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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
お出掛け編
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48話 「息抜きも必要」

 武田がこんな些細なことで動揺した顔をするなんて。私のことで彼の心が揺れるなんて。嬉しいことではあるのだが、信じられない。

 私たちはそれほど近い距離ではなかったはずだ。私は彼を好きでも、彼は私を仲間程度にしか思っていないだろう。その仲間程度の相手に、こんな顔を向けるだろうか。


「ごめんなさい、武田さん。あまり気にしないで下さい……」


 色々あったせいで少し疲れているのかもしれない。きっとそうだ、疲れているから涙が止まらないのだ。積み重なったストレスで情緒不安定になっているだけに違いない。


「気にしていただくような理由はありません。大丈夫です」


 無理矢理笑おうと試みるが、逆に涙が込み上げて、上手く笑えない。


「余計に気になる。気になって仕方ない。聞かせてくれ」

「たいしたことじゃないです」

「それでも構わない」


 ——言ってもいいのだろうか。


 お手伝いしたかった、なんて。


 子どものようだと笑われたらどうしよう。……いや。ここで言うことを拒否したら嫌われてしまうかもしれない。それはそれで困る。むしろそちらの方が嫌だ。

 こうなっては仕方ない。意を決して話すことにする。


「私、武田さんのお手伝いをしたかったんです。いつも迷惑かけてばかりだから、たまには力になりたいと思って。でも、私ではお手伝いすることすらできないんだなって。そう思ったら……急に涙が」


 泣くつもりなんて全然なかった。けれど、なぜか急激に涙が込み上げてきて、耐えきれなくて泣いてしまった。

 何も知らない第三者から見れば、いかにも武田が悪いような状況だ。彼はきっと不快な思いをしたことだろう。


「そうか。私が雑に断ったのが悪かったのだな」


 武田は目を細め、どこか寂しげに言う。


「すまない」


 私の手を取り、目を真っ直ぐに見つめて、真剣な声色で謝ってくれた。


 胸が強く締めつけられる。

 彼はただ、「手伝おうか?」という提案を断っただけ。急に涙が流れたのは、私の想像が暴走した結果。言うなれば自業自得というやつだ。

 それなのに私は武田に謝らせてしまった。なんて身勝手なのだろう。


「そんなつもりではなかった。ただゆっくり休んでほしかっただけだ」


 私の胸が申し訳なさで満たされていく。


「だが、私の言葉が足りなかったのも事実。今後同じ過ちを犯すことがないように努める」


 き、気まずい……。

 しばらく流れ続けていた涙が止まるにつれ、場が非常に気まずい空気になっていることに気づいてくる。私と武田以外に誰もいないのが唯一の救いだろうか。


「武田さんは悪くありません。こちらこそ、勝手なこと言ってごめんなさい」


 そして沈黙が訪れた。広いリビングが静寂に包まれる。

 胸の鼓動が彼にも聞こえてしまっているのではないか。そんな風に思うくらい静かな空間だった。



 ちょうどそんなタイミングで、リビングの扉が開く。

 かなり勢いよく開けたものだから、扉は壁にぶつかり、バンと大きな音をたてた。欠けたりへこんだりしていないか心配になるほどの音である。


 そんな調子でリビングへ入ってきたのはエリナだった。


「おはよう。今起きたわ」


 桜色の長い髪は後ろで大雑把にまとめている。服装はいつものパリッとした感じではなく、ゆるりとした大きめのパジャマだ。怪我している右足を半ば引きずるように、ゆっくり歩いてくる。


「あら。武田と沙羅が二人きりだなんて珍しいわね。他は全員お出掛け?」

「はい。レイとモルはお出掛け、ナギは女探しです」


 エリナの問いに対し、武田は先ほどと同じことを答えた。

 それを聞き、呆れ顔になるエリナ。


「レイとモルはともかく、ナギのやつ……」


 彼女が呆れるのも分からないではない。女探し、だなんて。

 爽やかな雰囲気が魅力のレイ、ミステリアスだけど純粋なモルテリア。年はだいぶ上になるが、とにかく根性が凄まじいエリナ。エリミナーレにはこれほど美人が揃っているのに、彼は一体何をしているのやら。

 ちなみに、私は美人に含まれない。


「まぁいいわ。休日だもの」


 エリナは若干歩きにくそうにしながらも自力で歩く。そしてソファに腰を下ろした。


「何をしようが個人の自由というものよね」


 休日の自由行動は結構許されているようだ。ありがたいことである。もっとも、今の私には特別したいことなんてないが。


「それにしても沙羅。貴女は行きたいところ、ないの?」

「あまり考えたことがなかった気がします」

「そう。随分欲がないのね」


 エリナは静かにそう言った。


 私は武田といられるならそれでいい。彼と同じ空気を吸って暮らせるだけで幸せだ。

 遊びに行きたいだとか、何かをしたいだとかは、あまり考えてみたことがなかった。そういう意味では欲のない人間と言えるかもしれない。


 しばらくしてから、ソファに腰かけているエリナが口を開く。


「武田。沙羅をどこかへ連れていってあげなさい」

「どこかへ、とは?」


 いきなりの指示に戸惑いを隠せない様子の武田に、エリナは続けて言い放つ。


「せっかくの休日だもの、遊ばないなんて勿体ないわ。沙羅を楽しませてあげなさい。車は使っていいから」


 私には彼女の意図が理解できなかった。だが、武田も同じ気持ちのようで、おかしなものを見たような怪訝な顔をしている。


「ですがエリナさん、事務所は」

「それは安心して。私がちゃんと見張っておくわよ」

「足を痛めてられるのに、一人にするわけにはいきません。何があるか分からないでしょう」

「不要な心配だわ」


 エリナはハッキリとそう告げた。その声に迷いはない。本心からの言葉だと、容易く察することができる。


「たまには息抜きも必要だと思うわ。いってらっしゃい」


 微笑んで手を振るエリナを見て、なんだか不思議な気分になった。いつも競うような態度を取っていた彼女だけに、私と武田を親しくさせようとしているかのような行動をすると、とても違和感がある。

 ずっと応援してくれていたレイならともかく、エリナがこんなことを提案するはずがない。


 そんな違和感を抱きつつも、私は武田と二人で外出することになるのだった。

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