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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
お出掛け編

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56話 「目覚め」

 意識が戻った瞬間、不安げな表情をしたレイが視界に入った。彼女の顔つきがほんの少し明るくなる。


「沙羅ちゃん!」


 レイは私の名を呼び、安堵の色を浮かべた。


 彼女の顔の見え方から考えると、どうやら私は横になっているらしい。横たわっている私の背をレイが両腕で支えてくれている、という体勢になっているようだ。あくまで推測だが、間違ってはいないはずだ。


「……レイさん。これは一体……?」


 どっと疲れていた。体重が急激に増えたみたいな感覚である。

 これほど悪い夢をみたのはいつ以来だろうか。ここしばらく、そもそも夢自体みていなかった。だから、悪い夢から覚めた後の体が重くなるような感覚など、すっかり忘れていたのだろう。

 そういえばこんな感じだったな、と何げなく思う。


「外傷はなさそうだけど、体調大丈夫?」


 レイの声を聞いているうちに段々記憶が蘇ってきた。

 茜と紫苑の祖母だというあのお婆さんにトイレまでの案内を頼まれたこと、着くなり個室へ引きずり込まれたこと。そして襲われかけて——恐ろしい夢をみせられたこと。


「は、はい。大丈夫です」


 横向けになっていた体をゆっくりと起こす。取り敢えず上半身だけを起こした。家でもないのにいつまでも横たわっているなんてダメだ。

 それにしても、精神的な疲労が凄まじい。これほどの疲労感を感じるのはいつ以来だろうか。


 レイは私が起き上がるのを見て、安堵の溜め息を漏らす。それから「良かった」と笑う。凛々しい顔とは対照的な柔らかい笑みは、私の強張った心をじんわりと溶かしていく。


「無事か」


 ——刹那、耳に飛び込んできたのは武田の声。

 その声を聞いた瞬間、私は一気に目が覚めた。彼の声はどんな気付け薬よりも効果がある。


「武田さんっ!」


 私は思わず叫んでしまった。


 ついさっき過去の彼が刺されるところを目にしたばかりだ。彼が傷つくことは何よりも恐ろしいと、身をもって思い知った直後である。

 それだけに、いつもとはまた違った激しい感情が込み上げてくる。


「良かった……生きてて。良かった……」


 その言葉の意味は、私以外誰にも分からなかっただろう。意識が戻ったばかりでまだ寝惚けているのだろう、と思われているに違いない。


 武田は不思議そうに首を傾げていた。しかし敢えてそこに触れることはせず、速やかに地面へしゃがみこむ。そして指を私の手首へ当てた。今まで幾度か手を繋いだことはあったが、ただ手を繋ぐだけとは少し異なった感覚である。

 脈が急加速していないか心配だ。手首に触れられているので、脈が加速すると即座にばれてしまう。


「どう?」


 レイは武田に対し、あっさりとした調子で尋ねる。


「特に異常はなさそうだ」

「そっか。それならいいけど」


 いつものことながら、二人のやり取りはとても淡白なものだった。必要最低限の言葉だけで交わされる会話を聞いていると、二人がお互いのことを正しく理解していることがよく分かる。


「沙羅、いきなり倒れるとは何があったんだ。貧血になりやすいとは聞いていたが、それにしても長い時間意識を失っていたな。まるで眠っているようだったが」


「案内してたら急に気分悪くなったの?」


 武田もレイも心配そうな面持ちで質問してくる。


 私はどう説明するか迷った。あのお婆さんに襲われ、悪い夢をみせられていたなんて話して、二人に信じてもらえるものか。


「……お婆さんに襲われて」


 すると武田は眉を寄せる。


「襲われた、だと?」


 わけが分からない、というような表情である。


 当然だ。いきなり「お婆さんに襲われた」などと聞かされても、理解できないのが普通だろう。私が武田の立場だったとしても、今の彼と同じような表情になったに違いない。


「前にナギさんが言っていた、茜と紫苑を引き取った占い師のお婆さん。それがあの人だったんです」


 説明が下手すぎて自分が嫌になってくる。もっと分かりやすく、それでいて簡潔に説明できればいいのだが、なかなか難しい。


「多分、私たちがエリミナーレだと知っていて近づいたのだと思います」

「敵だったってこと?」


 急に口を挟んだのはレイ。驚きに満ちた声色だ。それに加え、顔が強張っている。

 彼女は凛々しい顔つきのせいか冷静沈着に見えるが、意外と心情が顔に出やすい質だ。そんな気がする。もっとも、そのおかげで接しやすいのだが。


「ではそのお婆さんとやらは、意図的に沙羅を狙ったということだな。それは大きな問題だ」


「隙あらば沙羅ちゃんを殺す気だったのかな。あたし、傍についていながら、沙羅ちゃんをそんな奴に……」


 武田は落ち着いて状況を整理している。

 だが、それとは逆に、レイは自分を責めているようだ。なぜ止めなかったのだろう、と悔やんでいるように見える。


「ごめん、沙羅ちゃん。怖かったよね」


 今にも悔し泣きしそうな瞳に見つめられると、何だか複雑な心境になる。

 どう返すべきなのか。相応しい言葉を見つけるのは予想外に難しい。良かれと思って言ったことがレイを傷つけてしまうかもしれない、という不安が、常に心の隅から消えない。


「い、いえ。大丈夫です」


 言葉は慎重に選ばなくてはならない。心にそう言い聞かせながら言葉を紡ぐ。


「狙われたのは私が弱いからというだけですよ。だから、レイさんのせいなんかじゃ……」

「それでも嫌だよ!」


 レイは鋭く言い放った。心に秘めたものを吐き出すように。


「沙羅ちゃんを見ていると妹を思い出す。だから、沙羅ちゃんに何かあったらと思うと不安になるんだよ」


 それから彼女は小さく続ける。


「あたしの力不足なんかで、誰かが傷つくなんて嫌だ。絶対に」


 いつも寄り添って、励ましてくれる。レイは心強い先輩だ。だから私は彼女を尊敬している。

 だが、レイが私に優しくしてくれるのは、私が彼女の妹に似ているから——ただそれだけなのだろうか。


 もしそれだけなのだとしたら、それは、私でなくてもいいということだ。妹に似ている人間なら誰でも構わないということになる。


 そう考えると、私は少し切ない気持ちになったりした。

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