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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
お出掛け編
55/161

54話 「偶然か、それとも」

「本当に助かったわぁ。ありがとうねぇ」

「いえ……」


 お婆さんは自力で歩けていた。足取りは若者と大差ないほどしっかりしていて、転倒しそうな感じなどはまったくない。見ている感じ、付き添う必要があるとは思い難い状態である。

 しかし、下手に拒否して怒られても怖いので、できる限り丁寧に接するよう心がけた。親切に、そして敬意を持って。ひたすらそれを意識する。


「あたしにゃ孫が二人いてねぇ。ちっさくて、まぁるい瞳で、そりゃとても可愛い女の子の双子なのよ」


 何の話だ、と突っ込みたくなる衝動を抑える。唐突に話題が変わったので遅れないよう気をつけなくては。


「お孫さんが双子なんですか?」

「そうそう。茜と紫苑っていう名前なのだけどねぇ、なんせ可愛い女の子で」

「茜と……紫苑?」


 ——まさか。

 いや、それはないか。きっと偶然に違いない。


 紫苑はともかく、茜という名前はよくある名前だ。私の高校の同級生にも茜という子はいた。だから、茜と紫苑といってもそれがあの二人だという直接的な証明にはならない。


「そうなのよぉ。あたしゃ本当は、あの子たちと一緒に水族館へ来たかったのだけどねぇ」


 お婆さんは話しながら、深いしわが刻み込まれた顔をクシャッと縮めて笑う。


 孫は可愛い。それは彼女も抱いている思いのようだ。

 奇抜で非常に浮き世離れしたファッションだが、心は普通のお婆さんと同じなのかもしれない。多くのお婆さんが孫を愛でるように、彼女もまた、双子だというその孫を愛しているのだろう。


「お孫さんは今はどちらに?」

「実は今、入院中でねぇ。つい先日、あたしの仕事のお手伝いをしてくれていたのだけれどね、その途中に怪我しちゃったのよぉ」

「そうですか」


 入院中ということは——お婆さんが言う茜と紫苑は、やはり私の知るそれらと同一人物なのかもしれない。……いや、これはもう、かもしれないという次元の話ではない。同一人物だ、とハッキリ言って構わないと思う。


 事務所を襲撃された時、茜はエリナが鞭で気絶させた。紫苑は私がまぐれの一撃で失神させてしまった。私の記憶によれば、あの後二人は病院へ搬送されたのだ。恐らくまだ入院していることだろう。

 お婆さんが先ほど言った「入院中」という発言と一致している。


 ということは、このお婆さんがナギの言っていた占い師。そう考えてだいたい間違いないだろう。

 つまり、彼女は私たちエリミナーレの敵。


「あ、もう着いた。あっという間だったねぇ」


 気づけばトイレに到着していた。喋りながらだと本当にあっという間だ。


「はい。ここで大丈夫ですか? それでは……」


 彼女がエリミナーレの敵だと気づいた以上、二人きりの状況にはなりたくない。一刻も早く席へ戻り、このことをレイにすぐに伝えなくては。どう考えても私一人で対応できる問題ではない。

 だが、現実はそう甘くなかった。


「まだ話し足りないねぇ」


 お婆さんはしわだらけの口元を歪め、奇妙な笑みを浮かべる。それを目にした瞬間、冷たいものが背筋を駆け抜けた。


 突如腕を掴まれ、そのままトイレの個室内へ引きずり込まれる。お婆さんの握力は想像を絶する強さだった。七十歳を越えた女性の握力とは考えられない強さである。私の力程度ではまったく抵抗できない。


「いきなり何するんですかっ」


 私は半ば反射的に叫んでいた。しかし叫んだところで何の意味もない。個室の中で声を出したところで、外へは少しも届かないのだ。


「天月沙羅、お前さんがエリミナーレの一員であることは既に分かっているからねぇ」

「……やっぱり」

「ふふふ、薄々勘づかれていたようだね。でもそんなことはどうでもいい」


 お婆さんは扉を閉め、鍵をかける。鍵をかけられたことで、助けを呼ぶ方法は完全になくなってしまった。希望はかなり無に近しい。

 レイを呼びたいのだが、携帯電話が入った鞄は席に置いてきた。持ってくるべきだった、と心の底から後悔する。携帯電話を持っていれば少しくらい何かできたかもしれないのに。


「この前はうちの双子がお世話になったねぇ。強者揃いとは聞いてたけど、あの子たちを倒すほどとは思わなんだねぇ……」


 個室という狭い空間に、敵であるお婆さんと二人きり。これは危険すぎる状況だ。

 彼女は年老いているので、紫苑のように接近戦を得意としている可能性は低い。だが只者ならぬ雰囲気を漂わせている。その雰囲気から、普通にいるお婆さんと一緒にしてはならないということは、容易く理解できた。


 ナギの話通り占い師だとしたら、得意分野は肉弾戦ではないはずだ。だとしたら何をしてくるだろう。怪しい術でも使うのだろうか。


「……何をするつもりですか」

「そう身構えないでもらいたいものだねぇ」


 この状況で身構えずにいられるものか。いかにも危害を加える気満々な人間に対し無防備な姿を曝せる者などいるわけがない。いたとすれば、それはかなりの楽天家か、もしくは愚か者だ。


「天月さんとのお話は楽しかった。だから、もうしばらく付き合ってほしいと思ったってわけだよ。ふふふ」

「意味が分かりません。こちらは少しも楽しくないです」


 怒らせてしまうことを内心恐れつつも、気丈に振る舞い強気な発言をした。相手を刺激するような発言をするなんてらしくない。自分でもそう思う。

 けれど、私は敢えて失礼なことを言い放った。多少無理してでも強く振る舞っていないと、孤独に押し潰されそうになるからだ。こんなことにたいした意味はないと理解しながらも、挫けないために強い言葉を使う。


 すぐに助けは来ないだろう。それに、仮にレイか誰かが異変に気づいても、鍵のせいでここへは入ってこれない。


「そうかい。つれないねぇ」


 お婆さんはその骨と皮しかないような手で、私の顎をクイと持ち上げる。


「でも今に見てな。お前さんはすぐにあたしの操り人形となる。この——吹蓮(すいれん)のね」


 至近距離で見る彼女の瞳は、この世のものとは思えぬ不気味な色をしている。私は思わず身震いしてしまった。


「意味不明です! 離して下さい!」

「ふふふ、大人しくしな。言葉の意味はすぐに分かるから、騒ぐことはないよぉ」


 それにしても、お婆さんの名は吹蓮か。

 普通の名前らしくないので、もしかしたら芸名のようなものかもしれない。



 私は一体どうなってしまうのだろう——。


 理解の追いつかない脳でぼんやりと考える。自分の危機だというのになぜか他人事のように感じられ、私は妙に冷静だった。

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