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新日本警察エリミナーレ  作者: 四季
襲撃編
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46話 「この感情だけは」

 茜と紫苑はなんとか返り討ちにできた。返り討ちという表現が正しいのかは分からないが……。


 エリナの部屋は爆破によって窓が割れてしまっていた。思ったより小さな爆発だったのか、出火はしておらず安心する。しかしそれでも、修復が完了するまで、普通に暮らせる状態では到底ない。

 そこでエリナは、窓ガラスが直るまで、しばらく和室で暮らすことにした。リビングのすぐ隣、誰も使っていない、畳が敷かれた部屋だ。



「あら、本当に来たのね。驚きだわ」


 呼び出されて和室へ行くと、第一声はそれだった。


 私はエリナの手当てを担当していたナギから、「エリナが呼んでいる」と聞いたため、和室へ向かったのだ。なのに来るなりこれだ。

 もし相手がエリナではなく同い年の者だったなら、「呼んでおいてそれはない!」と、怒りを露わにしていただろう。


「もしかして呼んでられませんでしたか?」


 ナギの勘違いだったという可能性も考慮し、落ち着いて返す。するとエリナは口角を持ち上げた。


「いいえ、呼んだわよ。ちょっとした冗談だから気にしないで」


 冗談のつもりらしい。言われる側としては、真顔で言われると冗談だとは思えない。だが、感じ方の差というはよくあることなので、あまり気にしないようにした。彼女が冗談のつもりだったのなら、たいして気にすることもないだろう。


「分かりました。それで、私に何か用ですか?」

「えぇ」


 それにしても、畳とエリナ、この組み合わせはしっくりこない。エリナはどちらかというと女王様な雰囲気が強いからだと思う。


「貴女、武田に告白しないの?」


 エリナは単刀直入に尋ねてきた。

 私は唖然として、暫し発する言葉を見つけられなかった。いくらなんでもこれはストレートすぎる。同じことを話すにしても、一言前置きくらいはしてほしかった。


 もっとも、今さらそんなことを言ったところで何の意味もないのだが。


「武田のこと、好きなのよね。どうして伝えないのかしら」


 私の恋愛事情なんてエリナには関係がないはずだ。それなのに、どうしてこうも踏み込んでくるのだろう。いつも不思議でならない。


「そんなすぐに伝えられるわけがありません。少しずつゆっくりでないと……」

「沙羅。貴女はただ逃げているだけではないの?」


 エリナの言葉が胸の奥をチクリと刺す。縫い物をしていて針が指に当たってしまった時のような、小さいけれどしばらく消えない痛み。


「拒否されるのが怖い。だから伝えないのね」


 まだ痛む胸の奥を、エリナの言葉がさらに抉った。これほど突き刺さるのは、彼女の発言が的を得ているからだろう。


 私は彼に拒まれることを恐れている——その通りだ。


 武田は私のことを仲間だと思ってくれていることだろう。最近はよく気にかけてくれるし、私が巻き込まれた時には心配もしてくれた。エリミナーレのメンバーとして彼が私を大切に思ってくれていることには気がついている。


 けれど、だからこそ本当のことを言うのが怖くなった。

 せっかく普通の会話ができるような親しさになったのに、気持ちを伝えることでそれが壊れてしまうかもしれない。もしも「恋愛として好き」だと伝えることですべてが壊れてしまったら。仲間であることすらできなくなってしまったら……私は終わりだ。


 そんな恐ろしいリスクを考えれば、この気持ちを隠して今のままでいる方がずっと幸せだと、私はいつからかそう考えるようになっていた。


「武田さんは恋なんてしませんよね。こんな身勝手な気持ちに彼を巻き込むのは、私、やっぱり嫌です」

「……何なのよ、まったく。沙羅の武田への想いは、そんなに小さくてつまらないものだったというの」


 エリナは呆れたように溜め息を漏らす。


「貴女は本当に根性なしね」


 吐き捨てるように言われた時、私の中に何かもやっとするものが現れた。


 悔しいような、悲しいような。今まで体験したことのない得体の知れない感情。それは私の中にある言葉では言い表せないような、名前のない感情だった。


「つまらないわ。結局貴女の想いも所詮はその程度だったということ……」


「違います!」


 私は半ば無意識に叫んでいた。


 所詮その程度。何年も胸に秘めてきたこの感情を、そんな風にだけは言われたくない。


「確かに私は、嫌われることを恐れています。前へ進む勇気のない根性なしかもしれません。……でも!」


 ずっと変わらなかった。

 彼に助けられたあの日から、この感情だけはずっと。


「中途半端な気持ちでここまで来たわけじゃないです! 私の武田さんへの想い、この気持ちだけは、そんな風に言われたくない!」


 学生時代、迷うこともあった。「もう止めてしまおう」と思ったこともある。

 エリミナーレでなくともいい。就職先なんていくらでもあるのだから。なんならアルバイトでもいい。普通に働いて、普通に遊んで。誰かと結婚して家庭を築き、平凡な人生を歩む。それでいいじゃないか、と。


 けれども、あの日生まれた彼への感情が、それを許すことはなかった。


「私は武田さんのことが好き! これだけは誰にも傷つけさせない!」


 諦めかけるたび、彼の手の感触が鮮明に蘇った。

 ただ一度しかない天月沙羅という人生を、どこにでもあるような平凡な幸せで終えていいのか。せっかく手に入れた道標を簡単に手放していいのだろうか。

 そんなことを繰り返すうちに、私の心は固まっていった。そして、それは今も変わらない。


「だから、その程度だなんて言わないで!!」


 言い終えて数秒してから、私はハッと正気に戻る。目の前には驚き顔のエリナ。私はエリナになんてことを……。


 これは絶対怒られる。一歩誤ればクビになる可能性もある。

 私はあまりに恐ろしくて、エリナの方を見られなかった。前回は怒られなかったが、今回は話が違う。なんせ直接怒鳴ってしまったのだから。


「……面白いじゃない」


 一分ほどの沈黙の後、エリナが口を開いた。


「えっ?」


 予想外の言葉に驚いて顔を上げる。


「それが貴女の本性なのね。よく分かったわ」

「え? えっ?」


 エリナはその大人びた顔に、自然な笑みを浮かべていた。

 微笑む意味が理解できず、ただ「え?」しか言えない。ただひたすらに繰り返してしまう。その時の私は、きっと凄く情けない顔をしていたと思う。


「意外と言えるじゃない。日頃の大人しいのは被り物ってわけね」

「すみません……ついカッとなって……」

「気にすることはないわ、そっちの方がエリミナーレに合ってるわよ」


 結局怒られなかった。彼女の怒る基準はいまだに掴めない。


「貴女なら武田を変えられるかもしれないわね」


 エリナはそう言って楽しそうに微笑む。その顔は、変えてほしい、と願っているようにも見えた。

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