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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
お出掛け編
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50話 「それでも嬉しい」

 車内が暗い空気に包まれる。信号が青になり、車が再び走り出しても、その空気は変わらなかった。こんな時レイやナギがいてくれればどんなに気が楽だろう、と考えてしまう。


「だが瑞穂さんの死が明るみにでることはなかった。仕事によって命を落としたにも関わらず、だ。しかも、彼女の死には不可解な点が多すぎる。恐らく詳しく知られては困る事情があったのだろうな」


 正直私には重い話だ。

 だが、不思議なことに、聞きたくないとは思わなかった。私が話を聞くことで彼が少しでも楽になれるなら、たとえ重い話題であっても聞いてあげたい。心からそう思った。


 過去を変えられるわけでも、相応しい言葉を確実に返せるわけでもない。


 それでも、聞くことはできるから。


「瑞穂さんは強い人だった。仮に大の男が数人がかりで奇襲したとしても、そう簡単にやられるような人ではない。にも関わらず命を落とした。それも、私たちと別れて一時間くらいの間に」


 窓の外に広がる景色を楽しむ余裕はない。車は走り続けているが、どこへ向かっているのか尋ねることさえできなかった。


「……だから武田さんは恋愛感情を抱きたくないんですか? 瑞穂さんの二の舞になりたくないから……」

「恋愛感情は人を弱くする。私がそう思う所以だ」


 たった一つの例ではないか。瑞穂は選んだ相手が悪かったのだろう。もし相手が普通の男性であったなら、きっと上手くいっていたはずだ。


 だから恋愛感情だけのせいではない——私はそう思う。


 けれど、言葉として発することはできなかった。親しい人を失った痛みを和らげるには、何かのせいにしてしまう必要があったのかもしれない。そんな風に考えたから。


「すべてを自分にとって都合がいいように解釈する。相手を正しく見定められなくなる。あの頃の瑞穂さんは明らかに隙だらけだった。些細な幸せに溺れ、その結末がこれだ」

「尊敬している人のことなのに結構言いますね」

「瑞穂さんを責めているつもりはない。先ほど沙羅が言った通り、私は彼女と同じ道を辿りたくないというだけのこと」


 武田は淡々とした声で述べた。その表情からは強い決意が窺える。静かで、しかしながら一切迷いのない、真っ直ぐな決意。彼自身が納得しない限り、その決意が揺らぐことはないだろう。


「だから私は恋愛感情を抱かない。そうやって生きてきた。それはこれからも変わらない」


 彼はハッキリと言い放つ。声も表情も真剣そのものだ。

 だが、一生誰も愛さずに生きていくなんて、あまりに気の毒だ。鮮やかな世界も、胸の高鳴りも、知ることなく死んでいくことになるのだから。


 武田に助けられたあの日、私の世界は大きく変わった。特別これという夢もなく、漠然としていた未来に、一つの確かな目標ができたこと。それは私の人生において非常に大きなことだった。


「でも、誰も愛さず生きていくなんてつまらなくないですか?」


 私の問いに彼はあっさり返す。


「あまり気にしたことはない。この職ではどのみちまともな関係を築くのは無理だしな。それに」

「それに?」

「将来性のない私に寄ってくる女性などいない」


 思い込みが女性を遠ざけている気がする。「かっこいいのに惜しいな」なんて少し思ったり。

 もっとも、私としては女性に大人気よりずっと良いのだが。


「親しくしてくれるのはエリミナーレの仲間だけだな」


 武田は冗談混じりに言いながら笑う。どこか可愛いげのある笑みだ。


「私も含まれますか?」

「それはもちろん。当然沙羅もエリミナーレの仲間だ」


 ぎこちない笑みを浮かべる武田は意外と愛嬌がある。日頃真顔でいることが多いだけに特別な感じがするのだ。

 私一人に向けてくれていると思うと、嬉しくて恥ずかしい。他人に分かるくらい赤面してしまっているのでは、と少しばかり心配になった。人には言えない、贅沢な心配である。


「仲間だなんて、私にはもったいないお言葉です。でも嬉しいです」

「それなら良かった」


 武田はどことなくすっきりした顔つきで続ける。


「今日はいきなり重苦しい話をしてしまって悪かったな。沙羅には関係のないことだ、忘れてもらって構わない」


 忘れるものか、と心の中で呟く。せっかく手に入れた武田の情報を忘れられるはずがない。既にしっかり記憶した。


「よし。ちょうど着いたな」


「え?」


「私が知る唯一のお出掛けスポット、水族館だ」


「す、水族館っ!?」


 これはさすがに驚きを隠せなかった。散々重苦しい話をしていたところ、水族館に到着していた。一瞬「瞬間移動の魔法でも使ったのか!?」と非現実的な発想に至ったほど、強い衝撃を受けた。


 つ、ついていけない……。


「ここは気に入らなかったか?」


 不安そうにじっと見つめてくる武田。厳しい顔つきではないのだが、凝視されると妙な圧力を感じる。


「い、いえ。嬉しいです」

「嫌ならハッキリ言ってくれ。実際どうなんだ。沙羅は海の生き物は嫌いか?」


 海の生き物って。言い方が新鮮で面白い。


「そんな、嫌いとかじゃ……」

「私に気を遣うことはない。素直に答えてくれ」

「好きですよっ!!」


 何度も執拗に聞かれたものだから、徐々に面倒臭くなって、ついに叫んでしまった。

 やってしまった、と焦る。しかし武田は満足そうに「そうか」と漏らしていた。こればかりは、彼のずれた感覚に感謝だ。


「よし、では行こう」


 武田はそう言って手を差し出してくる。きっとこれも、何も考えずにしている行動なのだと思う。


 それでも——やはり嬉しい。

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