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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
お出掛け編
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49話 「今からずっと前のこと」

 まさかこんなことになるとは。


 武田の仕事を手伝えたらいいなくらい思っていたのに、いつの間にか二人で外出することになっている。しかもそれを提案したのはエリナ。もはやよく分からなくなってきた。脳内がぐるぐるなってくる。


 そんな微妙な心境のまま、私は武田と、追い出されるように事務所を出た。速やかに出掛けた方が良さそうな雰囲気だったからだ。

 とはいえ、行く当てはない。それに、武田と二人で長い時間を過ごすなど、緊張で胃に穴が空きそうである。


「……さて。どうしたものか」


 車の運転席に座り、シートベルトを締めてから、武田が淡々とした調子で言った。さっきのこともあって非常に気まずい。


「どこへ行きたい」

「え。私ですか?」

「そうだ」

「えっと……」


 どこへ行きたいかと聞かれても、すぐには何も思い浮かばなかった。考える間、つい黙ってしまう。喋りで繋ぎつつ考え事をするのは苦手だ。


 一分ぐらいが経過しただろうか。武田が口を開く。


「特に希望がないなら、取り敢えず適当に回るでも構わないが」

「あ、良いですね。それでお願いします」


 武田から提案してくれたことに安堵する。


「そうか。では適当に回ることにしよう」

「はい!」


 どうするかが決まり心が緩んだせいか、私にしては大きな声が出てしまった。いつになく元気な返事をしてしまい少々恥ずかしい。


 武田は視線を前へ移し、アクセルを踏み込んだ。



 二人しかいない車内は、なんだか妙に広く感じる。言葉はなく、しんとしている。冷たい空気でないのが唯一の救いだ。

 これまではいつも、後部座席にレイやナギがいた。だからそれなりに会話ができたし、静寂に包まれることはなかった。みんなの存在の大きさを、今さら痛感する。


「武田さん。一つ質問させていただいても構いませんか?」


 私は少しでも楽しい雰囲気にしようと、話を振ってみることにした。


「もちろん」


 彼はさっとこちらへ視線を向け、淡々とした声で返す。落ち着いた、それでいて温かみのある声だ。


「もし誰かに好きだと言われたら、武田さんはどうしますか?」


 いずれ通る道、今のうちに調査しておいた方がいいだろう。誰かが私だと気づかれないよう細心の注意を払いつつ尋ねてみた。幸い武田は、このような分野のことには疎い。だから勘付かれることはないはずだ。


 武田は何か考えているかのように黙り、数十秒ほど経過した後、やっと口を開く。


「私は恋愛感情を抱かない。だから、応えてやることはできないだろうな」

「どうして恋愛感情を抱かないんですか?」


 人間なら誰しも、他者を愛しく思う気持ちは持っているはずだ。大小や対象の差はあるにしろ、愛しく思う心を一切持たない人間はいないだろう。

 もし仮に恋愛感情を持たない人間がいるとしたら、その人は恋愛感情というものの存在を知らないはず。その人なら、「恋愛感情を抱かない」とは言わないと思う。そもそも恋愛感情自体を知らないのだから。


「どうして……か」


 小さな溜め息を漏らし、数秒間を空けてから続ける。


「恋愛感情は人を弱くする。そう思うからだ」

「なぜそう思うんですか?」


 私は武田に出会い、彼を好きになったから、決めた道を諦めず歩み続けることができた。だから私は、誰かを想うことで手に入れられる強さもあると思うのだが。


「……非常に個人的な話になってしまうが」


 彼は少々言いにくそうに話し出す。


「まだ新日本警察に所属していた頃、私は先輩である瑞穂さんにお世話になっていた。彼女は私に、仕事やら戦闘やら、あらゆることを教えてくれた」


 武田にも習っていた時代があったというのがなんだか意外だ。特に、彼が戦闘を習っているところなど、まったく想像できない。

 生まれた時から強かった。

 私の中では、武田といえばそんなイメージだ。


「瑞穂さんとエリナさんは中学校時代からの友人だったらしい。二人はいつも一緒にいたので、私もそこへ交ぜてもらっていることが多かった」

「なるほど。仲良しだったんですね」


 武田は静かな表情で頷く。


「ある日突然、瑞穂さんは、一人の男と付き合うことになったと言い出した。相手は金やらなんやら怪しい噂の絶えない男だった。だからエリナさんは、付き合わない方がいいと反対していたのだが」

「当然ですよね。友達なら心配するでしょうし」


 一番の友達が変な男と付き合うと聞けば、誰だって止めようとするだろう。止めないのなら、それは友達とは言い難い。

 表面上だけの付き合いならあり得るかもしれないが、エリナはそんな人間ではないだろう。


「結局瑞穂さんは付き合った。だが、その男とは案外上手くいっているようだった。いつも笑顔で、とても楽しそうにしていたな」

「なんだか怪しいですね……」

「あぁ。今思えば、まったくその通りだな」


 ある日、夜中に突然、瑞穂さんから電話がかかってきたことがあったと言う。彼女は「恋人の男が闇組織と金をやり取りしている」と話したらしい。なんでも書類を発見してしまったとかで、随分狼狽えていたと武田は話す。


「だが翌朝会った時、瑞穂さんは『覚えていない』と言っていた。私は自分が寝惚けていただけだなと思った。夢でもみたのだろう、と。だからエリナさんにも話さなかった」


 それからも瑞穂の様子に変化はなかったらしい。普段通り楽しそうにしていたし、時には三人で遊びに行くこともあった、と武田は話す。


「あれは年末だっただろうか。三人で食事会をしていると、瑞穂さんに突然電話がかかってきた」

「彼氏さんからですか?」

「そうだな。事件で呼び出されたらしく、瑞穂さんだけが先に抜けて帰った」


 信号で車が一時停止する。

 それとほぼ同時に、武田は寂しげな表情を浮かべた。


 いつだっただろう、こんな寂しげな表情を見たことがある。……そうか、前にすき焼きの話をした時のエリナか。瑞穂の話題になると、どうしても寂しげな表情になってしまうようだ。


「それで?」


 武田は躊躇うように俯き、黙り込んでしまった。車内が静まり返る。暫し沈黙が続いた。

 だが、やがて彼は決意したように顔を上げ、その口を開く。


「その日瑞穂さんは——この世から去った」

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