けて下さいっ!」
女性の悲鳴が突如耳に飛び込んでくる。パニックになったような甲高い声で、明らかに普通ではない。何か事件でも起こったのだろうか。
私はレイと顔を見合わせる。
「行ってみますか?」
「そうだね。何か事件かもしれない」
今までなら、近くで事件が起こればいち早く逃げていただろう。しかし、今は違う。私はエリミナーレの一員だ。レイが行くと言うのなら、私も一緒に行くのが道理である。